そぉーっとそぉーっと、出来る限り静かに。
細心の注意を払い窓枠を乗り越えて、地面に降り立つ。
微々たる物でも、音は立ててはいけなかった。
キョロキョロと周りを見渡して安全を確認すると、
開いた窓を苦もなく元通りにし、は立ち上がった。
心底、部屋が1Fで助かったと思う。
がらんとした城の通路はの他には誰も見当たらなかった。
脱走の心得、其の1、音を立てない。
其の2、痕跡を残さない。
其の3、成功したらすぐにその場を立ち去る
其の2までこなした所で、思わず口からほっと安堵の息が漏れる。
何故ここまでが警戒しているかというと、話は長くなる。
まずは即急にこの場を立ち去らなければならなかった。
が出し抜かなければならない相手とはそうまでしないといけない人物なのである。
しかし足早に歩き出そうとして、の足がぎくりと立ち止まった。
「どこへ行くおつもりですか」
「ジェ、ジェイド・・・・・・」
しんとした通路に涼やかに響く声、
常ならば、惹きつけられてやまないものであったが、今は一番聞きたくない声だった。
が出し抜かなければいけない相手とは、
今正に、顔に笑みを浮かべて近づいてくる、ジェイドなのである。
穏やかに笑っているはずなのに、笑顔が怖かった。
背中につつと冷や汗が流れる。
「・・・・・・えーっと・・・ちょっと中庭まで?」
「中庭はそちらではありませんよ」
「え、ええええーっと、
そう!その、ジェイドに話があって・・・・・・!」
もはやジェイドにも聞こえるんじゃないかと思うほど、
心臓がバクバク大きな音を立てていた。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせて、はジェイドを見る。
とにかく、この場を切り抜けなければ。
「ほう、私にですか?」
「そうなの!だから外で・・・・・・」
若干宙を泳いだ視線の所為で、ジェイドが眉をすっとひそめたのには気がつかなかった。
ぱっと顔を明るくして手を合わせると、今度こそはジェイドを真正面から見る。
城の外にさえ出てしまえば、地の利は五分。
後は隙をみてジェイドを撒けばいい。
「そうですか」
にっこりと微笑を浮かべるジェイドにつられてはえへへと笑う。
お馬鹿な子ほどかわいいとはよく言ったものである。
ジェイドは眼鏡のフレームをくいと持ち上げると、の肩へと手を置いた。
「・・・・・・私相手に嘘をつこうとは、いい度胸です」
「えっ?きゃあっ!ジェイド!?」
次の瞬間、の目に映ったのは、地面だった。
一瞬でジェイドがを肩に担ぎ上げたのだ。
は下ろしてと必死に騒ぐが、ジェイドが聞く耳を持つ筈もなかった。
「私に話なら貴女の部屋で聞いても支障はないでしょう。
それともここでお尻ぺんぺんでもしてもらいたいのですか?」
「・・・・・・大人しく部屋に戻ります・・・・・・」
肩に担がれているというだけでも恥ずかしいのに、
ジェイドのことだ、本気でやりかねない。
うっと言葉に詰まったががっくりとうなだれると、ジェイドが再びにっこりと笑う。
「それでよろしい」
笑顔が憎い。
担がれたまま部屋へと運ばれたはこの時、心底そう思った。
「ジェイドのばかー!!!!!
