「―――来たか」
「あの、団長閣下」
あの日--が目覚めてから三日後、はアレクセイの元を訪れていた。
生来体力はあったらしい。
当初は衰えきった筋力に、足元さえ覚束無いものであったが、
何とか人並みに歩けるようになった。
―――それに・・・・・・。
はぎゅっと胸元を握り締める。
アレクセイには聞きたい事があった。
あれ以来何かと世話を焼いてくれるクロームに聞いても、何も教えてくれなかったのだ。
窓から差し込む日差しに照らされて、白銀の鎧がきらりと光った。
その眩しさに目を細めながらも、静かに佇むその背中に歩み寄り、声をかけようとすると、
呟くように低く、厳かな声がそちらから発せられる。
しかし、振り返ったアレクセイのその手には、抜き身の剣が握られていた。
「!?」
剣筋鋭い銀の切っ先がの頬を掠め、壁へと突き刺さる。
背中に伝わるのは、冷たい壁だった。
の頬にすうっと赤い筋ができ、赤い雫がつつっと滴り落ちた。
傷みは気にならなかった。
それよりも何故アレクセイが自分に剣を向けてくるのかさっぱり分からない。
間近に迫っていたアレクセイの顔をが凝視すると、
アレクセイが、突き刺さった剣を一気に引き抜いた。
その赤い瞳には何の色も宿っていなかった。
「アレクセイだ」
そう言いながらも、アレクセイの剣は容赦なくに向かって振り下ろされる。
丸腰のには、なす術もなかった。
自分の肩口へと吸い込まれていくその軌跡は、
まるでスローモーションを見ているかのようにの目には映った。
その時、ぱあっと眩い赤い光が輝くと共に、ガキィンという金属が何かにぶつかる音が響く。
「ア、アレクセイ様一体何を!?」
「・・・・・・さすがだな。
記憶はなくしていても身体は覚えている、か・・・・・・」
はっと我に返り、ようやくの思いで声を絞り出すと、
アレクセイが感嘆の息を漏らした。
交差する、紅と蒼の光。
前者はの胸元から。
後者はの頭上、丁度アレクセイの剣の侵入を阻むような形で、
青く光る防御壁は数度明滅した後溶けるようにして消えた。
「え、あ・・・・・・」
何が起こったのか、反射的に胸元に手をやり、は呆然と立ち尽くした。
アレクセイがそれまで手にしていた剣を鞘に収め、一歩から距離をとる。
「君、君、騎士団に入らんかね」
「私が・・・・・・?」
騎士団へと勧誘する、アレクセイのその熱の篭った視線は、
先程まで自分に剣を向けていたその瞳と同じものとは到底思えなかった。
アレクセイの最初の一撃、あの一瞬で、は横に跳んでいた。
アレクセイの踏み込みのほうが早く、壁に縫いとめられる形とはなったが、
半ば反射的に避ける方向にと身体が動いた。
続く二撃目、避けられないと悟った瞬間、身体から熱い力が迸り、
無意識に術を発動していた。
どうしてそのようなことが自分に出来るのか、記憶をなくしたには分かるはずもなかったが、
頬を伝わる熱い雫と、今だ輝き続ける赤い光とがその事実を伝えていた。
「あの、アレクセイ様」
きゅっと唇を噛み、決心したかのようにはアレクセイへと声をかける。
聞きたい事、それは正に胸元の光、そのものであった。
「なんだ」
話の腰を折ることになる為、もっと不機嫌に返してくると思ったが、
アレクセイはちらりとに視線を寄越した後、そのまま奥のソファへと座り込み、聞く体勢をとった。
どうやら話してもいいらしい。
「あの・・・・・・。
―――これは一体・・・・・・」
一瞬の躊躇いの後、はブラウスのボタンを外し、胸元を開いた。
ひんやりとした空気の中に白い柔らかそうな肌が露わになる。
しかしなによりもその中心部に奔る白銀の紋章のようなもの。
真ん中には無骨な赤い結晶があり、それが一際目を引いた。
「―――君が魔物に襲われ傷を負ったことは聞いたか?」
「はい」
アレクセイの厳かな声に、はこくりと頷く。
その話は先日クロームから聞いたものだった。
しかし、話し始めたアレクセイの言葉は、若干それとは違うものであった。
