ゆったりとしたソファ、ふかふかのベッド、床にはあたたかな絨毯が敷き詰められ、
そして一人で使う分には十分なほどの家具。
これらは全ての為に整えられたものであった。
ドンの元に預けられてから、はや10数ヶ月。
ドンが家族と言った、天を射る矢のメンバーとも、
多少ぎこちないながらも話すことぐらいはできるようになった。
けれども先日、彼らに言われた言葉、それがの頭を巡って離れなかった。

ソファに腰掛け、足をぶらぶらさせながら考え込んでいると、不意に部屋の空気が変わる。


「デュークお兄ちゃん?」


それはいつも"彼"が纏う空気。
彼はたまにしか訪れてくれなかったが、はそれをいつも楽しみにしていた。
ソファからすぐに立ち上がり、とたとたと軽い音を響かせて彼--デュークの目の前で急停車すると、
はデュークに抱きついた。


「あのね、皆がね、私に笑ってって言うの。
 笑うって、どんなことだったっけ?
 どうすれば笑えるんだっけ?
 ・・・・・・私、笑い方忘れちゃった・・・・・・」
・・・・・・」


先程からずっと考えていた事、それは"笑い方"であった。
以前は自然にできていた事、けれども今は考えても考えても出来そうになかった。
それどころか、考えれば考えるほど、の頬は強張り、
それはもはや笑顔といえるものではなかった。

デュークを見上げ、そのことを告げると、彼はの目線に合うようにしゃがんでくれる。
そしてはたどたどしくもぽつりぽつりと話し始めた。


「お兄ちゃんは・・・・・・笑える?
 私、覚えてる。
 お兄ちゃん、エルシフル様が隣にいたときは笑ってた。
 私にはあまり笑ってくれなかったけど、
 私、お兄ちゃんのあの笑顔好きだったの。
 ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは今笑える?」
「・・・・・・・・・」
「ごめんなさい。私、わかってる。
 お兄ちゃんもエルシフル様を亡くしたんだもんね。
 お兄ちゃんも私と同じ・・・・・・。
 ・・・・・・無理言ってごめんなさい」


そう、はデュークの笑顔が大好きだった。
他の人のと比べて、デュークのそれは口元に小さく笑みを浮かべる程度であったが、
それが何よりもの目には綺麗に見えたのだ。

しかし、それは今はもう失われてしまったもの。
デュークも大切な人を失った。
笑うことなど、できるはずが無い。

無言でをじっと見つめるデュークに、しょんぼりと肩を落として俯くと、


「いや・・・・・・」


デュークの静かな声が掛かる。
そして扉の外からはを呼ぶ、男の声。

ドンがを自室に呼んでいるとのことで、はすぐにそれに返事を返す。


「私、ドンの所行くね。
 お兄ちゃん、・・・・・・また来てね?」
「ああ・・・・・・」


デュークと会うのは久しぶりで、本当はもう少し一緒にいたかった。
けれども自分の言った言葉で辛そうに目を伏せるデュークに、
はその場に居たたまれなかったのだ。

が別れの言葉を言うと、小さく、それに返事を返すデューク。
それが暫くの別れになるとは思いもせず、その声を背中に聞きながら、は自室を後にした。




















―小さなの咲き誇るとき―




















「デューク!!」
「・・・・・・?」


自分を呼ぶ声に後ろを振り返れば、そこに立っていたのは見知らぬ一人の少女。
しかし先程の声と、ここまで走ってきたのか、軽く息を弾ませてこちらを見上げる彼女の顔。
それらを見つめ、デュークははたと思い当たる。
銀色の髪に紫翠の瞳、このような特徴を持つ人物など、自分の知る限りでは一人しかいない。
けれども、そう確定するには、あまりにも違いすぎて。


、か・・・・・・?」


は10歳の時からずっとその外見は変わることがなかった。
だからこそデュークの思い描く彼女の姿はまだほんの10歳くらいの小さな少女のままで、
けれども今目の前にいる彼女はどう見ても15、6の少女の姿である。

