「・・・・・・変ね。ここ、ウェケア大陸じゃないみたい」
「バクティオンの近くの森のようだな」
「・・・・・・どうして・・・・・・」
目の前に広がるのは青々とした緑の大地。
ウェケア大陸は切り立った崖によって作られている不毛の大地であるはず。
明らかに目的の場所とは違うようだ。
自分はちゃんと術の行使をしたはず、そう言いかけてぐらりとの体が傾いだ。
ここにきて、ガツンと金槌で頭部を思い切り殴られたような激しい頭痛と、
体全体を覆うような倦怠感が一気に押し寄せたのだ。
せめて無様に倒れはしまいと手を突っぱねかけるが、
それよりもデュークの動きのほうが早かった。
「大丈夫か」
「ありがとう、デューク」
デュークの手が、強く、肩を支えてくれている。
それを感じたはやっとの思いで顔をあげてにこりと微笑んだ。
しかし、みるからにその顔色は青白く、いつもはピンク色の唇も紫色に変色していた。
まさにデュークに支えられて立つのがやっとといった風情だ。
デュークもそれがわからぬほど愚鈍ではない。
「何度も術を使って疲れたのだろう。
今日はもう休め」
そう言って、デュークはを地面の柔らかそうな木の下に座らせると、自分もその横に座った。
もちろん周りに危険がないのは確認済みだ。
そうして自分の肩にの頭をこてんと寄せさせた後、その頭をそっと撫でる。
「でも・・・・・・」
一瞬、躊躇いの言葉を口にしたではあったが、すぐに口を噤んだ。
頭を撫でてくれるデュークのその手が、あまりにも優しくて、暖かくて。
気持ちいい心地に眠気が誘われたからだ。
「そうね、ちょっとだけ休ませてもらうわ。
クロームに会うのは、また、明日ね・・・・・・」
まだ未練が残るのか、瞼を数度ぱちぱち瞬きした後、は呟く。
しかしそれも限界だったらしい。
言い終えるや否や、は気を失うように目を閉じてしまった。
そんなの頭を、デュークはしばらくの間労わるように撫で続けた。
その顔に浮かんでいたのは、彼を知るものが見れば思わず目を疑いそうな、
優しく、労わりに満ちた表情で。
「―――エルシフル。
未だ、この世界は・・・・・・」
かつての友に向けて、小さく問うた言葉は、聞く者は誰もいなかった。
けれども虚空を睨んだデュークのその眼差しに宿っていたのは、強い決意である。
何かを決心したかのように空に仰いだ手のひらを拳の形に握った後、
デュークはの肩に優しく手を添えた。
世界は、光に満ちていた。
たとえ人がそれに気づかなくとも、その輝きは常に近くにあって。
「きれい・・・・・・」
目を開けた瞬間、の目に飛び込んだのは、木々の合間に見える星々の光であった。
暗闇に染め抜かれた空をやわらかに明るく照らし出す星達は、時折瞬きを繰り返す。
それはまるで輝きを競い合っているのかようだった。
「起きたか」
その声は、の近くから発せられた。
むしろ、ごく至近距離で。
そこでははたと思い当たる。
気を失ってから今まで、自分の体勢が変わっていないことに。
「ご、ごめん!デューク重かったでしょ!?」
「いや、いい」
慌てて体を離しはしたが、デュークはまるで気にしていなかったらしい。
じっとの顔を覗き込んだかと思うと、
かつて英雄と呼ばれたほどの腕の持ち主とは思えぬほど白くて、繊細な手をの頭の上にポンと置いた。
「それよりも、まだ顔色が良くない。
もう少し休め」
「うん」
デュークの与えてくれる優しさが嬉しくて、今度はも素直に頷いた。
また、せっかくだからうんと甘えてしまえと、デュークの膝の上にころんと転がる。
の視界に、満天の星空が広がった。
世界の中心に近いところでは、凛々の明星がその輝きを放っている。
「デューク。星喰みが満月の子の命で封じられていたって本当なの?」
「ああ」
間をあかず、デュークの返答が返る。
ザウデは星喰みを封じるためのもの。
そしてその巨大な魔導器は満月の子の命を犠牲にして動いていた。
それはつい最近知ったことだ。
「満月の子の犠牲なくしてはこの世に平和は訪れなかった、か・・・・・・」
の脳裏に浮かんだのは、優しくて、けれども強い芯を持った帝国のお姫様の姿。
彼女がアレクセイの野望の犠牲になりかけたのは、先日のこと。
しかしそれは彼女の仲間たちの手によって阻止された。
最悪は回避されてはいないが、それでも彼らなら何とかしてしまうのでは、とは思う。
ならば大昔の満月の子の命も、犠牲という形で終わらせなくても済む術があったのではないか。
そう、考えに至るが、もはや言っても詮無いことだ。
「ねえ、デューク。
あなた、"まずは"って言ったわよね。
この後のことも考えているんでしょう?」
「ああ」
「どうするの?」
「タルカロンを起動する」
「タルカロン・・・・・・?」
あくまでもデュークの返答は淡々としたものだった。
そしても質問だけを口にしていた。
しかしその途中での眉がぴくりと動く。
デュークの述べたその名前に聞き覚えがあったからだ。
「タルカロン・・・・・・。
古代文明の遺跡、ね。
あれは確か古代人が始祖の隷長に対抗するために作られた兵器だと聞いたけど・・・・・・」
千年以上も前に栄えた、古代ゲライオス文明。
かつて居住用の建築物とされていたその建物は、魔導器を排除せんとする始祖の隷長に対抗するために作り変えられた。
文明と共に失われ、ほぼ伝説と化した存在であったはずだが、どうやってか、デュークはその正確な情報を入手した。
あるいはエルシフルにでも聞いていたのかもしれない。
対象を始祖の隷長ではなく星喰みにかえるだけのこと、とデュークは言う。
「起動するための鍵は手に入れた。
後はエネルギーだけだ」
「エネルギーって・・・・・・。
あれだけの規模の兵器、使用するエアルの量も尋常ではないわ。
それこそ星喰みが・・・・・・」
「・・・・・・」
「まさか・・・・・・」
黙として多くは語らぬデュークに、背筋が粟立つのをは感じた。
の考えがあたっていれば、考えうる限り最も強硬な手段をデュークは取ろうとしているのだ。
「人の、生命力を使う」
「・・・・・・本気なの?」
デュークは無言で頷く。
その瞳は、まるで揺らいでいなかった。
「・・・・・・そう」
どこか寂しそうにが小さく呟くと、デュークは何かを言いかけて、しかしその途中でその行為を止めた。
その代わりにの頬に手が伸ばされる。
優しい愛撫は、彼の心の表れだった。
ひんやりとして、けれども暖かいその手の感触を暫く感じてから、は彼の手を取った。
そしてその手に自分からすり寄ると、じっとデュークの瞳を見つめた。
もう片方の手はデュークの頬に添えて。
「デューク、最後まで私はあなたと共にあるわ」
「・・・・・・ああ」
デュークのその言葉を受けて、はようやく心からにこりと笑った。
そして目を閉じる。
「もう少し寝るわね。
夜が明けたらすぐにクロームの所に行きましょ。
フェローの石頭にがつんと一発食らわせてやるんだから」
暫くしない間に趣旨がだいぶ変わっているようだ。
けれどもデュークはその顔に笑みを浮かべる。
「そうだな。
―――おやすみ、」
「おやすみなさい、デューク」
確かな安らぎの場所がここにはあった。
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