こくりこくりと音を立て、喉元を過ぎるのは赤い水。

ああ、もう駄目。くるしいわ。


そう思った矢先の事。


「―――…っ、あぁ〜…っ、もう駄目ッ! おっさん、これ以上は飲めないわ〜!」

あなたは、わざとらしくそう言って、カウンターに突っ伏した。






あなたの所為






――――――…どうして、だろう?


夕食時の喧騒。酒場のカウンターに内側から頬杖を着いて、私はレイヴンを見つめていた。


今の彼はいつもの赤紫の羽織ではなく、酒場『天を射る矢』の従業員の制服を着ている。

白のワイシャツに、黒のズボンとベストに蝶ネクタイ。


そして、口にする言葉も―――…


「おぅ、いらっしゃ〜い。注文決まったら、おっさんに声かけてね〜」

少し砕けた感があるけれど、それは『私達』側の言葉。





私は
この酒場の看板娘。


レイヴンはこの店の常連客で、彼と私はちょっとした飲み友達という間柄。


じゃあどうして、常連客の彼が従業員をしているのかというと、

それには深そうでまったく浅い事情があった。



私はぽやぽやとする頭で、半日ほど前からの出来事を思い返す。



始まりは、今日の昼半ばのことだった。

ここはお世辞にも品行方正とは言えない人間が集まりやすい街の酒場だ。

昼間とは言えど、沢山の人たちがお酒や、一時の癒しを求めてやってくる。


満員になるテーブル席。

配膳を待つ料理たち。


そこらじゅうからオーダーを催促する声が聞こえ、

お酒が入って騒がしくなるお客さんも出始める。


いつも、レイヴンは店の忙しさが落ち着いた頃にやってくるのに、

今日は珍しく、忙しさの真っ只中にいる時にやってきた。


彼はテーブル席の群れを進むと、迷う事無く私の傍のカウンター席に着く。


「昼間から、これはまた随分とご盛況ね。―――…、いつものお願い」


ニッコリ顔で言われた注文に、私はごめんなさいと謝った。


レイヴンは、この店の落ち着いた面でしか私と関わっていないから知らないのかもしれないけれど、

私は本来、この店でバーテンとして働いているのではなく、ウェイトレスとして働いている。


勿論、いつも会っていた時間帯のゆっくりとした状況なら、私が自らボトルを開けて、

彼のグラスに注いであげることも、彼のお話を聞いてあげることも出来たのだけれど、

この忙しさでは、私は注文品の配膳を優先させなくてはいけない。


「カウンター席でのお酒は、お父さんに頼んで!」


そう言って私は厨房から用意された料理とジョッキを二つ。

テーブルで待つお客さんの所へ運びに行く。


……そのときのレイヴンが、少しだけ残念そうな顔をしていたのに、気づかないままに。






そして、一通りのお客さんをさばき終えて、店に残るお昼時のお客さんもあと二組となった頃。

私はほっと一息つきながら、ようやくカウンターの中に戻る。


時計を見ると、時刻は既におやつが似合う時間帯。

ああ、あと二、三時間もすればまた、夕食時の怒濤が始まる。


お店が繁盛するのは嬉しいけれど、

それとこれとはやっぱり別物。


ちょっぴり辛い。


、お疲れ」

そう言って、水の入ったグラスを差し出してくれたのはレイヴン。


あ……まだ、居てくれたんだ。


私はありがとうと、それを受け取り飲み干した。

はぁ…っ、と大きな吐息と共に、ガタンッとグラスをテーブルに置く。


「随分とお疲れみたいね……」

「えっ? あ、そんなことは別に―――…」


ないのよ? と言おうとした語尾を、近付いてきたお父さんに奪われた。


「そう思うんなら少し手伝っておくれよ、レイヴン。どうせ、ヒマなんだろう?」

「……え? ちょっ、ま……っ!」


「お、お父さん……ッ!」


お父さんの言葉に、私は荒げた声を上げる。


レイヴンはユニオンの総本山であり、この店の名前の由来でもある、

ギルド『天を射る矢』で、ドンの右手として活動しているのだ。


ヒマと言っても、普段の仕事のことを考えると、お手伝いを頼めるような雰囲気ではないし。

今だって、たまたま時間が空いているから、ここに居るだけなのかもしれない。


「ちょっと、おやっさ〜ん。そいつはちょっと、いきなり過ぎるでしょ〜?
 おれさまにも予定ってもんが、あるんだよ?」


レイヴンはお酒を飲みながら、苦く笑った。

ほら、もう。お父さんの馬鹿。


