橋の方に向かうと、既に魔物に襲われたのか騎士団の精鋭たちが傷を負って倒れていた。
その中にはフレンもいて、剣を杖代わりにして辛うじて立っているように思える。


「なんてザマだよ」
「ユーリか、頼む・・・・・・エステリーゼ様を・・・・・・」
「あれは!!!」


フレンの元へと駆け付けて、は橋の向こう側を見た。
街の出口付近で、エステルが騎士の治療をしている。
そのすぐ近くに、先程見た羽持つ巨大な魔物の姿があった。
先程は遠くて良く見えなかったけれど、
間近で見るその姿、あの恐ろしい魔物は―――。

―――瞬間、は自分に魔術を施し、走った。
余りの速さに、風が巻き起こる。


「ちょっ、!?」


あの魔物の前に、エステルがいる。
守らなければならない者が、脅威に曝されている。
畏怖よりも勝るその恐怖―――。

気を抜けば、使い物にならない程震える足を叱咤し、は走った。


「エステル!!!」
!?」


はエステルの前に躍り出ると、鎌を頭上に振り上げた。
魔物を前にして、手足がぶるぶると震えるが、必死に堪える。
鎌の先端からバチィッと音を立てて雷が生じた。
バチバチと稲妻を放つ雷撃が魔物を直撃する。
それはが作り上げた、障壁の反発力を極限まで上げた術で、
大抵の物なら弾き飛ばすことができる代物だ。


「効いていない・・・・・・!?」


しかし、魔物には少しも効いていないようだった。
眩いほどの光が収まっても、魔物はその場に居続けている。
その視線の先はエステルだ。


「わたしが・・・・・・狙われてるの?」
「忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス」


うわ言のようにエステルが小さく呟くと、魔物が喋った。
機械的にも聞こえる声だが、それは確かに人の言葉で、
エステルをじっと見ていた目が剣呑に細められた。


「人の言葉を・・・・・・!あ、あなたは・・・・・・!」
「エステル、逃げて!!」


魔物から溢れる殺気に、は叫ぶ。
たとえ敵わなくともエステルを守ろうと、魔物の前に手を広げ、は立ちはだかった。
死を覚悟した、その時、空気が震えるほどの威力の砲撃が魔物を目掛けて飛んでくる。
その砲撃は直前で避けられてしまったが、
2発3発と撃たれた砲撃を避けるために、魔物の巨体が橋から離れていく。


「あれは、ヘラクレス・・・・・・」


いつの間にか、街の外に巨大な要塞の姿があった。
要塞は次々と砲撃するが、魔物は素早い動きでそれをかわしている。
要塞の名はヘラクレス。
アレクセイ主導で開発を進めていた兵器だ。
ユニオンとの友好協定を進める中、出すのは得策ではなかったが、
巨大な魔物に対し、やむを得ずといったところだろう。
街の方で、アレクセイが指示を出しているのが見えた。


「ユーリ、カロル!」
「無事だな」
「もう、早すぎるよ!」


エステルの声に振り返ると、は漸くユーリとカロルが居るのに気づいた。
ユーリの姿を見た途端、足に力が入らなくなる。
へなへなと座り込みそうになったを、ユーリの手が支えた。


、平気か?」
「ユーリ、ごめんなさい・・・・・・。
 なんだかちょっと、足がふらついてしまって」
「まぁ、あんだけバカでかい魔物だしな」


ユーリの言う通り、確かに、あの魔物には得も知れぬ恐怖を感じた。
しかしそれよりも、あの魔物を前に守ると決めた者を守れない事への恐怖の方が、何よりも勝った。
守るべき者を守れぬ自分に生きる意味等ない。
それは一種の強迫観念にも似た思いではあったが、エステルは無事生きている。


「いいえ、そうじゃないの。
 そうじゃないのだけれど・・・・・・。
 ・・・・・・エステルが無事で良かった・・・・・・」


今はただ、はほっとしていた。
安堵の息を漏らし、その顔に笑みを浮かべる。


「たっく、無茶しやがって。
 立てるか?」
「ありがとう、ユーリ」


差し出された手に自分の手を乗せ立ち上がると、はユーリに礼を言った。
腰が抜けるほど安心したのは、ユーリの姿を見たからだと思う。


「ここにいちゃ危ないよ!」


未だヘラクレスによる砲撃は続いていて、砲撃がこちらに当たる可能性があった。
橋の近くの水面に砲弾が落ちるのを見て、カロルが注意を促した。
ははっと街の方を見て、ユーリはエステルを見る。