「君の傷はひどいものだった。
治癒術ももはや効果が見込めず、後は死を待つのみだった。
しかし・・・・・・」
アレクセイはそこで一つ、小さく息を漏らした。
の目にはその瞳が爛々と輝いてるかのように見えた。
「我が研究の中に人間に驚異的な回復力をもたらす物があったのを思い出してね。
君にはそれを使わせてもらったのだよ」
の胸に輝く赤い結晶。
それは心臓魔導器といい、持つものには強靭な肉体と、驚異的な回復力をもたらすという。
三日でが歩けるようになったのは正にこの為であると言えよう。
しかし、文字通り心臓魔導器は心臓の代わりに埋め込まれたものであり、生命力を糧に稼動する。
いわば身体に爆弾を抱えたようなものであった。
「どうしてそこまで・・・・・・」
「君の父親であるクロフォード卿には恩があってね。
私の目の前でその娘である君が・・・・・・ただ、死を待つだけというのは、
どうにも忍びなくてな」
信じがたい話であった。
しかし物的証拠は出揃っていた。
俯き、小さく呟くに「すまんね」とアレクセイの声がかかる。
かつて、の父、シィン・クロフォードは騎士団長補佐の立場にあり、
かの人魔戦争の折に、アレクセイを護りその命を落としたという。
アレクセイはそれをずっと気にしていて。
彼の娘であるもまた死に掛けているとあっては、居てもたってもいられなかった。
だからこそ持てる全ての手段で応じたと。
「君の話は聞いていた。
父親の後を継いで騎士になりに帝都に来ると。
しかしその道中、魔物に襲われた」
「・・・・・・」
クロフォード家の一人娘であり、跡継ぎでもあるは、
小さい頃から騎士になる為の訓練を受けてきた。
身のこなしも、術も、全てそこで培われたものであった。
そして18歳になる誕生日の日。
数ヵ月後に騎士団の入団試験を控え、は戦争の折に疎開していた故郷から離れた。
帝都に向かう途中、運悪くも魔物の大群に襲われた。
後は先程述べたとおりだ。
それらの話は、まるで絵空事のようにには思えた。
しかし、現実なのであろう。
「父が・・・・・・。
―――父が閣下を護る為に命を賭したというのなら・・・・・・。
私のこの命。・・・・・・取るに足らない命ですが、全て、貴方様に捧げましょう」
半ばうわ言のように小さく呟いた後、
はキッと顔をあげ、アレクセイの前に跪いた。
胸の前に手を置いて騎士の礼を取り、宣誓する。
一度死にかけた命、けれどもアレクセイによって蘇生された。
ならばこの命は彼に差し出そう。
父、シィンもきっとそれを望んでいるはずだ。
「よくぞ、言ってくれた」
満足げな、アレクセイの表情。
その表情に何故かは見覚えを感じる。
「あの、アレクセイ様」
「なんだ」
「私たち、以前から知り合いだったりしないですよね・・・・・・?」
「いや、違うが」
「そう、ですよね・・・・・・」
言って、は消沈した。
たとえ父親が団長補佐だったとはいえ、一介の娘に過ぎなかった自分が、
団長閣下と知り合いなど、ある筈がなかった。
入団手続きはアレクセイがすべてやってくれるとのこと。
しかも入団するまでの間、勘を取り戻すために剣の稽古をつけてくれる事まで彼は約束してくれた。
どこまでも至れり尽くせりな待遇に、少々の疑問を感じせずにはいられなかったが、
かといって記憶をなくした自分に、何ができるのか。
話は終わりだと、こちらに背を向けるアレクセイに一礼して、はぱたりと扉を閉めた。
―――死ねなかったのね・・・・・・。
無意識に呟いた言葉は、本人の耳へと届く。
はっと我に返り目を瞬くが、どうして自分がそのような言葉を呟いたのか、まるで分からなかった。
分かることはただ、今までと違う生活が始まるという事。
今はもう輝きの収まった胸に手をやり、は目を閉じる。
しんと静まり返る城内に、どこかでばさりと、鳥の羽ばたく音がした。
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