ざざざざざざっ

静かな森の中を一陣の風が通り抜ける。
否、それは小さな身体を最大限にしならせて、
木から木へと飛び移り標的を追う、一人の少女だった。

既に標的の魔物は眼前に迫りつつある。
大きな体に大きな口、その口には鋭い牙を生やしていて、
その対格差から言っても、ぶつかり合えば少女はひとたまりもないだろう。
しかも口の端からは何か熱気のようなものが漏れ出ている。

少女はしかし、躊躇いもせず魔物の正面に回り込むと、木から軽やかに降り立った。
魔物は上からの突然の襲来に、一瞬怯む様子を見せたが、
相手が小さな女の子だと分かると、すぐに鋭い牙で襲い掛かってくる。


「ギャンッ!!」


その瞬間、響き渡ったのは、魔物の悲鳴だった。
どういう手段を取ったのかは分からないが、少女は掠り傷一つ負っていなかった。
対して、大きく後ろに跳び退った魔物の体には、
何か鋭い得物で切り裂かれたような、大きな裂傷ができていた。
かなりの深手のように見えるが、それでも致命傷には至っていないようで。

どうやら予想以上に魔物の皮膚が硬かったらしい。
内心舌を巻くも、少女は即座に横へと跳んだ。
その横を赤く燃える火がごうっと、音を立てて通り過ぎる。


「あっ」


避けるタイミングは完璧だった。
しかし、運が悪かった。
小さく声を上げ、少女は目を見開いた。
避けたと思った火が、
僅かに浮いた少女の長い髪の一房を掠め、毛先に引火していたのだ。


「・・・・・・よくも」


銀に輝く髪がちりちりと燃えるのを見るや否や、少女の顔色が変わった。
それまで何の感情も表に出さなかった少女の顔に、
今、はっきりと怒りの感情がにじみ始めていた。
細い肩がぶるぶると振るえ、風もないのに少女の髪がふわりと浮き上がる。
気づけば、魔物が放った火の玉の数倍もの炎の塊が少女の背後に出現していた。




















―邂




















「・・・・・・たのに」


周囲に立ち込めた熱気が風にさらわれ、ようやく森の清けさが戻った頃、
小さな呟きを漏らした少女―は、しょんぼりと肩を落としていた。
その肩口に掛かった髪はよく手入れの行き届いたもので、
あまり日の差し込まない森の中であっても、銀色に光り輝いていた。
大好きなお兄ちゃん、デュークと同じ色の髪。
毎日、毎日手入れしてきた銀の髪は今や背中に差し掛かるぐらいまでに伸びて。
火はすぐに消えたのでさほどの被害は無かったが、
手のひらに掬い、見た一房は他とは明らかに違ってちりちりに焦げてしまっていた。

今度会えた時、褒めてもらおうと思っていたのに。
じわりと滲み始めた涙を堪えようと首を横に振った時だった。
鳥が一斉に、ばたばたと木から羽ばたいてく。


「・・・・・・!?」


はっと顔を上げたは、鳥が飛んでいった空をじっと見つめると、
次に木々の向こうへと目を向けた。
どうやら複数の人間が森の中へと入って来ているらしい。
今はまだ遠くだが、人の気配を感じて、は再び木の上へと飛ぶ。
そして先程と同じように木から木へと飛び移ると、そのまま森の入り口へと向かっていった。










森の入り口から程近いところで、
がしゃがしゃという硬いものがこすり合う様な、物々しい音が響いていた。


「あれは・・・・・・」


目に鮮やかなオレンジと、鈍く光る鎧。
確か、帝国の騎士団は隊ごとに色分けがされているのだったか。
靡く隊服はどこの隊のものかは分からないが、彼らは間違いなく騎士団の者たちだった。

少し先の木の上から様子を窺っていたは、騎士たちの姿を確認すると、
彼らから見て真正面、ひときわ背の高い木に飛び移って、背筋をピンと伸ばした。
そうして、声を張り上げる。


「止まりなさい!
 ここから先はギルドの領分。
 騎士団が気軽に立ち入れる場所ではないわ」
「子供!?」
「ガキが何をえらそうに!」


騎士たちは一瞬驚く様子を見せたが、続く反応は先程の魔物と同じだった。
声の出所、木の上のの姿を認めると、彼らは顔に明らかな嘲りの表情を浮かべた。
が唯の子供だと思って、侮っているのだ。


