「あなたが―――・・・・・・?」
切り裂かれた大地。
木々は戦火に焼かれ、川は干上がり、緑豊かなこの地は、一瞬にして地獄と化した。
そこではもはや、小さな羽虫でさえもその生は許されなかった。
「・・・・・・・・・は、・・・・・・ため――・・・う?」
日に日に、膨れ上がっていく死者の数。
敗退を告げる伝令すら、今となってはなく、
力の差は歴然であった。
「――・・・ね。・・・・・・・・―――理由・・・・・・て?」
それでも、希望はあった。
先日、告げられた作戦。そして思いもよらぬ助け。
それは死の恐怖に怯える騎士達を奮い立たせるには十分なものであった。
「あ・・・たは、違う――・・・・・・?」
作戦決行は明日。
全てはそこから始まるかのように思われた。
―――が、・・・―――――。
「どう・・・て・・・・・・―――して・・・・・・な・・・に――・・・・・・」
作戦は失敗であった。
否、
"それ"は夜明けを待たずにやってきたのだ。
「・・・・・・はただ、・・・・・・―――――だけ・・・・・・に!!」
溢れかえる血。倒れる人々。
既に許容範囲を超え、どす黒く変色した大地。
見上げた空でさえも、赤く染まって見えた。
「もう――・・・・・・、・・・が死・・・・・・は・・・―――ない・・・!!」
絶望、恐怖、もはや誰のものとも判別もつかないほどべったりと自身の頬に張り付いた赤い液体。
雲が流れ、陽を覆い隠し、全てのものに色濃く、影を落としていく。
「・・・・・・―――!!」
落ちた赤と透明な雫。それは大地に混じり、あとかたもなく溶けて消えた。
はぁはぁはぁ―――。
荒い息遣いだけが、朝の路道に響く。
「やっべえ、フレンの奴、怒るだろうなぁ」
時刻は早朝。
気の早い市場の連中らは仕事の準備に取り掛かり始める時間だが、
普通の人はまだ寝ている時間だ。
にもかかわらず、ユーリは急いでいた。
というのも、ここ最近早朝にはフレンと剣の特訓をしていて、
今日に限って、見事に寝坊したユーリは、予定より数十分も遅れて家を出たのである。
時間に煩いフレンが遅刻など許すはずも無く、お小言を食らうのは疑いようも無かった。
けれども行かないよりはマシだろうと、階段を駆け下り、家々の隙間を通りぬけ、目的地へと向かう。
「ん・・・・・・?」
塀を飛び越え、着地する瞬間見えた白いもの。
それが弱弱しくも動いたように感じたユーリはそちらにじっと目を凝らした。
「白い・・・・・・梟・・・・・・?」
細い路地の隙間に、小さな白い塊のように蹲る生き物。
それは梟であった。
「何でこんな所に・・・・・・」
近寄ってよくよく見ると、その梟の身体は傷だらけで、もはや動く事すらままならないようであった。
―――これは危ねえな・・・・・・。
そう思ったユーリは梟をそっと抱え上げ、踵を返す。
傷の手当てをすれば、まだ助かるかもしれない。
当初の目的などとうに忘れ、ユーリは急いで自宅へと向かった。
あれから数刻後、ユーリの素早く、適切な処置の甲斐あってか、梟は一命をとりとめた。
使い終わった包帯を丸め、道具をあらかた片付けていると、
トントンと部屋の扉をノックする音が響く。
「ユーリ!!時間になっても来ないとは一体どういう――・・・・・・!?」
よほど頭にきていたのか、こちらの返事を待たずに開く扉。
そして肩を怒らせながら荒々しく入ってくる金髪の少年。
それは今朝ユーリが約束をすっぽかした相手、フレンであった。
「・・・・・・梟・・・・・・?」
先程途切れた言葉、それはユーリのベッドの上にいる、
手当てを終えたばかりの白梟を見たからに他ならなく、
フレンはそちらをじっと見やり、訝しげに小さく首を傾げた。
「あー・・・・・・、悪ぃ、フレン。
こういうことだから行けなかったんだわ」
フレンが現われてようやく約束の事を思い出したユーリは、罰が悪げに頭を掻いた後、
