そこには何もなかった。
時の流れも、生命の息吹も、大地の律動も、何も。
おおよそ世界にあるべきものが欠如しているその空間。
ただひたすら白いだけの床に、こつりこつりと靴音が響く。

珍客は招かれる客か招かざる客か。
靴音がぴたりと止んだ時、ざわりと、空気が動いた。
空間に、ぱあっと穏かな紫色の光が満ちていく。


「―――すぐ、解放してあげるわ」


この世界は、罪の証だった。










―罪の














『いいの?姉さま』
『いいのよ。二人には幸せになってもらいたいの。
 マーテルも、ユアンも、二人とも私の大事な人だから』
『わっかんないなぁ。
 何で姉さま二人ともユアンなの?
 クラトスの方が断然かっこいいのに』
『そうよね。クラトスの方が強いし、優しいし、頼りになるわね』
『でしょ?だったら・・・・・・』
『それでも私は・・・・・・。
 ・・・・・・いつかミトスにもきっと分かる日がくるわ。
 そう、いつかきっと・・・・・・』










は広い建物の中を歩いていた。
いつもいるはずの見張りも、今は見当たらない。
勝手知ったる家のように迷いなく進むと、は一つの部屋の前に辿り着いた。
ぼそぼそと、中から話し声が聞こえる。
扉は自動開閉式のようで、前に立つとすぐに開いた。

部屋の中にいたのは男が二人。
よほど真剣に話をしているのか、こちらにはまるで気づいていなかった。


「失礼するわ」


コツコツと横の壁を叩いて入室すると同時に、男達がばっと振り向いた。
に気づくや否や、すぐに片方の男が警戒を露わに、もう一人を庇うような仕草を見せる。
察するに、部下と上司の関係なのだろう。
しかし、庇われた男とは既知の間柄であった。


!?どうしてここに・・・・・・」


男は古代大戦のかつての仲間、ユアンである。
少し髪が伸びたか、結って横に流したその青い髪は以前よりも長くなっていた。
は長い間、彼に会っていなかった。
しかし、を前に驚くその姿は全く変わらない。
まるでいたずらが見つかった子供のように顔を顰めるユアンに、
は優しくただ微笑みを投げかけた。


「いいのよ、ユアン。
 私は貴方のしている事にとやかく言うつもりはないわ。
 ただ、ちょっと顔が見たくなっただけなの」


レネゲード―裏切り者。
それはが所属するクルシスに対抗するべく作られた、組織の名前である。
組織の長の正体は長年謎に包まれていたが、すべてをは調べ上げていた。
長が彼、ユアンであること、
そしてその本当の目的も。


「・・・・・・今まで一体どこに」


長年彼と会っていなかったのは、
ある事件をきっかけに、が行方を晦ましていた所為である。
それこそユアンがレネゲードを組織する前に。
だから彼が何をしていようと、には関係なかった。


「ねぇ、ユアン。
 貴方が始めて私を義姉って呼んでくれた日のこと覚えてる?」


問いには答えず、はすっとユアンの横へと視線を向けた。
視線の先で、すぐに部下の男が一礼して去っていく。
けれどもその足音が部屋を出たすぐの所で止まったのに、は気づいた。
ユアンは良い部下に恵まれているようだ。

の言葉に当時を思い出したのか、ユアンが小さく頷く。


「・・・・・・ああ」
「貴方とマーテルが婚約した日だったわ。
 姉弟になるからって私が・・・せがんだのよね」
「そうだったな」


マーテル、のかわいい妹。
優しいが故、人一倍悲しみを背負った彼女には、一番に幸せになってもらいたかった。
だから、は誰よりも彼らを祝福した。
マーテルと婚約するようユアンに勧めたのも、かくいうなのだ。


「そしたらミトスが・・・・・・。
 ミトスが、姉さまの弟は僕だけだって怒ったのよね」


ふくれっ面をしてむくれるミトスに、
自分は彼をぎゅっと抱きしめて、ごめんなさいと謝ったっけ。

今でもその光景は、昨日の事かのように思い出せた。
思わず、笑みがこぼれる。


「ね、今はミトスもいないことだし、
 また義姉さんって呼んでみてくれない?」
「しかし・・・・・・」
「ユアン、お願い」


縋り付くように彼の腕を掴むと、一瞬ユアンは驚いた表情を浮かべた。
しかしその表情もすぐに消えて無くなってしまう。
変わりに現れたのは、少し照れて赤くなったユアンの横顔で。


「・・・・・・義姉さん」
「・・・・・・ありがとう、ユアン」


これでようやく想いを断ち切れる。
は小さく息を漏らした。

マーテルがユアンを、ユアンがマーテルを。
二人が互いを互いに好きになる前から、はユアンが好きだった。
義姉と呼んでもらうことは、彼を諦めるということと同義なのである。

ユアンがマーテルを好きだと知った時、
もうこの想いは捨てよう、そう思った。
けれどミトスは優しい子だから、未練を断ち切ろうとしたの心に、
あえて待ったをかけてくれたのだろう。
しかしそれがあの、・・・・・・あの残酷な結末をもたらした。
はあの時・・・・・・。