「だから何?
 あなた達と違って、ギルドは、
 ・・・・・・ドンはそんなことに拘ったりはしない」


静かな怒りがふつふつと湧き上がってくる。
深い色の瞳で騎士たちを見据えると、はきっぱりと言い切った。
穏便に済ませるつもりであったが、必要ならば実力行使も止むを得ないだろう。
そう思った、その時だった。


「止せ。
 お前達の敵う相手ではない」
「隊長!」


低く、落ち着いた深みのある声が、ぴりぴりとした緊張の中に割り入って来た。
ざわりと広がった騎士たちの間から、一人の男が現れる。
どうやら彼がこの隊を纏める隊長のようだ。
男は口々に言い合う部下を抑えると、木の下からを見上げた。
話し合おうということらしい。


「・・・・・・少しは話の分かる人もいるみたいね」


見えた水色の瞳には少しの嘲りも浮かんでおらず、
多少頭の冷えたは木の上から飛び降りた。
何故そう思ったかは自分でも分からないが、
警戒心は全く抱かず、男の目の前に立つ。


「、っ・・・・・・あなたは・・・・・・」


通常ならば、長い前髪に隠れてよく見えないのだろう。
しかしその身長差から、見上げる形で見た男の顔は、からはよく見えた。
そうでなくても、こうして正面に立ってみて、
ある気づきには小さく声を上げた。


「近頃、近辺を騒がせている凶悪な魔物の話を知っているか」
「・・・・・・ええ」


の変化に男はまだ気づいていないのだろう。
とつとつと話す声は落ち着いていて、ただに状況を説明するのみで。


「この先にその魔物が逃げ込んだという情報が入った。
 我々はそれを追っている。
 これ以上被害が出る前に先へ行かせて貰えないだろうか」
「その必要はないわ」
「何?」


男が話した凶悪な魔物とは、
ここ最近近辺を荒らしまわっていた、炎を吐く魔物のことである。
その体格や凶暴性から、なかなか退治するものが現れなかったのだが、
その魔物はつい先程が倒したばかりだった。
ならば、騎士団がこの先に進む理由はもう無い。
きっぱりと言い切ったに、男の眉がぴくりと動いた。


「魔物はもう私が倒したから」
「・・・・・・!」


もう一押しとばかりにが続けると、
今度こそ男は驚きの表情を顔に浮かべた。
しかしその言葉は逆に騎士たちのプライドを煽ったようだった。


「嘘をつけ!
 お前のような子供にあの凶悪な魔物が倒せるわけがないだろう!」
「嘘じゃないわ。
 あの魔物にはギルドも困っていたの。
 私がそれを見過ごす筈がない」


ただでさえここの所物騒なのに、
近くを凶暴な魔物がうろついているとあれば、街の住民も落ち着いて暮らせなかった。
実を言うとギルドの方でも討伐隊の指示があったのだが、
はそれに先んじて出てきてしまっていた。


「っ、なら証拠は!
 お前があの魔物を倒したという証拠を見せてみろ!」
「・・・・・・いいわ、見せてあげる。
 でも見せるのはそこの隊長さんだけ」


あくまでも虚勢を張り続ける騎士たちに嘆息して、
一度は騎士たちに向けた視線を、は再び男の方へと戻した。


「何だと!?」
「そんなこと・・・・・・!」
「いいだろう。
 案内してくれ」
「隊長!?」


がなりたてる部下たちの中、男が小さく頷きを返す。
それに騎士たちは再び声を上げるが、
それすらも一睨みで黙らせて、男はを促した。
は男を見つめると、直ぐに背を向ける。


「・・・・・・こっち」


その姿、それに先程見た彼の顔。
やはり彼はの知る人物に間違いないだろう。
男がついてくるのを確認して、は元来た道をすたすたと歩き始めた。















男、シュヴァーンはの小さな後姿をじっと見つめていた。
今はシュヴァーンの姿ではあるが、彼にはレイヴンという別の男の姿もある。
騎士団にいるときはシュヴァーンとして。
ギルドにいるときはレイヴンとして。
2重の生活を送るようになったのはここ数年のことだ。

