「二年、か・・・・・・」


アレクセイに稽古をつけてもらいながら、は色々な事を彼から教わった。
世界のこと、騎士団のこと、そして自分自身のこと。
記憶が抜け落ちていたのは自分に関することだけなので、
事を理解するのはたやすかった。

新たに分かったのは、が眠っていた年月が、半年ではなく、二年だということ。
最初に真実を告げなかったのは、クロームなりの配慮ではないかと、アレクセイは言った。

確かに信じがたい話ではあった。
人間というものは二年も眠り続けられるものなのだろうか。
そして、何の支障もなく、こうして星空の下に立っていられるものなのだろうか。

小さな呟きは、際限なく続く満天の星空に吸い込まれて消えていく。


「私は・・・・・・」


空に掲げた手のひらは、月の光に照らされてさらに青白く映る。
まるで血の通っていない陶器のようだと、は思った。

その時、ばさばさと、遠くの方から鳥の羽音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。


「お前は・・・・・・」


の周りを一周して彼女の肩にちょこんと留まったのはいつぞや見た白梟であった。


「お前が私を起こしてくれたのよね」


がそう問いかけると、白梟は返事の代わりにその体をの顔に摺り寄せた。
だいぶ人懐っこい性格のようだ。
がくすりと小さく笑い、その体を撫でてやると、白梟は気持ちよさそうにその目を閉じる。
すべらかな羽毛の下には確かに血の通った暖かな身体があって。

その温もりを手のひらで感じていると、突然白梟の身体がぴくりと動いた。
の金の瞳も、背後に感じた気配を警戒するように、鋭く細められる。

いつのまにかこの中庭に来客が来ていたらしい。
は相手に気付かれないよう静かに腰の武器に手を添えた。
剣よりも馴染みのある自身の武器だ。




「君もおかしな人だね」そう言ったのは彼の騎士団長だ。
には魔術の才能があると、アレクセイは言う。
事実、記憶を失う前のは魔術が得意だったらしい。

しかし、は戦う手段に鎌という武器を選んだ。
鎌は剣や槍と違いその刃の性質上、敵の懐に飛び込まなければ扱えない武器だ。
それが意味するのは敵の刃に一番近づくということ、
つまり常に危険の中に身を置かなければならないということだ。

それをは望んだ。
一種の脅迫観念とも言えるだろう。
けれどもそうしなければならない理由が、にはある気がしたのだ。




「こんばんは。あなたも夜のお散歩?」


感じた気配に殺気というものは感じられなかった。
しかもどうやら知らぬ気配でもないようで。
は背後を振り返ると、月の光を帯び淡く輝く金の瞳をその気配の主へと注ぎ込んだ。




















はっと息を呑む音だけが聞こえた。
の刃は彼の首筋に今にも食い込みそうでいて。
その動きは一瞬だった。

両手を挙げ潔く負けを認める彼に、は笑いが止まらず、目元に浮かんだ涙を拭った。

興味深かった。
その腕もさることながら、そのさばさばとした性格。
が気にいるには充分すぎるものであった。


「ありがとう、ローウェル君。
 おかげでよく眠れそうだわ」
「・・・・・・なぁ、さっきも思ったんだけど、
 そのローウェル君ってのやめてくれねーか?」
「あら、どうして?」


が中庭に出てきたのは夢見が悪かった所為であった。
眠れずに佇んでいたところに白梟がやってきて、彼がやってきた。

彼との手合わせで、ほどよく温まった身体は、眠るのに丁度よいもので。
興味深い人物とも出会えたことだし、と踵を返しかけると、
その人物から声が掛けられる。
どうやら自分の呼び方が気にいらないらしい。

彼はのことを同い年だと思っていたらしく、驚いた顔をしていた。
家を出たのが18、眠っていたのが二年間。
ならばは今、20歳ということになる。


「ともかくオレのことはユーリでいい。
 オレもあんたのことはって呼ぶ。いいだろ?」


さも当然かのように彼は言うが、言っていることは滅茶苦茶であった。

年上のものが下のものを呼び捨てにするのは納得がいくが、
年下が年上を呼び捨てにするのは当然のものではないであろうに。

まぁもそういうのを気にするタイプではなく、二つ返事で頷くと、にこりと笑う。


「いいわ。
 もとから堅苦しいのは好きじゃないの。
 ユーリ、ね。
 それじゃ、ありがとうユーリ。
 ―――いい夢を」


そっと彼に近づき背伸びをすると、はその頬にキスをした。
今日の良い出会いへの感謝と、眠る前の祈りを込めて。

その後すぐに踵を返すと、は後ろ手に手を振った。
白梟の、を追う音が聞こえる。

ここに来る前にちらついていた、血のように赤い、赤い光景も、今は見えなかった。


「"あか"、か・・・・・・」


にはここ数ヶ月で思い出したことがあった。

それは誰かの、紅い瞳。
同じ"あか"でもその瞳はまるで宝石のようで。
それが誰のものだったか、には分からない。
分からないが、その"あか"は赤い光景とはまた別に、脳裏に焼きついていて離れなかった。

片手をあげ、白梟を腕に留まらせると、は小さく溜息を漏らす。
満天に輝く星々はいっそう輝きを増し、とその連れを照らし出していた。