「練習試合?」
真面目なフレンとは対照的に、
無事入団試験に合格したのはいいものの、型にはめられた生活に既に飽き飽きしていたユーリは、
頬杖をつきながら横目でちらりと訓練場を見やった。
先程から人が集まって何の準備しているのかと思えば、そう言う話であったのか。
今日の日程は事前に聞いていたはずなのだが、無論ユーリは話半分。
ここにきたのもフレンにただついてきただけであった。
フレンの話によると、前皇帝がまだ生きていた頃、
御前試合と称して騎士達の腕試しの場が設けられていて。
数ヶ月に1回行われる練習試合はその名残だという。
とはいっても今回のそれは実技試験も兼ねていて、新米騎士のみだけで行われる。
先日から受けてきた体力測定、適性検査、
もろもろ合わせて配属先を決める、とのことだった。
「へえ・・・・・・。騎士団にしては面白そうなことやるじゃねぇか」
何よりもユーリは実践向きである。
久しぶりに面白い事ができそうだ。
にやりと口元に笑みを浮かべ、ユーリは指の骨をぽきりと鳴らした。
「ユーリ・・・・・・。これは遊びじゃないんだよ」
「分かってるって」
フレンに窘められてもユーリの目は楽しそうに訓練場へと向けられていた。
すると、場内の奥の扉から、一人の女性が現われる。
長く艶やかな黒髪を靡かせ、口元を一文字に結んでさえも尚、涼やかな横顔。
入団試験を首席で合格したという、・クロフォード、その人であった。
「・・・・・・?」
今、ユーリの周辺では彼の人の話題で持ちきりだった。
と言うのも、先程行われた新米騎士の為の式典。
その際に彼女は騎士団長閣下に拝謁を許されただけでなく、教示をも賜った。
それだけで話題沸騰であるのに、あの容姿だ。
人の口に上らぬわけが無い。
「なあ、フレン。って前、お前が言ってたやつか?」
「え・・・・・・?確かに言ったけど・・・・・・」
場面は式典会場から大食堂に移っていた。
しかし、ワイワイがやがや皆が騒がしい中、フレンだけは先程から上の空であった。
それどころか視線はずっとある場所に注がれていて。
ユーリの問いにも生返事しか返さないフレンに、
マーボーカレーを一人ぱくついていたユーリはそこでやっとフレンの視線の先を追った。
その先には、他が遠巻きに見つめる中、一人黙々と食事をするの姿があった。
なるほどな、と咥えたスプーンを持ち直すと、
ユーリはそれでちょいちょいとの方を指す。
「惚れたか」
「・・・・・・!?な、何を君はいきなり・・・・・・」
図星だったらしい。
ガタン、と椅子をひっくりかえしそうなほど大きな音を立てて慌てて立ち上がったフレンに、
なんだなんだと、集まる周囲の視線。
それに気付いたフレンはわたわたと元の椅子に座り縮こまる。
ここまで慌てるフレンを見るのは久しぶりだ。
椅子に座り込んだ後も僕はそんな・・・・・・、とか、そんなことは・・・・・・、だとか、
必死に言い訳していたが、顔を真っ赤にしていては、全く説得力がなかった。
「へいへい。で、それで、けど・・・・・・なんだ?」
頑固なフレンのことだ。
これ以上茶化していても実もないだろう。
ユーリの経験上、長くなりそうなフレンの言葉は適当に流すのが得策だった。
「・・・・・・かの隊長首席の名は・メイアンディナ。
彼女の名前は・クロフォード。
同じでも、姓が違うだろ?」
「それもそうだな・・・・・・」
咳払いをコホンと一つついた後、フレンがユーリに向き直った。
未だ若干顔が赤いままだとはあえて言わないでおいた。
「それに、隊長は術士だったらしいよ」
「術士?」
初耳だった。
普段部下を指示する立場にある隊長格といえども、有事の際には前線に立って戦う事もある。
ともすれば部下の士気を高める為に己の力を誇示する必要もあった。
そうなれば他人の助けを必要とする術士は圧倒的に不利なわけで。
だからこそ歴代の隊長達は剣術に秀でたものが殆どだったのだ。
