パサリ、と音を立てて机の上に一枚の紙を置く。
宿屋に戻って早々、フレンに少々のお小言を貰ってしまったのはさておき、
はそれまで見ていた書類から目を離すと、顔を上げた。
机の向こう側、と向かい合う形で椅子に座ったフレンは難しい顔でこちらを見ている。
が再び書類に目を移そうとすると、ノックの音と共に部屋の扉が開いた。
相変わらず、ノックの意味がない。
「はあい」
くすりと笑って扉の方に目を向ければ、やはり予想通りの人物がいて。
ひらひらとそちらに向かって手を振ったは、席を立ってその場を彼らに譲った。
「遅かったわね」
「ちょっと野暮用があってね」
「そう?」
の方が先に帰ったとはいえ、彼らが戻ってきたのはだいぶ遅い。
隣に立ったユーリに目を向けると、ユーリは小さく肩をすくめた。
詳しい説明をする気はないようだ。
とはいえ、カプワ・ノールの現状を考えれば自ずと答えは知れる。
執政官の館に入るためにリブガロの角を取りに行った彼らが、
手ぶらで宿屋に戻ってくるのであれば、つまりはそう言うことだ。
次いでやってきたエステルに椅子を勧めると、自身はフレンの側に立つ。
ふ、と視線を感じてそちらを見れば、ふいと視線が逸らされた。
は首を傾げるが、視線の先のユーリはすぐにフレンの方へと顔を向けた。
「相変わらず、辛気臭い顔してるのな」
「色々考えることが多いんだ。君と違って」
二人のいつもながらの言葉の応酬に、苦笑が零れそうになるが、
先程からフレンと一緒に頭を悩ませていたのは事実。
はフレンの代わりに前に出ると、片手を上げ肩をすくめた。
「執政官の館に入れなかったらしいのよ」
「魔導器研究所から調査執行書を取り寄せたんじゃないの?」
「ああ。だが、執政官にはあっさり拒否された」
「なんで!?」
フレンの言葉にユーリの横にいたカロルが声を上げるが、その疑問はもっともである。
通常、帝国の管理下の街であれば魔導器の強制調査は拒否できない。
だが、ラゴウは拒否した上で魔導器が本当にあると思うのなら
正面から乗り込んでみたまえと挑発までくれたのだ。
何とも安い挑発である。
しかしそう言われてしまった以上、フレンたちにどうこうできる権限はない。
「なら正面から乗り込めばいいんじゃねえの?」
「そう簡単にはいかないわ。
ラゴウには証拠を隠蔽できる自信があるのよ。
下手をすれば騎士団の失態として追及される可能性もある。
ラゴウは評議会の人間だから」
魔導器の調査執行書の効力が及ぶのは、あくまで魔導器に関するものだけである。
そんな魔導器はないとしらを切られれば、強制的に乗り込んだこちらに責がある。
小さく首を振ってユーリに説明すると、ユーリが拳をぎゅっと握ったのが見えた。
「ただの執政官様ってわけじゃないってことか・・・・・・」
「・・・・・・中で騒ぎでも起これば、
騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」
「騎士団は有事に際してのみ、有事特権により、
あらゆる状況への介入を許される、ですね」
今までずっと考えていたのだろうか、
それまで黙っていたウィチルがぼそりと言葉を漏らすと、エステルがそれに続いた。
ようするに突入できないのであれば、突入できる状況を作ってしまえという事である。
それはも考えないでもなかったが、まさかその言葉がウィチルから出るとは思わなかった。
その状況を作り出すのはたちだけでは無理がある。
「なるほど、屋敷に泥棒でも入って、
ボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」
察しのいいユーリのこと、にっと笑ったユーリはすぐさまこちらに背をむける。
向かう先はもちろんラゴウの館であろう。
「ユーリ、しつこいようだけど・・・・・・」
「無茶するな、だろ?」
追ってかけたフレンの言葉に、ユーリは背中越しに返事をすると、部屋の外へと出ていった。
ユーリの仲間たちもその後を追っていく。
机の上に置きっぱなしの調査執行書を折りたたんで仕舞い、はフレンを見る。
数分前までは難しい顔をしていた表情が今は様変わりをしていた。
「市中の見回りに出る。
手配書で見た窃盗犯が、執政官邸を狙うとの情報を得た」
が声を掛けるまでもなく、
