パタン。

音を立てないように後ろ手に扉を閉めると、ふぅ、とは小さく息を漏らした。
それは半ば無意識に漏らしたものだが、次の瞬間その顔がぎくりと強張る。
前方に顔を向ければ、そこには一人の男が立っていて。
じっと射るように注がれていた視線はのそれと交差した途端、ふっと和らぐ。
そこにいたのはデュークだった。


「終わったのか」


"いいのか"と聞かず、"終わったのか"と聞く。
その言葉には2重も3重もの意味が籠められているのだろうか。
まっすぐに見つめてくるその瞳は、普段の色よりもなお深いように思われた。


「・・・・・・ええ、いいわ」


デュークの視線をひしと感じながらも、はこくりと頷く。
しかし、その後に続く言葉は互いになく、
は居た堪れなくなって僅かに視線をそらした。
そうして握ったままの剣に気付く。


「はい、これ」


宙の戒典をデュークに差し出すと、デュークの視線がやっとの顔から外された。
もとよりデュークは宙の戒典を回収するために来たのだと言っていた。
今後の行動に必要なのは間違いないのだろう。
ユーリの所から勝手に持ってきてしまう形となってしまったが、
書置きは残してきたし、多分大丈夫だと思う。
デュークが剣の柄を握るのを確認すると、はにこりと笑った。


「・・・・・・いくぞ」
「!、ええ!」


のその笑顔には多少のぎこちなさがあったが、
デュークは一言、それ以上何も言わず歩き出した。
それが不器用ながらも、デュークの優しさだった。


「これから、どこへ行くの?」
「まずはフェローの所だ」
「フェローの所?」


デュークの意外な言葉には思わずきょとんと目を瞬いた。

もデュークも始祖の隷長寄りとはいえ、相手は始祖の隷長の長。
ましてや他の同族と違い、フェローほど気難しい者もいないだろう。
多少の面識はあっても、親しい間柄とはいえなかった。


「ザウデのシステムによってフェローが負傷した。
 まずはおまえにそれを・・・・・・」
「どうしてそれを早く言わないの!!」


続くデュークの言葉をの声がさえぎる。
それには今度はデュークの方が目を瞬く番だった。
とはいえ、のものと比べて微々たる動きではあったが。


「そんな大きな声を出してどうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ!
 そんな重大なこと何で言わなかったの!!」
「言ったところでおまえがあの者を放っていくとも思えないが」
「そ、それはそうだけど・・・・・・」


ずばりと言い当てられ、はぐっと息を呑む。

図星だった。
が他にも怪我人がいるからといって、
目の前にいる怪我人を放っていけるような性格ではないと分かってデュークは言っているのだ。


「と、とにかく!!さっさとフェローの所へ行くわよ!!」


気恥ずかしさから拳をぶんぶんと上下に振ると、はデュークの手を取った。
手早く転移の術を展開すればすぐにエアルの流れが達を包みこみ始める。
向かうはデズエール大陸、コゴール砂漠のフェローの岩場だ。

























「フェロー、いないわね」
「そうだな」


フェローが住処としている岩場に達は立っていた。
しかし肝心の主の姿がそこには見当たらない。


「あ、あそこ!!」


負傷しているのだから、遠くに出かけている筈はないのだが、
キョロキョロと辺りを見渡せば、はるか上空の空をフェローが飛んでいるのが見えた。


「フェロー!傷を癒すから降りてきて!」


そうが呼びかけるが、聞こえていないのかフェローは降りる素振りを見せなかった。
それどころか、こちらに背を向けて向こうの空へと飛び去って行こうとする。


「フェロー聞こえてるんでしょう!?」


慌てたが大声を上げると、ようやく気付いたかのように殊更ゆっくりとフェローが振り返った。
いかにも迷惑そうな表情つきで。


「・・・・・・不要だ」
「・・・・・・え?」
「不要だといった。
 星喰みは帰還し、世界の命運は決した。
 もはや傷を癒したところで我に、―――いや、我らに術はない」


元から達観した物言いをするフェローではあったが、
諦めの境地といった姿に生きる気力はまるで見当たらなかった。
それどころかもう諦めろとまで、フェローは言うのだ。


「〜っ!だからといって!!
 ここで諦めたら、今まで私たちのしてきたことの意味は!!
 数々の犠牲はどうなるの!?
 諦めるにはまだ早いはずよ!!」
「・・・・・・」
「フェロー!!」


当時の力や技術をもってしても星喰みは封じられるだけに留まった。
今はもうその力すらない。
けれども、諦めなければ、出来ることはきっと何かあるはず。
人間の生きる力というものは、フェロー達始祖の隷長が思うよりずっと凄いのだ。

黙りこくってしまったフェローに、は苛立ちを抑えきれず怒鳴った。
しかし次に口を開いたフェローの言葉は、の期待通りの言葉ではなかった。


「もう一度言う。
 治癒術は我には不要。
 そいつを連れて即刻立ち去るが良い」


フェローはの方を見向きもせず、そう言ってのける。
後半は明らかにデューク宛であった。
デュークが小さく首を巡らせると、それきりフェローは翼を羽ばたいて遠くの空へと飛んでいってしまった。


「〜〜っあっの石頭!!
 わからずや!!
 何がもはや我らに術はない"よ!!
 何もせずに諦めて何が出来るって言うのよ!!」
「落ち着け、
「落ち着けるわけないでしょ!!
 ったく、これだから年寄り連中は・・・・・・」


デュークの諌めの言葉を一蹴し、はぶつぶつと呟く。
先程までの様子はどこへやら、すっかりいつもの調子に戻ったようである。



「わかったわよ」


そこでデュークは先程よりも声を低く発した。
付き合いの長いにはそれだけで効果てきめんである。
これに冷ややかな視線が加われば、まさに怒る一歩手前まで来ていることになるのだ。
それにはさしものも黙るほかなく。


「・・・・・・そうね、こうなったら無理やりにでも治療してやるわ。
 クロームにでも頼んで飛んでもらって・・・・・・」


考え込むかの様に俯いたが数秒後顔をあげた。
名案を思いついたと、その顔はきらきらと輝いていた。


「そうと決まれば、デューク!
 すぐに行くわよ」
「・・・・・・」


いつもの調子に戻れば戻ればで、その無鉄砲さには歯止めが利かないようである。
いきいきと話すをよそにデュークは人知れず小さな溜息をついた。