わからずや!陰険メガネ!!」
ばたんと閉まった扉に、大きな枕がばしんとぶつかり、落ちる。
これ以上無いほどの恨みをこめて投げつけた為、糸がほつれて羽毛が舞ったが、
は気にしなかった。
それどころか、部屋の中の物を手当たりしだい掴んで、扉へと投げつける。
ピンクを基調とした、けれど可愛すぎずシンプルに纏められた部屋。
家具も、雰囲気も、何もかも好みではあったが、ここはの部屋ではなかった。
城の一角に設けられたこの場所は、元は客間の一つで、
ジェイドに理由もわからずここに連れてこられて、おおよそ一週間になる。
この一週間というもの、はほぼ軟禁状態にあった。
食も、住も至れり尽くせりで不自由は無かったが、外に全く出させてもらえないのだ。
ジェイドにきつく言い含められているのか、
隙を見て抜け出そうとすると、お付きのメイドがにこやかな笑顔で立ちふさがる。
そんな状態が、ここ何日か続いていた。
部屋は凄惨な状態になりつつあったが、怒り収まらず、
は最初に投げた枕を拾って、ベッドへと放り投げた。
次に自分もベッドへとダイブすると、枕をばしばしと叩く。
枕をジェイドだと思えば、憎らしさに思わず力がこもるというもの。
不毛すぎる。
しばらくして力尽きたは枕にぼすっと顔を埋めた。
小さな溜息が白い布へと吸い込まれる。
「急がなきゃいけないのに・・・・・・」
くるりと仰向けになって宙に手を伸ばせば、指の隙間から光が漏れた。
ジェイドはジェイドなりに理由があってのことなのだろう。
彼が理由も無くこういう事をする人でないことはだって知っていた。
けれど、言わなければ分からない。
何か口を噤まねばならない理由があるというのだろうか。
考えても、には分からなかった。
分かるのは、あの日までもう日が無いと言うことだった。
それからというもの、とジェイドの攻防がそこかしこで繰り広げられていた。
「今日はどこへ?」
「ぶ、ぶウサギの散歩に・・・・・・」
「先程メイドしていましたが」
「そ、そう。残念ね・・・・・・」
ある時は中庭で、
「」
「ちょっとピオニーに呼ばれて・・・・・・」
「陛下は執務中です」
ある時は大広間の前で、
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ある時は・・・・・・以前ピオニーに教えてもらった秘密の抜け道の前で。
部屋の外にこそ出してもらえるようにはなったが、
城を抜け出そうとが思った瞬間、四六時中傍に張り付いているんじゃないかと思うほど、
タイミング良くジェイドは現れるのだった。
「守備はどうだ」
「抜かりはありません」
「そうか・・・・・・。
―――ジェイド、は俺の大事な幼馴染でもある、よろしく・・・頼む」
「貴方に言われなくとも元よりそのつもりです」
さも当然と言わんばかりに、ジェイドはさっと一礼して足早に謁見の間を立ち去る。
定期報告の為にと訪れはしたが、今この間にもが城を抜け出したりやしないかと、気が気でなかった。
日を追うごとに学習するのか、段々彼女はジェイドの隙を縫うのがうまくなっていた。
「裏目に出ないといいのだがな・・・・・・」
バターンと盛大な音を立てて閉まった扉を見つめて、ピオニーは大きく息を漏らす。
「あいつのことに関してはジェイドも頑固だからな・・・・・・」
最初はメイドにやらせていた見張りも、余裕がある時はジェイド本人がやっているらしい。
やりすぎも否めないが、ピオニーもそれを容認していた。
は城の外に決して出してはいけない。
彼女には・・・・・・死の予言が出ていたのだ。
「カーティス大佐!!」
「どうしました?」
謁見の間を出て、ジェイドがの部屋へと向かう途中、まさに向こう側から
一人のメイドが息を切らしながら走って来た。
息を乱すメイドを落ち着かせながらも、ジェイドは自分の心臓がどくんと脈打つのを感じた。
嫌な予感がする。
彼女は、専属のメイドだ。
「様が、様がお部屋にいません!!」
「何・・・だと・・・・・・!?」
思わず荒れる、言葉。
予感は的中していた。
急変したジェイドの声に、メイドがびくりと肩を跳ね上げる。
普段穏やかに喋る彼しかメイドは知らないのだから無理は無い。
ジェイドは辛うじて理性を保つと、顔を上げた。
「・・・・・・貴方はすぐに陛下に知らせを!
は私が必ず探しだすと!!」
「は、はいっ!!」
メイドが去るのを待たずに、ジェイドは走り出す。
いつもの冷静さは微塵も見当たらなかった。
「よかったぁ、手に入って」
一方、渦中のは城下にある小さなお店の前にいた。
綺麗にラッピングされた包みを大事そうに抱えると、は嬉しそうに微笑む。
どうしても外に出たかった理由はこの包みの中身にある。
取りに行くのが遅くなってしまい、反故にされてやしまいかと危ぶんでいたが、お目当ての物は店にちゃんとあった。
今度絶対買いにくるからと、店主に引かれるほど念を押しておいた甲斐があったというものだ。
それ程、欲しかったのだ。
ジェイドの目を盗んで、ようやく外に出ることができたは速攻で店に向かい品物を買った。
後は見つかる前に城に戻るだけだった。
大通りを差し掛かったところで、はふと道路の先を見る。
「あ・・・・・・、あれジェイドに似合いそう」
