ある部屋の前にレイヴンは立っていた。
一仕事終え帰ってきたら、一息つく暇もなくドンに呼び出され、
直ぐにここに向かえとの指示を受けたのだ。

レイヴンは目の前の扉をじっと見る。
この部屋が誰の部屋なのか、ドンは教えてくれなかった。
扉を控えめにノックするが、中からは反応がない。
そこで先程よりも強くノックをしたが、やはり反応は無かった。


(ドンは反応が無くても構わず入れと言っていたな・・・・・・)


仕方がない。
溜息を吐きながら扉のノブに手をかけると、レイヴンは少々の躊躇いの後に、扉を開けた。














―鴉と子狼














「・・・・・・!?」


扉を開けた瞬間、レイヴンに強い圧力が襲い掛かった。
それは紛うこと無き、強烈な殺気で。


「なっ・・・・・・」


その殺気に一瞬気圧されそうになったが、辛うじてレイヴンはその場に留まった。
すると、殺気が嘘のように消えてなくなる。
ばっと部屋の中を見れば、分厚いカーテンで窓が閉め切られた暗がりの中に、
1対の強く光る瞳があった。


「子供・・・・・・?」


部屋の中にいたのは、小さな少女だった。
奥のベッドの上で膝を抱えたまま、こちらを見ている。
先程の殺気はこの少女が放ったのだろうか。
どうみてもそんなようには見えないが、少女の他には誰もいない。

こう暗くては見えるものも見えない。
明かりはどこかと周りを見渡すと、唐突に部屋の明かりがついた。
部屋の主は身動き一つしていない。
それに得体の知れなさを感じつつも、レイヴンは少女を見た。

先程までは暗くて見えなかったが、
肩口まである髪は銀色に煌めき、熱く燃えるような輝きを放つ瞳は緑掛かった紫色をしている。
見たところ7,8歳といったところか。

そこでレイヴンは思い出した。
ドンが直々に面倒を見ているという子供が確かいた筈だ。
きっと彼女がそうなのであろう。
少女の強い眼差しが、ドンを彷彿とさせた。

突然部屋に入ってきたレイヴンは少女にとって不審以外の何物でもないが、
少女は一言も発しなかった。
ベッドから降り、絨毯の上をとてとて歩くと、少女はぽすんとソファに座る。


「すわって」


そこで漸く少女が言葉を発した。
それまでのイメージを払拭する、年相応の可愛らしい声だ。

少女がレイヴンに示したのは、テーブルを挟んでこちら側のソファだった。
雰囲気に呑まれて礼を失してしまったが、部屋の主は少女だ。
レイヴンははっとして、促されるままにソファへと座った。


「ドンに言われて来たんだけども・・・・・・」


改めてレイヴンは少女に部屋を訪れた理由を告げたが、
少女は何も言わず、ソファで小さな足をぶらぶらさせるだけだった。

ドンは何故ここに行けと言ったのか。
レイヴンがドンの元に付いたのはつい最近のことであったが、
未だ彼が何を考えているのか、全く見当もつかない。

彼女がただの子供だったらまだ相手のしようがあるが、
小さな少女相手に、レイヴンはたちまち手持無沙汰になってしまった。

しんとした空間に耐え切れず腰を浮かしかけた時、
少女の声が、レイヴンを押しとどめた。


「あなたも大切な人をなくしたのね」
「・・・・・・なんだって?」


一瞬驚きはしたが、レイヴンの事情を少女が知っている筈がない。
つとめて冷静に聞き返せば、少女の強い眼差しがレイヴンを射抜いた。


「わたしと同じ」


少女はソファから立ち上がると、テーブルを迂回し、レイヴンの傍まで歩いてくる。
そしてこちらを見上げた。


「あなたのそこ、からっぽだから」
「・・・・・・!」


少女が指差したのは、レイヴンの心臓に当たる部分。
彼女が言っているのはただの比喩だ。
それでも、隠している真実を言い当てられた気がして、一時身が竦む。


「名前」
「え?」
「あなたの名前は?」


少女はあまり感情の起伏がないようで、淡々とした表情でこちらを見ていたが、
気の赴くままに、言葉を重ねる様は子供らしいというべきか。
何の脈略もなく言われた言葉に、
聞き返してようやくレイヴンは自分の名前が聞かれているのに気づいた。

今のレイヴンにとって"名前"というものは余り意味を成さないが、
ここ最近"新たに加わった"名前がある。
レイヴンは少しの沈黙の後、"レイヴン"、とその名を少女に告げた。


