「あれは・・・・・・ユーリとエステル?」


宿屋へと戻る途中、路地の角を曲がったところで、
は通りの向こう側に見知った男女がいることに気づく。
なにやら集まって話し込んでいるようだが、
あちらにはこの街の執政官、ラゴウの屋敷しかなかった筈。


「どうしたの?」

「誰あんた」


ユーリに近づき声を掛けると、
ユーリと、その横にいた茶色の髪の少女が振り返った。
先程は見かけなかったが、察するにユーリの連れなのであろう。
じろりと胡乱な眼差しをこちらに向ける少女に、 は小さく頭を下げる。


「ごめんなさい。
 自己紹介が先だったわね。
 私は・クロフォード。
 普段は特務師団ってところで働いているのだけど、
 今はフレンの下にいるわ」
「特務師団!?」


の紹介に驚愕の声を上げたのは、
少女の隣でこちらを見上げていた12、3くらいの少年だった。


「何よそれ」
「リタ、知らないの?
 特務師団ていったら騎士団長直属の特別部隊だよ」


どうやらこの少年は少し世情に明るいらしい。
不審な表情をする少女とは対照的に、すらすらと説明をする表情は得意げである。


「特別部隊っていってもほぼ雑用係みたいなものだけどね」


少年の説明に少々の付け足しを加えて、は小さく肩を竦めた。
物は言いようで、アレクセイに特務師団隊長に任ぜられてからは、
は殆ど休む暇もなく、働き通しだった。


「そんな訳でよろしくね。
 カロル・カペル君と、リタ・モルディオさん?」
「え、あれ・・・・・・?僕、まだ名乗ってないよね・・・・・・?」


の差し出した手を目の前にして、
キョトンと目を瞬くカロルに、はにこりと微笑む。


「それが私の仕事だから」
「特務師団とは、諜報活動を主とする部隊である、です」


と、そこでエステルと視線が合った。
はエステルに小さく会釈を返す。

そう、はユーリの連れの素性をすでに知っていた。
小さな少年の名前は、カロル・カペル。
魔狩りの剣のメンバーで、エステルと一緒にハルルの結界を治した立役者。
茶色の髪の少女の名はリタ・モルディオ。
彼女はアスピオの天才魔導士と名高い人物。

調べ上げるのはそう難くなく、
報告書を作成したのは、もうずいぶん前だ。


「胡散くさ・・・・・・」
「ま、のことは信用していいぜ。
 俺が保証する」
「あんたが保証してもねぇ・・・・・・」


リタはまだ少し不満そうではあったが、
とりあえずはユーリの言い分を受け入れたようで。
は再びにこりと微笑むと、エステルに向き直った。


「それで、何か話し込んでたようだけど?」
「あ、はい」


一つ、頷いて始めたエステルの説明は概ね予想通りだった。

ユーリ達はユーリ達で執政官の館に用があり、
行ってはみたが門前払いを受けたこと。
入るためにリブガロという魔物のツノが必要だということ。
エステルはそこまで言って、を見る。


はリブガロについて何か知らないです?」
「リブガロね・・・・・・。
 居場所なら知ってるわ。
 案内しましょうか」
「本当ですか!?」
「ええ、ついてきて」


ぱぁっと顔を明るくしたエステルに頷き返すと、
は先導して町の外へと歩き出した。















リブガロの棲家はカプワ・ノールを少し南にいった木々の立ち並ぶ、高台にある。
町を出て街道に入り、少しは勢いが落ち着いたが、
雨は止むことがなくしとしとと降り続いていた。


「ちょうど雨が降っていて良かったわ」
「ん、どうしてだ?」


の隣、取り留めのない会話をしながら歩いていたユーリは、 の言葉に首を傾げた。
リブガロを探すユーリ達にとって、雨はどちらかといえば、視界をさえぎる悪条件の部類で。
その雨が降っていて良いとはどういうことなのだろうか。


