二人分の呼吸と、風が木々を揺らしざわめく音だけが聞こえていた。
片手剣を胸の前で構え、クラトスは、茂った草木の間へざっと視線を巡らせる。
その彼の後ろで、ぴったり彼と背中合わせになった、頭一つ分背の低い少女も、同じようにせわしなく瞳だけ動かし辺りを警戒していた。
──がさり。少女の斜め右で茂みが揺れる。
彼女はすぐにそちらに視線を引き戻し、同時に左手で握ったリヴォルバーを向け、その引き金を絞った。
ぱんっと乾いた音がして、一瞬前にその照準に自分から飛び出してきた魔物の額に風穴ができた。それはすぐに地面に倒れた。
「──雷神剣!」
少女の頭上で低い声がして、クラトスがそちらも襲いかかって来た魔物を斬ったのだと分かる。
彼が剣で貫いたその体に小さな雷が落ちる音がして、倒れたその体はきっとこんがり美味しそうに焼けているに違いなかった。
「─黒曜の輝き、快速の槍となり敵を討つ……デモンズランス!」
詠唱する少女の足元に闇の魔法陣が現れ、具現した闇色を宿す槍は茂みの向こうで息を殺していた魔物達に襲いかかった。
──ぐるるるる、ぐるるるる。まだ隠れているつもりなのか、二人を360度囲む魔物達が、喉の奥で低く唸るのが聞こえる。
少女が、はっと笑った。
「…威嚇しているつもりなのかしら? 負け犬の遠吠えね」
「油断するな、。かなりの数だ」
「あら、あなたがいるなら大丈夫でしょう? 信じてるもの」
妖艶な笑みを口元に携え、と呼ばれた少女は視線だけを自分の背中の向こう、つまりはクラトスに向けた。
それに気付いたらしいクラトスもの方を一瞬見た。
視線が交わる。クラトスも、口元だけで笑った。
「………そうだな」
「ええ。…ま、苦しまない程度にラクに死なせてあげましょ。せめてものはなむけよ」
笑いを含め、馬鹿にしたような声でそう言ったの言葉が分かるかのように、魔物の一匹が高く遠吠えした。
──あら、やっぱり負け犬の遠吠えじゃない。が笑う。
そして茂みに潜んでいた魔物達は、獲物にするには無理のありすぎた二人目がけて一斉に飛び出してきた。
五分でその森には静寂が戻った。
「…腕が鈍っていないようで安心した。鍛錬は怠っていないようだな」
「子供扱いしないでクラトス。…私はちゃんと、一人でもやっていけるわ」
たくさんの魔物と、魔物と、魔物の死体と血とその他飛び散ったいろんなものが散らばった地面の上で、は不満そうに胸の前で腕を組む。
その、表情だけ見れば只の年相応の少女に見える仕草に小さく笑い、クラトスは血を拭った剣を鞘に仕舞い、踵を返した。
「……もう、行くのね?」
「あまり長い間離れていると、クレスがうるさいのでな。それに…」
ちらり。と、クラトスの切れ目が、の後ろの方の樹の幹に向けられた。
一見何の変哲もないように思える、ひっそりと存在感なさげに佇んでいるそれ。
もクラトスの視線を追ってその樹を捉え、「ああ」と興味なさげに頷いた。
「心配しないで。ただの狼だから」
「…狼、か。まあ、お前は黙って食われる兎ほどか弱くはないからな」
「あら、酷いこと言うのね。私、これでもレディーなんだけれど」
言いながら、楽しそうに<がくすりと笑う。
その表情を見届けた後で、クラトスは魔物の残骸を踏みつけながら彼女に背を向け去って行った。
ざく、ざく、ざく。その、自分よりだいぶ背の高い彼の背中が小さくなるまで無言で見送った後、は不意に目を閉じ、すぅと息を吸い込んで、言った。
「いつまで隠れてるつもりなの? 美味しい獲物が逃げちゃうわよ」
「……やっぱ気づいてたんだな。敵を感じ取るのは防衛本能、ってか?」
「冗談。ずっとそこにいたでしょ? どうして手伝ってくれなかったのかしら」
ゆっくりとが振り返った先には、先程クラトスが視線を送った樹の影に隠れていた一人の青年が立っていた。
ユーリ・ローウェル。職業コントラクター。これまでに何回かが出会ったことのある人物だ。
彼女が腕を組んだまま彼を見ていると、ユーリは少し不満そうな顔をして、言った。
「…必要なかっただろ、オレの助けなんて」
「まあ、ヘンに飛び出されて連携を崩されたら迷惑だものね。確かに、必要なかったわ」
「………」
あっさりと、面と向かって必要なかったと言われた。
いや、確かにさっきの男(クラトス? とか言ったっけ)と彼女…の連携は完璧で、オレの出る幕なんて本当になかったけれど。
二人が戦っている最中に動けなかったのは、正にその二人の連携に少し目を奪われていたからなんだけれども。
「……んなはっきり言わなくてもいいだろ………」
「? 何か言ったかしら。それより、あなたどうしてここにいるの? パートナーの女の子はどうしたのよ」
「たまたまこの森に来てたんだよ。そしたらコッチの方が騒がしかったからオレ一人で様子見に来てみたら、アンタ達が戦ってたってワケ」
ぽんぽんと言葉を並べて説明すれば、はあらそうなのなんて言いながら武器の手入れを始めだす。
よっぽど大切なものなのか、リヴォルバーは念入りにどこもガタが来ていないか調べているようだった。
そろそろ分解して掃除するべきかしら。とかなんとかボソボソ呟いている辺り、もうユーリの姿など視界に入ってはいないのだろう。
「………さっきのヤツ…」
「…え?」
ぼそりと独りごとのつもりで呟いた言葉は、しっかりに聞こえていたらしい。
作業の手を止めこちらを見てきた彼女に、ユーリは表情に現れた不満を隠そうともしないまま、続けた。
「…さっきのヤツになら、背中、預けるんだな」
「……? なに言ってるの?」
「だから────」
──オレを含む他の人間達なんて全く信用してない風なのに、アイツは信頼してんのか?
