ユーリと別れ、は宿で借りていた部屋の前に立っていた。
内容までは分からないが、部屋の中からは男女のぼそぼそとした話し声が聞こえてくる。
「です」
扉を叩いて声をかけると、扉越しでくぐもってはいるが、フレンの返事があった。
一呼吸おいて、扉を開ける。
「失礼します」
「あ、あなたはさっきの・・・・・・」
扉を開けた先、部屋の奥にはフレンとエステリーゼの二人の姿があり、
部屋の中に入ってきたを見て声を上げたのはエステリーゼの方だ。
「・クロフォードと申します。
こうしてお話しするのは初めてですね。
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン殿下」
何度か城の中で見かける機会はあったが、
姫君とこうやって対面するのは初めてであった。
騎士の規範にのっとり、が最上級の礼をとると、
エステリーゼが座っていた椅子から立ち上がった。
「エステルです」
「え?」
「エステルって呼んでください。
ユーリもそう呼んでくれています」
こちらを見つめる水色の大きな瞳は、いまや眩しいばかりにきらきらと輝いていた。
なるほど、ユーリならばそう呼んでいてもおかしくはない。
けれど。
エステリーゼのその期待の篭った眼差しに、ちらりと横目でフレンを窺えば、
彼は肩を小さく竦めるだけで、
「わかったわ。
それで、エステルはどうしてユーリと?」
柔軟性はの美徳とするところだった。
エステリーゼが望んでいるのは対等な関係。
そこまでを瞬時に悟ったは口調までもをがらりと変えて、
歩み寄った机の上に手を置いた。
エステリーゼ改めエステルには再び椅子を勧める。
「今ちょうどフレンにお話していたんですけど・・・・・・」
ちょこんと椅子に腰掛け、エステルがフレンの方を見ると、
フレンが頷き、口を開いた。
「正直、僕は呆れているよ・・・・・・」
「そうなの?」
「フレン・・・・・・」
エステルが困った表情でフレンを見る。
フレンの口ぶりと、エステルの表情から総合すると、
そこには何か深い事情がありそうだった。
しかし、理由はすぐに知れた。
続きを促したに、エステルはかいつまんで話をしてくれる。
「水道魔導器に暗殺者、ね・・・・・・。
さっきのがそうかしら?」
「おそらくは」
「フレンは?」
「僕の所にも何度か」
「そう」
二人が共に頷くのを確認して、は軽く腕を組んだ。
要するにユーリはトラブル気質なのである。
水道魔導器のことはともかくとして、
たまたま入ったフレンの部屋で、
暗殺者に素性を間違えられたのは不運としかいえなかった。
「・・・・・・フレン。暗殺者の方には少し心当たりがあるから
私に任せてもらえるかしら?」
暗殺者達はフレンを狙っているという。
その中でもリーダー格といえる人物の特徴を聞いて、
はフレンに提案をした。
「そうなのかい?」
「ええ」
「それじゃ、お願いするよ」
フレンは意外そうに目を瞬いていたが、
が強く頷きを返すと、了承の意をとってくれる。
「ありがとう。
少し、席を外すわね」
にこりと微笑んだは、すぐにくるりと体の向きを変えた。
向かう先は部屋の外へと続く扉で、
扉の前で一礼をして、部屋を出て行く。
そこでエステルはほうっと溜息を漏らした。
「不思議な魅力の人ですね」
「エステリーゼ様もそう思いますか?」
そう言ったフレンの顔はどことなく嬉しそうだった。
エステルは小さく頷く。
「はい。私のことすぐにエステルって呼んでくれましたし、
それに凄く綺麗です」
「そうですね・・・・・・」
雰囲気だけでなく、言動や立ち居振る舞い、その容姿まで、
すべてを総合して、は普通の人と違っていた。
憧れにも似た表情で、が出て行った扉の方を見つめていると、
入れ違いに男の声がかかった。
「邪魔すんぞ」
少しぶっきらぼうに部屋に入ってきたのは、エステルが先程別れたユーリだった。
宿屋の外に出たは、街の中を人気のない方に、ない方にと歩いた。
街の外れに来たところで、ばさばさという軽い羽音が聞こえてくる。
降る雨の中を縫って空から飛来したのは、白いフクロウで、
が手を伸ばせば、まるでそれを待っていたかのように、
その腕にとぴたりととまった。
「いい子ね」
すっかり濡れてしまったその体を、は用意していたタオルで優しく拭った。
嬉しそうに身震いしたフクロウの足には、小さな筒が括り付けられている。
はフクロウの足から筒を外すと、さっとその蓋を開けた。
筒の中身は十中八九、手紙だろう。
諜報活動の仕事についてから、
は連絡手段にこのすっかり懐いてしまった白フクロウを使っているのだ。
「・・・・・・」
やはり中身は手紙だった。
は筒から手紙を抜き取ると、小瓶に入っていた液体をふりかけた。
そうすれば、一見白紙に見えた紙の表面に、じわりと文字が浮かんでくる。
特殊なインクで書かれた手紙は、
専用の液体をかけて初めてその内容を知ることができる。
アレクセイとのやり取りでしか使わない方法ではあるが、
機密性の高い情報を特に取り扱う為、大変重宝しているものであった。
「・・・・・・行って」
文字の現れた手紙をざっと読んだは、フクロウを空に放った。
必要があれば、"彼女"はすぐにのところへ飛んできてくれる。
空を悠然と飛んでいったフクロウを見送った後、は街中へと踵を返した。
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