しかしは術士で隊長、それも隊長首席の座についていたと言うのだから驚きである。
ユーリが驚いて目を瞬くと、それを知ってか知らずか、フレンが神妙な顔で頷いた。
「ああ、それも凄腕の。
長い銀糸の髪を翻し、強大な術を行使する。
その様は見るものに畏怖の念を抱かせるのには十分なものだった、と僕は聞いている」
そこまで言って、フレンは再びの方へ目をやった。
既に食事を終えたのか、彼女は立ち上がり食堂の外へと去るところであった。
「彼女は見たところ剣士のようだし、
髪も黒髪だ。どう考えても違う人物じゃないかな」
噂の渦中にあるのに気付いてないのか、または全く気にしていないのか、
食堂にいる人々の視線を一身に浴びながら颯爽と去り行くの腰のベルトには、
騎士団から支給された飾り気のない剣が提げられていた。
・クロフォードが前隊長首席とやらとは別人だと分かり、そこで興味は失せたはずだった。
いくら試験を首席で合格したとはいえ、所詮はユーリと同じ新米騎士。
対して力の差はないだろうと踏んでいた。
しかし今、目の前に見るの足運びは素人のそれとは全然違っていた。
どうしてそれまで気がつかなかったのか、ユーリはじっとに視線を注いだ。
金の瞳と紫暗の瞳がかち合う。
「ユーリ、ユーリってば!!」
「ん?ああ?」
はっとして顔を隣へと強引に向けると、
今までずっと呼び続けていたのか、若干声を荒げたフレンが呆れた顔で小さく溜息をついた。
「・・・・・・・ユーリ、君が呼ばれているよ」
「は?」
いきなり呼ばれていると言われても、それまで物思いに耽っていたユーリには訳が分かるはずもない。
思わず間抜けな声でユーリが返事を返すと、今度こそフレンは盛大に溜息をついた。
「試合だよ。・・・・・・何を聞いていたんだ君は・・・・・・」
「・・・・・・ああ・・・・・・。
んじゃ、ちょっくらいってきますかね」
ちらりと訓練場に視線をよこすと、
確かに自分の名前が呼ばれていたらしい。
試験官らしき男と、ユーリの相手だという人物、がじっとこちらを見つめていた。
先程目が合ったのはこの所為か。
ユーリは訓練場を取り囲む枠を軽々と飛び越えると、に向き直り、にっと笑った。
「お手柔らかに頼むぜ」
「・・・・・・よろしくお願いします」
丁度彼女の腕前が見たいと思っていたところだった。
又とない機会に、ユーリは開始の合図と共に走り出す。
キィンッ!
剣がすり合う音と共に交差する視線。
初撃は互角であった。
しかし如何せん、の剣は軽すぎた。
ユーリが少し力を込めるだけでいとも簡単にの身体は後退していく。
また少し力を込めてそのまま交差した剣を弾き飛ばすと、
の剣はくるくると回転しながら落ち、近くの地面に突き刺さった。
「・・・・・・参りました」
「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ」
じっと自分の剣の行方を追っていたがユーリに向き直り降参を告げた。
それに肩を竦め、ユーリは呆れた声をかける。
まがりなりにも首席合格で、しかもアレクセイのお気に入りであるが、
こうもあっさり負けを認めるとは、全くの期待はずれである展開であった。
先程見たの常人でない姿は目の錯覚であったのだろうか。
こんなんではユーリはもとより他の騎士にも勝てるかどうか怪しいのではないか。
心底心配しかけたユーリの耳に、静かな声音が響いた。
「残念ながら、剣は不得手なもので」
「不得手・・・・・・?」
「・・・・・・」
の発言の意図が読めず、首を傾げていると、
もう話はすんだとばかりに、はユーリに背を向けた。
試合は試験官が次の対戦相手を読み上げる段階に入っていて、
突き刺さった剣を引き抜きそのまま去っていくに、
ユーリはその続きを聞けずじまいであった。
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