お昼を少し過ぎた頃、用事を終えたは荷物を片手に廊下を歩いていた。
自室まであと少しといったところ、廊下の向こうから見知った人物がやって来る。


「ローエン、どうしたの?」
様、ちょうど良かった」


執事風の燕尾服に身を包んでこちらに向かうローエンはこの国の宰相であり、の勉学の師でもある。
確か今日は朝から用事があり、城を出ていたはずだった。
そのこと思い出しながら尋ねると、真剣な表情でローエンが口を開いた。










コンコンコン


「何だ」


扉を軽く三回、叩いてすぐに部屋の中から低い男の声で返事がある。

ローエンと別れた後、は揃いのティーセットを片手にガイアスの執務室を訪れていた。
いつもならば返事があってすぐに扉を開けるのだが、はトレイを持ち直すと、襟を正す。
そうして扉をかちゃりと開けた。


「おいしい茶葉とお菓子を頂いたのだけど、一緒にどうかしら?」


芳ばしい香りを匂わす茶菓子はつい先程焼き上がったばかりのできたてだ。
部屋の主に向かってにこりと微笑むと、はトレイを少しあげて見せた。
部屋の奥では予想通り、山となった書類に次々に目を通すガイアスがいて。


「・・・・・・そうだな。
 あと少しで一段落着くことだし貰おうか」
「良かった。
 それじゃ、早速入れるわね」


そう言っている間にも積まれた書類がどんどん減っていく。
この国の王であるガイアスの仕事の量は半端ないのだが、それをこなすガイアスの処理能力も半端が無いのである。
それでも全体の半分といったところか。

執務室に備えられたソファに座りティータイムの準備を整えると、
はじっとガイアスの姿を見つめていた。
それは仕事に一段落つき、ガイアスが横に座っても変わらず、
むしろ彼の顔を注視するまでになった。


「どうした?」
「ねえ、ガイアス、あなたまたろくに寝ていないんじゃない?
 隈、できてるわよ?」


さすがに不思議に思ったのか、の瞳を覗いたガイアスに、は彼の目元を指差して返す。
うっすらと黒ずんだ目元の隈は疲れの証拠だった。
幾ら彼が生来体力があるといっても限度というものがある。
彼が倒れては元も子もないのだ。


「あなた、何でもかんでも一人で背負い込みすぎなのよ。
少しは周りに頼ることも覚えなさい」


批難がましい口調になるのも構わず、は続けた。
がティーセットを片手に部屋を訪れたのも、これが理由だった。
しかしガイアスは首を振る。


「だが、それが王の責務だ」


頑固なまでに譲らない、ガイアスのそんな気性は分かってはいたが、
今度ばかりはもはあと溜息をつく。


「私がさっきまでどこにいたか分かる?」


脈絡も無く唐突にそう言うと、ガイアスが一瞬だがたじろぐのが分かる。
ガイアスに話したことは無かったが、には午前中、毎日行くところがあった。
今日も昼までそこで過ごし、その帰りにローエンに会ったという訳だ。


「この時間なら・・・図書室か」
「そう、図書室よ。
 さっきまで私はこの国のことについて勉強していたの」


やっぱりお見通しね、とは苦笑した。
ガイアスがいつも忙しいこともあって、すれ違うことの多い二人である。
どうせなら驚かせたいと隠していたつもりだが、やはりガイアスには筒抜けだったらしい。


「私は、いつまでもお飾りの王妃でいるつもりは無いわ」


ガイアスの瞳をじっと見つめるの瞳は、真剣そのものだった。
そう、所謂とガイアスは妻と夫という間柄で、つまり、はこの国の王妃なのである。
しかしそれは肩書きだけ。
・・・・・・ある時までは。


「そりゃ勿論、最初の婚約は嘘だったけど、
 私はあの時、あなたと共に歩んでいくって決めたから。
 あなたの隣で、あなたの支えになりたいの」


早く世継ぎを、とうるさい重臣を黙らせるためにしたのは嘘の婚約。
けれども玉砕覚悟で告白をし、気持ちを受けとめてもらえたあの時、
どんなにの心が震えたか、ガイアスは知らないだろう。
ガイアスの傍で育み続けてきた熱い想いはとどまる事を知らず、溢れるばかりであった。


「最近はローエンにもお墨付きをもらえたのよ?」
「それは頼もしいな」
「でしょう?」


僅かに笑ったガイアスには満面の笑みで返す。
ガイアスがふとした瞬間に漏らすその優しい笑みがはすごく好きだった。
しかしそれも今は精彩にかけている。
再び笑顔を曇らせると、はガイアスの手をぎゅっと握った。