『どうして、どうしてこんなことに・・・・・・』
『何故だ!何故彼女を切る必要があった!?
 どうして・・・・・・!』
『落ち着け、ユアン!!
 今は目の前の敵を倒すことに集中しろ!』
『姉さま、姉さましっかりして!!』
『どいてミトス、私がやるわ』
姉さま!!マーテル姉さまがっ!!マーテル姉さまが!!』
『―――っ駄目ッッ
 血が止まらないわ。このままじゃっ・・・!!』





人間の兵士が、裏切ってマーテルを切った。
あの時、は思ってしまったのだ。
このまま妹がいなくなれば・・・ユアンと一緒になれるのでないか、と。

愕然とした。

治療に手を抜いたつもりはなかった。
治癒の術が追いつかないほど、妹の傷は深かったのだ。
しかし、本当に手を抜かなかったといえるのだろうか?

許せなかった。

たとえちょっとでもそう思ってしまった自分が、皆の傍にいられる筈がなかった。
事が終わったとき、は誰に何も告げずに、皆の前から姿を消した。





「・・・・・・それで、今度は何をしでかすつもりだ」


昔からユアンは妙な所で勘が鋭かった。
しかしそんな彼でも、の心の内を見破ることは不可能だ。
長年の嘘で塗り固めた笑顔を張り付かせて、は笑った。


「あら、やっぱりユアンにはお見通しなのね」
「当たり前だ。
 お前達姉弟に振り回されるのは、
 いつも私とクラトスの二人なのだからな」


ふんと鼻を鳴らしてユアンは言った。
人の言葉を揚げ足で返す、
そんな皮肉屋な所はまるで変わっていないようだった。


「ふふっ、そうね。
 二人には迷惑かけっぱなしだったわね。
 ごめんなさい」


しかしそれも信頼あってこそなのだ。
は素直に謝った。


「・・・・・・何よその顔」
「いや・・・・・・天変地異でも起こるのかと」
「ひどい言い草ね。
 私だって非を認めるぐらいはするわよ?」
「どうだかな」


折角素直に謝ったというのに、
なんとも形容しがたい表情で、ユアンがこちらを見ていた。
ユアンの中でという人物は一体どんな性格をしているのだろうか。
少し聞いてみたい気もしたが、もうあまり時間が無かった。
遅すぎると、感づかれる可能性がある。


「もういくわ」
「待て、。まだ何をするのか聞いていない」
「・・・・・・為すべきことを為しに」
「為すべきこと・・・・・・?」


再びユアンが聞き返したが、それ以上には語るべき言葉は無かった。


「ユアン」
「なんだ」
「マーテルと幸せにね」
「!?それってどういう・・・・・・」


の足元で魔方陣が発動する。
それはここに来る前に仕掛けていたものだ。
姿が、掻き消えていく。


・・・・・・っ!?」


ユアンの手はには届かなった。
僅かに残った魔法の残り香も、の姿と同様、すぐに宙に溶けて消えた。















『・・・・・・ミトス・・・・・・?』
姉さま。
 僕はマーテル姉さまを復活させるよ』
『どういうこと・・・・・・?』
『皆賛同してくれた。
 後は、器となる神子を探すだけだ』
『器・・・・・・。
 それがあればマーテルは生き返るの?』
『そうだよ、姉さま』
『・・・・・・マーテルが・・・・・・生き返る・・・・・・?』





ミトスは言った。
器があれば、マーテルは生き返ると。
しかし単純にそこいら辺から探し出してくるだけでは駄目だった。
器はその本質において、マーテルに近しいものでなくてはならない。
本質というならば、血縁者であるが最も近いはず。
が器になれば、マーテルは復活を果たすのだ。

最初からこうすればいいことは分かっていた。
けれどは未練がましくここまで生きてしまった。
ユアンが生きるこの世界に居たいが為に。

望みを捨てきれないことが、なんと残酷なことか。


「今までごめんなさいね。すぐ解放してあげるわ」


は祈りの間に立っていた。
ここには、犠牲となった数々の神子と、
大いなる実りに守られた、マーテルが眠っていた。
マーテルの体には無数のチューブが繋がっていて、
そのチューブはの目の前にある機械から伸びている。

は天使の羽を広げた。
淡い紫色の光を帯びた天使の羽は、空間を明るく照らし出していく。

そんな時、しゅうんという小さな音と共に、一人の男が広間に現れた。
ワープをしてきたのは、を追いかけてきたユアンだった。
がしようとしていることに、ユアンは気づいたのだ。


!!!馬鹿な真似はよせ!!」


祈りの間はクルシスの本拠地デリス・カーラーンにある。
ここにくれば敵方であるユアンの身は危ないというのに、彼は来てくれた。
心がぐらりと揺れて騒ぐが、は首を大きく振った。
こちらに駆けてきたユアンの体が、透明な壁に阻まれる。


「結界を張ったわ。いくら貴方でもそれを破るのは無理よ」


結界の術に関しては、の右に出るものは一人も居なかった。
その中でも最上級の結界を張ったのだ。
たとえユアンの剣の腕が優れていたとしても、結界を破るのは不可能だった。

