宿へと帰りついたのは日も暮れた頃だった。


「ただいま〜」


のその声はのんきそのもので、
扉を開けた瞬間、非難がましい視線がいっせいに集まるのを感じた。


「あ、あんた!一体どこ行ってたのよ?!
 こんな書置き一つだけ残して・・・・・・!」


バンっと机の上でリタに叩きつけられた紙切れはが宿を出る前に残した書置きだった。
ただし"探さないでください"とだけ書いた。


「よぉ、おっさん。
 やっぱと一緒にいたんだな」


ひょいっとレイヴンに向けて手を上げたユーリは何故かじと目である。

そんなに行き先を告げずに出かけた事はまずかったのだろうか。
このご時勢にまるで家出娘が書くような文を残した自分に、
は全く心当たりがなかった。


「ごめんごめん。ちょっとそこまで墓参りにね」
「墓参り・・・・・・?」
「そう、墓参り」


の突然の言葉に皆首を傾げたが、
は頷くと、近くにあったベッドに腰をかけた。
そうして一人ひとり、仲間の顔を覗いていく。


「ねえ、皆。ちょっと長くなるんだけど聞いてくれるかな?
 私と、デュークのこと」


顔を見合わせて頷く皆に、は小さな笑みを浮かべた。
皆には全てを話してもいいと思った。
だからは話し始めた。


「デュークと初めて会ったのは私がほんの小さな子供の頃よ。
 あの頃の私はまだやんちゃだったから、
 両親の言いつけを破っては、後で怒られてた」
「やんちゃ"だった"ね・・・・・・」
「なんか言った?ユーリ」
「いや、なーんも」


人の言葉をいちいち茶化すのは全く、ユーリらしいとも言える。
それきりそらっとぼけるユーリに、はもう、と溜息を漏らす。


「それでね、一番に言い含められてたのは、人里には下りていけないということ。
 実際街に通じる道には結界が張られていたし、行ける筈もなかったんだけど、
 ある時私は結界のほころびを見つけてしまった」


そこでは手元にあったクッションをぽんと放り投げた。
ドーナッツ状に真ん中に穴が開いたクッションはくるんと回って再びの手元に収まる。


「それはすごく小さなほころびだったんだけど、
 子供が一人通り抜ける分には充分な大きさだった」


こんなふうにね、とはクッションの中心に自分の腕を通り抜けさせて見せた。


「まさか・・・・・・」


それを見て声を上げたのはリタである。


「そう、だから私は両親が用事で出かけてる隙に決行することにしたの。
 一世一代の大冒険だったわ。
 不安はないわけでもなかったけど、子供の好奇心に勝るものはないじゃない?」
「ま、まあね!」


カロルの方に顔を向けると、
彼には思い当たる節があるのか、面白いようにうろたえる。


「まぁさすがに言いつけを破る後ろめたさがあったから、
 街を少し見たら帰るつもりだったんだけど・・・・・・」
「帰れなかった?」


にこりと微笑んで、ジュディスがを見る。
はこくりと頷いた。


「だって初めて見る人間の街よ?興奮しないわけがないわ。
 私の目には見るもの全てが新鮮で輝いて見えたわ!」
「それでどうしたんです?」


完全にの話に引き込まれてしまったのか、興味深々に顔を覗かせたのはエステルだ。


「それで・・・・・・」
「で、ふらふら歩いているうちに道に迷った」
「そうよ。レイヴン、どうしてわかったの?」
「そりゃぁねぇ・・・・・・」


わからいでかと口に出しそうになってレイヴンが慌てて口元を押さえる。
そんなレイヴンには小さく首を傾げるが、いつものこと、と再び続きを話し始めた。


「でね。途方にくれていた私の目の前に、デュークが現れたの」















「おとうさん、おかあさん・・・・・・。
 ここどこぉ・・・・・・。
 おうちにかえりたいよぉ・・・・・・・」


ぐずぐずと泣きべそかいて歩くは、両親の姿を探すのに必死だった。
当然、前を見て歩くはずもなく、となれば前方にあるのものにぶつかるのは必然で。
ふらふらと数歩進んでそれにトンとぶつかったは、見事に地面にしりもちをついてしまった。


「ふぇぇ」


後からやってきた痛みでさらに顔が歪みかけるが、
ぽんと頭の上におかれた優しい手のひらの愛撫に、思いもかけずは目をぱちくりと瞬く。


「だあれ?」


優しい手に引かれて立ち上がると、は涙にぬれた顔をあげた。
涙で視界が歪んでよく見えなかったが、
そこに立っていたのはその手同様、優しい笑みを浮かべる"人"だった。
思ってみればそれが母親以外の人間に会った瞬間でもある。