「だから、ね、少し休んで?」
「・・・・・・わかった」
「じゃあここどうぞ」


ガイアスがようやく首を縦に振ってくれた。
その嬉しさに思わず飛び上がりたいほどではあったが、
それを堪えては場所を明け渡すため、ソファから立ち上がった。


「え、きゃっ」


触れていた手が離れた瞬間、ぐいと引き戻される。
あっと思った時にはもう、は再びソファに座っていて、
その膝の上にはガイアスの頭が乗っかっていた。


「この方が良い」
「で、でも、ガイアス!」


男の人に膝枕をするなんて生まれて初めてで、それがガイアス相手ならばなおさら、
恥ずかしさには顔を真っ赤にして慌てるが、ガイアスは無視をして目を閉じてしまった。


「もう・・・・・・」


思わず苦笑が漏れるが、あるのはただ愛おしさだけだった。



「おやすみなさい、ガイアス」


少し癖のある黒髪に優しく触れると、は小さくそう囁いた。















薄暗い部屋の中、はふっと瞼を揺らした。


「・・・・・・ん・・・あれ、私・・・・・・。
 ―――っガイアス!?」


膝を貸しているうちに、いつの間にかも寝てしまっていたらしい。
ぼんやりとした視界は思考をあやふやにしていたが、
まどろんでいた意識が覚醒するのは一瞬だった。
膝を枕に寝ていたはずのガイアスがいない、その事実には飛び起きた。


「起きたか」
「ご、ごめんなさい、ガイアス。
 私も一緒に寝ちゃうなんて・・・・・・」


目的の人物はすぐに見つかった。
声がしたほうに目を向けると、窓辺に佇んでいるガイアスの姿がある。


「・・・・・・何を見ているの?」
「街だ」


どこか慈しみを帯びた瞳で見つめるガイアスの視線の先には彼が治める街があった。
既に日が暮れ外は闇に沈んでいたが、街は光に満ちていた。
家々から漏れる灯り、それは人々の命の輝きでもある。


「・・・・・・綺麗ね」
「ああ」
「一緒に守ろうね」
「そうだな」


ガイアスの隣に並んで窓の外を見つめると、はそっと彼の手に自分の手を重ねた。
少しごつごつした、けれども暖かくて力強いその手は彼が世界の為に生きてきた証。


「ガイアス、好きよ?」
「ああ、俺もだ」


見つめあい、どちらからともなくキスを交わせば、気持ちが抑えきれなかった。


「ん・・・・・・」
「・・・・・・それで、いつまでそこにいるつもりだ?」


優しいガイアスの口付けにが思わず声を漏らした時、
まるで世間話をするかのようにガイアスが口を開く。


「え?あっ・・・・・・!」
「これは失礼、お取り込み中のようでしたので」
「ローエン・・・・・・」


驚いて後ろを振り返ったが見たのは物陰からするりと出てくるローエンの姿だった。
元々がガイアスの元へと来たのはローエンに話を聞いたからで、
ガイアスを休ませる代わりにが仕事を引き受けると彼と約束していた。
しかしもう今は夜中だ。


「ごめんなさい、ローエン。
 ガイアスの代わりの仕事を私・・・・・・」
「いえ、それはもう私がやっておきましたので、そのご報告にと」


顔を青くして謝るに、ローエンは首を振った。
執務机の上を見れば確かに、あれほどあった書類が綺麗に片付けられている。


「それもお前の差し金だろう」


が持ってきたティーセットは未だ片付けられてはいなかった。
都合よく届けられた休息は名宰相と謳われるローエンの仕業だとガイアスは見抜いていた。
けれども、ローエンはにっこりと笑みを浮かべるばかり。


「それでは私はこれで。
 後はお二人でごゆっくり」
「ちょ、ちょっとローエン!?」


扉を開いて去っていくローエンの言葉に、の顔が見事にぼっと耳まで赤く染まった。
そういえば、一部始終を見られていたのだった。


「ガイアスも気づいていたのなら教えてくれても良かったのに・・・・・・!」
「何か不都合があったか?」
「・・・・・・そうね、あなたはそういう人だったわ・・・・・・」


本気でそう思っているらしいから尚性質が悪い。
深い溜息がの口から漏れるが、立ち直るのは早かった。


「いいわ、お言葉に甘えていちゃいちゃしましょ?」


ガイアスの首に腕を回しにこりと微笑むと、は彼の胸に擦り寄った。
甘い時間が途中で中断されて、としても物足りなく感じていたのだ。
そんなにガイアスが小さく笑みを浮かべる。
ふわりと彼女の体を横抱きに抱えあげ向かったのは、部屋の奥に続く扉だった。






のない夜に


























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お待たせしすぎて頭が上がりません・・・・・・
やよいさんからの77777HIT祝いのリクエストでガイアス夢です。
甘甘、甘甘、と自分に言い聞かせながら書きました。
これが精一杯の甘さ加減です。
私、頑張ったよ!!!
今度はローエンが友情出演です。
さすがローエン、愛の詩集をだしているだけあります(何)
ガイアスかっこいいぜー!!と叫びつつ、やよいさま、遅くなって申し訳ありません!
宜しければもらってやってください><