ラゴウが乗って逃げた船の船尾。
音も立てずにふわりと降り立ったは、しかしすぐにがくりと膝をついた。
汗がぽたりと滴り落ちるが、拭く余裕すらない。
「流石にちょっと無理があったかしらね・・・・・・」
苦し気に肩を上下させて暫く、は船の縁に手をかけると無理やり体を起き上らせた。
海風は少し湿ってはいたが、汗ばむ身体を冷ますには十分だった。
はぁ、と一息ついて、ようやくは辺りを見回した。
周囲には誰もおらず、先に行ったはずの皆はどうやら船首の方に向かったようだ。
船首の方に行こうとすると、ユーリ達の姿が見える。
「ユー・・・・・・」
声をかけようとして、はユーリ達が対峙している者の姿を見た。
反射的に物陰に隠れたので、向こうには気づかれていないだろう。
そろりと物陰から顔を出してあちらの様子を窺う。
(あれはバルボス!?)
ユーリ達が相手にしていた者、それは紅の絆傭兵団の首領バルボスだった。
紅の絆傭兵団は5大ギルドの1つに数え上げられていて、
バルボスはギルドユニオンの大物でもある。
「バルボスとラゴウが組んでいるだなんて・・・・・・。
閣下はこの事をご存知なのかしら・・・・・・」
紅の絆傭兵団はその名の通り、傭兵ギルドだ。
金さえ払えば誰にでも傭兵を貸し出すとはいえ、様子がおかしい。
ギルドの規模が大きく、滅多な事では首領自ら顔を出さない筈だが、
ここにいるという事は、それほど大口の仕事という事なのだろう。
ガッと何かが削れたような音が響く。
不意にバルボスが斬りかかったのをユーリが避け、
その動きでバルボスはユーリが気に入ったようだった。
見事に抉れた船の床からはバルボスの振るった剣の重さが見て取れる。
「バルボス、さっさとこいつらを始末しなさい!」
「金の分は働いた。
それに、すぐ騎士が来る。追いつかれては面倒だ」
船室にいたのだろうか、奥から現れたラゴウがバルボスに命令すると、
バルボスがそれに応えた。
ちらとこちらを向いたので、もしや気づかれたかとヒヤリとするが、
誰、とまでは分からないであろう。
「小僧ども、次に会えば容赦はせん」
バルボスはそのまま身を翻すと、船に積まれた小船に乗り込んでいく。
脱出用の船をあらかじめ用意してあったのか、用意周到な事である。
「待て、まだ中に、ちっ・・・・・・!
ザギ・・・・・・!後は任せますよ!」
ラゴウは一瞬ためらう様子を見せるが、
奥に声を掛けた後、小船に飛び移り逃げていく。
用意されてあった小船は1隻で、追いかけるにも向こうに飛び移らねばならない。
それはさしものラゴウも許してはくれなかった。
ラゴウの呼びかけに、船の奥から赤髪の男が現れる。
「誰を殺らせて、くれるんだ・・・・・・?」
「あなたはお城で!!」
「どうも縁があるようだな」
現れたのは、ユーリやフレンを狙っていた謎の暗殺者、ザギだった。
ゆらりと体を揺らして、ザギはまるで品定めをするかのようにユーリを見る。
その時、ドカーンと何かが爆発したような音と衝撃が伝わった。
船が一瞬ぐらりと傾く。
どうやらバルボスたちが船に細工をしていたようだ。
船尾の方から、煙が立ち上っているのが見えた。
早く脱出しなければ、沈没する船に巻き込まれる事になる。
「助太刀するわ!」
「!?」
物陰から飛び出したに、ユーリが驚きの声を上げた。
向かいのザギがこちらに視線を向けた瞬間、口を弓なりに歪ませる。
「おまえは・・・・・・・・・・・・!」
「なんだ、知り合いなのか?」
「・・・・・・ええ。残念なことに」
できれば会いたくもなかったが、会ってしまったからには仕方がない。
深く溜息を吐きそうになるのを堪えてザギを見れば、
ザギは堪え切れずに笑い始めた。
「く・・・・・・はははは、はーっはははは!
、・・・・・・!
俺に傷を負わせた奴・・・・・・!
いいぞ、いいぞ!二人でかかってこい!」
一度追い払ったというのに、執拗に追いかけてくるから性質が悪い。
もユーリ同様、ザギの追跡(ストーキング)の被害者だった。
余裕たっぷりにこちらを挑発するザギはいささか狂っているように思える。
「ユーリ!」
「ああ」
ユーリの隣に駆け寄ると、は短剣を鞘から抜いて構えた。
束に繊細な線で彫られた蔦の意匠が入っていて、それは一目で業物とわかる。
鎌がなくなった時に苦労したので、態々アレクセイに手配してもらったのだ。
「おまえ、鎌は使わないのかよ」
「こんな狭いところで使ったら、全員の体が二つに分かれることになるのだけど、
いいかしら?」
「勘弁してくれ」
「冗談よ」
流石にそんな事にはならないが、扱い辛いことは確かである。
ザギは二振りの武器を扱う、いわゆる二刀流なのだが、
その動きが変則的過ぎて、大振りな鎌では対応しきれないのだ。
「何をぐだぐだ言っている!
