夕焼け空に、陽が沈もうとしていた。
ユーリは街の入り口でフレンに声を掛けられ、そのまま決闘へともつれ込んだが、
その決闘も終わり、立ち上がった。
二人とも地面に寝転んだものだから、背中が土に汚れてしまっていたが、
気にならない程いい気分だった。

二人で街に戻ろうとすると、街の方からが歩いてくる。


「ユーリ、フレン」
「ん、なんだ?」
、どうしたんだ?」
「二人にお願いがあるのだけど」


こちらを見るの表情は、いつになく真剣なもので、
ユーリとフレンは思わずを見つめ返した。
先を促すと、が口を開く。


「私と手合わせしてくれない?」
「二人掛りでか?」


いくらが強いとはいえ、ユーリもフレンも、自分の剣に自負がある。
一人ずつじゃなくていいのかと問えば、は大きく頷いた。


「そうよ。それぐらいでないと、彼は止められないから」


1対1ではなく、1対2で。
それがの望みだった。
デュークの強さをは嫌というほど知っている。
彼に立ち向かえる強さが今、必要だった。


「そこまで・・・・・・」
「わかった。手加減はしないぞ」
「ええ、お願い」


フレンは驚きの顔を見せるが、の覚悟を垣間見たユーリは、小さく頷く。
そしてフレンを振り返った。


「フレン、行くぞ」
「ユーリ・・・・・・。わかったよ」


最初はためらいを見せていたフレンだが、覚悟を決めたようで、
頷き返すフレンに、ユーリは思わず笑った。
いつも身だしなみをきちんとしているフレンが、今は見る影も無いのに気づいたからである。
二人とも先程の決闘で、満身創痍だった。


「しかしオレらボロボロだな」
「そうだね・・・・・・」
「それなら任せて」


そう言って、が唱えた治癒術は、
ユーリとフレンの全身を包み込んで、傷をきれいさっぱり治してしまった。
これで問題ないだろうと、が微笑む。
ユーリ達の方は問題無くなったが、の方に問題があるように思える。


「で、お前武器どうすんだ?」
「そうね・・・・・・私の武器は・・・・・・これにするわ」


魔術が使えるとはいえ、はメインの武器を持っていない。
それを指摘すれば、が拳を突き出して見せた。
次の瞬間、淡い光が溢れ出したかと思うと、光は手の甲を覆い尽し、そこに鋭い鉤爪が現れる。
これがが銀狼と呼ばれる所以でもあった。


「爪が・・・・・・!?」
「ったく何でもありだな、おまえ」


ユーリが呆れた声を出すと、がにこりと微笑む。
構え、目が合った瞬間、同時に地を蹴った。

ひゅっと音を立てて首元にはしる刃を、は後ろに反り返って避ける。
と同時に、反動を利用して、両足でユーリを蹴り飛ばした。
手ごたえはない。
寸前でガードされたのだろう。

体勢を立て直そうとした時、フレンの剣が目掛けて振り下ろされる。
寸でのところを右の鉤爪で受け止めると、
は左の掌をフレンに向け、そこから雷撃を放った。
ばちばちと激しい光を放つ雷にフレンはたまらず後ろに下がる。


「ユーリもフレンも容赦ないのね」
「これくらいしないと、おまえと渡り合えないだろ」
「ふふ、さぁどうかしら?」


口元で微笑みながら、はユーリの剣を右で、フレンの剣を左で受け止めた。
フレンが後ろに下がって衝撃波を打つが、それをふわりと跳んで避ける。

術を唱える。
掌を地に向け、力ある言葉を放つと、空間から竜巻が生じた。
土煙が舞い、ユーリとフレンはを見失ったが、は二人の姿が見えていた。
竜巻を目くらましに使うなど、ぐらいだろう。

