ドンが去った後、部屋の鍵はかけられていなかった。
そろりと扉越しに外の様子を窺うが、どうやら見張りもいないらしい。
連れてこられた時の記憶を頼りに廊下を進んでいくと、少し先に紫色が見えた。
(レイヴン・・・・・・?)
レイヴンはギルドの人間だが、聞けばフレンの居る場所に案内してくれるかもしれない。
紫色を追いかけて廊下の角を曲がるが、そこにレイヴンは居なかった。
代わりに、地下へと繋がる階段を発見する。
周囲を見渡して、誰もいない事を確認すると、は階段を下りて行った。
地下は薄暗く、箇所箇所にある明かりがぼんやりと通路を照らしていた。
「ユーリって、牢屋に入るのが趣味なの?」
地下の半分まで来たところで、少し先の牢屋の中に、何故かユーリがいた。
確か下町にいた時にも、しょっちゅう牢屋に入れられていたと聞いている。
が呆れた声で声を掛ければ、牢屋の中にいたユーリがを見た。
「んなわけ・・・・・・。
っておまえ、何て格好してんだよ」
「これはドンが・・・・・・」
の着ているワンピースはスカートの部分に大胆なスリットが入っている。
連行される前に着ていた服は返してもらったが、焦るあまり着替えてくるのを忘れていた。
普段はこういった服は着ないが、妙に馴染んでいるような気がする。
「ドンが?」
「いえ、それよりフレンは?」
「天然殿下のとこだよ」
ユーリの視線を感じて直視できず、が目を泳がせながら問いを返すと、
ユーリはすらりと答えた。
フレンがヨーデルの所に向かったのならば、新しく書状を取りに行ったのだろう。
ギルドとの戦争を防ぐには、正式な書状が必要だった。
「そう、それなら大丈夫そうね。
それでユーリは何をしているの?」
フレンの性格からして、無責任に脱獄はしまい。
壊れた牢屋の鍵が床に転がっているので、聞かずとも大体の予測は付いたが、
それを問えば、ユーリが小さく肩を竦めて返した。
「フレンの身代わりだったはずなんだがな・・・・・・。
ドンにいろいろ押し付けられちまった」
「ドンが・・・・・・?」
フレンの身代わりとしてユーリが牢屋に入ったところ、ドンが来て、
この騒動の裏で動いている黒幕を探せと言われたとユーリは言う。
の部屋に鍵が掛かっていなかったのにも納得がいった。
ようするに、ドンが動いているのは黒幕を誘き出すための茶番なのだ。
「あー肩凝っちまった」
「まぁ居心地がいいとは言えないわね」
首をコキっと鳴らして牢屋から出てきたユーリに労いの言葉をかけると、
は牢屋の中を見た。
牢屋にしては清潔に保たれていたが、牢屋は牢屋だ。
長時間居たくはない所である。
「お前はどうする?」
「ユーリ、私少し別行動をとってもいいかしら」
「いいけど、どうしてだ?」
「ちょっと気になることがあるの」
はフレンがドンに書状を渡した時、その書状に違和感を感じていた。
アレクセイから与えられたの任務はエステルの護衛だが、
エステルの事はユーリに任せておけば問題ないだろう。
「そっか、それならしかたねぇな」
「ごめんなさい。何か分かったらすぐに知らせるわ」
「ああ、頼む」
頷くユーリに、はにこりと微笑む。
ユニオンの外まではユーリと一緒だ。
外ではギルド員が慌ただしく走り回っていて、
ユーリと別れたは、ダングレストの裏手へと向かった。
「・・・・・・」
建物の陰で、は書簡をくしゃりと握る。
使った薬品が燃料代わりになるのか、火をつければそれはよく燃えた。
フレンが持っていた書状、書かれた筆跡は一見、本物のように見えた。
しかしあれはヨーデルの筆跡によく似せた別物だ。
書状を横から盗み見たは、一部に筆跡の乱れを発見した。
少し右上がりに、荒れた文字。
