星の綺麗な夜だった。
いつもは寝つきの良いユーリであったが、今日はなぜか眠れなかった。
開け放した窓枠にもたれかかり空を見上げれば、
満点の星々が、白銀に煌めく光をたたえていた。
「ん・・・・・・?」
白銀の輝きを一つ、二つと数えながら、ふわあと一つ、ユーリはあくびをかいた。
だいぶ夜も更けた。
そろそろ寝るかと身軽に床に降り立ち、窓を閉めようとすると、
バサバサと、夜の静寂に小さな羽根音が響き渡った。
闇に目を凝らしてみれば、白い影が、建物の中において唯一緑の生い茂る場所、
所謂中庭に飛んでいくのが見えた。
「あれは・・・・・・」
その影には見覚えがあった。
しかし見間違いということもあるかもしれない。
脱ぎ捨てていたブーツを履きなおし、扉の外へと出かけた頃、
ふとユーリは同室の人物のベッドを振り返った。
けれども彼はというと、寝付けなかったユーリと違い良く眠っていた。
起こすまでもないだろう。
そう判断したユーリは扉をぱたりと静かに閉め、廊下に出る。
少しひんやりとした廊下は闇に沈んでいたが、歩けないほどではなかった。
入団する際に覚えさせられたので、建物内の地図も頭の中に入っていた。
先ほどの影の正体を確かめたらすぐに帰ってくればいい。
ユーリは暗い廊下を音を立てないよう静かに、目的地に向かって歩き始めた。
しばらくの後、ユーリは中庭へと辿り着いていた。
しかし、その場から動けずにいた。
緑の合間に見えたもの、それに目を奪われていたからだ。
ユーリが先ほど見た白い影、それはユーリが思っていたとおり、
以前助けた白梟に間違いなかった。
けれどもその白梟は今、ある人物の肩にとまっていた。
長い艶やかな黒髪に、すらりと伸びた手足。
月明かりに照らされたその姿は、今にも儚く消えそうでいて。
今は伏せられた瞳と相まってか、さながらお伽の中の月の女神の様に見えた。
「こんばんは。あなたも夜のお散歩?」
「気づいてたのか」
「ええ」
声を掛けられてようやく、ユーリは自分が彼女に見惚れていたことに気づいた。
いつの間にこちらを振り返っていたのか、閉じられていた金の瞳が、
今はユーリをひたと見据えていた。
こちらの心の奥まで見透かしそうな、どこまでも澄んだその瞳に少しの動揺を覚えたが、
それをおくびにも出さずに、ユーリは彼女の傍へと歩いた。
そして彼女の肩に止まる白梟へと目を向ける。
「そいつ・・・・・・」
「え?」
「そいつ、あんたのペットだったんだな」
「いいえ、違うわ」
「そうなのか?だいぶ懐いてるみてーだけど」
嬉しそうに彼女に纏わりついている白梟は以前傷を負っているところ、ユーリが手当てをしたのだが、
傷が治ったかと思ったら、どこかへ飛んでいってしまったのだ。
てっきり自分の巣へと戻ったと思っていたのだが・・・・・・。
まさかこんなところで再会するとは思わなかった。
しかも、昼間ユーリが戦った相手、と一緒にいるとは誰も想像がつくまい。
そして懐き具合からのペットかと思ったが、どうも違うらしい。
「・・・・・・そうね・・・・・・。
どうしてかしら・・・・・・どこか懐かしい感じがするのよ」
頬に擦り寄ってくる白梟のふかふかな体を、目を細めたが撫でた。
まるで一枚の絵の様だ。
「ふーん、まぁいいけどな。
それであんたはこんなところで何してんだ?」
一瞬浮かんだ考えを振り払うかのように肩を竦めると、ユーリは話題を変えた。
中庭にぐるりと目を向けた後、に視線を戻す。
はというと、一度優しく白梟を撫でた後、空を振り仰いだ。
「星を眺めていたのよ」
「星を?」
「・・・・・・」
それきり、は黙り込んでしまった。
空には相変わらず星々が瞬いていて、中庭には月の光が差し込んでいた。
「ねぇ、あなた。ローウェル君、だったかしら?
私ともう一度手合わせしてみない?」
それまでの沈黙が嘘のように、が明るい顔をしてユーリを見た。
その瞳は面白いことを思いついたとでも言うかのようにきらきらと輝いていた。
「?、別にいいけど、勝負は昼についてるぜ?」
「言ったでしょう?剣は不得手だって。
私の武器はこれ・・・よ!!」
言い終わるかどうか、の手に細い棒状の物が現れる。
それを一振り振ったかと思うと、次の瞬間、の金の瞳が、目の前にあった。
「・・・・・・っ!?」
自分の息を呑む音が、まるで他人事のように思われた。
ユーリの首筋にはいつのまにかに、細長い三日月形の刃が宛がわれていて。
合わせた金の瞳は、鋭く細められていた。
少しでもおかしな素振りを見せれば、間違いなくこの刃はユーリの首に食い込むだろう。
ユーリはこくりと一つ唾液を飲み込むと、降参とばかりに両腕を上にあげた。
「・・・・・・参ったな。
オレの負けだ」
そう言えば、キョトンとした瞬きが返ってくる。
「どうした?」
「くっ、、あはっ、あはははっ」
「??」
身をよじって笑うのその姿は、先ほどまでの彼女と同一人物とはまるで思えなかった。
しかしユーリにはどうして彼女がそこまで笑うのか、全く分からなかった。
頭の上にはクエスチョンマークがしきりに浮かんでいた。
「驚いた。
てっきり不意打ちは卑怯だとか言うかと思ったら、潔いのね」
笑いすぎたためか、目元に滲んだ涙を拭いながら、がユーリを見た。
その手にあった武器は既に棒状へと戻り、彼女の腰へと納められていた。
「あんた、そんな顔もできるんだな」
「~っ!?」
まだ笑い足りないのか、時折、くすくすと笑うにユーリがぼそりと呟くと、
の顔がぼっと一気に赤く染まった。
「どうしていつもあんな顔してるんだ?