「オレはこのまま街を出て、旅を続ける」
「え?」
「帝都に戻るってんなら、フレンのことまで走れ。
 選ぶのはエステルだ」
「わたしは・・・・・・」


ユーリの言葉に、エステルが逡巡する。
帝都に戻らなければいけないという気持ちもあるのだろう、
しかし、旅をしなければ得られなかった物があった。
エステルはそれを知ってしまった。


「わたしは旅を続けたいです!」


続く言葉は、ユーリの旅に同行したいという、エステルの正直な気持ちで。


「そうこなくっちゃな」


ユーリはウィンクしてエステルに手を差し伸べた。
エステルがユーリの手を掴んだその時、砲弾が橋に直撃した。
街に続く橋が、真ん中から川へと崩れ落ちていく。


「ジュディス?」


橋の出口側に避難した達は、少し先に魔物と対峙しているジュディスの姿を見た。
魔物がエステルを見ていた時と違い、それは何か二人で対話しているようにも思える。
エステルが、ジュディスに駆け寄っていく。


「危ないことしないで!」
「おまえがそれ言うな」
「心配ないわ。あなたたちは先に」


ジュディスは首を振るが、エステルはジュディスの腕を取り引っ張った。


「さぁ、早く!」
「あら、強引な子」
「あれ?帰ってく。なんで?」


ジュディスがくすりと笑いエステルのされるがままになると、魔物がこちらに背を向け去っていく。
カロルがキョトンと目を瞬いた。

最初と同じく悠然と空を飛ぶその姿は、ヘラクレスの砲撃を以てしても傷一つ付かなかったようだ。


「待つんだ、ユーリ!それにエステリーゼ様も」


去っていく魔物の後ろ姿を見ていたら、崩れた橋の向こう側から、フレンの制止の声が聞こえた。
怪我の治療を受けられたのだろうか、今度はちゃんと足で立っている。
フレンに見つかる前に街を出たかったのだが、見つかってしまったようだ。


「面倒なのが来ちまったな」
「ごめんなさい、フレン。わたし、やっぱり帝都には戻れません。
 学ばなければならない事がまだたくさんあります」
「それは帝都にお戻りになった上でも・・・・・・」


フレンの言葉に、エステルは首を振った。
フレンにその思いを分かってもらおうと、言葉を続ける。


「帝都には、ノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした。
 自分から歩み寄らなければ何も得られない・・・・・・。
 それを旅で知りました。だから!だから旅を続けます!」
「エステリーゼ様・・・・・・」


エステルの強い思いがフレンに届いたのだろうか、フレンは口を閉ざしてエステルを見る。
ユーリは水道魔導器の魔核を取り出すと、フレンに向かって投げた。


「フレン、その魔核、下町に届けといてくれ!」
「ユーリ!」


フレンは難なく魔核をキャッチするが、魔核とユーリを交互に見て声を上げる。


「帝都にはしばらく戻れねえ。オレ、ギルド始めるわ。
 ハンクスじいさんや、下町のみんなによろしくな」
「ユーリ・・・・・・!」


ユーリのギルドを始めるという言葉に、カロルが目を輝かせた。
カロルに勧められて以来、考えてはいたが、ユーリが意思を固めたのはここ数日の事だ。


「・・・・・・ギルド。それが、君の言っていた君のやり方か」
「ああ、腹は決めた」


フレンがユーリを見る。
ユーリは強く頷いた。


「・・・・・・それはかまわないが、エステリーゼ様は・・・・・・」
「頼んだぜ」
「ユーリ・・・・・・!」


フレンの声が追いすがるが、ユーリはそれに背を向けた。
そしてを見る。


はどうする?」
「私はそうね・・・・・・」


は返事をためらった。
エステルの護衛を続けるのであればついて行くべきであろうが、騎士団の動向も気になった。
魔物は去ったとはいえ、ヘラクレスがユニオンに見られてしまった以上、
大変な事になるのは目に見えていた。


「オレとしてはこのまま付いてきて欲しいとこだけど」


しかし、続くユーリの言葉に、の意思は決まる事となる。
ユーリがそう言うなら、一緒に行っても良いかもしれない。
そう思ったはユーリに小さく頷いた。


「そうね。私も一緒に行くわ」
「ああ、よろしくな」


にっと笑ったユーリはどこか嬉しそうでいて。
もつられてにこりと微笑んだ。


「さぁ、とっとと街を出ようぜ。
 ウダウダしてると騎士どもが追っかけにきちまうぞ」


ユーリはそのまま仲間を見ると、街の外へと促した。
橋の向こうにはフレンと、騎士団の面々がいる。
今は隔たれているが、ロープをかけるなりして無理すれば追いつくことは可能だった。

各々が街の外へと向かう中、
エステルはフレンに向けて深々とお辞儀して、ユーリの後を追った。