「リブガロは雨が降ると出てくるのよ。
 ね、カロル?」


聞けば、は歩きながらも首を後ろに巡らせた。
の後ろには、カロルがいる。


「うん、天気が変わった時にしか活動しない魔物ってのも時たまいるんだよね」
「へぇ、よく知ってるな」


短い道中、すっかりに気を許したのか、
話を振られ、カロルはふふんと得意げに鼻を鳴らした。
ユーリはカロルに賛辞を送るも、すぐに横目でちらりとを見る。
いつも艶やかな黒髪は、雨に濡れそぼってしまっていたが、
長い睫に縁取られた金の瞳は雨の中でも精彩を失わない。

漏れそうになった溜息を堪えて、ユーリは視線を前へと向けた。
すると、黄金の色がちらりと視界の端を掠める。


「見えたわ」


それはにも見えたようで、
は少し前方、ここらの物より幹の太い木々の合間を指し示した。


「なんか弱っているね」


リブガロのツノは高値で取引される素材である。

カプワ・ノールにはじめに入った時、
ユーリ達は借金の肩に街の人たちの子供を攫ったという役人達が、
子供を返す代わりにとリブガロのツノを街人達に要求している現場に出くわした。
子供たちを返してもらいたい必死な大人たちに何度も襲われたのか、
カロルの言うとおり、よくよく見ればリブガロの体は傷だらけだった。

どうしたものか、
ユーリが考える前にヒュッと鋭く風を切る音が響く。


「はい」


そう言って、がユーリに差し出したものは、
今正に目の前に見ていた、リブガロのツノであった。


「え?え?今何が起こったの!?」


状況が理解できなかったのか、
カロルが首をまるで振り子のようにリブガロとの手元で往復させるが、
はその一瞬の業を成し遂げた鎌を抱えて、ユーリを見た。


「角だけでも充分なんでしょ?」
「相変わらず、見事な腕前で」
「それほどでも」


かちりとの手元で音が鳴ったかと思うと、大きな鎌が変形して棒の形へと戻る。
の太刀筋は、ユーリでも注視していなければ未だ見損なう程のものだったが、
気のない返事を返すのも毎度のことであった。

が現状に満足していないことを、ユーリは知っている。
ユーリは小さく苦笑を漏らすと、「サンキュ」とからリブガロのツノを受け取った。


「それじゃ、私は先に帰るわね。
 フレンに何も言わずに来てしまっているから」
「ああ、ありがとな」


お礼を言えば、はそれ以上何も言わず、後ろ手に手を振り颯爽と去って行った。


「行っちゃった」
「何も見えなかったです・・・・・・」
「ますます胡散臭い・・・・・・」


を見送った後、ようやく状況を理解したのか、カロルたちが三者三様の感想を漏らした。
見ている方向は皆同じだったが、リタの声だけワントーン低めである。


「・・・・・・そういえば、・クロフォードって名前、
 どこかで聞き覚えがあると思ったら、特務師団隊長の名前・・・・・・!」
「なんだ、分かってるのかと思ったぜ」
「ええ!?聞いてないよ~~」


もともと、始めに特務師団の名前に反応を示したのはカロルである。
てっきり分かっている上で接しているのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
とはいえ、驚くカロルに、感心の声が一つ。


「ふうん。それであの腕ね・・・・・・」
「ま、ツノも手に入ったことだし、さっさと戻ろうぜ」
「そうですね。何か進展もあるかも知れませんし」


先程までとは打って変わって興味深げにリタが見ていたのは、
が残していったリブガロのツノだった。
ユーリがツノをぽんぽんと軽く手の上で弾ませると、エステルがそれに賛同する。
高台は街からそう遠くはなかったが、往復すればそれなりの時間にはなった。
確かに、何か街でも進展があるかもしれない。


「いくぞ、カロル先生」
「あ、ちょっと待ってよ~!」


さっさと歩き始めるユーリたちに、1歩遅れたカロルの慌てた声が続いた。