ドンの元を去ったデュークは、すぐにの元に向かった。
しかし、の家に彼女の姿はなく、
もしや今度こそ騎士団に攫われてしまったのか、とデュークは急いで彼女を捜し求めた。
しかし、彼女は攫われたのでなく、自分の意志で出て行ったのが分かった。
そう、血の匂いのする噂を引き連れて・・・・・・。
―救いの御手―
「・・・・・・」
その幼い顔に、一切の感情を無くした表情を浮かべ立ち尽くすに、デュークは声をかける。
「デュークお兄ちゃん・・・・・・」
その声に、ずっと目を離せず凝視していた、目の前に折り重なる黒い物体からやっと目を離して、
が暗い瞳でデュークの顔を見上げた。
そして目を数度瞬いた後、小さく、口を開く。
「お兄ちゃんの言うとおり、私、あれから手首を切るのはやめたよ?
でも、あの時から私、心が乾いて仕方がないの。
だからね、憎い人間を殺せば、それが満たされると思った。
なのに、殺せば殺すほど心が乾いていくの。
ねぇ、どうして・・・・・・?私、どうすればいいの・・・・・・?」
苦しげにそう呟く、の頬には、涙の跡と赤黒い染みがこびり付いていた。
の周囲に散らばる黒い物体、それは人の死体であった。
デュークはそれらをじっと見つめた後、の顔に手をやりその頬を強く拭う。
「・・・・・・ついてこい」
「お兄ちゃん?どこ行くの?」
されるがままだったは、その手をデュークに引かれ、小さく首を傾げる。
「ドンという人間のもとにだ」
「っ!嫌っ!!」
デュークがさらりと言った言葉、それは今のにとって一番恐れていた言葉ではないか。
人間は自分の両親を裏切って殺した。
その人間のもとに、どうして自分を連れて行こうとするのか。
恐慌に陥ったは、デュークの手を振り解こうと、必死でもがいた。
しかし、デュークはの目の前にしゃがみ、諭すようにの瞳をじっと見つめる。
「・・・・・・いいか、。
お前の中には人の血が流れている。
それは汚くもなんともない。誇り高いお前の母親の血だ。
それをおまえ自身が否定するな」
真紅の瞳と、紫翠の瞳が交差する。
デュークの深く落ち着いた、その真紅の瞳に、
ようやく落ち着きを取り戻したはしゃくりあげ、デュークの服の裾をつんと引っ張り小さく俯く。
「でも、お兄ちゃんだって・・・・・・」
デュークだって、友、エルシフルを人間に殺されたはずだ。
はそう言いたいのだろう。
乾いたはずの彼女の瞳が、涙で潤むのが分かる。
「・・・・・・だからこそ、お前には私のようになって欲しくない」
立ち上がったデュークは、の滲む涙を指の腹で優しく拭った。
今のは幼く、その真の意味に気付くこともなかったが、
重ね合わせた手のぬくもりは変わらず、同じ温度で。
「・・・・・・うん・・・・・・わかったよ、お兄ちゃん」
小さな手でぎゅっとデュークの手を握り返すと、は小さく頷いた。
「ドン」
「ん?ああデュークか。遅かったな」
部屋に入り、ドンに音もなく近づくと、
それまでの作業を中断して、ドンはデュークを振り返った。
を迎え入れる為に、書類上の手配をしていたのだろう。
ユニオンの首領として忙しい彼には、もちろんそれだけではないだろうが、
机の上にはあちらこちらに沢山の書類が散らばっていた。
「・・・・・・・・・・・・」
それらをちらりと一瞥したデュークは眉を顰め、口を閉ざした。
散らばった書類の一つには、最近の怪奇現象についての書類が含まれていた。
沢山の人々が、一瞬のうちに血を流し、死に絶える。
その傷口は刃のものよりも鋭く、弓銃よりも深く抉れていて。
しかし、それを行った犯人を見たものは全く居ず、謎に包まれるばかり。
それは先日、デュークがこの街で聞いた話、そのものであった。
「どうした?」
デュークの様子がおかしいことに気付いたドンの、訝しげな声がかかる。
その声に、デュークは書類から目を離し、閉ざしていた重い口をゆっくりと開いた。
「は・・・・・・人を殺していた」
「!?」
デュークの言葉に、ドンが息を呑んだ。
信じられないというように、自分の顔を見るドンを、ただ、デュークは無感情に見つめ返す。
「・・・・・・どういうことだ?」
さすが、というべきか、すぐに真顔に戻ってこちらに鋭い視線を送るドンに、
デュークは先程見たままをそのまま話していった。
「それほどのうけた心の傷は深かったのかもしれない」
は人を殺しながらも、泣いていた。
それが彼女の優しさからくるものなのか、そうでないかはデュークには分からなかったが、
好きでやっていたのではない事は確かだ。
「そうか・・・・・・」
顎に手をあて、ドンが低く唸るように呟く。
しかし、次の瞬間顔をあげると、ドンはデュークの腕の中で眠る、小さな女の子にその目を向けた。
「それでその子が、か?」
