「ああ、もう。めんどくさいわね。
 あの子、お気に入りだったのに・・・・・・。
 ・・・・・・それもこれも、ユーリの所為だわ!」


一夜明けて、は道の真ん中でぶつぶつ呟いていた。
沢山の魔物に囲まれて、とてもそんなのん気な状態ではないのだが、
当の本人はいたって平静である。

ぐるると唸って飛び掛ってきた魔物をまた一匹屠り、は剣を構えた。
それは騎士団で支給される凡庸な剣だった。
切れ味もあまり良いとはいえない刃を振るうと、
はもう一度悪態を吐く。


「ったく、しつこい!!」


その言葉と同時に、周囲に赤い光が奔った。
ギャンッという鳴き声と、次々に何かが倒れる音がする。
それらが収まってみれば後に残ったのは、大量の屍骸だけだった。


「いけない、使うなって言われていたのに・・・・・・」


ずきりと小さく痛んだ胸を押さえて、は鞘に剣を収める。
任務に赴くために借り受けたものだが、
やはりこれではの腕は活かしきれなかった。

しかし、愛用の武器は前述の通り、ユーリの所為で無くなってしまった。
事が終わった後、は自分の武器を取りに戻ったのだが、
群れの移動に巻き込まれたか、または誰かが持ち去ったのか、
いずれにしても見渡す限りでは見つからなかった。

再びユーリへの文句が飛び出しそうになるのを抑え、は道の先を見る。
魔物の屍骸には全く見向きもしなかった。


「さて、フレンは今どこにいるのかしら・・・・・・」


ハルル、そして次にカプワ・ノール。
巡礼の順序から言えばこの二つの街のどちらかにいるとは思うのだが、
報告によれば、フレンはどうやらアスピオに向かったらしい。

いれ違わないと良いけれど。
そう思いながら、は当面の目的地へ向かって歩き出した。















高く、空に向かって伸びる枝葉。
開いた葉の隙間に満開に咲き乱れる、色鮮やかなピンクの花。
小さく可憐な花びらがひらひらと空を舞い、
それにつられて、嬉しそうに笑顔を浮かべる人々。

それらはまるで数日前と状況を大きく異にしていた。


「これは・・・・・・一体・・・・・・」


アスピオを経て魔導器研究所の魔導士を連れ帰ったフレンは、
しかし、街の前で呆然と立ち尽くしていた。
空をさらに仰げば、結界魔導器が作り出す結界特有の光輪が輝きを放っている。
これは一体どういうことだろうか。


数日前、花の街ハルルは魔物の大群に襲われた。
その場は丁度滞在していたフレン達騎士団が動き、最小限に治めたが、
毒をもつ魔物の血をたっぷり吸ってしまったためか、
ハルルの樹が毒に侵されてしまった。
徐々に精彩を失い枯れていく樹にはもはや結界を作り出す力はなく、
いつ再び来るかわからない魔物の脅威に、人々はこの先、怯えるしかなかった。

そこでフレンはアスピオに向かった。
学術都市アスピオは帝国の管理の下、魔導士達が魔導器の研究を行う研究機関だ。
魔導器のことは魔導士に聞けばいい。
だからこその行動だったのだが、徒労に終わったようで。


ともあれ、事後処理を部下に指示すると、フレンは一人、ハルルの樹までの道を歩いた。
道すがら、街人の話で大体の状況は把握できる。
どうやら樹が蘇りを果たしたのは、ある一人の治癒術士のお陰らしい。
その人物の特徴を聞いて、まさか、と思う。

そうしているうちに、フレンはいつのまにか、樹の根元の近くまで辿り着いていた。
先客がいたようで、樹の根元には幹に手をかけ何かを調べている女性の姿が見える。

ざあっと風が吹いた。
それが根元にいた女性の黒髪を攫いなびかせる。
見えた横顔。


「あれは・・・・・・!」


フレンは思わず声を上げていた。
その声に気づいたのか、女性も振り返った。


「フレン!!」


そこにいたのは、騎士団で馴染みのだった。
はフレンの所までやってくると、にこりと微笑む。


「良かった、ここで会えて」
「え?」
・クロフォード。
 騎士団長閣下の命により只今よりフレン隊の指揮下に入ります」


聞き返すフレンを抑えて、は地に膝をついた。
そして顔を上げ、金の瞳でフレンを見る。


「・・・・・・僕の指揮下?
 君が?」
「ええ。これからよろしくね、フレン」
「また、どうして・・・・・・」


フレンは小隊長。
は隊長。
階級から言えば、の方が上である。
ましてやその特質上、は人の下につくという事は殆どない。
それを指摘すれば、フレンの目の前に一枚の紙が差し出された。


「詳しいことはこの書類に。
 後はそうね、探し物の件で、とだけ」
「・・・・・・わかった」


探し物、それはフレンが巡礼の旅に出た、第一の目的であった。
ならばもう言う事はない。
フレンが頷くと、そこでようやくが立ち上がった。
2歩、3歩と歩いて、空を仰ぐ。


「綺麗よね」


ハルルの花は咲き誇り、舞い散る花びらは、鮮やかなピンク色を見る景色に添えている。
それはさながら天上にいるが如きの光景だった。
だがそれよりも・・・・・・。
ピンクの花びらが舞う中、長い黒髪を翻して嬉しそうにくるりと回ったの笑顔に、
フレンは見惚れていた。


、あのときの返事は・・・・・・」
「今はそれは無し、よ。
 それよりこの事態、あのユーリが関わっているみたいよ」
「ユーリが?」
「そう、これを見てくれる?」


熱に浮かされたかのように口を開いたフレンの前に、再び一枚の紙が差し出される。
先程のものよりも分厚く、表に絵が描かれたそれは、手配書のようだった。


「これは・・・・・・」


思わず小さな唸り声を上げると、がくすくすと笑った。


「そっくりだと思わない?
 ま、何があったかは私も分からないけれど
 傍観していていいと思うわ」


手配書に書かれていたのは、やはり馴染みの、ユーリだった。
凶悪な脱獄犯との事だが、どうもそれだけじゃないようだ。

ハルルの樹を癒した治癒術士は、この帝国の姫であるエステリーゼだと、は言う。
フレンはその特徴的な桃色の髪を思い浮かべた。
街人が言っていたのはやはりエステリーゼのことだったのだ。
そしてユーリはそのエステリーゼと行動を共にしているとのこと。
どんな経緯があってそうなったのかは分からないが、
騎士団もあまり彼らを追うつもりはないらしい。

とはいえ、フレン自身もあまり心配はしていなかった。


「そうか」


と、一言それだけを言う。


「それで、この次はどこへ?
 フレン小隊長」
「フレンでいいよ。
 君に小隊長と呼ばれるなんてなんだかこそばゆいし」
「そう?それじゃお言葉に甘えて、フレン」


にこりと微笑んだに、再び頬の熱を感じて、
フレンはふい、と視線を横にそらした。


「次は・・・・・・ノール港だ」