ケーブ・モック大森林を後にして、ダングレストに戻ってきたユーリ達は、
ドン・ホワイトホースに会うため、再びユニオン本部を訪れた。
入り口前にいた男に声を掛ければ、
ドンが約束通り話を通しておいてくれたようで、奥の部屋にすんなり通される。
「よぉ、てめぇら、帰ってきたか」
部屋の中に入ると、真っ先にドンの声がかかった。
ソファにどっしりと構え、こちらを見るドンの姿は、年齢をまるで感じさせず、
迫力のある力強い声は、普通の者ならば聞くだけで震えあがってしまうだろう。
はドンに一礼して、顔を上げた。
その横を、レイヴンが通り過ぎていった。
レイヴンはギルド"天を射る矢"の幹部だ。
ドンの横に立ったレイヴンは、飄々としたなりが薄れ、いつもの彼と違う顔をしていた。
「・・・・・・ユーリ」
「なんだ、てめぇら、知り合いか?」
部屋の中にはドンと、ユニオンの幹部の者達と、何故かフレンがいた。
フレンもここにユーリが来ると思っていなかったのだろう。
驚いたフレンに、ドンが顎をしゃくった。
「はい、古い友人で・・・・・・」
「ほう」
「ドンもユーリと面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな」
フレンが説明すると、ドンは面白そうに目を細めた。
フレンとユーリを見、次にユーリの後ろにいたを見る。
「そっちの娘っこはもう大丈夫なのか?」
「?何かあったのか?」
「大丈夫、少し具合が悪くなっただけだから」
「・・・・・・そうか、無理はしないでくれよ」
「ええ」
ドンの言葉にこちらを見るフレンに向かって、はにこりと微笑むだけに留めた。
気絶したという事をフレンに伝えれば、彼を心配させることは目に見えている。
倒れる前、激痛すら覚えた頭の痛みは、今は嘘のように無くなっていた。
「ドン・ホワイトホース、先程は失礼致しました。
私は・クロフォード。
騎士団長直属、特務師団隊長を勤めさせて頂いております」
はドンに向き直ると、深く頭を下げた。
ケーブ・モックで醜態を見せてしまったので、改めてその謝罪と、
続けて名乗りをした時、ドンがじっと興味深そうにを見つめた。
「ほう、おまえさんがあの・・・・・・」
「・・・・・・ええと、なにか?」
にはドンにしげしげと見られる理由が思い当たらなかった。
訝しげに小さく首を傾げてみれば、ドンは首を振る。
「いいや。それで、用件は何だ?」
「いや・・・・・・」
フレンの用件はおそらく騎士団に関係するものだ。
ユーリ達の手前、言い辛いのだろう。
言葉を濁すフレンより先に、ユーリが前へ出た。
「オレらは紅の絆傭兵団のバルボスってやつの話を聞きに来たんだよ。
魔核ドロボウの一件、裏にいるのはやつみたいなんでな」
「なるほど、やはりそっちもバルボス絡みか」
「・・・・・・ってことは、おまえも?」
どうやらフレンの用件もユーリ達と一緒だったようで、
同じなのかとユーリが聞けば、フレンは頷く。
そして今度は言葉を濁さなかった。
「ユニオンと紅の絆傭兵団の盟約破棄のお願いに参りました。
バルボス以下、かのギルドは、各地で魔導器を悪用し、社会を混乱させています。
ご助力いただけるなら、共に紅の絆傭兵団の打倒を果たしたいと思っております」
「・・・・・・なるほど、バルボスか。
確かに最近のやつの行動は、少しばかり目に余るな。
ギルドとして、けじめはつけにゃあならねえ」
ドンに向かい直立して述べるフレンは堂に入っていて、
ドンは視線を据えてそれを聞いている。
こちらを品定めしているように思えるのは、きっと気のせいではないだろう。
「あなたの抑止力のお陰で、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。
ですが、バルボスを野放しにすれば、両者の関係に、再び亀裂が生じるかもしれません」
「そいつは面白くねえな」
「バルボスは、今止めるべきです」
「協力ってからには俺らと帝国の立場は対等だよな?」
きっぱりと言い放ったフレンに、ドンがにやりと笑った。
バルボス率いる紅の絆傭兵団の打倒にはユニオンによる盟約破棄が不可欠であり、
ユニオンの協力を取り付けるために、フレンはここに来た。
はい、とフレンが大きくドンに向かって頷けば、ドンは再び面白そうに笑った。
「ふんっそういうことなら帝国との共同戦線も悪いもんじゃあねえ」
「では・・・・・・」
「ああ、ここは手を結んで、事を運んだ方が得策だ。
おいっ、べリウスにも連絡しておけ。いざとなったらノードポリカにも協力してもらうってな」
ドンに命令された部下が一人、部屋を出ていく。
