「フレン?そこで何してんだ?」


帝都ザーフィアス、その最下層にある下町と、市民街を結ぶ坂道。
その頂上に、ユーリは立っていた。
少し先に立っているのは、自分と同じ背格好をした、下町の幼馴染であるフレン。
身分格差を重視する貴族街に比べてそれほど酷くはないが、
市民街もまた、おおよそ下町の人間は近づかない場所である。
しかしこの坂の上は、下町全体が見下ろせる事もあり、度々訪れるお気に入りの場所だ。
それはフレンも同様であったが、今、フレンがいる場所は坂の上というより、市民街の入り口である。
そんな場所に立ち、顎に手をあて考え込むように俯いていれば誰でも不思議がるというものだ。


「ユーリ。君、眠り姫の話を知ってるかい?」
「眠り姫?」


ユーリが話しかけたことで、ようやくこちらに気付いたフレンが顔を上げた。
しかし、口にした言葉は、ユーリには聞き覚えのないもので、
眉を顰めて怪訝な顔をすれば、フレンはゆっくりとこちらに歩いてくる。


「君も知ってるだろう?かの人魔戦争の折、騎士団で生き残った者はほとんどいないということを」
「ああ」
「さっき聞いた話なんだけどね。どうやらまだ生き残った騎士がいるらしいんだ」
「それがどう関係あるんだ?」


かくいう、現隊長首席シュヴァーン・オルトレイン。彼が数少ない人魔戦争の生き残りと言うのは周知の事実だ。
フレンの話では彼の他にもまだ生き残りがいたということだが、それが眠り姫の話とどう関係するのか。
ユーリは首を捻った。


・メイアンディナ。前騎士団隊長首席。アレクセイ騎士団長の懐刀とも呼ばれる女性。
 人魔戦争で深い傷を負い、そのまま眠り続ける眠り姫」
「それって・・・・・・生きているのか?」


人魔戦争と言えば、数ヶ月前やそこらの話ではない。
そんな長い間眠り続けて生きていられる人間など、聞いたことがなかった。
それを問えば、神妙な顔でフレンが頷き返す。


「傷は既に完治して、眠り続けている以外他に問題はないらしいよ」
「それで眠り姫か・・・・・・」
「その人格、腕前、共に若くして隊長首席に上り詰めるだけあった人なんだって」
「ふーん・・・・・・」
「でもおかしいよね、実際そんな人が眠り続けていたら、もっと早く噂になってもいいんだけど・・・・・・」
「ま、何にせよオレには関係ないな」


再び俯いて考え込み始めるフレンをじっと見つめた後、ユーリは彼に背を向けた。
すでに話への興味は失せ、その足は坂の下へと動き始める。
その背中に、フレンの呆れたような声が掛かった。


「また君はそんなこと・・・・・・。ユーリも騎士団に入るんだったら、お城の状況は知るべきだよ」
「そんないるかどうかも分からない奴のことなんて知ってもしょうがねえだろ。
 俺たちが知るべきなのは騎士団に入って世の中を変えられるかどうか、だろ?」
「ユーリ・・・・・・」


そう、たとえその前首席隊長とやらがどんなに凄い奴だったとしても、眠ったままでは何も変えられないではないか。
この腐った世の中を変えられるのは、今動くことのできる、自分達だけだ。
キッと前を見据え、一歩、一歩、ユーリは固い地面を踏みしめる。
既に陽は陰り、人々が夕食の支度を始める時間だ。
賑やかな喧騒が、いい匂いのするものへと変わっていく。
守るべきもの、それを守るためならなんだってする。
噂話などにかまけている暇などないのだ。
しかし、先程フレンから聞いた眠り姫の名前が、何故か脳裏にこびりついて、離れなかった。


・メイアンディナ、か・・・・・・」


小さく呟いたその言葉は、人知れず、夕暮れに染まる帝都の空へと昇り、消えていった。