黎明の都市、カン・バルク。
一年を雪で覆われたこの町は、
現国王ガイアスの圧倒的なカリスマの元、目覚しい発展を遂げていた。

大津波がラ・シュガルとア・ジュールとの戦場を襲い、
両軍に甚大な被害を与えたファイザバード会戦から、15年。
ガイアスがウィンガルとともにカン・バルクを制圧し、
ア・ジュールの王となることを宣言したア・ジュールの黎明から、5年。

勾配の激しい山地に作られた城にも拘らず、
王に陳情する為に門の外に並ぶ民の姿は、後を絶たない。
民の声もひとしく平等に聞いてくれる良い王様。
それが民のガイアスに対する評価だ。
そしてガイアスもそれに十二分にも応えた。
たとえ辺境のことであろうとも、自らが赴き、道を指し示す。

強きものが弱きものを牽引する。
それが、世界を牽引する者―――ガイアスの義務なのだから。










「分かった。その件はこちらで処理しておこう。
 道中ここまでご苦労だったな」
「はっ、いえ!恐悦至極でございます!」


王の言葉に感極まって一礼した男が、謁見の間から出て行った。
それを見届けて、ようやくガイアスは一息つく。

今日はいつもより長引く陳情が多く、また、陳情しに来る民の数も多かった。
執務の時間はとうに押していたが、民の話を聞くのも王の責務。
ガイアスは休む間もなく民の話を聞いていた。


「ウィンガル」
「次で最後です、陛下」


隣に控えていたウィンガルが、みなまで言わせず答える。
ガイアスの顔に疲労の色など存在はしないが、いささか長時間過ぎた。
一つ休憩を取ってはどうか、と提案しかけたところで帳簿をめくれば、
残った名前は唯一つだった。

ヴェルメリオ族、族長の娘

ヴェルメリオ族とはカン・バルクから南にずっといった辺境のある部族の名前で、
小数民族ながらも、部族の者たちは勇猛果敢で知られていた。
槍の腕にかけては超一流で、
特に族長の腕はあの空中闘技場でも名を轟かせる程だった。


「そうか。通せ」
「はっ」


一呼吸の後、謁見の間に娘と、その御付の者たちが通される。

しゅすりと、布擦れの音が響いた。
鮮やかな朱の糸で織られた布。
ヴェルメリオ族特有の民族衣装なのだろうか。
眉から上、一枚の長い布が頭を覆い、背中を流れ足元まで垂れている。
華美でもなく、かといって質素でもない、
絶妙なバランスに色と布とが配分されたその衣服は、娘に良く似合っていた。


「お初に御目文字仕ります、陛下。
 ヴェルメリオ族長が娘、と申します」
「顔を上げよ」
「はい」


ガイアスの前で恭しく跪拝した娘が顔を上げた。
闇夜と思わせるほどの黒き瞳に、燃えるような意志を宿した・・・
まるでこの娘の父親と相対しているかの錯覚を受ける。


「エーリヒの娘か・・・・・・。
 ・・・・・・惜しい者を亡くした」


ヴェルメリオ族長、エーリヒ。
の父は、ガイアスが辺境の少数民族を纏め上げる際に一役買った人物でもある。
しかしそんな勇猛果敢、質実剛健な人物にも、すべからく死は訪れる。
つい先日、ヴェルメリオ族の族長は亡くなったばかりだった。
病死だった、と聞いている。


「陛下のそのお心、有難く存じます。
 亡き父もその一言で・・・・・・浮かばれるでしょう」


辛そうに一度目を伏せた後、はその眼差しをガイアスへと向けた。
ぬばたまの瞳が深遠の淵のように底無しに輝いていた。
父親の死を告げに来た、と言うだけではなさそうだ。

しかし、ガイアスを見つめたまま、はそれきり何も言わない。
不審に思ったウィンガルがに声を掛けようとした時、ガイアスが動いた。
玉座から立ち上がり、の前に立つ。


「用件はそれだけか」
「・・・・・・恐れながら陛下、申し上げます」
「なんだ」


ゆったりと腕を組み目の前に立つガイアスに、
再び頭を垂れたの声は僅かに震えているようだった。


「私を・・・・・・陛下の后にしては頂けませぬか」
「・・・・・・我は后はとらぬ」
「ですが陛下!」
「下がれ、話は終わりだ」


ガイアスが后を取るつもりが全くないことは、ア・ジュールでは有名な話だ。
は尚も追いすがろうとしたが、ガイアスは取り合おうとしなかった。
背を向けて謁見の間を去ろうとする。


「お待ちください陛下!!」


ぱさり、と布の落ちる音が響いた。
興奮したの頭から掛け布が落ちたのだ。
代わりに現れたのは、長く艶やかにウェーブがかかった赤い髪。
ぱぁっと謁見の間に大輪の赤い花が咲いたかのようだった。


―――後にカン・バルクの人々は、のこの髪のことを、
白い雪に閉ざされたこの地に赤く火を灯す焔の花だと、賞す。


「ならば!・・・・・・ならば私を次期族長に推薦してはくださいませぬか!」
様!?!?」


ざわりと、御付の者達から声が上がった。
予想だにしていなかったのか、に対し、話が違うと騒ぎ立てている。


「こうでもしなきゃ、おまえ達は私を集落から出しはしなかったでしょう!?」


御付の者達はどうやら部族の長老達のようで、キッと彼らを睨み据えが怒鳴った。
燃える瞳に射抜かれ、ひぃっと長老達が竦み上がる。

どう考えてもこちらが本題のようだ。
足を止め再び玉座に腰を据えると、ガイアスは問うた。


「次の族長はエーリヒの甥がなると聞いているが」
「・・・・・・あの男など・・・・・・!
 ・・・・・・あんな男が族長になるなど・・・・・・。
 我が部族が・・・・・・父の愛したヴェルメリオ族は・・・・・・」


の唇はわなわなと振るえ、
その拳は行き場のない怒りに手が白くなるまで握られていた。
内に秘めた思いがここにきて、熱く、燃え上がっていた。
手負いの紅き獣のようだ、とウィンガルは思う。


「何か色々事情があるようだが、部族のことは部族内で決めるのが常。
 陛下が口を出されることではなかろう」
「ですが!」
「控えよ!陛下の御前であるぞ!」
「・・・・・・っ!」


ウィンガルの厳しい一喝。
それは怒りに我を忘れたをも怯ませるものだった。


「・・・・・・失礼・・・致しました」


深く頭を垂れ、は後ろへと下がった。
鮮やかな赤が、今は心なしかくすんで見える。


「今日はもう遅い、兵に客室に案内させよう」
「・・・・・・お心、感謝致します」


すでに日は翳りかけていた。
これから帰り支度をしていては強行軍となる。

まだ納得がいかないのだろうが、
ガイアスの提案を素直に受け入れ、は立ち上がった。
落ちた布を掬い上げ肩へと纏う。
一礼、後はこちらを見もしなかった。
ひらりと舞った布は尾を引き、
炎の残り火は重厚な扉の先へと吸い込まれ消えていった。