深夜、しんとした静けさの中、は一人歩いていた。
白い梟を肩に乗せて、橋の袂に向かう。
滔々と流れる川も今や深い闇に沈んでいた。
橋の中頃まで来た所で、暗がりの中、動く影がある。
羽をぱさりと浮かせかけた梟に、しぃと言い聞かせて、はそちらの様子を窺った。
皆が寝静まるこんな夜中に動くものなど、一部しかいない。
闇家業の者か、もしくはラゴウのような、逃亡者か。
の勘が当たった。
したりと息を潜めれば、街の一角でラゴウが傭兵らしき男達と話しているのが見える。
「アレクセイがいないと思って羽目をはずし過ぎましたか・・・・・・。
フレン・シーフォか・・・・・・生意気な騎士の小僧め、この恨み、忘れませんよ。
評議会の力で、必ず厳罰を下してやります」
ラゴウの言葉を聞いて、一瞬での心に怒りが沸き上がった。
評議会の権力をかさに着て、罰を逃れたラゴウに反省の色は見えない。
こんな男をこのままのさばらせていて本当に良いのだろうか。
力無き人々を守るために、はどうすれば良いのか。
皆を守るために、は騎士になったのだ。
フレンに問われた問いの答えは、すでに出ている。
「うわっ・・・・・・!」
短剣を握りしめ足を踏み出そうとした時、傭兵が黒い影に切り捨てられた。
その姿は暗い影に落ちていて、の方からは窺い知ることができない。
殺気だけが、その人物を知る手段だった。
「あ、あなたは・・・・・・。
私に手を出す気ですか!?私は評議会の人間ですよ!」
橋の向こう側からやって来た黒い影に、ラゴウがじりじりと後ろに下がる。
泡を食って逃げだす様はおかしくなるほどに無様で、
背が橋の欄干にぶつかった所で、その動きが止まった。
「あなたなど簡単につぶせるのです。無事では、す、すみませんよ」
雲が流れ、月の光が、地上へと届く。
ラゴウの言葉に一切耳を傾けず、歩み寄った黒い影は、
ラゴウもも良く知る人物だった。
ユーリは既に傭兵の血に濡れた剣を握り直し、静かにラゴウを見据えた。
その瞳は、決意の色を宿している。
その身が血に汚れようと、弱きを助け、強きを挫く、その意志を秘めた瞳を、は見た。
―――なんて強く、悲しい瞳なのだろう
眩みそうになる目を数度瞬いて、はユーリをひたと見つめる。
「法や評議会がおまえを許してもオレはおまえを許さねえ」
「ひぃ、く、来るな!」
今や、逃げ場のないラゴウは欄干までも登ろうとしていて、
深淵よりもなお深い、闇色の双眸がラゴウを映し、その手の刃がラゴウの体を斜めに切り裂いた。
飛び散った血しぶきはすべて川へと飲み込まれ、ラゴウの体が、欄干からずり落ちていく。
「ぐっ・・・・・・あと少しで、宙の戒典をぉ・・・・・・がふっ」
川へと落ちていったラゴウの姿は、水の流れに飲まれ、すぐに見えなくなった。
それを暗い瞳で見届けていたユーリが、ふっと顔を上げた。
窺うように、こちらをじっと見ている。
は一歩一歩、ゆっくりと歩いて、ユーリの方へと向かう。
「・・・・・・」
金の双眸の視線が2つ、ユーリに注がれて、ユーリの手がピクリと動いた。
自分の肩に乗っている梟の体を優しく撫でながら、はくすりと笑う。
「顔、すごく怖いわ。
それに肩もガチガチよ」
「・・・・・・」
ユーリの前に立ち、顔を覗き込めば、ユーリは軽い拒否の意を見せた。
常ならば強い光を湛えているその瞳は、今は何の感情も映し出していなくて。
血の匂いが濃く漂う中、は再びにこりと笑みを浮かべた。
そうして、ユーリの左手を取る。
固く強張ってしまったその手を、決して逃がすまい、と。
「ユーリはもっと力を抜きなさい」
びくっと引かれる手を強引に引き寄せると、ユーリの剣が、カシャンと地面に落ちた。
はユーリの手を両手で優しく包み込むと、祈るように額に当てる。
ユーリの決意は、行動は、決して彼だけが背負うべきものではない。
一人、闇の中で、佇む必要などないのだ。
「私たちが傍にいるって言ったでしょ?」
「・・・・・・」
金色の瞳はユーリの顔を映し出し、黒色の瞳は、の顔を映し出す。
ユーリの傍には皆がいる。
が、ユーリの傍にいる。
代わるのが無理なら、せめて、
「せめて、分かち合わせて」
しんと静まり返った闇の中、重ね合わせた手が、ぎゅっと握り返された。
一夜明けて、は騎士団の駐屯地を引き払い、街の広場へと向かった。
本来ならば、エステルの護衛として城に戻るつもりだったが、やはり評議会が首を縦に振らず、
城へと戻るエステルと、エアルクレーネの調査の旅に出るというリタの二人とは、
広場で別れることとなった。
その後、はユーリ達の泊まっていた宿の部屋の前へ立つ。
扉を開けて部屋の奥を見れば、一番端のベッドにユーリが背を向けて寝ていて、
その足元にラピードが寝そべっていた。
「ユーリ、起きてる?