以前、ラゴウの屋敷に忍び込んだ時、はラゴウの書いた書類を見ている。
確証は出来なかったが・・・・・・。
一瞬で灰になった残骸を見つめ、は踵を返した。
帝国とギルドの戦争は、フレンが無事、正式な書状を持って帰ったことで事なきを得た。
ユーリ達はバルボスを追ってガスファロストへ行ったという。
ガスファロストとは、ダングレストから北の砂漠にある塔の事である。
どうして今まで塔の存在に気づかなかったのか、その理由は砂漠の中央に出現した竜巻にある。
バルボスが何らかの手段で作り上げた竜巻が、侵入者を阻み、塔の存在を覆い隠していたのだ。
なんだかんだで、が調べ上げるよりも先に、
バルボスの元に辿り着けてしまうのだから、ユーリ達の引きの良さに思わずため息が出る。
「すっかり出遅れちゃったわね・・・・・・」
ユーリ達が何かしたのだろう、竜巻は綺麗に消えていて、
機械仕掛けの塔を一人、は歩く。
入手は困難だったが、塔の設計図が手元にあるので、直ぐにユーリ達に追いつけるだろう。
階層も中盤に差し掛かった時、人影が柱の側に見えた。
「あなたは・・・・・・」
見えた人影は、赤と黒のコートに銀の髪を靡かせるデュークだった。
思わずはデュークに走り寄る。
「デューク、よね。
ケーブ・モックではごめんなさい。
お礼も言えなくて・・・・・・」
「・・・・・・気にするな。
助けようと思ってしたことではない」
魔物から助けて貰ったというのに、は気絶してしまって、お礼を言わず仕舞いだった。
この機会にと、謝罪をすればデュークは小さく首を振った。
しかし、それではの気が済まない。
「それでも言わせて頂戴。
デューク、助けてくれてありがとう」
「・・・・・・ああ。
もう行く」
が重ねてお礼を言うと、今度はデュークも頷いてくれる。
デュークは寡黙なのか、あまり多くをしゃべらない。
用は済んだと先を進もうとするデュークを、は慌てて引き留めた。
「待って!
―――私も一緒に行っていいかしら?」
「・・・・・・」
「駄目、かしら・・・・・・」
デュークとこのまま別れるのは、何だかもったいない気がして同行を願い出てみるが、
デュークはこちらをじっと見るのみだった。
がしゅんと眉尻を下げると、デュークが小さく溜息を吐いた。
「好きにしろ」
「ええ!」
それはそっけない言葉だったが、確かに承諾の意で。
は顔に喜色を浮かべて、デュークの横を歩く。
「リタから聞いたわ。
魔物の暴走はエアルクレーネが原因だって。
そしてデュークがそれを沈めたって事も」
正直、気絶した前後の記憶が曖昧で、後から改めて聞いたのだが、
デュークが持っていた剣を掲げた瞬間、エアルの暴走が収まったとの事。
エアルクレーネが正常化したら、魔物の様子も落ち着いたようで。
「その剣がそうなのかしら?」
「ああ」
「・・・・・・どこかで・・・・・・」
デュークの持つ剣を見るのはこれが初めてな筈だが、
はどこかでそれを見たような気がした。
しかし、思い出そうとしても頭に靄がかかった感じで思い出せそうにない。
「どうした」
「いえ、なんでもないわ」
黙り込んでしまったを不思議に思ったのか、
デュークがこちらを見たので、は思考を中断し、首を振った。
「因果なものだな」
「え・・・・・・?」
デュークが低く呟く。
その言葉を聞き取れず、が首を傾げた瞬間、上の方から大きな音が響いた。
「少し急ぐぞ」
「わかったわ」
もしかしたらユーリ達かもしれない。
はっと上を見上げたは、スピードを上げたデュークの後を急いで追っていった。
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