でも、お父さんは懲りずに「オフの時はうちに来るしか用がないくせに」とぼやいて、

…あ、そうだ! と人差し指を立てながら、こんな事を口にする。


「レイヴン。お前、と飲み比べをしなよ。んで、負けたら夜の部のアルバイト」

「―――…はあああっ!? なんでそうなるのよ!!」


お父さんの言い分に、一番の反応を示したのは私だった。


主にレイヴンに対するアルバイト勧誘についてではなく、

飲み比べの方に、だったけれど。


でも、意味がわからないでしょ。

なんで、私とレイヴンが『今』、飲み比べをしなくちゃならないのよ。


軽く拳を振り上げると、お父さんは頭を庇うように手を上げる。


「別に良いじゃないか。この店で一番お酒を飲めるのはお前なんだから。
 私は用意専門、愚痴聞き専門。他の子は弱い子ばっか」

「でも、私だってそんなに―――…って、そう言う問題じゃない!
 そもそも臨時雇用を、飲み比べで決めるって、その時点から話がおかしいでしょ!!」


そんなやり取りをする私達の間で、レイヴンは頬杖ついて酒をあおり飲む。


「おやっさん、そのネタは十分面白そうなんだけどさぁ。
 それって、もし俺が勝ったとしたら、俺の方になにか特はあるわけ?」

「うーん、そうだね。今までのツケを全部チャラ、っていうのはどう?」

「よし、ノッた!」


ついさっきまで、レイヴンはどちらかと言うと乗り気ではない様子だった筈なのに。

彼はお父さんの出した勝利特典に、あっさりと真顔で意見を変えた。


イイ顔した初老の男と真顔の中年男性が手を握り合う姿に、私は呆れて溜め息をこぼす。



もう、こうなったら私の意見なんて、お構いなしなんだから。

……私だって、お店で一番お酒が飲めるっていっても。

他の子のレベルが低すぎるだけなのに。



今日は酔っ払い接客?

ああ、もう……






嫌んなっちゃう。






そうして、私達の飲み比べは幕を開けた。

店のスタンダードメニューであるビールとワインが、次々と運ばれてくる。


それを口に含みながら、私は苦虫を噛み潰す想いを巡らせた。


まったく、これに使ったジョッキとグラスだって、

誰が洗うと思ってんのよ。



私よ、私!



……いいわ、ここまで来たら、私だって腹を括る。

絶ぇっっ対に、勝ってやるんだから。


勝って、レイヴンを笑って、こき使って、飲み比べに使ったお酒代に、その他諸々。

―――…全部、レイヴンのバイト代から差っぴいてやるんだから!!





そんな想いで、私はお酒を飲み続けた。


向かいに座るレイヴンの余裕のある顔が気になったりもしたけれど、

私は飲むことだけに、勝つことだけに意識を集中させた。


そして、十数分後―――…



「―――…っ、あぁ〜…っ、もう駄目ッ! おっさん、これ以上は飲めないわ〜!」


お互いに飲み干したグラスが十杯を超え、私も自分の限界を感じ始めた頃。

レイヴンは唐突に崩れ、わざとらしくカウンターに突っ伏した。


ギャラリーと化していたお父さんと、お店の子達の歓声がわき立つ。

皆は今日の働き手がひとりでも増えたことに、万々歳で喜んでいた。


「ありゃ〜…おっさん、思ってたより、全然飲めなかったわ〜」

けれど、私はおどけるようにそんなことを言う、レイヴンに一抹の違和を感じていた。


……あれ? レイヴンって、こんなにお酒弱かったっけ。

いつもは私が驚くほど沢山飲んでいても、



全然平気そうな顔をしていたのに。



























――――…とまあ、こんな理由でレイヴンは本日限定の『天を射る矢』アルバイトになった訳だけれど。


夕暮れ時の怒濤も、ひとまずの山を越えた頃。


私はやっぱり、ぽやぽやとする頭で、

軽快な接客をこなすレイヴンを見つめて考える。




どうしてだろう? って。





「ねぇ、ちゃん。オーダー、頼める?」


その答えは見つからないまま、カウンターから近いテーブル客の常連さんに呼ばれた。

私は「はーい」と軽い返事をして、カウンターから出ようとする。


「あー、いいよ、いいよ。、フロアのオーダーは俺に任せといて!」


けれど、それをにこにこと笑うレイヴンに止められた。

私は彼の言葉に甘えて、カウンターに戻る。


でも、胸に抱いた疑問は消えない。

むしろ増えていく。



レイヴン。接客がそんなに気に入ったのかしら?