エステルとリタはもう行っちゃったわよ」
「・・・・・・護衛は良かったのか?」
奥へ歩きつつユーリに声を掛けると、ユーリが寝転がったまま返事を返す。
寝てはいなかったが、起きるつもりもないようだ。
はユーリのベッドに腰を掛け、溜息を吐く。
「評議会の方で用意するみたいだから」
「そっか」
ユーリも予想がついていたのだろう、それ以上は聞かなかった。
評議会員は充分な護衛を用意していると言っていたが、少々心配ではある。
表立っての争いはないだろうが、帝国の内情はいまだ不安定で、
は極秘任務にかこつけて、こっそり後をつけていこうと考えた。
そのため、ユーリに挨拶に来たのだ。
「私もそろそろ行くわね」
そう言ってベッドから立ち上がろうとしたら、ユーリの腕が、を押しとどめた。
腰に回されたユーリの手を見て、は後ろを振り返る。
「ユーリ?どうしたの・・・・・・?」
いつの間にかユーリはこちらを向いていて、
こちらを見上げるだけで何も言わないユーリに、は屈んでその顔を覗き込んだ。
艶の有る長い黒髪が、肩からさらさらと流れ落ちる。
その時、バターンと大きな音を立てて、部屋の扉が開いた。
「ユーリ!!って、うわわわっ!!
ご、ごめん。ボ、ボクは何も見てないから!」
扉の向こう側に立っていたのはカロルだ。
カロルはこちらを見た瞬間、顔を真っ赤にしたかと思うと、慌てて後ろを向いた。
は顔を上げてキョトンと目を瞬く。
「カロルは何を言っているのかしら?」
「さあな」
男女二人がベッドの上で至近距離で見つめ合っていたのだから、カロルが誤解するのも無理はない。
しかし、わざわざ説明する理由もない。
離れていく黒髪を目で追って、ユーリはベッドから起き上がった。
「で、なんだって?」
何か用があったからカロルはここに来たのではないか、
そうユーリが聞いた時、外から爆音が響いた。
いち早くラピードが外へと駆け出していく。
また前回のように魔物の大群でも押し寄せて来たのだろうか。
急いで外に駆け出すと、宿の前の地面に大きな影が落ちた。
上を見上げれば、空を、大きな鳥のような魔物が飛んでいる。
先程の爆音はあの魔物の仕業のようだ。
「カロル!ありゃなんだ?知ってっか?」
「ううん、ボクもあんなの見たことないよ・・・・・・。降りてくるよ!」
「あれは・・・・・・」
火を纏い、緋色の翼をはばたいて悠然と空を飛ぶ魔物は、遠目から見てもあまりにも巨大で。
の身体が知らずのうちに震え出す。
目が霞み、頭がくらくらして立っていられなくなりかけたところで、
ユーリの手がの腕をつかんだ。
「おい、大丈夫か?」
飛びかけた意識が一気に引き戻される。
は小さく首を振って不調を隠すと、にこりと微笑んだ。
「ええ。急ぎましょう!
もしかしたらまだエステル達がいるかも知れないわ」
魔物は橋の方へ向かっていった。
エステル達がまだ出発したばかりだったら、襲われる危険性がある。
心配そうにこちらを見ていたユーリだったが、彼も状況は理解していた。
「・・・・・・ああ、行くぞ、カロル」
「え?あ、待って!」
ユーリが空をポカンと見ていたカロルに声を掛けて走り出すと、もその後を追った。
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