笑えばかわいいのに、もったいねーのな」
「・・・・・・からかうんじゃないわ」
ユーリが見るは、いつも口元を真一文字に引き結んでいて。
それは仏頂面ともとれた。
そしてその美貌も相まってか、人々に取っ付き辛い印象を与えていたのは、紛う事無き事実だ。
しかし、今ユーリの目の前で笑うはその印象を払拭するほど、かわいかった。
笑顔がとても似合っていたのだ。
しかしユーリが素直な感想を漏らすと、
顔は若干赤いままであったが、は真顔に戻ってしまう。
もったいない。
ユーリは本気でそう思った。
「それにしても・・・・・・あなた、強いわね」
の瞳が、ユーリを見据えた。
その言葉に、ユーリは肩を竦める。
「そうか?今あんたに負けたばっかだぜ?」
「腕の事を言ってるんじゃないわ。
ううん、腕もそうだけど、私が言っているのは、ここのことよ」
そう言ってはユーリの心臓に当たる部分を指差した。
「腕に覚えのある者が、負けを認めるということはそうたやすくないわ。
大抵の人間はプライドに邪魔をされる。
けれど、あなたはすぐにそれを認めた。
あなたは心が強いのね」
「・・・・・・あんたとフレン、どっちが強えーのかな」
ユーリの心が強いと、そう言い切るの方こそ強い心の持ち主ではないかと、
ユーリはそう、思った。
強い意志を宿した金の瞳が、言葉の端々に宿る力が、そう思うに足る理由であった。
そしてユーリは彼女の瞳とよく似た輝きの髪を持つ、
ユーリの知るもう一人の強い人物を、思い浮かべた。
「フレン?あなたの友達かしら?」
首を傾げるに、ユーリは「ああ」と頷いてみせる。
「オレ、あいつに一度も勝てた試しねーんだわ」
「そうね・・・・・・どうかしら?
いずれお手合わせ願いたいところだけど」
考え込むように頬に手を当てたが、一度くすりと笑った。
「こう見えても私、負けず嫌いなの。
あなたにそこまで言わせる相手、興味があるわ」
「あいつなら・・・・・・」
「?」
「いや・・・・・・。
そのうち訓練で一緒になるんじゃねーの?」
「そうね、そうよね」
食堂でユーリに茶化されたフレンは、明らかに動揺した姿を見せた。
間違いなく彼はに惚れたのであろう。
果たして惚れた相手にフレンが本気を出すであろうか。
今日ユーリがこの場所でと手合わせしたように、
彼女とフレンを会わせることは容易かった。
しかし、どうにも気が進まなかった。
ユーリが言葉を濁すと、再び考え込むようには目を伏せた。
けれどもすぐに二度頷きを返すと、顔をあげる。
「ありがとう、ローウェル君。
おかげでよく眠れそうだわ」
「・・・・・・なぁ、さっきも思ったんだけど、
そのローウェル君ってのやめてくれねーか?」
「あら、どうして?」
が小さく首を傾げた。
その顔と相まってか、酷く幼いしぐさに映る。
「呼ばれ慣れてないからむず痒くてしょうがねーんだわ。
それにあんた、オレと同い年かそれより下ぐらいだろ?」
「私?20よ?」
「・・・・・・嘘だろ」
騎士団の年齢制限は18以上の者と定められていた。
だから18以下ということもないであろうが、
はアレクセイのお気に入り。
異例ということもある。
何にせよ、の顔はユーリより年上とはどうしても思えなかった。
確かに言動は年嵩のようにも思えるが、それだけであった。
時折見せる仕草、先程見せた笑顔。
どれもユーリより1、2歳下と言われても違和感はなかった。
美女というより、美少女である。
だからこそユーリは最初から砕けた態度で接していたのだ。
まぁ年上だと知っていても態度は変えていなかっただろうとは思うが。
「え?何か言った?」
「いや、いい。
ともかくオレのことはユーリでいい。
オレもあんたのことはって呼ぶ。いいだろ?」
ユーリがそう提案すると、がこくりと頷く。
「いいわ。
もとから堅苦しいのは好きじゃないの。
ユーリ、ね。
それじゃ、ありがとうユーリ。
―――いい夢を」
「!?」
気づいたときにはユーリの頬に何か柔らかいものが触れていた。
それはしっとりとしていて、どこか甘い香りがした。
呆然と立ち尽くすユーリに対して、
は既にこちらに背を向けて後ろ手に手を振り去っていく所であった。
その背中を、白梟が追っていく。
「・・・・・・不意打ちだぜ・・・・・・」
の唇が触れた部分を手で押さえ、ユーリは小さく呟く。
表情にこそ表れていないが、両耳はほんのりと赤く染まっていた。
の残り香を、夜風がふんわりと攫っていく。
今夜はやはり眠れそうにないだろう。
続く受難を思い浮かべながら、ユーリは一つ、溜息をついた。
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