土煙の中、はフレンに突撃する。
フレンはかろうじての攻撃を剣で受けとめるが、徐々に力で押され始めた。


「どこにこんな力が!」
「そういえばフレンに魔術以外は見せたこと無かったわね」


競り勝ったのはだった。
フレンの剣を鉤爪で弾き飛ばすと、は左足でフレンを盾ごと蹴り飛ばした。
風の力を乗せた蹴りが、フレンを木に叩きつける。

土煙がはれる瞬間、ユーリが死角から、剣を振り下ろした。
氷の障壁が、阻む。


「おまえ、全身に目でもあるんじゃないか!?」
「そうだったら素敵なんだけど」


障壁は一瞬で崩れ落ちたが、次の瞬間、それは無数の刃となって、ユーリに襲い掛かった。
しかし、ユーリは冷静だった。
襲い掛かる刃を、的確に叩き落していく。

刃は全て剣で叩き落されてしまったが、その隙にはユーリの懐に潜り込んだ。
そして、ユーリの首元に鉤爪を当てた。


「っ、まいった」
「・・・・・・終わりね。
 ありがとう、二人とも。
 私、リタの様子を見に行ってくるね」


降参だ、とユーリが手を上げると、は武器を下ろした。
治癒術の光が、ユーリとフレンを包み込む。
木に叩きつけられた衝撃からようやく回復したフレンが戻ってくるのを確認して、
は街へと戻っていった。


「強いとは思っていたけど、まさかここまでとは」
「はっ、オレらの中じゃ最強ってことだな」


鉤爪だけならまだしも、は魔術も絡めて使ってくるから、動きが予測し辛かった。
それに加え、腕力も、魔術の威力も半端ないときて。
全力を出したつもりだったが、完敗だった。


「でも・・・・・・。
 彼女にできるのかな」
「話し合いですめば良いんだけどな。
 ま、そのためにオレ達がいるんだろ」


デュークを説得できなかった場合、はどうするのか、フレンはそれを案じていた。
が誰よりもデュークの事を大切にしていることを、ユーリ達は知っている。
彼女は果たして、戦うことができるのだろうか、と。
しかし、もしもの時に皆がいる。
フォローするために仲間がいるのだ、とユーリがそう言葉にすれば、フレンは小さく頷いた。


「そうだね。一緒に行けないのは口惜しいけど・・・・・・
 後はまかせたよ、ユーリ」
「ああ」


フレンにはフレンしかできない仕事がある。
今はもう小さくなったの姿を目で追い、ユーリは強く頷いた。














決戦に備え、宿屋に泊まった一行は、思い思いの時間を過ごしている。
夜も更けた頃、宿屋にがいない事に気づいたレイヴンは、彼女を探して街を歩いていた。
星がきれいに見える高台に来たところ、が一人、座っているのを見つけた。


ちゃん、風邪ひいちゃうわよ」
「・・・・・・レイヴン・・・・・・ごめんなさい」


静かに、じっと星を見ているの肩に、羽織を掛けてやる。
優しく声をかければ、が膝を抱えたまま、俯いた。
開かれた唇は何も紡がず閉じられ、
躊躇いの後、ぽつりと呟かれた言葉に、レイヴンは一度、目を瞑る。


「・・・・・・それは何の謝罪?」
「私、・・・・・・レイヴンの事、大好きだわ。
 でも、それよりももっともっと、デュークの事が好きなの」


小さく、囁くように問い返せば、はレイヴンを強い眼差しで見つめた。
そうしてぽつりぽつりと、自分の心の内を曝け出していく。
レイヴンは応えなかった。
ただじっとを見つめていた。


「レイヴンはずっとずっと私を見守ってくれていたのに・・・・・・。
 だから、ごめんなさい」
「謝罪より、感謝の方がいい」
「え・・・・・・?」


羽織を握るの手は微かに震えていて、必死で泣くまいとしている様だった。
の細い肩を引き寄せ、額を合わせると、レイヴンはその瞳を覗き込んだ。
潤んだ瞳が、レイヴンを見る。