「デューク、みつかったのか?」
「あ、えるしふるさま」


向こうからやってきたのはも良く見知ったエルシフルだった。
彼はの父親と同じく始祖の隷長であり、その長でもあった。
けれどその気さくな人柄は誰に対してもわけへだてなく、
両親とも友人関係にあると聞いている。


、見つかってよかった・・・・・・。
 二人とも心配しているぞ」
「ごめんなさい、えるしふるさま・・・・・・」


どうやら両親が出かけていたのは、エルシフルを迎えるためだったらしい。
の顔をそっと覗いて困ったような顔を浮かべるエルシフルに、
は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
しゅんと落とした肩は縮んで見る影もなくなっていた。

しかしエルシフルはの涙をぬぐってにこりと微笑んだ。


「その言葉は戻って二人に言うべきだな。
 ・・・・・・さぁ、お家に帰ろうか」
「うん!」


両親も、いなくなってしまったを探しに行こうとしたというのだが、
が自力で帰ってくる可能性もあるので、
エルシフルが探したほうが良いと、かってでてくれたとの事。
差し出された手をぎゅっと握ったは、次にエルシフルの隣にいた人物へと顔を向けた。


「お兄ちゃんはでゅーくって言うの?」
「ああ」


短い返答だったが、デュークの人となりは最初のやりとりで分かっていた。
エルシフルの友人だという彼も、一緒にを探しに来てくれたのだろう。


「でゅーくお兄ちゃん、さがしに来てくれてありがとう!」


先程まで泣いていた顔が嘘のように、それは満面の笑顔だった。
父親やエルシフルと違って、男性なのにナギーグがないその姿はちょっとへんてこだったけど、
と良く似た銀の長い髪と、澄んだ赤い瞳、・・・・・・そして先程感じた優しい心。
初めて会ったにもかかわらず、はデュークのことがとっても好きになっていた。


「ああ・・・・・・、良かったな」


今度は良く見えたデュークの小さな笑みに嬉しくなって、
えへへと笑ったはそのちっちゃな手で彼の手を取りぎゅっと握りしめた。
右手はエルシフルに、左手はデュークに。
繋いだ手は暖かく、家路に着くまで決して解くことはしなかった。















「案の定両親にはこっぴどく叱られたのだけど、
 その後彼らはぎゅっと私の体を強く抱きしめてくれたの。
 暖かかった・・・・・・」


今でもその暖かさはの心の中にある。
胸に手を当てそっと目を閉じると、は二度瞼を瞬かせてそれから目を開いた。


「それからはね、何度もエルシフル様と一緒にデュークは遊びに来てくれた」


たまに来ない時もあったのだが、その度にがぐずって泣くものだから、
良く懐いたものね、と両親が苦笑交じりにデュークにお願いしていたらしい。


「でも、ある時を境にデュークも、エルシフル様も来なくなったの。
 そしてそれを追うように両親もいなくなった。
 ・・・・・・後はこの前話した通りよ」


は待った。
絶対に彼らは帰ってくると、待って待って待ち続けた。
そしてあの男が現れた。

死のうと思ったことはなかった。
両親がをとても愛していてくれていたことを知っていたから。
ただ、人間が憎くて仕方がなかったのだ。
デュークがあの時来てくれなければ、確実には命を落としていただろう。

デュークは人を憎むなと言った。
その身に流れる血を誇れと。
そしてドンに会わせてくれた。
そして・・・・・・皆と廻り合った。

がここに、こうして立っていられるのはデュークのおかげだった。
デュークはの命の恩人であり、の光でもあるのだ。


「だからデュークは私の大切な人なの。
 彼がいなければ、今の私はなかった。
 彼がいなければ、今も私は人を恨んで、恨んで恨んで、
 破滅していたかも知れないわね」
・・・・・・」


微笑むを見つめて、誰彼ともなく呻くような声を漏らす。
そんな彼らを見渡したは、パンっと両の手のひらを重ね合わせた。


「さあ、昔話はこれでおしまい。
 リタはこれから準備があるのでしょう?
 私はもう寝るわ」


言ってベッドに潜り込んでしまったに、リタがはっと我にかえる。


「そ、そうね。すぐ取り掛かるわ」


準備のための材料はエステルと一緒の買い物で既に買ってあり、後は取り掛かるだけだった。
遅くなりそうだしと、他の皆には睡眠を勧める。

各々が寝る支度を整え終えたところで、眠ったはずのがもぞりと動いた。


「皆、話を聞いてくれてありがとう」


うつ伏せの為か、それは布越しの小さくくぐもった声だったが、
その言葉を聞いた皆は一同に、微笑み合い頷いたのだった。