すぐに部下に指示を出し始めたフレンに、はにこりと笑みを浮かべた。
「あれってユーリたちの仕業よね・・・・・・」
執政官の館が遠目に見える位置までやってくると、
たちはあくまでも見回りの体で屋敷の様子を窺った。
余りに近づくと見張りに気づかれる可能性がある。
遠目からだとよく見えないが、屋敷の前に人が倒れているようだ。
察するに屋敷を守っていた傭兵だろう。
まさか正面から乗り込んではいないだろうが、不用心にもほどがある。
「早速無茶をする・・・・・・」
「まぁ、ユーリにその類のお小言はあまり効かないわね」
二人同時に溜息を吐いた瞬間、屋敷の方から爆発音が響いた。
「どうやら始まったみたいね」
「ああ、行こう!」
たちが乗り込むのは正面からだ。
よほど派手に暴れているのか、外にまで衝撃が伝わる扉に手をかけ、中に踏み込む。
「執政官、何事かは存じませんが、事態の対処に協力いたします」
「フレン!?」
「ほらみろ」
屋敷の中は入り組んでいたが、騒ぎの元に向かえば簡単だった。
ひときわ大きい広間に出れば、暴れているユーリたちが見える。
広間の中央には巨大な魔導器があった。
「ちっ、仕事熱心な騎士ですね・・・・・・」
魔導器の側にはラゴウがいる。
不利を悟ったのか、舌打ちをして踵を返そうとするラゴウを逃がすわけにはいかない。
走ってラゴウを追いかけようとしたその時、
竜に乗った人間がガシャーンと窓を破って屋敷の中に入ってきた。
「うわぁ・・・・・・!あ、あれって、竜使い!?」
「あれ、は・・・・・・」
ばっとその姿を目にとめた瞬間、は強い眩暈を覚えた。
視界に白い靄がかかり、足元がおぼつかず、体がふらりと傾く。
(あの竜に似たものをどこかで見たことが有る・・・・・・?)
には竜使いに会った記憶などない。
だけど、あの竜に似たものを知っているような気がする。
記憶の奥底で何かがちりりと引っかかっている。
の目の前をぐるりと回った竜使いはそのまま巨大な魔導器の方に行くと、
手に持った槍を振り下ろした。
バキッと音を立てて魔導器が破壊される。
「・・・・・・ッ」
その音では我に返った。
たちまち視界もクリアになる。
「ちょっと!!
何してくれてんのよ!魔導器を壊すなんて!」
「本当に、人が魔物に乗ってる……」
魔導器を壊されたことに怒ったリタが炎の魔術を放つが、竜使いにはかすりもしなかった。
こともなげに竜を操り攻撃をかわすと、竜使いは破って入ってきた窓へと向かおうとする。
「待て、こら!」
リタが追いかけようと走り出すが、振り向いた竜が口を開け炎を吐き出した。
広範囲に降り注いだ炎は広間を分断し、中央にいたユーリたちはたたらを踏むしかない。
「くっ、これでは!」
燃え広がる炎にフレンも声を上げるが、
は扉の近くに立っていたおかげか、なんとか窓の方には壁伝いに行けそうだった。
しかし、竜を追いかけて窓へと飛び移るものの、後一歩のところで逃げられてしまう。
「船の用意を!」
「ちっ、逃がすかっ!!」
この隙にまんまと逃げる準備をしていたのか、
いつの間にかラゴウの姿が奥へと続く扉の向こうにあった。
手下を引き連れて逃げるラゴウを、ユーリたちが追っていく。
は壊れた魔導器の状態を確認するために、魔導器へと駆け寄った。
今までの常識で考えられないほど複雑な術式が刻まれた魔導器は、
原動力である魔核が真っ二つに割られ、すでにその活動を停止していた。
先ほど見た窓の外も雨がすっかり止んで、晴れ間が出ていた。
やはり続く長雨はこの魔導器が原因で間違いないだろう。
「フレン!!」
事態の収拾にと指示を出していたフレンは振り返ったと視線を交わすと、小さく頷いた。
そして大きく声を張り上げる。
「船を用意するんだ、急げ!」
カプワ・ノールは港町だ。
ラゴウが船に乗って逃げる可能性は十分にある。
いざという時に備えてこちらも準備だけはしていたが、出港には少し時間がかかるだろう。
フレンが部下を従え館の外に駆けだすのを確認して、は窓の縁に手を掛け外を見た。
少し向こうに、桟橋を駆けていくユーリたちの姿があり、
その先にはほぼ出港の準備を終えた一隻の船がある。
間にあうかどうか。
風に巻きあがる髪をそのままに、は窓の縁を蹴った。
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