ダングレストに戻ると、街で何か騒ぎが起こっている様だった。
いつもの喧騒とは違うざわつきが、広場の方から聞こえてくる。


「私は無実です!これは評議会を潰さんとする騎士団の陰謀です!」


広場に向かうと、大勢の騎士がラゴウを取り囲み、拘束しているのが見えた。
街の人を味方につけようとしているのか、ラゴウが大声で無実を主張している。


「騎士団を信じてはいけません!
 彼らはあなたたちを安心させたうえでこの街を潰そうとしているのです!」
「我らは騎士団の名の下に、そのような不実な事をしないと誓います」


往生際悪く、尚も言い募ろうとするラゴウの前に、広場の奥からやって来たフレンが立った。
方向からすると、先程まではユニオン本部にいたのだろうか。


「あなたは・・・・・・フレン・シーフォ!」
「帝国とユニオンの間に友好協定が結ばれることになりました」
「な!そんな、バカな・・・・・・」


やはりフレンは今までヨーデルと共にいたようで、
目を見開いて驚くラゴウに、フレンは最後通牒を発した。

帝国の実権を握るために騎士団の瓦解を目論んでいたラゴウにとって、
帝国とユニオンの友好協定は目論見が潰れたに等しい。
わなわなと震えだすラゴウを、フレンは静かに見据えていた。


「今ドン・ホワイトホースとヨーデル様の間で、話し合いがもたれています。
 正式な調印も時間の問題でしょう」
「どうして・・・・・・アレクセイめは今、別事で身動きが取れぬはず」
「確かに。騎士団長はこちらの方に顔を出された後、すぐに帝都に戻られました」
「では・・・・・・誰の指示で・・・・・・」


ラゴウがフレンを見るが、フレンはただ笑みを湛えるのみで。

ガスファロストに行く前に、がフレンに預けた調書は役に立ったようだ。
アレクセイがいなくても、フレンは優秀な騎士なのである。


「くっ、まさかこんな若造に我が計画を潰されるとは・・・・・・」


フレンの合図で、騎士達が再びラゴウを取り囲む。
ラゴウはついに観念したのか、素直に騎士たちに連行されていった。


「これでカプワ・ノールの人々も圧政から解放されますね」
「次はまともな執政官が来れゃいいんだがな」
「そう願いたいけれど・・・・・・」


ラゴウが失脚したのならば、新しい執政官がノール港に派遣されるのは確かだが、
皇帝不在の今、それを決めるのは評議会なのだ。
騎士団の手の及ばない事だったが故、ラゴウをのさばらせる結果となった。
できる限り手は尽くすつもりだが、また同じことになる可能性もある。

が考え込んでいると、エステルが小さく笑みを浮かべる。


「いい人が選ばれるように、お城に戻ったら掛け合ってみます」
「お城にって・・・・・・エステル、帝都に帰っちゃうの?」
「・・・・・・はい。ラゴウが捕まって、もうお城の中も安全でしょうから」


カロルが驚いてエステルを見ると、エステルは頷いた。

元々エステルはお城に軟禁されていて、一時的にユーリ達について行っているのに過ぎなかった。
アレクセイに約束したケーブ・モックの調査も終わり、危険人物も捕まったとなれば、
城に連れ戻されるのは確実だった。


「ホントは帰りたくない」
「え?」
「って顔してる」
「そんなこと、ないです・・・・・・」


いつものエステルに比べて覇気がない。
それをユーリが指摘するが、エステルは俯くばかりで。


「ま、好きにすりゃいいさ。自分で決めたんだろ」
「・・・・・・帰ります。これ以上フレンや他の方々を心配させないように・・・・・・」
「そうしたら、私もお役御免ね」


エステルがお城に帰るというのなら、護衛の任務もここまでとなる。
がそれを告げると、エステルがキョトンと目を瞬いた。


「お城までついてきて貰えないのですか?」
「出来ればそうしたいところだけど・・・・・・。
 でも、そうね。聞いてみるわ」


今、ダングレストには評議会の議員も多数来ている。
エステルの事に騎士であるがどこまで口を出せるか分からないが、
エステルが望むなら聞いてみようと思う。
そう言えば、エステルは嬉しそうに笑った。


「はい。には迷惑かけてしまいますが、
 せめてお城までは一緒に居たいです」
「寂しくなるな、ラピード」


ユーリはただラピードに一言、言っただけだった。














「まさか、ラゴウが釈放されただなんて・・・・・・」


言い逃れできない程の証拠をかき集めて叩きつけてやったのに、
罪を問われず、地位が低くなるだけで済まされるなんて、
思ってもみなかった事態に、は平原にある騎士団駐屯地を足早に歩いていた。
天幕が乱立する中、目当ての天幕は一番奥にある。

一際大きい天幕の前に辿り着き、声を掛けようとしたところ、
は中に二人分の気配があることに気づいた。
この天幕の持ち主はフレンだ。
こんな夜更けに彼を訪れる者がいるなど、もしや暗殺者の類だろうか。
以前フレンを狙っていたザギは船で捕らえ損ねている。