「ああ」
眠るを起こさないように、デュークはそっと腕を傾け、彼女を見せる。
すると、ドンがその顔を覗きこんだ。
「なんだ、可愛い顔して眠ってるじゃねぇか」
「・・・・・・」
デュークが口にした凄惨な状況が嘘のように、
あどけない顔をして眠るに、ドンは口元を緩ませ笑みを浮かべた。
「よし、この子は俺に任せとけ」
暫くすると、ドンが自信ありげにデュークの腕からをその手に受け取った。
瞳を揺らすデュークに、心配すんなって、とドンは大きく頷いてみせる。
「・・・・・・ありがとう」
小さく、そう呟いた言葉に、ドンがふっとの寝顔に視線を送った。
「デューク、たまにはこの子に顔見せに来てやれよ」
「・・・・・・・・・・・・」
それには言葉を返さず、デュークはドンに背を向け、歩き出した。
すやすやと、眠るの寝息だけ、その耳に残して・・・・・・。
ざわめき声が、眠るの耳に届く。
それはの覚醒を促し、はゆったりとしたソファの上で目を覚ました。
「ここ、どこ・・・・・・?」
目の前に広がるのは、見知らぬ明るい天井。
寝ぼけ眼を擦り、は小さく呟く。
「お、嬢ちゃん、目が覚めたか」
そのに声をかけるのは、やはり見知らぬ人間。
人間。その存在にはっとしたは、伸ばされた手を叩くように、自身の手を横に払う。
「嫌っ!!!!」
ザシュっという鈍い音と共に、ぽたり、ぽたり、と流れ出す赤いもの。
が無意識に放った力はドンのその手を傷つけた。
既に見慣れてしまったその赤く流れる血を凝視して、は知らず、後退りする。
「ドン!!!」
ドンの周りにいた男たちが、彼を心配して声をあげた。
それにびくりと肩を震わせたは、更に後ろへと後退る。
駆け寄りかけた男達を目で制して、ドンは静かにの目を見つめた。
「・・・・・・俺はドンだ。
デュークからおめぇを預かった」
「ドン・・・・・・?」
その名前には聞き覚えがあった。
がドンの名前を小さく反芻すると、ドンが大きく頷いた。
「今からここがおめぇの家だ。
そして俺達天を射る矢がおめぇの家族だ」
歳の割にはたくましく、太い腕を大きく広げて、
にやりと笑ったドンは周りの男達に顔を向けた。
「かぞ、く・・・・・・?」
ドンと男達を交互に見やり、は何度も目を瞬いた。
再び何度目か、ドンの顔を見つめると、
「私の家族はおとうさんとおかあさんだけよ」
はそう言って、顔を俯かせる。
そんな彼女の姿をその目に映し出して、ドンはの頭の上に、その大きな手を乗せた。
「・・・・・・今はそれでいい。
だがな、こいつらも捨てたもんじゃねえぜ?」
「・・・・・・」
「おう、おめえら。嬢ちゃんを部屋に案内してやれ」
俯いたまま、は答えようとしなかったが、
小さなその手がぴくりと動いたのを、ドンは見逃さなかった。
を連れて行くよう指示を出すと、彼女は黙ってその後について行った。
「お兄ちゃん・・・・・・、デュークお兄ちゃんは?」
扉の前まで行くと、ふと思い出したかのように、が顔を上げた。
ドンはそれに首を振る。
「・・・・・・やつは行っちまったよ」
「お兄ちゃん・・・・・・」
大きな瞳を潤ませ再び俯いてしまったを、励ますようにその背中をそっと押してやる。
小さな背中はドンの見守る前で、彼女の部屋へと続く通路に消えた。
自分の周りにいた男達もだいぶあたりに散った頃、ドンは深く息を漏らす。
の力によってつけられた手の傷は、あまり強い攻撃ではなかったのか、
鋭い切り口が故、既に血が固まり、塞がりかけていた。
実際にその目で見るまではとても信じられなかったが、の力は本物のようだ。
これでは騎士団が狙うのも無理は無い。
あの小さな背中にかけられるだろう運命は、あまりにも果てしなくて、
ドンにはそれを推し量る術は無かった。
しかし、自分が、自分達が少しでもその力になってやろう。
彼女のあたたかな温もりの残るその手を握り締め、そう、静かにドンは誓った。
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サイドストーリー2「何かが壊れる、音がした」の続きです。
デュークよりドンが出張ってますね・・・・・・。
ハリーがドンの孫なのは分かるんですが、息子?娘?はどうしたのかなーと。
大戦で亡くなったかなんかかなーと勝手に妄想。
そんで夢主にその姿を重ね合わせるとか、うん。
悔いが残ることは埋め合わせたくなるのが人ってもんですよね・・・・・・!
まぁ、そんな感じで。
タイトルは「救いの御手」なのですが、
これは3人共に当てはめて頂ければと思います。
互いに、救われているわけですね。
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