あまり身の回りのものにこだわらなそうに見えるが、その実ジェイドはお洒落だった。
身に着ける衣服はいつも上等な物だったし、
その素材にもこだわっているのをは知っていた。
私服はあまりお目にかかる機会がなかったが、
道路の反対側のお店にジェイドが着たらすごく似合いそうな服を見つけて、
ふらふらとつられるようには道路を横切ろうとした。
「危ない!!!!」
「え・・・・・・?」
緊迫した声に振り返ると、大型の馬車がすぐそこまで迫りつつあった。
服に気をとられていたは、全く周りに気を払っていなかったのだ。
避けなければ、と思ったが、足がすくんで思うように動けなかった。
迫りくる光景がまるでスローモーションのようにゆっくりと目に飛び込んでくる。
私、これで死んじゃうんだ、とはどこか人事のように思った。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、
カシャーンと何かが地面に落ちて割れた音がした。
同時にドォンと何かがぶつかる音。
体が、ふわっと持ち上がった。
しかし、覚悟していた衝撃はこなかった。
代わりにばらばらと何かが振ってくる。
ふわりと香水の香りが鼻腔をくすぐった。
この香りは・・・・・・。
大人の嗜みだ、といつもジェイドがつけている香水の香り。
涼やかで、そしてどこかミステリアスなその香りはジェイドにぴったりだと、は思う。
そろりと目を開けると、ジェイドの腕の中にはいた。
体が持ち上がったのは馬車とぶつかった為ではなかったらしい。
赤い瞳が、間近にあった。
「・・・・・・ジェイド?」
はジェイドに手を伸ばそうとした。
しかし途中で手を取られ、その手をぎゅっと強く握られる。
それは予想以上にも強い力で、手がしびれるほどに痛かった。
返事がないジェイドに、再びはジェイド、と声を掛けた。
すると、ゆるゆるとだが、ジェイドの手が離れていく。
沈黙が流れた。
何か話そうとが口を開こうとした矢先、低い呟きが零れる。
「・・・・・・貴女は、私に再び禁忌に手を触れさせるおつもりですか」
「?、禁忌・・・・・・?」
「・・・・・・いえ。
それよりも・・・・・・。
・・・・・・貴女が無事でよかった」
そう言って、ジェイドはを固く抱きしめた。
の無事をその身で強く確認するかのように。
ジェイドの腕の中は窮屈なほどではあったが、
それ程心配をかけさせてしまったのだと、申し訳ない気持ちになる。
はどうにか腕の隙間から顔を出すと、真っ直ぐにジェイドを見上げた。
「ジェイド?泣いてるの・・・・・・?」
「泣いてなどいません」
「嘘。声が震えているもの。
それに・・・・・・」
ジェイドの頬に添えたの手のひらに、ぽたりぽたりと冷たい雫が落ちてくる。
長い髪に隠れて表情はうかがい知れなかったが、確かに、ジェイドは泣いていた。
思わず、はほぅっと息を漏らす。
男の人の涙が、こんなに綺麗なものだとは思っていなかった。
否、ジェイドの涙だからこそ、綺麗だと思うのだろうか。
「ちょっと、あんたら無事かい?」
「ええ・・・・・・。
すいません、馬車を壊してしまって」
駆け寄ってきたのは馬車の御者だった。
傍らには車輪の部分が見事に抉れた馬車がある。
ぎりぎりで駆けつけたジェイドが、寸前で馬車を壊して事故を止めたのだ。
「いや、いいよ。
お嬢さんに大事がなくて良かった」
人の命にはかえられないからね、と人のよさそうな笑みを浮かべて微笑む旦那に、
せめてもと馬車の修理費を差し出す。
そんなジェイドを再びは見上げた。
先ほどカシャンと何かが割れた音はジェイドのメガネだったようだ。
いつもの銀縁のメガネはなく、の好きなジェイドの瞳がレンズ越しではなく良く見えた。
「部屋から出してくれなかったのはこの所為だったのね」
「ええ、そうです」
「この事はピオニーも?」
「陛下もご承知の上です」
「それならそうと言ってくれればよかったのに・・・!」
「言ったら外に出るのをやめてくれましたか?」
「そ、それは・・・・・・」
うっと言いよどんだに、ジェイドの盛大な溜息がかかる。
ジェイドの苦労をしのばせるのはその溜息だけで十分であろう。
通常、人の生死にかかわる予言を詠むことは許されていないのだが、
それについては紆余曲折があるらしい。
だからなのか。
自分の身のことを考えてのことだ。
仕方がなかったのだ。
「あのね、ジェイド。
私がどうしても外に出たかったのは、欲しいものがあったからなの」
「欲しいもの?」
「そう、それはね・・・・・・」
そう言いながら、は荷物の中から大事に仕舞い込んでいた物に手をかける。
「あっ・・・・・・」
事故の衝撃からか、綺麗にラッピングされた包みはぐしゃぐしゃになっていた。
包装紙からぴちゃりぴちゃりと液体が滴るのを見るに、
中身も完全に壊れてしまっているのだろう。
「せっかくのジェイドの誕生日プレゼントが・・・・・・」
「・・・・・・貴女は馬鹿ですか」
ジェイドの口から、再び盛大な溜息が漏れる。
は、たかだかジェイドの誕生日のためだけに、命を危険にさらしたのだ。
「馬鹿だ馬鹿だとは常々思っていましたが、ここまで馬鹿だとは・・・・・・」
「な、何よ、私だってねぇ!!