さっと身を潜ませて中を窺うと、中にいたのはユーリだった。


「―――ラゴウの件だな」
「ノール港の私物化、バルボスと結託しての反逆行為。
 加えて街の人々からの略奪、気に入らないという理由だけで部下にさえ、手を掛けた。
 殺した人々は魔物のエサか、商品にして、死体を欲しがる人々に売り飛ばして金にした」
「外道め・・・・・・」


ユーリもラゴウの件でフレン所に来たようだ。
フレンが挙げ連ねたラゴウの罪状はがすべて調べ上げたものである。
そのあまりにも凄惨な行為を聞いて、ユーリは不快な表情を隠さず舌打ちをする。
フレンが悔しげに固く拳を握りしめた。


「これだけのことをしておいて、罪に問われないなんて・・・・・・!
 思っていた以上だった・・・・・・。評議会の権力は・・・・・・!
 隊長に昇進して、少しは目的に近付いたつもりだった。
 だが、ラゴウひとり裁けないのが僕の現実だ」
「・・・・・・終わった訳じゃないだろ?
 それを変えるために、もっと上に行くんだろ」
「そうだ。だが、その間にも多くの人が苦しめられる。
 理不尽に・・・・・・それを思うと・・・・・・」


フレンとユーリは、帝国の現状を根本から変えようと騎士団に入ったと聞いている。
ユーリは途中で退団してしまったけれど、
彼なりに下町で頑張っていたことを、は知っている。
今も昔も、理不尽な力に苦しめられるのは、力ない人々で。
だからこそ、今のこの事態が許せないのである。

手の平に今にも爪が食い込みそうなほど強く拳を握り、震えるフレンを見て、
ユーリがふ、と小さく首を傾けた。


「短気起こして、ラゴウを殴ったりすんなよ?出世が水の泡だ」
「・・・・・・」
「おまえはラゴウより上に行け。そして・・・・・・」
「ああ、万人が等しく扱われる法秩序を築いてみせる。必ず」


ユーリの言葉に一瞬肩の力を抜いたフレンは、
固く握りしめたままの拳を再び強く握りなおして、ユーリに頷いた。


「それでいい。オレも・・・・・・オレのやり方でやるさ」
「ユーリ?」
「法で裁けない悪党・・・・・・お前ならどう裁く?」
「まだ僕にはわからない・・・・・・」


何かを決心したのか、フレンに問うユーリの瞳の色は深く、
ユーリと目を合わせたフレンは、小さく首を振った。










すっかり声を掛けるタイミングを逸したは、ユーリが去った数分後、
再びフレンの天幕を訪れた。


「フレン、居る?」
、また君は・・・・・・。
 こんな夜遅くに女性が一人で男の所に来るもんじゃないよ」
「そんなの今更じゃない」


扉代わりの布を前に、声を掛けると、すぐにフレンの返事がある。
さっと布を除け中に入れば、続くのはいつものお小言で、
ぷいと顔をそらすと、フレンが溜息を吐く。
夜にフレンの元に訪れるたびに言われるのだから、
自分が辟易するのも仕方がないとは言いたい。
そう言い返すとお小言が長引くので、決して言いはしないが。


「それより、隊長服、似合うじゃない。
 これで、あなたも私と同じね」


フレンは今いつもと違う格好をしていた。
青を基調としているのは変わらないが、騎士服の上に、立派な白い鎧を身に着けている。
それはフレンが隊長に昇格したことを意味していて、
がフレンの昇進を祝うと、フレンがふっと笑みを浮かべた。


「ありがとう。
 ・・・・・・全く、ホントに君たちは似た者同士だな」
「あら、ばれちゃった?」


フレンが言う君たちとは、ユーリとの事を指しているのだろう。
察するに、ユーリも本題の前に同じやり取りしたのだと思う。
いたずらが見つかった子供みたいにがふふ、と笑って返すと、フレンは小さく頷く。


「ああ、君もラゴウの件だろう?」
「ええ・・・・・・万全を期したつもりだったのだけど・・・・・・。
 やっぱり―――」
「??」


帝国の腐敗を憂いているのは、なにもフレンやユーリだけではない。
騎士団長であるアレクセイが自ら、変えようと奔走している。
も彼の手足となって骨身を惜しまず働いているが、それでも何ら変わらないのだ。
それならば、とは思う。
アレクセイが言う"劇薬"が、今のこの世には、必要なのではないか。
ガスファロストに行く前に受け取った手紙の内容を思い浮かべ、息を漏らす。

言葉を詰まらしたを、不思議そうにフレンが見るので、は小さく首を振った。
出来ることはまだある筈だ。


「いえ、こちらも何とか足掻いてみせるわ。
 だからフレンは暴れたりしないでね?」
「それ、ユーリにも言われたよ」


確かに、先程ユーリもフレンに短気を起こすなと言っていた。
小さく笑ったフレンがすぐに真顔に戻る。


「・・・・・・
「何かしら?」
「ユーリに聞かれたんだ。
 法で裁けない悪党を、お前ならどう裁く?って。
 君なら・・・・・・どう答える・・・・・・?」


まだ答えの出ないそれをに聞く、フレンのその表情に歯がゆさを感じて。
ユーリがその問いを口にした時から、の答えは決まっていた。
は静かに、口を開く。


「私は・・・・・・―――」