の傍にいたのは、俺がしたくてやったことなんだから、
 してもらうなら、謝罪より、感謝の方がいい」
「レイヴン・・・・・・」


考えてみれば、本音で語り合うのはこれが初めてなんじゃないだろうか。
デュークに敵わないことは分かっていた。
最初から、はデュークしか見ていなかった。
それでも、を守りたい。傍にいたいと願う。
それを彼女が迷惑だと思うこそすれ、謝る理由なんてない。
せめてものとあれば、"ありがとう"と言って欲しい。

レイヴンが改めて本音を告げると、ついにの瞳から涙が溢れ出した。
レイヴンはそんなの頬を撫でるように手を添えると、涙を指で掬う。


「もう、ちゃんたら、いつからそんな泣き虫さんになったの?
 ほら、笑って笑って」
「これは、レイヴンが悪いんだから・・・・・・」


には泣かれるよりも、笑顔でいてくれる方がずっと良い。
ふに、と彼女の頬を持ち上げ笑みの形にしようとするが、その口は歪むばかりで。
ぽたぽたと落ちる涙が、の頬を濡らしていく。
一旦堰を切ってしまった涙はとめどなく溢れ、の意思では止められそうになかった。
レイヴンはの身体を胸に抱き寄せ、その背中をポンポンと優しく叩いた。


「はいはい、わかったから、思う存分泣きなさいな」
「・・・・・・レイヴン・・・・・・"ありがとう"」


ずっとずっと一緒にいてくれて、ずっとずっと見守ってくれて、"ありがとう"。
は涙に濡れた目でレイヴンを見つめた後、その暖かい胸に頬を摺り寄せた。


「おっさん、見なかったか?」
「よーう、青年、ちゃんならここよ」


暫くして、向こうからユーリがやって来る。
レイヴンは手を上げてユーリに合図すると、人差し指を口に当てた。
先程まで腕の中で泣いていたが、静かな寝息を立てている。


「泣きつかれて寝ちゃったみたい」
「おっさんが泣かせたのか?」
「ちょ、まさかそんなわけ・・・・・・。
 ・・・・・・いや、ちゃんおっさんのせいって言ってたしそうなの・・・・・・?
 いやいや、まさか、そんなこと」


ユーリの指摘に全力で否定しかかるが、まてよ、とレイヴンは首を捻った。
やっぱりそうなるのだろうか。
思わず明言を避けていたら、ユーリがジト目でこちらを睨んでくる。


「ほー・・・・・・おっさんオレに殴られたいのか?」
「ちょ、青年物騒すぎるから!
 それに俺様もう足が痺れて死にそう・・・・・・」


長時間を抱きかかえていたものだから、レイヴンの足は既に限界を超えていた。
痺れて動けないと、レイヴンが言えば、ユーリが口元に笑みを浮かべる。


「なら、代わってやろうか」
「いや、まぁ・・・・・それはいいかな・・・・・・」


出来れば代わってほしいが、代わりたくないというのがレイヴンの本音である。
尻つぼみになるレイヴンの声に、ユーリは小さく肩を竦めた。


「ま、なんにせよ、大丈夫そうならいいか」
「・・・・・・お互い難儀なことよねぇ」
「ああ、全くだ」


やれやれと、頷き返したユーリは、ちっとも迷惑そうな顔をしていなかった。
本当に難儀なことだと、互いに思う。

くるりと踵を返すと、ユーリは後ろ手に手を振った。


「んじゃまぁ、オレもう寝るわ。がんばれよ、おっさん」


がんばれよ、とは如何に。
颯爽と去っていく後姿を見送りかけ、レイヴンははた、と思い当たった。


「・・・・・・もしかして朝までこのまま?」


下手に動かすとを起こしてしまう可能性がある。
しかし、このままだと体が冷えてしまうし、レイヴンの足も限界だった。


「しょうがないわねぇ」


すやすやと眠るをレイヴンは優しい目で見つめる。
涙に濡れていた瞳は、閉じられてもう見えないけれど、
泣き腫らした目元は、少し赤くなっていた。
を起こさないようそっと抱え上げると、レイヴンはそのまま宿へと向かった。