・・・っぅ・・・・・・っ!」
こっちにだって言い分がある。
心底呆れた顔をしてこちらを見るジェイドに、は思わず、立ち上がった。
と、同時に痛みに顔をしかめる。
見れば、先程くじいたのか、足首が真っ赤に腫れ上がっていた。
「・・・・・・全く」
「え、っきゃぁ!!」
突如ふわりと持ち上がった体に、は小さく悲鳴を上げる。
開放されたと思いきや、ジェイドの腕はいまやの背中とひざ裏に回されていた。
所謂、お姫様抱っこの形だ。
ジェイドのように長身で見目の良い男性がそれをするのは様になってはいたが、
には全く免疫がなかった。
これはこれで物凄く、気恥ずかしい。
「ちょ、ちょっとジェイドおろして!」
「貴女が歩くより、私が運んだほうが早い」
「そうだけどこれは・・・・・・」
「私の誕生日を祝ってくれるのでしょう?」
「で、でもプレゼントはもう・・・・・・!」
包みの中身は、香水の瓶だった。
ガラスの瓶は事故で粉々になってしまい、中身は全て零れてしまった。
誕生日を祝おうにも、あげるものが無い。
「他にもあるでしょう?」
「え・・・・・・?」
「プレゼントは部屋で受け取ります」
"貴女から、直接。"
そう、囁いたその声は蕩けるほどに甘く。
「うっ・・・・・・」
そのにこやかな笑顔に、は瞬時に彼が言いたい事を悟った。
たちまち頬がぼっと赤くなる。
「ジェ、ジェイドのセクハラメガネー!!」
「何とでも言ってください」
振り上げた平手は難なくかわされて、しれっとした顔で言葉が返ってくる。
ジェイドはまだ怒っていたのだ。
これはささやかな仕返しだった。
「うう・・・・・・」
こうなったら、諦めるしかない。
小さく唸りながら、ジェイドの胸に顔を埋めたの顔は耳まで真っ赤だった。
これだから、やめられない。
思わず零れそうになる笑みを堪え、
その可愛い姿を他の者に見られないようにと、ジェイドは少し体勢を変えてを抱えなおした。
「さぁ、行きましょう」
まずは城に帰り、ピオニーに事の顛末を報告しなければ。
きっと、かなり心配しているだろう。
歩き出してふと、ジェイドは疑問に思う。
「ところで、どうして香水なのですか?」
「それは・・・・・・」
ふ、と顔を上げた先にはジェイドの真剣な赤い瞳があって。
はジェイドの服を小さくきゅっと握った。
「今度ジェイド、長期の任務に出ちゃうじゃない?
一緒について行けないから・・・だから・・・・・・、香りだけでも、と思って。
いつも身に着けている香水なら、変わらず傍にいられるでしょう?」
プレゼントしようと思っていたものは、が普段つけている香水を男性向けに調合しなおしたものだった。
街にある香水屋さんは全くオーダーメイドを受け付けていないらしく、
かなり無理を言って頼み込んだのが、今日行ったお店なのである。
「・・・・・・そうですか」
「ジェイド?」
「いえ」
見上げたジェイドの表情はまるで普段どおりだった。
声色が少し変わったと感じたのは、の気のせいだったのだろう。
「それにしても・・・私、すごく香水くさい・・・・・・」
「自業自得でしょう。何なら匂いが取れるまで洗って差し上げますが」
「遠慮しておきます」
「そうですか、それは残念」
それはそれは至極残念そうにジェイドが言うものだから、の顔は再びかっと赤くなって。
後に続いたのは勿論、ぷっというジェイドの忍び笑いである。
「・・・・・・ジェイドのばか!!」
振り上げた拳はドカッとかなり痛そうな音がしたが、はぷいっと横を向いて知らん振りをした。
弱 点
(はお前の弱点だな)(勝手に言っててください)(否定はしないのか)(ええ)(こりゃやぶ蛇、か)
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ジェイドのドはドSのドー。
はい、大変長らくお待たせしました。
ええと、77777HIT?だいぶ前ですね・・・。
伊瀬さんからのリクエストでTOAジェイド夢でございます。
ジェイドがSな話(笑)ということだったのですが!!
まぁ、ジェイドさんは意識せずともいつもSですよね(マテ
うん、やっぱジェイドは書いてて楽しいです(笑)
ピオニーにもちょこっと出演してもらいましたヾ(〃^∇^)ノ
伊瀬さん!なんだか書いてたら収まりつかなくなって長くなってしまったのですが、
もらってやってくださると嬉しいです♪
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