続けようとした無茶苦茶な問いは途中で途切れ、代わりにユーリは一度口を閉じて息を呑んだ。
が訝しげに眉を潜める。それと同時に、ユーリの足は地面を蹴っていた。
「……危ねぇっ!!」
「………え? ─きゃ、ぁっ!?」
ぐいっといきなり肩を引き寄せられ、が少女らしい悲鳴をあげた。
がさりと彼女の背後で揺れた茂みから、全滅させたはずの魔物が飛び出し、彼女に飛びかかろうとした…のを、ユーリが庇う。
──ざくり、と、右腕に鋭い爪が食い込む嫌な感触と激痛が走った。すぐに生温かいものが服の下で滲み、肌を伝うのが分かった。
「…っ、………牙狼撃!」
キャインと魔物が仔犬のような鳴き声をあげ、それから向こうの樹の幹まで吹っ飛んで動かなくなった。
同時にユーリはぐらりと視界が回るのを感じ、実際彼は緑の芝生の上に倒れていた。
が慌ててしゃがみ込み、こちらを覗き込んでくるのが気配でなんとなく分かった。
「…ユーリ! ちょっと、ねえ、しっかりしなさいよ!」
「っ、………これくらい…なんともねぇ……」
「なんともって……さっきの魔物、毒持ちなのよ!? 早く手当てしなきゃっ……」
の言葉が途中で途切れる。
──がさ、がさり。360度、こちらを囲んでいるらしい魔物達が茂みを揺らす音が聞こえた。
なるほど魔物の群れは一つだけではなかったようだ。こちらが先程の戦いで疲れているところを襲うつもりなのか。
「…爪先程度の脳しかない魔物でも、食欲という本能のためであれば、多少は知恵を働かせること、できるのね。……けれど、」
言って、はゆっくりと立ち上がると、右手をすっと自分の胸の前に伸ばした。
バチッと一瞬そこに火花が散り、なにもない場所から大振りの鎌が具現し、その白い手にしっかりと握られる。
彼女はそれを、一度血払いでもするかのようにぶんと下に倒し、構えた。言った。
「……私を本気で怒らせたわね。──手加減、できないわよ」
ガウゥッと、リーダーらしき一匹が吠え、飛びかかる合図とした。
そしてそれはやはり、負け犬の遠吠えとして終わることになった。
「……ぅ……、」
頭がぼうっとする。
もう少しこのまま眠っていたい、そう思いながらも、ユーリは、ゆっくりと目を開いた。
………森? たくさんの木々が連なっているのを見て、彼の頭に気を失うまでの記憶が戻ってくる。慌てて起き上がった。
「…あら、目、覚めたのね。おはよう」
「あ、ああ……って、!? さっきの魔物らは…」
「それなら、多分あの辺に転がってるわ」
言って、が視線を向けることもなく右手の人差指で示した方向には、だらしなく口を開いた魔物達が、芝生を赤く汚しながら積まれていた。
いくつかの山に分けられ積まれているそれは、ざっと数えるだけでも50は越えている。……50?
