「多分この辺から・・・・・・」
積もった雪が足元でさくさくと音を立てる。
を呼ぶ声は奥へ進むにつれて、段々と大きくなっていた。
鬱蒼とした木々が乱立する深い森の中を、は唯ひたすらに進んだ。
大きくなっていたのは、何も不思議な声だけではなかった。
ギャアギャアと物騒な鳴き声が遠くから聞こえる。
は人の住む境界をとうに越え、魔物の領域へと足を踏み込んでいた。
一際、大きい木の脇を通り抜ける。
すると暗闇の中、薄らぼんやりと灯火が浮かんだ。
(あっ・・・・・・)
否、それは大粒のサファイアのような、青い大きな瞳だった。
二対の瞳が、こちらをじっと見つめている。
自分を呼んだのはこの子だ。
は直感した。
キュイィィィゥ。
甲高く響いたその声は、に応えるかのようだった。
はそろり、そろりと"彼"に近づいていった。
近づくにつれ、段々と"彼"の全貌が明らかになる。
人一人乗せても余裕であろう、大きな体躯に、長い首、尻尾。
氷の結晶に覆われた全身はすべてが真っ青で、極めつけは頭部に生えた大剣だ。
魔物の中でも特異な存在。
それがを呼ぶ者の正体であった。
キュイィィィゥ。
再び、彼が鳴いた。
それは先程のものとは明らかに違っていた。
隙間風が吹くような、長く、細い声。
「どうして、そんな声で鳴くの・・・・・・?」
身を切られるような思いがした。
どうして彼がそんな声で鳴くのか、には分からなかった。
「何がそんなに悲しいの?教えて・・・・・・」
もっと彼に近づけば、何か分かるかもしれない。
はそっと彼の首に手を差し伸べていた。
しかし、あと少し、彼に触れるかどうかのところで、びゅっと何かが風を切った。
バチィッ!!
「きゃっ!」
稲光を発して、青い稲妻がの手元で弾けた。
まさにそれは突然のことで、は反応できなかった。
大きく後ろへと飛ばされ、雪の上へとどうっと倒れる。
雪のおかげで痛みはなかったが、指はびりびりとしびれて感覚がなかった。
「笛が・・・・・・!」
懐が先程よりも明らかに軽い。
それに気づいたは慌てて懐をまさぐった。
案の定、父親の形見の笛がない。
あの銀の笛は命よりも大事なものだ。
さっきの衝撃でどこかへ落としてしまったのだろうか。
急いで周囲を見ると、"彼"のちょうど斜め後ろ、
張り出た根の上に銀色に光るものが見えた。
の笛だ。
父の形見を失くすわけにはいかない。
は笛の元へと走った。
しかしそれはしてはいけないことだった。
が触れようとした時からずっと、
こちらを威嚇していた"彼"の瞳が、剣呑な色を帯びた。
バチバチバチッ!!
空気を切り裂いて、激しい音が響いた。
先程よりも格段に大きな稲妻が、に向けて放たれる。
警戒心を露にした相手を前に、背を向けたのだ。
隙を襲われるのは当然のことだった。
「・・・・・・っ!」
気づいたときにはもう遅かった。
雷が眼前まで迫りつつある。
は思わず、ぎゅっと目をつぶった。
(・・・・・・あれ?)
しかし、覚悟した衝撃はいつまでたっても来なかった。
代わりにガキィンガキィンと何かがぶつかり合う音が聞こえる。
「何をしている!」
「ガイアス・・・王!?!?」
何処か聞いたことのある声に恐る恐る目を開けると、
そこにはいるはずのない人物がいた。
と"彼"との間には、いつの間にか人が立っていた。
赤い衣がひらりと翻り、刃が鋭い光を放つ。
は目を疑った。
しかし、間違いなかった。
黎明王ガイアス、その人が、を守り"彼"と戦っていた。
「何をしていると聞いている!」
「私は、ただ、この子と・・・・・・」
はうろたえた。
ガイアスの再三の声は苛立ちを伝えていたが、
にはその理由が分からなかった。
するとガイアスは質問を変えてくる。
「・・・・・・、武器はどうした」
「武器は・・・・・・持ってないわ」
は武器を持っていなかった。
つまり武器も持たずに女一人で、どうしてこんなところにいるのか。
ガイアスはそれを聞きたかったのだろう。
舌打ちが聞こえた。
「――走れ!!」
「でも!私は!」
「!」
"彼"が仲間を呼んだのか、いまや二人は複数の魔物に囲まれていた。
さすがのガイアスもを守りながらでは防戦一方で。
このままでは時間の問題だった。
「・・・・・・わかったわ」
後ろ髪を引かれる思いではあったが、は走り出した。
ガイアスが後から追ってくるのを確かめて。
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