早くかかって来い!!」
しびれを切らすザギに、とユーリは目を合わせた。
「皆は後ろから援護を!」
ユーリ以外の仲間は対人戦には不慣れだと見越してすぐさま指示を出すと、
はザギから繰り出された一つ目の刃を避け、二つ目の刃を短剣でガキィンと受け流した。
床を蹴り距離を取った所で、すかさず間に入ったユーリがザギを斬りつける。
だが、浅い。
少し怯んだ様子を見せたが、に狙いを定めたザギはその双剣でを追い込んでいく。
いや、追い込んでいるように見えるが、あれは―――
(あいつ、また腕を上げてやがる)
の剣は殺傷力こそないものの、攻撃のいなし方が絶妙に巧いのである。
が追い込まれた、その先は。
「隙だらけだぜ!!」
「ファイアーボール!!」
リタの魔術の有効範囲だった。
追い込んでいると見せかけて、その場所に誘導されていたザギを下から斬り上げると、
ユーリはすぐに横に避けた。
炸裂した炎の玉はザギの体を燃え上げる。
「ぐぅああああっ・・・・・!痛ぇ」
「勝負あったな」
ふらふらとザギがよろめいた所で、何かに引火したのか、
ザギの足元で爆発が起こった。
爆風に吹き飛ばされるように、ザギの体が舞い上がり、海へと落ちていく。
爆風が収まったころにはもうザギの姿は見えなかった。
とはいえ、こちらもそろそろ不味い。
あちこちで煙が上がっているし、船体が大波に当たりぐらりと傾いでいく。
「え?何?沈むの・・・・・・?」
「海へ逃げろ・・・・・・!」
船の上はもはや逃げ場がない。
となれば海へ飛び込むしかない。
仲間に声をかけ、自身も海に飛び込みかけたユーリはそこで人の声を聞いた。
「・・・・・・げほっ、げほっ・・・・・・。誰かいるんですか?」
「この声は・・・・・・!」
開け放たれた船室への扉の向こう、閉め切りの部屋に誰かが閉じ込められているようだ。
ユーリが向かうより先に、が動いた。
は崩れかけた柱を叩き折ると、奥の船室へと向かう。
「!」
ユーリもを追おうとするが、
燃え広がった炎で煙がもうもうと立ち込め、容易ではなかった。
「ユーリは皆を!」
「くそっ!」
それが分かっているのか、煙の奥からの声がする。
戸惑っている仲間たちを促し海に飛び込んだユーリは、すぐに海面から顔を出した。
少し向こうで、先程まで乗っていた船が横倒しに沈んでいく。
周りを見渡せば、ぷかりぷかりと、仲間の顔が海面に浮かんだ。
「みんな、大丈夫か?」
「わたしは・・・・・・でも、が・・・・・・」
エステルの言う通り、辺りにの姿はない。
しかし、沈んだ船の向こう側で、ザバリと水面が音を立てた。
どうやら反対側に飛び込んでいたらしい。
海面に顔を出したが人を抱えてこちらへと泳いでくる。
「はぁ、流石に気絶した人一人抱えて泳ぐのはなかなかしんどいわね」
「ったく無茶すんなよな」
くたびれてはいるが、他に別状はないようだ。
ユーリはほっと息を漏らすと、が抱えていた人物を受け取るために手を伸ばした。
体格的によりユーリの方が余裕がある。
が感謝の意を述べユーリに彼を手渡せば、仲間が周囲に集まってきた。
まじまじと、ユーリに抱えられた人物を見る。
「そのこ、一体誰なの」
「ヨーデル・・・・・・!」
「なに、あんたの知り合い?」
見た目は金髪で身なりの良い青年といった感じだが、
エステルは心当たりがあるようだった。
「詳しい話は後よ、今は・・・・・・」
船の汽笛の音が鳴り、カプワ・ノール側の海を見ると、
向こうから船がやって来るのが見える。
あれは騎士団が用意していた船だ。
「助かった、船だよ!」
カロルが船に向かって手を振り大声を出すと、向こうも気づいたようで。
ゆっくりと近づいてきた船の甲板にはフレンが立っていた。
「どうやら、無事みたいだな。
・・・・・・っ!ヨーデル様!
今引き上げます。ソディア、手伝ってくれ」
達の姿を認めたフレンは、
ユーリの抱えている人物の姿を見て取り、すぐに表情を変えた。
こちらを見下ろしていた顔を引っ込めて、部下のソディアに指示を出す声が聞こえる。
止まった船の上から梯子が降ろされ、フレンが再び顔を出した。
そして梯子を下りてくる。
「一人ずつ引き上げるから待っていてくれ」
意識のないヨーデルを先に引き渡せば、彼の呼吸の確認をしたフレンは安堵の息を漏らした。
と目を合わせ、小さく頷く。
フレンが昇りきった後はユーリ達が順番に梯子を昇って行った。
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