城の一画にある小さな部屋。
そこがガイアスの執務室である。
一国の主が使うにしては質素なものであったが、
機能性を重視した、ガイアスらしい部屋と言えよう。
くべられた暖炉の火が、赤々と部屋内を照らし出している。
執務室には今、部屋の主ガイアスと、その部下ウィンガルの二人がいた。
夜が更けていようが、二人には関係なかった。
いち早く調べ上げた書類を手に、ウィンガルは執務机の前に立つ。
「やはりエーリヒの甥に対する周りの評判はあまり良くないようですね。
それからこちらは・・・・・・
―――陛下?」
報告を続けようとして顔を上げた先には、窓辺に立つガイアスの姿があった。
窓枠に手を掛け、外を見つめている。
ウィンガルの報告を聞きながら、ガイアスが上の空など、平時ではなかなか見られない姿だ。
もしやお疲れなのでは。
そう問えば、そこでようやくガイアスが後ろを振り返る。
「・・・・・・いや」
カタン
はずみで窓の木枠が乾いた音を立てて鳴った。
全くそのつもりはなかったのだが、どうやら考え事に没頭してしまっていたらしい。
心配そうなウィンガルに首を振って応えると、ガイアスは話の続きを促した。
「書類はそちらに」
そう言ってウィンガルが指し示したのは、机の上にある数枚の紙である。
それはウィンガルが執務室に入室する際、ガイアスに提出したものだが、
ガイアスはまだ殆ど書類に目を通していなかった。
「あの娘が座に拘る理由はそこにあるかと」
ガイアスが紙の束を手に取ると、墨の匂いが香った。
の身上が事細かに記されたその書類は、
ウィンガルの手によってつい先ほど仕上げられたものである。
全く公にはされていない事実まで調べ上げるその手腕は、
この男が有能たる所以であった。
だが、これは・・・・・・。
文字を追っていたガイアスの目が、ある一点でぴたりと止まる。
「どうなされますか、陛下」
「・・・・・・」
「陛下、やはりお休みになられては?
この件に関してはまた明日・・・・・・」
再び窓の外へと視線をやったガイアスに、何か勘違いしたのか、
ウィンガルがそんな提案をする。
疲れは微塵も感じていなかったが、気もそぞろなのは確かであった。
「そうだな、今日はもう下がれ」
「はっ」
ぱたりと部屋の扉が閉まった。
ウィンガルが退室したことで、部屋の中にはしんとした静けさが訪れる。
再び書類にざっと目を通すと、ガイアスはそこから一枚の紙を抜き取った。
何かがあると調べさせては見たが・・・・・・。
、ヴェルメリオ族長の娘。
"彼の者はエーリヒの実の娘ではない疑いがある"
それがウィンガルがよこした書類に書かれていた一文である。
そして、もう一つ。
次の一文に目を落として、ガイアスは顔を上げる。
書類をもったまま、ふっと窓辺に近寄り木枠を押し、窓を開けた。
(もう聞こえないか)
それはガイアスの耳ですら聞き逃してしまいそうな小さな音だった。
先程まで小さくか細く響いていた笛の音は、
まるでそれ自体が幻想だったかのようにぴたりと止んでしまっていた。
カン・バルクよりずっと南。
そこのある部族では、故人の冥福を祈る時、
火の布と呼ばれる赤い布を纏い、歌い、舞うという。
火、それは終焉と再生の証。
暖炉の火が、ぱちりと爆ぜる。
そこでガイアスの目の端にちらりと何かが映った。
それは白い世界で見違うことのない、赤。
「あれは・・・・・・」
眉を顰めた次の瞬間、ガイアスは踵を返していた。
立て掛けていた刀をがっと掴み、外套をばさりと乱暴に羽織る。
すでに窓の外へは目もくれず、執務室の扉を開け放つと、
ガイアスは厳しい表情のまま、城下へと向け走り出した。
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