ギィン、ギィン、ギィン

ひっそりとした細い路地裏に、金属の摺りあう音が響く。


「ったくなんだってんだ・・・・・・」


ノール港に着いて、ユーリは一人、謎の集団から熱烈な歓迎を受けていた。
勿論、想いは向こうの一方通行である。
何度目か、敵と切り結んで、ユーリは舌打ちをした。


事の始まりは帝都のお膝元、
ユーリが住んでいる下町での水道魔導器の魔核の泥棒騒ぎからだった。

貴族の屋敷に侵入して投獄されたのはまだ良い。
泥棒を追うためだったし、ユーリにとって投獄は茶飯事ともいえた。
問題なのはその後だ。
牢を少し抜け出すだけだったはずが、
途中でエステリーゼという少女に会い、彼女を助けることによって、
脱獄犯として手配されるまでになってしまった。
複雑な事情が絡み合ってそうなっただけであって、ユーリ自身は全く気にしていないのだが、
ユーリが今、暗殺者に狙われているのはまた別の理由からだった。


「仕事はもっと丁寧にやれよなっ!」


背後から切りつけてきた暗殺者を、振り向きざま袈裟懸けに切り上げる。
くるりと宙を回った剣を器用に受け止めて、ユーリはじりっと後ろに下がった。
ユーリ1人に対して、向こうは3人。
その動きは連携が取れていて、少し旗色が悪かった。


「ちっ」


一対一では分が悪いと見て取ったのか、ユーリの背後から二人の暗殺者が襲いかかってくる。
多少の傷を覚悟して身構えた、その時だった。
地を奔ってきた見えない刃の衝撃波が、敵を吹き飛ばした。


「大丈夫か、ユーリ」


斬撃を放ったのは騎士の鎧をまとった一人の男、フレンだった。
突如現れたフレンは遅れてやってきたヒーローさながらに、ユーリに声をかける。


「フレン!おまっ
 ・・・・・・それオレのセリフだろ」
「まったく、探したぞ」
「それもオレのセリフだ」


そう、文句を言いつつも、ユーリは口元ににっと笑みを浮かべた。
フレンと一緒ならば最早、暗殺者の一人や二人、問題ではなかった。


「ふぅ・・・・・・マジであせったぜ・・・・・・」
「さて・・・・・・」


あっという間に敵を片付けたユーリ達は、向かい合うとそれぞれ言葉を口にした。
しかし、行動はまるで逆だった。
フレンは戦闘を終えても剣を鞘に収めず、それをあろうことか、ユーリに向かって振り下ろしたのだ。