彼女の生い立ちからすれば、どうであれ不思議ではないのだが・・・・・・。
確認の意味を込めても、小さくその名前を呟くと、


「酷いじゃない。あの日以来一度も訪ねてきてくれないなんて」


返事の代わりに、腰に両手を当てた、ぶすっとした表情が返ってくる。

あの日とは、に笑い方を訊ねられた日のことで、
確かにあれ以来、デュークはの元を訪れなかった。
それにはちゃんとした理由があるのだが、は聞く耳持たずである。


「・・・・・・・・・・・・ドンはどうした」
「デュークが来てくれないから私から来たの」
「・・・・・・答えになっていないが」
「いいじゃない、私のことは別に」


こうなってしまえば、もはやが頑として譲らないのは分かりきったもので、
それでもどうしてここに来たかと問えば、
やはり返ってくるのはすねた言葉であった。


「それより、デューク、あなた相変わらずの無表情ね」
「お前もだろう」


のそれは以前より幾分かはマシにはなっていたが、
それでも人のことを言えないレベルのものである。
それをずばりと指摘すれば、はぐっと口を噤んだ。


「むぅ・・・・・・。
 ・・・・・・私はしょうがないじゃない。
 笑い方を忘れてしまったんだから
 ねぇ、デューク、笑顔見せてよ」
「人に言う前にまず自分からやったらどうだ?」
「・・・・・・わかったわよ。
 ―――・・・・・・こう?」


デュークのもっともな言葉にむむむと唸ったかと思うと、
それもそうよねと、は自身の頬をむにむにと揉み解し、それをぐいっと持ち上げた。


「・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと、鼻で笑ったわね!!」


のその顔が笑顔というにはあまりにも可笑しくて、
思わず鼻先で笑ったのが見られていたらしい。
すぐにお怒りの言葉が飛んでくる。

なんにせよ、これでは気の遠い話である。
やれやれと肩を竦めて見せれば、それを見たが地団駄を踏んだ。


「もう・・・・・・、いつか絶対デュークを笑わせて見せるんだから!!!」


きっぱりと言い放った言葉はもはや意地のなにものでもなかったが、
そう言うの表情はいつになく生き生きとしていて。
それで彼女が元の良く笑う少女に戻るというのなら、それもいいのであろう。
小さく漏らしかけた溜息を一つ飲みこむと、
デュークはぽんぽんとの頭を優しく撫でた。




















「デューク、デューク」
「なんだ」
「うふふ」
「・・・・・・気持ち悪いぞ」
「・・・・・・それはちょっと酷くない?」



自分の呼び声に振り向き、デュークが浮かべた表情、
それにくすりと笑って返せば、眉根を顰めた、訝しげな顔が返る。

自分が変なことをしたとは全く思ってもいないが、
が何を考えているかはデュークにはわかるはずもない。
だけどよりにもよって気持ち悪いとは、あんまりではないか。
頬を膨らませ、抗議しかけるが、不意に、真顔に返る。


「―――デュークがこうして笑ってくれるなんてあの時は思いもしなかったなぁって」


自分が呼べば、振り向いて、微笑んでくれる。
そうなるまでにだいぶ掛かってしまったが、今はこうして、自分もデュークの隣で笑っていられるようになった。
最初はデュークを笑わせるのに必死で、思いもしなかったけれど。

どちらが先か、それはわからない。
共に過ごすうちに、自然と笑みが零れるようになった。
それはともに、先の戦争で失われてしまったもの。
やっと取り戻すことの出来た、大切な宝物。
手を伸ばせばすぐ届く、それにそっと触れ、はふっと笑みを浮かべる。


「・・・・・・・・・・・・」
「デューク、大好きよ」


無言で見つめ返すデュークの頬に手をやり、そう呟く。

暗い、奈落の底から、自分を引っ張りあげてくれた人。
大切なものを、取り戻してくれた人。
そして何も言わずに、傍にいさせてくれる人。

家族と、エルシフル様と一緒に遊んでくれていた大好きなお兄ちゃん。
今は誰よりも、近しい存在。
ふわりと、風が舞い、銀色の髪と髪とが交じり合う。
心地よい、それに身を任せ、再びはにこりと微笑んだ。









































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サイドストーリー3「救いの御手」の続きです。
ネタバレ云々抜きにようやく出せた感。
これでデュークとの過去編は今のところ終わりですー!

今のヒロインさんとデュークの雰囲気。
どうしてそこまでになったのか、をこのお話に盛り込んだつもりです!!
ぜひそこら辺を感じ取っていただけたらーと思いますですよ。

ちなみに本編ではユーリ達が笑顔を取り戻したってなってますけど、
実際最初にヒロインを笑顔にしたのはデュークです。
しかしデュークは始祖の隷長よりの存在なので、カウントせず。
人の世の中ではユーリ達が一番最初なのですよ。