鳥がのどかにちゅんちゅんと鳴き、
木々の合間を縫って、日差しがさんさんと降り注ぐ。
太陽の位置は、丁度真南。
一日で一番、日差しの強い時刻である。


「ん・・・・・・」


あまりの眩しさに、はごろりと寝返りを打った。
そうすれば日の光も気にならなくなった。
ひんやりとした地面の感触が、心地良い。

―――一拍。
がばりと、は勢いよく起き上がった。
キョロキョロと慌てて周りを見回せば、
果物をいくつか手に持ったデュークがこちらへと戻ってくるところだった。


「ごめん、デューク!!
 まさか昼まで寝こけてるなんて。
 すっかり予定狂っちゃったわよね」


そういえば喉がからからだ。
それを見通してのことなのだろう。
差し出されたみずみずしい果実をデュークから受け取ると、は謝った。
太陽が真南にあると言うことは、丁度昼日中という事。
朝早く起きる予定がまさかの大判狂わせだった。

起こしても良かったのに、とデュークに言うが、デュークは首を横に振る。


「たいした時間でもない。
 それより、もういいのか?」
「うん、もう大丈夫」


は立ち上がって、土の付いた服の裾をパタパタと叩いた。
よく寝たおかげか、体調はだいぶ良くなっていた。
これなら多少無理をしても大丈夫だろう。
裾を払い終えは顔を上げる。
そして思わず、目をきょとんと瞬いた。
目の前に、デュークの右手が差し出されている。


「行くのだろう?」
「・・・・・・うん!」


普段、がデュークにひっつくことはあっても、彼の方から何かする、ということは滅多にない。
荷物をまとめるのももどかしく、手荒にかき集めると、はぴょんとデュークの前に立った。
右手を重ね合わせる。
握り返された手は力強く暖かい。
顔に満面の笑みが浮かぶのは言わずもがな。
手を繋ぐだけでは満足できなくなったは、いつものようにデュークに飛びついた。




















「ここに来るのはだいぶ久しぶりだわ」


切り立った崖の隙間をびゅうびゅうと風が通り抜けていく。
少し横を見れば、吸い込まれそうなほどの深い谷底が口を開いていた。

前人未踏の地、ウェケア大陸。
崖を下りついた先には大きな洞窟があり、
洞窟を潜り抜けると、太古から存在し続ける神秘の泉に行き着く。
泉の傍に咲いている小さく可憐な白い花は、淡い緑の輝きを帯びていた。
というよりも泉全体が淡く輝いている。
澄んだ水を湛えた泉はエアルの源泉でもあった。

白い花同様、淡く輝く銀の髪を背中に流して、は問うた。


「クローム、いないの?」


返事はなかった。
クロームは好んでよくこの泉にいる為、今日もここではないかと思って来たのだが、留守なのであろうか。
クロームを探してはずんずんと奥へ進んでいく。

デュークは一人、入り口で佇んでいた。
小さく、声をかける。


「クローム」
「デューク・・・・・・決心は変わりませんか」


岩陰からすらりとした黒い影が滑り出てくる。
帝国の制服に身を包んだ、クロームだ。
特別諮問官であるクロームと始祖の隷長のクロームドラゴンは、同一人物なのである。
不穏な動きをしていたアレクセイを監視するため、クロームは人の身にやつしていた。

アレクセイが死んだ今、その役目は終わったはずなのだが、
かつてのエルシフルと同じクリティア族の姿で、クロームはじっとデュークを見つめていた。


「ああ、変わらない」
「・・・・・・そうですか」


それきりデュークもクロームも何も語らなかった。


「あー!!!クロームいたー!!」


泉を一周でもしたのか、漂う空気をも一掃するほどの大きな声をあげて、
ばたばたと賑やかにが戻ってくる。


「もう、いるならいるって言ってよね。
 この洞窟広いんだから」


肩をぷりぷりと怒らせたはデュークとクロームの対角に立った。
抗議は彼ら二人に向けてのものだ。
デュークがクロームに気づいていて言わなかったのも、もう見抜いていた。
は小さな嘆息を漏らす。


「・・・・・・まぁいいけどね。
 それでクローム、お願いがあるのだけど」
「我らが盟主のことですね」
「そうなの。できれば近くを飛んでもらいたいのだけど・・・・・・」
「その必要はありません」


こちらの考えはクロームにはお見通しのようだった。
が詳しく話す前に、クロームはその名前を口にする。
それならそれで話は早い。
しかし、フェローの治療の手順を説明しようとしたところで、見事に遮られる。