のことはもちろん知っていた。
の養い親はレイヴンの上司であるドンであり、
また自身にも彼はレイヴンとして度々会っている。
しかし、正体を明かすことはできなかった。
騎士団長からギルドにスパイとして送り込まれたレイヴンは、
あくまでも仮の姿なのだ。

程なくして、部下の騎士たちの姿が完全に見えなくなった頃、
先を歩くが急に立ち止まった。


「?」


疑問に思い、顔を上げると、
振り返ったの顔が突然シュヴァーンの目の前まで差し迫った。


「なっ」
「やっぱり、あなたレイヴンね」


驚き、目を見開けば、の大きな瞳が目に映った。
それに再び息を呑みかけるが、シュヴァーンは低く、声を出す。


「何のことだ」
「隠しても無駄。
 私には分かるの。
 姿を変えても、レイヴンはレイヴンのままだから」


こちらを見つめるの瞳の色は純真そのものだった。
シュヴァーンは彼女には一切のごまかしが効かないと悟る。


「・・・・・・
「なあに?」


帝国の騎士が知るはずの無い名前を呼ぶと、
明るい声で返事をして、は小さく首を傾げた。
自分の主張が認められたのが嬉しいのだろう、
瞳が、きらきらと輝いている。


「本当にあの魔物を倒したのか?」
「あなたまで私を疑うの?レイヴン。
 確かに、さっき倒したわ。
 ただ、その・・・・・・証拠はないのだけど」


シュヴァーンから恥ずかしそうに目を背けたは、
短くなってしまった髪の一房をそそくさと隠した。
だが、シュヴァーンはその前に気づいていた。

が自分の髪を大事にしていたのは知っている。
大方、魔物の吐いた火がの髪を燃やし、
それにキレたが大きな魔術を放ったのだろう。


「そうか」


のその性格も、実力もシュヴァーンは充分分かっていた。
やすやすと想像出来た場面に小さく笑みを漏らせば、
早く話題を変えたいのか、がぱっと顔を上げる。


「そ、それより、どうしてそんな格好を・・・・・・」
「シュヴァーン隊長ー!!!」
「あの子供、まさか隊長を!」
「そんな訳あるか、相手はあの隊長だぞ!?」


戻ってこないシュヴァーンを心配して追ってきたのだろうか。
の言葉をさえぎって、森に響き渡る声は間違いなく部下たちのものだった。


「お前たちそこを動くな!
 魔物の死体は確認した!
 ここにこれ以上の長居は無用。すぐに引き上げるぞ!」


と、そこでシュヴァーンはの方を見た。
は何か言いたそうに口を小さく開けたが、
その口からすぐに大きな溜息が漏れる。


「・・・・・・私ももう帰るわ」
「ああ」


少し強引過ぎたか。
目を伏せてしまったに多少の罪悪感を感じつつも、
頷いたシュヴァーンはしかし次の瞬間、身を仰け反らせた。


「・・・・・・!」


突然シュヴァーンに抱きついたが、
その小さな手で心臓に当たる部分に触れたのだ。
それは僅か数秒程度のものだったが、
シュヴァーンは思わず、の顔を凝視してしまう。


「また後で、・・・・・・レイヴン」


かける言葉が出ないまま、
の方は小さな笑みを残して、文字通り風のように消えてしまった。

ドンの元で会って数年はたつが、
彼女の力は想像の域を超えていて、未だ図りしれなかった。
腑に落ちない点を抱えながら、シュヴァーンは部下たちの下へと、歩いていく。



それをは木の上で見届けていた。
完全に彼らの気配がなくなった頃、は木の上から飛び降りて、小さく呟く。


「シュヴァーン、ね」


それは、彼の大戦の英雄、騎士団隊長主席の名前。
再びその名前を小さく呟くと、は今度こそその場から姿を消した。









































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出会いverシュヴァーンです!
ちょうど71話にでてた噂の銀狼時代のお話ですねー。
まだちっちゃいです。
結局ヒロインは最強でしたって、いきつく訳で。
そしてレイヴンであろうとシュヴァーンであろうと振り回されるわけで
まぁそんなもんですよね(笑)
verレイヴンは次回あたりに書きたいと思ってます!