フレンが見つめる梟を指差した。
元から遅刻は確実だったのだが、行けなくなったのは手当てをしていた所為だ。
決して嘘は言っていない。
寝坊した事実は覆い隠して、そのことをフレンに言えば、
フレンは怒らせていた肩を落として、小さく溜息を吐く。
「―――・・・・・・もういいよ。それで、この子は無事なのかい?」
「ああ、なんとかな」
出来うる限りの処置はしたつもりだが、まだまだ予断は許されなかった。
できれば治癒術の一つでもかけてやりたいところだが、
あいにくとユーリはその知識を持ち合わせていなかったし、
術を使うために必要な魔導器も帝国の管理化にあって、
下町の一市民の元にあるはずが無かった。
フレンに小さく頷いて見せると、ユーリのお腹がぐぐぅと盛大に鳴り響く。
「そういえば寝坊して朝食食べる暇なかったな・・・・・・」
「寝坊・・・・・・?」
育ち盛りであるユーリにとって、朝食抜きは非常につらいものである。
思わずぼそりと呟いた言葉はフレンの耳にも入ったらしく、彼の肩がぴくりと動いた。
「い、いや、なんでもねえよ。
それよりそろそろ昼飯の時間だな。
フレンも食べていくか?」
「いや、僕は・・・・・・」
それを見たユーリはしまったと、慌てて台所の方へ向かい、
話題を逸らすのも兼ねてフレンに食事をしていくかと聞いた。
それに対して、遠慮するよと、そうフレンが言いかけた時、
くるるるる、と何かの鳴くような音が響いた。
「・・・・・・フレンか・・・・・・?」
そう言ってユーリはフレンを見やるが、フレンは首を振った。
確かに先程の音はフレンよりも少し後方、ユーリのベッドの方から聞こえてきた。
そう、丁度白い梟の方から・・・・・・。
―――梟・・・・・・?
ユーリとフレンの視線が白梟に釘付けにされると、
それが分かったのかどうか、梟が小さく身じろぎをした。
「ははっ、腹が減るほど元気なら、もう大丈夫そうだな」
「みたいだね・・・・・・」
どうやら先程の音の正体は、梟の腹の虫のようだ。
ユーリが思わず吹き出すと、梟はぷいと横を向いてしまった。
賢い生き物は人語を理解すると言うが、どうやらこの白梟も人語が分かるらしい。
悪ぃ悪ぃと梟に謝り、再び台所に向き直ると、ふと、ユーリは気付いた。
「梟ってなに食べるんだ・・・・・・?」
そもそも梟をペットとして飼う話など聞いた事が無い。
ましてや珍しい白梟だ。
せめて肉食か、草食かだけでも分かればいいが・・・・・・。
「確か肉食だったと思うけど・・・・・・」
少しの間をおいて、思い出したかのようにフレンが小さく呟く。
「ん?そうなのか?」
しかし既にユーリはミルクの入ったコップを白梟の前に置いていて、
梟はそれを美味しそうに飲んでいた。
「そりゃ水はどんな生き物でも飲むと思うけど、
ミルクって・・・・・・」
「まぁいいじゃねえか、現にこうして嬉しそうに飲んでるし」
フレンがそれに呆れた声を出すと、
終わりよければ全てよしなユーリは手のひらをひらひらと振った。
なんにせよ、この分であれば傷の方ももう大丈夫であろう。
こくりこくりとミルクを飲み続ける梟の頭をぽんぽんと撫で、ユーリは小さく笑った。
数分後、空になってしまったコップを下げ、ユーリは自身の食事を始めた。
同じ食卓には結局、フレンも並んでいた。
数ヵ月後には騎士団の入団試験が始まる。
自分達が落ちるとはもはやこれっぽっちも思ってはいないが、
帝国は身分格差社会だ。念には念を入れる必要がある。
だからこその早朝特訓であった。
今日はすっぽかしてしまったが・・・・・・。
数ヵ月後の試験を思い、ユーリはざっくりと切られたジャガイモを口に放り込んで、
それをごくりと飲み込んだ。
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