「ちょ、おまえ、なにしやがる!」


ユーリは驚き跳び退ったが、フレンのその目は真剣で、とても冗談でやっているように見えない。
理由は分からないが、フレンの本気の太刀筋にユーリは防戦一方だった。


「ユーリが結界の外へ旅立ってくれたことは嬉しく思っている」
「なら、もっと喜べよ。剣なんか振り回さないで」
「これを見て、素直に喜ぶ気がうせた」


2撃、3撃と剣を振り下ろして、ようやくフレンの攻撃がぴたりと止まる。
次にフレンが剣先を向けていたのは、横の壁に貼られていた一枚の手配書だった。


「あ、10,000ガルドにあがった。やり」
「騎士団を辞めたのは犯罪者になるためではないだろう」
「色々事情があったんだよ」


どうやら怒っているのは脱獄犯としてユーリが手配された事のようで、
賞金額があがったことを単純に喜んだユーリに対して、
フレンは怒りの目を向けてくる。


「事情があったとしても罪は罪だ」
「ちょ、待てって!」


再び振り下ろされる剣と受ける剣とが激しくすり合おうとした、その時。
キィンという音と共に、二人の武器が同時に弾け飛んだ。


「そこまでよ」
「なっ!」
!?」


二人の間を割って躍り出たのはだった。
驚くユーリ達を尻目に、
ぱさりと、少し乱れた黒髪を掻き揚げて、は剣を収める。


「仲が良いのは分かるけれど、こんな所でじゃれあわないで欲しいわ」
「おまえ、か」
「そうよ?」
「・・・・・・好きでこんな事してる訳じゃねえんだけどな」


隊服を脱いでカジュアルな服装になっている所為か、
少し雰囲気が違って見えたが、それは確かにだった。
彼女とはユーリが騎士団を抜ける時に別れたきりだったが、
その陶器のように白い肌も、艶やかな長い黒髪も、強い意志を宿した金の瞳や、
瑞々しいほどに桃色の唇も、何もかもが変わらなかった。
そして勿論、その腕も、だ。
ぐうの音も出ないとは正にこの事で、
によって飛ばされたユーリ達の剣はくるくると宙を舞って、地面へと突き刺さっていた。


!間に割って入るなんて危ないじゃないか!」
「だってそうでもしないと終わりそうになかったでしょう?
 彼女だって、呆れてたわ」


フレンの注意はむなしく通り過ぎ、はどこ吹く風である。
彼女が振り返ったその先には、驚きに目を丸くした、エステルがいた。


「エステル!」
「エステリーゼ様!」
「わ、私はそんな・・・・・・」


まさか話を振られるとは思っていなかったのだろう。
ユーリ達の視線を受けて、面白いくらいにエステルはうろたえた。
フレンがちらとユーリを見る。


「・・・・・・こちらに」
「え?あ、ちょっと・・・・・・フレン?!
 ・・・・・・すみませんユーリ、またあとで・・・・・・!」
「ああ」


城の者同士何か内緒話でもあるのだろう。
あくまでも物腰丁寧に、けれど問答無用でフレンがエステルを引きずっていくのを、
ユーリはひらひらと手を振って見送った。
フレンに会ったことでエステルの護衛のまねごともほぼ終わったとみていいだろう。
それよりも、だ。


「久しぶりね、ユーリ」
「ああ、おまえも元気そうだな」


声をかけられて、ユーリは残っていたに、向き直った。
金の瞳が今はこちらに向けられていて、
少し首を傾げたその肩から黒髪が流れ落ちる。

腰まで伸びた黒髪を、時折鬱陶しげに掻き揚げるに、
切るか縛るかしないのかと問うたユーリに、
願掛けみたいなものだとが言ったのは、いつだっただろうか。


「私、今はフレンと一緒にいるのだけど・・・・・・」
「フレンと?」


物思いにふけりかけたユーリの意識が、そこではっと引き戻される。
それほど、が言った言葉は衝撃的だった。


「詳しい話はまた後で、私も行くわね」
!」
「え?」


こちらの様子に全く気づいていないのか、さっさと宿屋へ戻ろうとするを呼び止めて、
ユーリは荷物から一振りの棒を取り出した。
それをに向かって放り投げる。


「それ、おまえのだろう?」
「そうよ、良く分かったわね」
「そんな特徴的な武器、おまえしかいないだろ」


難なく棒をキャッチして目を瞬くに、ユーリは肩をすくめて返す。
使い手の意思に応じて棒状から鎌へと形を変える武器は、
後にも先にもの物しかユーリは見たことがなかった。


「ふふ、ありがとう。
 無くて困ってたの」

「?」
「いや、助かった」


にこりと微笑むを見て、思わずその名を口にしてしまったが、
本当に言いたいことは言うことができず、ユーリは礼を述べた。

に助けられたのはここに来る以前のことだった。
デイドン砦という場所で、ユーリと連れのエステルはトラブルに巻き込まれた。
いや、自ら突っ込んだというべきか。
迫り来る魔物の大群に立ち往生した人を助けたまでは良かった。
門は閉まりかけ、大群はすぐ目の前、といったところでの武器が空から飛来した。
地へと突き刺さった鎌は雷撃を放って魔物を怯ませ、
その一瞬の隙にユーリは門の中へと逃げおおせることができたのだ。


「フレンと一緒、か・・・・・・」


どういたしまして、と言って去っていたを目で追って、ユーリは独り言ちる。
もやもやとした黒いものが心の中に広がるのが分かったが、
小さく首を振ると、雨の降る街の中、ユーリは仲間を探して歩き出した。