「これだけ殺せば、近くの街から賞金が出るわ。後で証拠写真撮らなくちゃね」
「って……お前、これだけの数、一人で殺ったのか?」
「ええ、そうよ」
死体の山を見つめたまま驚愕しているユーリにさらりと答えると、は作業の手を止めて──そこで初めて気づいた、彼女はユーリの傍でリンゴの皮をむいているようだった──、すっと彼を見つめた。
鋭い視線は、初めて会った時に問答無用で襲いかかって来た時よりも威圧感のあるもので、ユーリは思わず息を呑んだ。
「…分かったでしょう。あなたが庇わなくても、私はこんな雑魚相手、なんてことなかったの」
「………」
「あなた、お人よしすぎるのよ。何でも助ければいいってものじゃない。…それくらい、分かるでしょう?」
静かな声でそう言って、は短剣でいくつかに切り分けたリンゴの一つを口に運んだ。
しゃくり、と、しんとした森の中に、みずみずしい音がやけに大きく聞こえたような気がした。
彼女の綺麗な顎のラインがゆっくり動くのを見ながら、ユーリは一度、魔物に引っかかれた自分の右腕に目を落とし、
「……傷が塞がってるし、毒が残ってる感じもない。が治癒術、かけてくれたんだろ」
「………だったら、なんなのよ」
「いーや、別に。…お人よしはお互い様なんじゃねーのって、言いたいだけだよ」
半ば睨むように鋭くユーリを捉えていたの瞳が見開かれ、しかしぷいと顔を背けたことによって見れなくなった。
照れているらしい。その可愛らしい反応に小さく笑えば、がリンゴを噛む音が激しくなった。
「な、オレにも一口でいいからくんない? 喉乾いてんだけど」
「………」
ギロリ、とが顔だけで振り返って睨んでくる。
少し頬が赤くなっている辺り、いまいち迫力がないが、「やらない」という意味だろうか。
ユーリがそう思うと、不意にがずいと左手を突き出してきた。親指と人差し指の間に、切り分けたリンゴが挟まっていた。
「サンキュ……って、ん? ウサギ…?」
それを受け取って口に運ぼうとして、ふと赤い皮がついたままであることに気づく。
しかもそれは、子供のお弁当に入っているものよろしくウサギの耳の形をしているではないか。
ユーリがぼそりと呟いて、それを太陽にかざすようにして観察すれば、が物凄い勢いで振り返って再び睨んできた。
「なっ……なによ! ウサギなら悪いっていうの!? いいわっ、貸しなさい! むき直してあげるわよっ!」
「おっと…悪いなんて言ってないだろ。なんかちょっと意外だっただけだって」
ウサギリンゴを奪おうと伸びてきたの手をひょいとかわし、ユーリはそれを口の中に入れた。
しゃくりとみずみずしい音がして、甘いリンゴの味が広がる。
「…ん、美味いな」
「っ……それで、助けてもらった借りは、返したわよ」
「へ?」
ユーリが顎を動かしながら間抜けな声を出せば、が立ち上がって顔だけ彼の方を向けた。
ウサギリンゴのことでさらに照れたのか、顔はリンゴのように…とまではいかないが赤く、睨まれてもやっぱり迫力はなかった。
「私っ、借りは作らない主義なの。だからこれでおあいこよ。いいわね!?」
「……あ、ああ…それは別に、いいけど…、……って、もう行くのか?」
ユーリが問うても彼女は答えず、そのままコートの裾を翻して大股で歩き始めた。
…まあがすぐに姿を消すのはいつものことか、と思ってユーリは十分味わったリンゴを飲み込む。
しかしその瞬間、ざくざくとのいつもより荒い足音が止まって、くるりと体ごとこちらを向いた。…今度はなんだ一体。
「…それとっ、一つ言い忘れてたことがあったわ!」
びしりとユーリの顔を指差したの左手が引っ込められ、彼女は胸の前で両腕を組んだ。言った。
「あなた、まだ背中を預けるには未熟だわ」
「……は?」
「弱いって言ってるの! いいわねっ、そんなんじゃ、安心して背後を任せられるはずないのっ」
何を言っているのかまったくもって分からない。
頭に?マークをたくさん浮かべるユーリに気づているのかいないのか、はもう一度「いいわね!?」と叫ぶなり、再び踵を返し大股で去って行く。
その自分より小さな背を見送りながら、ユーリは彼女の言ったことを整理し、理解しようとして、理解しようとすると、
「………つまり、背中が預けられるくらい、強くなれってことか…?」
行き当たったのはその結論だった。
……や、でもそれはつまり、もっと強くなれば背中を預けてくれるということで。
口に出した瞬間、その結論が正しい気がして、ユーリは柄にもなく気恥しくなるのを感じた。
「っ…ボヤボヤしてらんねーな、こりゃあ……」
ぼそりと小さく呟き、少し間を空けた後で、ユーリはが去って行ったのとは反対方向へと足を向けた。
無駄な血を背負っていけるほど強くはないけど、
(誰かの血を流してまで守られるような性質じゃないの、)(分かるでしょう、…あなたなら)
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えへへー再びクド様からの頂き物ですよぉ!!
クド様のサイト10万打記念という事でリクエストしてきちゃいました(*ノノ)
このシリーズのヒロインさん大好きなのです!!そしてお言葉に甘えて掲載。
かっこいいですよねヒロインちゃん。
こう、華麗に、軽やかに、敵を薙ぎ倒し。なおかつ"ツンデレ"。
ツンデレ←ここ重要、テストに出ます。(マテ
それに振り回されるユーリさんもまたいいのです。
むしろもっとやれ、的な、ふはははは。
クラトスとの絡みも出してもらえて私は満足じゃー><
クド様!!再び素敵夢をありがとうでした〜。
まじ、このヒロインちゃんはお勧めですよー!お気に入り(*ノノ)
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