「・・・・・・なんでよ。
 まさかクロームまでフェローと同じこと言うの!?」


怒りが抑えきれなかった。
クロームにまで否定されるとは、思っていなかったから。
クロームを見据えたの瞳はぎらぎらと煮えたぎるほど。
対してクロームの眼差しは静かなものだった。


「いいえ、正確には違います。
 、何か感じませんか?」
「え・・・・・・?」


突然振られた言葉に、はたたらを踏んだ。
何か感じないかといわれても、血が上った頭ではすぐには分からなかった。


「デュークは・・・・・・?」
「・・・・・・」


デュークは返事の代わりについと泉の方に視線を送った。
そこには変わらずエアルの輝きがある。


「エアルの泉・・・・・・」


はぽつりと呟いた。
何かが頭の片隅に引っかかった。
答えを導き出すのはそう時間がかからなかった。


「そうよ・・・・・・エアルだわ!
 エアルの流れが、だいぶ安定してきている・・・・・・」


意識して神経を研ぎ澄ませれば、すぐに分かった。
先日まで感じていた圧迫感が、だいぶ和らいでいる。
体調が回復したのは良く寝たおかげだとは思っていたのだが、どうも違ったらしい。
いや、全く違くもないのだが、とにかくクロームが示唆したのはこのことに違いなかった。


「でもそれがフェローと何の関係があるの?」
「彼らが動いているようです」
「・・・・・・もしかして、ユーリたち!?」


クロームの言い方は漠然としていたのだが、ストンと答えは降りてくる。
ユーリ達は何かを掴んだのだろうか。
彼らなら世界のために行動を起こしていても不思議ではなかった。


「我らが盟主は彼らに応じて、火の精霊へと転生を果たしました。
 すでに水の精霊、地の精霊も誕生しています。
 エアルの安定はその影響だと思われます」


クロームの説明を聞きながら、は情報を整理し始めた。
精霊とは始祖の隷長が聖核を経て転生した姿で、フェローは火の精霊へと転生した。
それならなるほど、フェローにの治療の必要は無いはずである。
つまりは一度死んで生まれ変わったということなのだから。
転生にも悪い影響はほとんどないのだろう。
クロームも悪くは言わなかった。

しかし腑に落ちなかった。
火水地の3精霊がいるという事は、少なくとも3人の始祖の隷長が転生したという事になる。
それだけの異変、例えが半分しか血を引いてないとはいえ、感じ取れなかったはずが無い。
寝ていたときは別だが、それもたった半日。
いくらユーリ達がバウルで空を飛べたとしても、
ばらばらに散っている始祖の隷長を訪れ全てを成し遂げるのは、不可能に近かった。


「・・・・・・まさか私、半日どころかもっと寝てた・・・・・・?」
「・・・・・・ほぼ丸二日」


過ぎった不安はデュークによってすぐに裏打ちが取れる。
どうりで起きたとき喉がからからだったわけだ。


「デューク、あなたね・・・・・・」


何で言ってくれなかったんだと言いかけて、途中でやめる。
心遣いに文句を言うほどは無粋ではない。
デュークに気遣いさせるほど、の消耗が激しかったということだ。

代わりに仕舞っていた果物を荷物から取り出して、しゃくりと食べた。
別の1個をデュークへと手渡す。
甘い果実の汁がじんわりと口の中で広がった。


「それで、クロームはどうするつもりなの?」


アレクセイの所為で始祖の隷長の人数は激減していた。
力を持つものはもはや数えるほどもいないはず。
ユーリ達が始祖の隷長を精霊化して回っているのなら、彼らは間違いなくクロームの元へやってくるだろう。
だからこそはクロームに聞いたのだ。


「・・・・・・決めかねています」
「そう・・・・・・」


クロームの答えに、はほっと安堵の息を漏らした。
転生するといえど、一度死ぬのには違いない。
できればはもう、誰かが死ぬのは見たくはなかった。
ちらりとデュークの方を窺うが、その表情からは何も読み取れない。
しゃくりと音を立ててもう一口、果実を食べる。
そしては残りをぽいっと口の中へ放り込んだ。


「それじゃ長居は無用ね。
 クローム、お邪魔したわ」


ユーリ達と鉢合わせすることだけは避けたかった。
そそくさと洞窟の外へと向かうに、クロームの声が追従する。


「デュークを、頼みます」
「・・・・・・ええ」


発せられた言葉は音なき声。
始祖の隷長同士と、ナギーグを通じたクリティア族だけが分かる特別なもの。
は同じようにクロームに返すと、隣に立つデュークを見上げた。
言われなくとも元からそのつもりであった。