なんだか、とっても楽しそう。


それにしても、やっぱり……

―――――…どうして、なんだろう?



























時刻はとうに日付の変わり目を過ぎ、人気のなくなった『天を射る矢』。


私とレイヴンは閉店前の後片付けをする。

お父さんと他の子は厨房の方に居て、ここには私と彼のふたりだけ。


フロアのモップがけを終えたレイヴンは、疲れきった様子で蝶ネクタイを外し、

カウンターに寄りかかるような姿勢で椅子にふんぞり返った。


「づあぁ―――…っ、つかれたぁ……っ!」

「ふふっ、お疲れさま。はい、どうぞ」


食器の後片付けをしていた私は、手近にあったグラスに水を注ぎ、彼の前に差し出す。

ありがとさん、と彼はそれを手に取り、水を飲み干した。


その背中に、私はずっと抱えていた疑問を投げ掛けてみる。


「ねぇ、レイヴン。あなた―――…」












飲み比べの時、わざと負けたでしょ。












「……それは、どうして?」


私の言葉にレイヴンは振り返り、一度は何も知らない、というような顔をした。

でも、すぐにその嘘を私が見抜いている、という事に気づき、

照れくさそうな笑みを零して、また背中を向けた。



「いや、それはその…最初はマジで勝ちに行こうと思ってたんだけどねぇ……」


彼は頭に手をやり、気まずそうな声で言う。


「おれさま、途中で気付いちゃったわけよ」


ああ、このまま俺が勝っちまったら、酔ったに客の相手をさせちまうんだな・って。

でも、ここで負けたら、それをさり気なくフォロー出来るな・って。


それに、に付きそうな悪い虫の駆除も、簡単に出来んじゃん! って。



「あとさ―――…こうして、の傍にいられたじゃない?」



ずっと、目の届く範囲に。


その言葉に一度、ドクン…ッと、胸が大きく高鳴った。

なぜか、足ががくがくと震え始める。


「俺様にとっては、ツケのチャラより、そっちの方が魅力的だったってわけですよ」


言い切ったレイヴンは、自信満々な笑みで私を振り返った。

私は、胸がドキドキして、なんかもう、立ってるのも辛くて。


「そんなことで、わざと負けたの?」


かすれる声で尋ねる。

けれど、彼の答えを待たずして、言葉を次いだ。


次がざる、終えなかった。


「……そういう…っ、こと……ならっ、もっと早くに、気付いてほしかったわ―――…」


今日はちょっと、飲みすぎてしまったみたいね。もう、限界。


そして、私は。



遠退く意識。

朦朧とする意識から、そっと。





手を離した。




「――――…ッ!?」


最後に聞こえたのは、驚愕に染まったレイヴンの声。

でも、私は薄っすらと笑みを浮かべた。









馬鹿ね、レイヴン。

傍に居たいなら、





もっと素直に、言ってくれればよかったのに。



























意識を落とした私は、夢を見る。

珍しく幻想的な夢。


舞台はとても綺麗な花畑。


その中心には、何故かレイヴンが座っていて。

私は彼のとなりに歩みよって、腰掛けて。


そして、耳元で囁くの。



『レイヴンならいいよ。ずっと、傍にいてあげる』



こんなことを言ってしまうのは、お酒の所為なんかじゃない。

きっと、全部あなたの所為。


私にこんな気持ちを抱かせた、あなたの所為。

……なんだから。





ねぇ、レイヴン。


――――…私が夢から醒めたら、ちゃんと責任取ってよね。

































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耀さまから頂きました!レイヴン夢!! 某所のチャット会に参加しましたら、思いがけず!!
小話のリクエストをさせていただけてしまった(*ノノ)
おっさん成分てんこ盛りですよ!!
しかもリクエスト以上の展開ですよ!!
うふふ。ウェイターおっさん良い(*・・*)そして紳士><
レイヴン、ぜひ 責 任 取 っ て く れ。
耀さま!!素敵レイヴン夢をありがとうございますー!!
イラストもいただけちゃったのですよ、なのですよ。
せっかくなので載せてしまってしまいますよ。
興奮して日本語変なのは気にしない。
イラストのリンクはこちらー!