「精霊・・・・・・転生・・・・・・」
ひょいっ。
「エアル・・・・・・それに星喰み・・・・・・」
ひょいひょい、・・・・・・ぴょんっ。
先程から響いている妙な効果音、それはが障害物を避ける音である。
崖の裂け目、頭上に張り出すように突き出た岩、―――そして魔物。
それら全てを器用に避けながら、はずっと考え事をしていた。
「・・・・・・ああ、もう邪魔ね、この岩」
一声。
ただそれだけで、道のど真ん中に居座っていた大きな岩石がぱぁんと砕け散った。
考えても考えても、思考がまとまらない。
イライラはもはや頂点に達していた。
岩に八つ当たりして幾分気が紛れはしたか、
次の標的を探そうとしたところで、はふと顔を上げた。
そういえば。
「ねぇデューク」
火の精霊はフェローだとして、他の水と土の精霊は誰なのだろうか。
振り返ればすぐ後ろにデュークの姿があった。
デュークはが歩きながら考え事をしている時は決まって一歩後ろについて歩く。
邪魔をしないようにというのもあるのだろうが、危ないことがあればすぐ手助けできるように、と。
が考え事に没頭できるのは全てこのおかげなのである。
もちろん余程でない限りもものともしないが。
そうして次にはデュークの手の中にある果物に気づいた。
「デューク、それ食べないの?」
精霊のことよりデュークのこと。
の優先事項は見事に入れ替わる。
食べるようにとせっかく手渡した果物は、噛り付いた形跡も見えず、綺麗なままだった。
食欲に無頓着なデュークは、必要がなければ、2日でも3日でも水だけで済ませてしまう嫌いがある。
だからこそはいつも口をすっぱくして言うのだ。
「食事、またしてないでしょ。
少しは食べないと駄目だよ」
いつもなら料理の一つでも作るところだが、非常時にそうも言ってられない。
はデュークの手から果物をとって皮をむくと、再びはい、と手渡した。
「・・・・・・」
「デューク」
「・・・・・・」
「よし!」
2度に渡る攻防戦に根負けしたのは、デュークだった。
溜息をひとつ吐いて、しぶしぶ、渡された果物を食べ始める。
は思わず顔がほころぶのを感じた。
気難しい猫がようやく懐いて、自分の手から餌を食べてくれたといった気分だ。
無性にスキップをしたくなる。
「ねぇデューク」
「」
「え・・・・・・?
―――きゃっ!」
デュークの声と、振り返りかけたがドンッと何かにぶつかったのは、ほぼ同時だった。
岩陰に隠れていて見えなかったが、が立っていた場所の横には上から降りてくる道があったのだ。
はその坂を下ってきた人物とぶつかってしまった。
向こうも予想していなかったのか、慌てる気配があった。
「おい、大丈夫か」
「ユーリ・・・・・・」
かけられたのは、ぶっきらぼうだが、他人を気遣う優しい声。
ここ最近で聞き慣れた、けれども今一番聞きたくなかった声。
顔を上げれば、そこには帝都で別れたままのユーリがいる。
尻餅をついたが掴まって立てるようにと、手を差し出していた。
はそれを見ない振りをする。
「・・・・・・体調はもう良いみたいだね」
服に付いた土を手で払い、一人、立ち上がった。
視界の端で、用をなされなかったユーリの手がゆっくりと下ろされるのが見えたが、は心に蓋をした。
もう、決めたことなのだ。
「おかげさまでな」
言ったユーリの瞳に浮かんだのは、失望の色か、
複雑な思いが絡んでいるのか、ユーリのその表情は今までに見たことのないものだった。
兎角いたたまれなくなる。
喉がひくりとひきつった。
「そう、それはよかったわ。
じゃあ、私もう行くね」
「待てよ」
「!!」
をその場に留め置いたのは、ユーリの外見からは想像できない、少々無骨な手だった。
旅を出てからこれまでも、ユーリの剣の腕はみるみる上がっていた。
周りには見せようとしないが、剣の鍛錬は欠かさずしているのだろう。
掴まれた手首が、じーんと痺れるのを感じた。
「。オレたちは星喰みを倒すつもりだ」
「エアルの問題を解決できる方法が見つかったのよ!」
いつの間にか、ユーリの後ろにはかつての仲間が勢ぞろいしていた。
興奮した様子のリタを見やり、他の仲間を見やり、は自分の手首へと視線を移した。
見た目は平然としているのに、を繋ぎ止めるユーリの力は思った以上に強い。
何とかして手を振り解こうと試みるが、不可能のようだ。
デュークは何も言わない。
は小さく溜息を漏らした。
「・・・・・・始祖の隷長を精霊に転生させてどうするつもり?」
「ええ!?どうしてそれをが知ってるの!?」
「そうか、ちゃんは・・・・・・」
って千里眼でもあるの!?というカロルの言葉に、レイヴンが首を僅かに揺らした。
の肩口で、銀糸がふわりと揺れる。
今は短くなってしまったが、以前は長かったの髪。
エアルの満ちた場所にあると淡く光るそれは始祖の隷長の血を引く証だ。
始祖の隷長には始祖の隷長の独自のネットワークがある。