「レイヴン・・・・・・」


少女が言葉をかみ砕くかのように、ゆっくりとその名を口にする。
しかし言い終えるや否や、すぐにくるりとこちらに背を向けた。

そのままとてとてと歩くが、少女は座っていたソファには戻らず、
部屋に入った当初に居たベッドに戻り、よじ登った。
そこが少女の定位置なのだろう。


「・・・・・・お嬢ちゃんの名は?」
「・・・・・・


そう言いながらも少女―は目をこする。
子供の寝る時間はとうに過ぎていたようだ。
その目はもはやとろんとしていて非常に眠そうだった。


「それじゃ、俺様はそろそろお暇するわね」


レイヴンが暇を告げると、はこくんと頷いて、もそもそとベッドに潜り込んだ。
見た目にそぐわない言動をしたかと思えば、子供らしいところもある、
不思議な少女だと、レイヴンは思う。


「レイヴン」


レイヴンが踵を返しかけると、後ろから声が掛けられた。
振り返れば、が毛布の隙間から顔だけを出してこちらを覗いていた。


「またね」
「・・・・・・ああ」


とレイヴンの接点など殆ど無いに等しいが、同じギルドにいる以上は再び会う事もあろう。
返事をした後、部屋の外に出たレイヴンは扉をぱたりと閉めて歩き出した。
しかしすぐにその歩みを止める。


「レイヴン、か・・・・・・」


その名前は、彼の本当の名前ではない。
だが、に名を呼ばれた時、何故か心がざわついた。
レイヴンはおもむろに心臓に当たる部分に手を当てた。
無機質な感触を伝えるそれは、彼が"生きていない"証だ。


「・・・・・・」


レイヴンは紫の羽織をばさりと羽織りなおして、廊下を行く。
それは小さな変化。
しかし、それは何かがじわりと染みていくような変化だった。














翌日、今度はドンがの部屋を訪れる。
レイヴンの時と同じように、ひとりでに明かりがついたが、ドンは驚きもしなかった。


「ドン」


いつものように定位置のベッドに座っているかと思えば、はソファに座っていて、
ドンが部屋の中に入ると、顔を上げた。

まるでドンを待っていたかのようだ。
いつもと違うの行動に、ドンはにっと笑みを浮かべた。


「あいつはどうだった?」
「・・・・・・」
「気に入ったか」


彼女にレイヴンを会わせるようにしたのはドンだったが、思った以上の効果が得られたようだ。
がいつもと違う行動をとった理由、それは昨日の事が原因に他ならない。
からは返事は無かったが、返事がないのは同意と取る。
少なからず、がレイヴンを気にしているのは確かだ。

ドンは向かいのソファにどっかりと座り込むと、を見た。


「・・・・・・あの人も私と一緒なの」


暫くだんまりかと思いきや、視線を下に向けたまま、が口を開いた。

ドンとは違い、ソファに埋もれそうなくらい小さな体は、
つわもの揃いのこのギルドには余りにもそぐわない。
しかし、ドンがを保護した理由はその生い立ちにある。


「レイヴンが?」
「うん」


は先の戦争で両親を亡くしている。
何かがあるとは思っていたが、の言葉から推測するに、
レイヴンも大切な人を亡くしたのだろう。
はそこに共感を覚えたのかもしれない。


「それに・・・・・・ずっと立っていたから」
「ほう」


続くの言葉に、ドンはにやりと笑った。

は見た目通りの子供ではない。
いっぱしの大人が束になっても、には敵わない。
そのが、部屋に近づく者を片っ端から退けているのをドンは知っている。
レイヴンが感じた殺気はもちろん、が放ったものだ。
その殺気を受けても尚、レイヴンはその場に留まったという。
やはりな、とドンは思った。


「あの人、ギルドに入ったの?」
「ああ」
「別の匂いもするけれど・・・・・・」


レイヴンはアレクセイが差し向けた騎士団のスパイだ。
ドンはそれを承知の上で彼を自分の下に入れたのだが、
はうっすらとそれに感づいているようだ。
が気づくとは思っていなかったので、ドンは少し驚く。


「あの人もドンと一緒にいれば・・・・・・」
「俺がなんだって?」
「・・・・・・なんでもない」


小さく呟かれた言葉にドンが聞き返すと、
口に出したつもりがなかったのか、ははっとして口を噤んだ。
それ以上は聞き出せそうもないようだ。
ドンはソファから立ち上がると、ぐしゃぐしゃ、との頭を撫でる。


「夕食には来いよ」
「・・・・・・分かった」


後小一時間で夕食の時間だ。
は一人の食事を好んでいたが、今日は別だった。
数舜の沈黙の後に、こくりと首を縦に振ったに、
ドンは再びの頭をくしゃりと撫でた。

少しずつではあるが、も変化しているようだ。
お互い、いい刺激となれば良い。
ぐしゃぐしゃになった髪を恨めしそうにこちらを見上げるにドンはがははと笑って、
揚々と部屋を出ていった。









































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夢主さんとの出会いver.レイヴンです!
書く書く言いながらなかなか書けなかったです…
お互いの第一印象はそんなに悪くないのです。
ここにさらにハリーが加わってわちゃわちゃすると良い!
ドンは陰で暗躍(違う)です。
この時期の子狼ちゃんは触れたら危険!(レイヴンとドン以外)らしい。