機械に近寄って、縁をつつとなぞっていく。
白い、白い機械は、まるで棺のようで。
その無機質で冷たい感触は、妹を裏切った自分にこそ相応しい。
コントロールパネルを操作すると、機械の蓋が開いた。
は躊躇無く自分の身をその中に滑り込ませる。

ガキィーンンという一際鈍い音が響いた。


!!・・・っくそっ!!!」


ユアンの剣が結界の壁に阻まれて、大きくたわんでいた。
ユアンの剣でも、結界には小さな傷一つつけられない。

ドン、とユアンが結界を強く拳で叩いた。


「あいつが、あいつがこれで喜ぶとでも本気で思っているのか!?」
「それは・・・・・・」


ユアンの言葉に、は小さく口を引き結んだ。
確かにもこれでマーテルが喜んでくれるとは、全く思っていなかった。
はマーテルの姉なのだ。
妹の性格は誰よりも理解していた。

でも、それでも・・・・・・。





『姉さま大好き』
『私もよ、マーテル』
『あ〜!!マーテル姉さまだけずるい!
 僕だって姉さまのこと大好きなのに』
『うふふ、ありがとうミトス。
 ミトスもマーテルも私の大事な家族よ』
『なぁ、クラトス。
 あの姉弟、ちょっと仲良すぎだと思わないか』
『あら、ユアン。仲間に入りたいならそう言えばいいのに』
『ちっ、違う!!私はただ・・・・・・!!』

『っ・・・・・・あは、あはははっ!
 冗談よじょ・う・だ・ん。全くもう、ユアンったら真面目なんだから』
『姉さま。あんまりユアンをいじめちゃだめよ。
 かわいそうじゃない』
『ユアンには冗談は通じぬからな』
『それは貴方もでしょう?クラトス』
『言えてる』
『二人とも、少しは遊ぶことを覚えなきゃだめね』
『だからと言って、これで何度目の道草だ』

『はぁ。しょうがないわね。
 行きましょう。二人とも』
『え〜。僕もっと姉さまとこうしていたいのに』
『駄目よ、ミトス。
 こわ〜いお兄さんがこっちを睨んでるわよ』
『ユアンって、本当気がきかないよね』
『どっちがだっ!』
『あははは!怖いお兄さんが怒った〜!』
『あ、ミトス。走ると危ないわよ』
『えっ・・・、あっ!』

『・・・・・・だから言ったのに・・・・・・』
『っ・・・おい、ミトス!!私を巻き込むな!!』
『・・・・・・もう、ほら二人とも、治療するからこっちに来なさい』
『は〜い』
『すまない
『いいのよユアン、悪いのはミトスなんだから』
『ええっ、ひどいよ姉さま〜』





それでも、あの幸せだった日々を、取り戻したいのだ。


「ごめんなさい、ユアン」
「何を謝る!?
 謝るくらいならこんな事今すぐやめろ、!!」
「・・・・・・」


こうしている間にも、マーテルの体からの体へ、
チューブを通してマナが流れ込んでくる。
意識が、朦朧とし始めていた。

はずっと握り締めていた左の手のひらをそっと開いた。
そこにあったのは、銀の細い指輪で。
指輪の内側には、細い線で書かれたY.Mの文字。
それはユアンが落としたのをが偶然拾ったものだった。
ずっと、探しているのは知っていたけれど。

ごめんなさい、ユアン。
これだけは持っている事を許してくれるかしら。

ぎゅっと再び指輪を握り締め、は小さく瞬きをした。
瞼が重かった。
その重さに任せて、は瞳をゆっくりと閉じていく。


!!」


その時、パキィインという乾いた音が辺りに響きわたった。
うっすらとした視界の中で、ユアンがこちらに駆け寄ってくるのが見える。
ユアンの渾身の一撃が、の結界を打ち破ったのだ。

しかしもう遅かった。
の記憶や、意識が、壊れた結界のように跡形もなく消えて無くなっていく。


「・・・・・・さようなら、ユアン。
 最後に、貴方に会えてよかった・・・・・・」
!!!ーーっっ!!!」


ユアンはコントロールパネルを急いで操作するが、機械は止まらない。
はユアンに向かってにっこりと微笑んだ。


「さようなら・・・・・・私の・・・・・・・」


今迄で一番最高の笑顔を、貴方に。
続く言葉は、最後まで心に秘めたまま。


さようなら、私の、愛おしい人。












































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この後、どうなるんですかねぇ。
まぁマーテルの性格上そのままってことはなさそうですが。
古代大戦組本当大好きです。
世界統合編はやばいよ!OPやばいよ!!
好きすぎて、いっぱい詰め込んだら、まるでパズルのようだ!!
妄想がとまりませんね(*ノノ)
あ、デリス・カーラーン云々のとこはいろいろごった混ぜです。
さて、リクエストありがとうございました。
77777HIT御礼りらさんのリクでTOSユアン夢です。
ユアンかっこいいですよね!!
あのへた(ごほ)かっこよさぶりを少しでも書けてたらいいのですが。
よかったら貰ってやってくださーい。