レイヴンには昔、話した事があったか。
事情説明はレイヴンに任せることにして、
はリタに向き直った。
「リタ」
「・・・・・・少し長くなるわよ」
「いいわ」
ことエアルに関してはリタに聞くのがてっとり早い。
精霊のことは気にはなっていたのだ。
ユーリの手を振りほどけない以上、もうは腰を据えるしかなかった。
「エアルをマナに変換・・・ね・・・・・・」
リタの話は、3つの事柄に大きく分けられた。
1に、すでに3精霊が誕生していること。
2に、始祖の隷長が精霊になる方法。
3に、精霊にどんな力があるのか、それがエアルと星喰みの問題をどう解決できるのか、ということ。
上記2つはすでに知っている事柄なので、
注目すべきは精霊の力がエアルをマナに変換できるということであろう。
そしてマナとは生命の源のことだという。
「・・・・・・そうか、だから・・・・・・」
「デューク・・・・・・?」
デュークのいつもと違う様子に、は強く不安を覚えた。
ずっとこれまで黙っていたデュークの手の中でかちゃりと鳴ったのは、鈍く光る、赤い剣。
はっとデュークを見上げる。
彼が持つ宙の戒典は、エアルを昇華する力がある。
それは大きさこそ違えど、精霊の力に類似するのではないだろうか。
「・・・・・・おまえたち、世界を作り変えようとでもいうのか。
元はといえば人間が引き起こした問題のために。なんという傲慢さだ」
しかしの考えとは裏腹に、デュークの声は怒りを押し殺したものだった。
未だ人間を許すことができないデュークにとって、
世界を救うべく起こしたユーリ達の行動も、人間のただの傲慢と映るのだ。
「だが、エアルの問題を解決しなけりゃ星喰みが世界を滅ぼしちまうだろ」
反論を述べたのはユーリだ。
エステルもそれに援護するように言葉を並べた。
「ベリウスもわかってくれたんです。
ウンディーネとなって、わたしたちに力を貸してくれています」
「転生したのはベリウスなの!?」
がばりと、まさにそんな勢いだった。
は心臓がドクドクと殊更脈打つのを感じた。
そうであればと願ってはいたが、本当にベリウスがとは。
そんなにエステルは少しびっくりした表情を浮かべたが、
祈るように胸に手を当てると、頷く。
「はい、今も私の中にいます」
「そう、そうなのね・・・・・・ベリウスが・・・・・・」
安堵の息と小さな笑み。
あんな別れ方をしてしまったベリウスが、姿形は違えども、生き返ったという事実。
それはが思わず涙ぐむには十分なものだった。
「・・・・・・」
その声に、ははっと我に返る。
頭を撫でる優しい感触はユーリの利き手によるものだ。
「デューク、行きましょ」
を繋ぎとめていた枷はもう、ない。
これ以上一緒にいても意志が揺らぐだけだ。
一瞬のうちにユーリから離れると、はデュークの元へと駆け寄った。
そして転移の術を展開し始める。
「ウィンドカッター!!!」
「っ!?」
の手元を薙いで、鋭い緑色の刃が、地面へと次々に突き刺さっていく。
力ある風の刃は、風の術によるもの。
一瞬怯んだの足元で、展開途中の魔方陣が霧散して消えた。
「レイヴン!?」
「何も言わずにいなくなっちゃうなんてそりゃ無いんじゃないの?ちゃん」
思わず目を疑ったに向かって、レイヴンが歩いてくる。
視線をひたとこちらに見据えたまま、ゆっくり、ゆっくりと。
口調とは裏腹に、日頃の飄々とした姿は微塵も見えなかった。
丁度の3歩前ぐらいにきた所で、レイヴンはぴたっと立ち止まる。
今やの瞳は激しく揺れ動いてた。
しかしすぐに一瞬での意識が引き戻される出来事が起きることとなる。
「いけ」
「デューク!?」
「未練があるのだろう?」
こともあろうに、不安いっぱいの目でデュークを見上げたを、
デューク自らが突き放したのだ。
「でも、私はデュークと!!」
デュークと、は一緒に行くと誓ったのだ。
なにより、今デュークと離れたらもう2度と会えない気がしてならなかった。
「・・・・・・!」
感じたのは強く押しやられる力だった。
バランスを崩したはふらりとレイヴンの腕へと倒れこむ。
「離すなよ」
「言われなくとも」
「・・・・・・」
すっと細められたデュークの瞳の色はこれまでになく深く。
しかしそう思ったのもつかの間、
レイヴンに抱えられたの横をさっとデュークの長身が通り過ぎていく。
「デューク!!待って!!私も!!私も一緒に・・・・・・!
レイヴン、離して!!離してよ!!」
みるみるうちに遠ざかっていくその背中を、は必死で追いかけようとした。
なりふりなど構っていられない。
全力で、行かないでと叫んでいた。
「・・・・・・っ!」
がっとレイヴンの顔を引っかいた瞬間、鳩尾に鈍い衝撃が走った。
はそのままレイヴンの腕へと崩れ落ちる。
視界が白く混濁した。
「ごめんね、ちゃん」
「デュー・・・・・・ク・・・・・・」
悲しげに微笑んだレイヴンの顔を最後に、の意識は暗転した。
|