べリウスは戦士の殿堂というギルドの首領の名であり、戦士の殿堂は5大ギルドの一つである。
「なんか大事になってきたね・・・・・・」
バルボスの討伐に5大ギルドの内の2つが出るとなれば、かなりの大事となる。
ぼそりと呟いたカロルが、小さく身震いした。
「こちらにヨーデル殿下より書状を預かって参りました」
「ほぉ、次期皇帝候補の密書か。
読んで聞かせてやれ」
ドンはフレンから渡された書状をその場で開いたが、
直ぐに横に居たレイヴンにそれを渡し、顎でしゃくった。
レイヴンが書状を改めて開く。
「ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす」
「なんですって・・・・・・!?」
フレンの目が驚きに見開かれた。
も思わず眉を顰めた。
「うわはっはっは!これは笑える話だ」
「・・・・・・なんだ、これは・・・・・・」
レイヴンから戻された書状を見るフレンの手が、わなわなと震えている。
書状の内容が当初の内容と全く違う、それが意味するのは、陰謀によるすり替え。
フレンは何者かによってまんまと罠に嵌められたのである。
「どうやら、騎士殿と殿下のお考えは天と地ほど違うようだな」
「これは何かの間違いです!ヨーデル殿下がそのようなことを」
「おい、お客人を特別室にご案内しろ!」
「ドン・ホワイトホース、聞いてください!これは何者かの罠です!」
豪快に笑うドンは聞く耳を持たず、叫ぶフレンをドンの部下が連れて行ってしまう。
「フレン・・・・・・!どうして?」
エステルがフレンを追おうとしたが、はそれを抑えた。
がドンを見据えると、ドンがこちらを向く。
「そっちの騎士のねえちゃんもだ!」
「え、ちょっ・・・・・・も!?」
ユーリ達と行動しているとはいえ、もフレンと同じ騎士だ。
驚くカロルに大丈夫だと目で合図して、はドンの部下に連れられて行った。
「どうして・・・・・・」
は客室の一室に立っていた。
身に着けた服の裾を、困惑した表情で持ち上げる。
エメラルドグリーンの上品な布が使われたワンピースは、
Iラインのシルエットが、ほっそりとしたによく似合う。
高い位置で一つに結ばれた長い髪がゆらりと揺れた。
客室は上等な客用の部屋のようで、壁紙も家具もすべて高級品。
牢屋に連行されることを覚悟していたのに、牢屋に入れられるどころか、特別待遇だった。
「よお、待たせたな」
「ドン・ホワイトホース!
フレンはどこに!?
それにこれは一体・・・・・・」
淡いエメラルドグリーンの色は、の好きな色だ。
部屋につくなり強制的に押し付けられた服だったが、
広げてみればの好みにピッタリで。
部屋に入ってきたドンに駆け寄ると、ドンはをじっと見た。
「そうしていると、やっぱり似てるな」
「え?」
「おまえさん、・クロフォードってえ言ったか。
・メイアンディナってヤツは知ってるか?」
「ええ、有名な話です」
・メイアンディナは人魔戦争当時、隊長主席だった者の名前である。
その人柄は内外問わず人気があり、
実力、名声ともにアレクセイの右腕に相応しい人物だったと聞いている。
名前は同じなのに、自分とは程遠い人だとは思う。
「ヤツには昔世話になってな。
おめぇ、ヤツに似てんのよ」
「・・・・・・そうでしょうか」
「騎士なのにギルドの連中を助けたってのは、おめぇだろ?」
小さく俯いたに、ドンが近づいてくる。
以前、任務で旅をしていた時に、街道を行く商業ギルドの馬車が魔物に襲われていて、
多勢に無勢で護衛が機能しておらず、見かねて加勢に入ったことがある。
カウフマンとの縁ができたのはこの件が元だ。
ドンはその事を言っているのだろう。
「私は、人として当然のことをしたまでです」
騎士団やギルドの区別なく、困っている人がいれば誰であれ助ける。
がそう言うと、ドンは少し笑ったようだった。
不思議に思い、は顔を上げる。
ドンの強い瞳と目が合った。
「・・・・・・おまえさんは何のために騎士になったんだ?」
「私は・・・・・・。
私は皆を守るために・・・・・・」
の金の瞳が僅かに揺らぐ。
ドンに言いながらも、の心はざわついていた。
―――私に、そう言える資格はあるのだろうか。
守れぬ命があった。伸ばした手は届かず、みすみす、死なせてしまった。
守ると言いながら、私は――――・・・・・・・・・
ずきりと、頭が痛む。
「まぁ、良い。
少し話がしたいと思っただけだ。
邪魔したな」
「え、ドン!?」
ドンはのその僅かな変調に気づいたのだろうか。
それきり多くは口にせず、驚くを後に、部屋を出ていった。
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