「貴様!何者だ!?」
今、船の上は騒然とした空気に包まれていた。
何もないところから突然一人の人間が現れたのだから、そうなるのも無理はない。
しかし、空間を超越して船の甲板に降り立った人物、
にはそんな事にかかずらっている暇はなかった。
「フレンはどこ?」
警戒を露に立ち塞がる騎士達を真正面から見据えると、
は包囲網に向かって一歩歩いた。
するといくつもの鍔のなる音と殺気が、周囲に立ち上る。
「待ってくれ」
「フレン団長代理!?」
「彼女は私の知り合いだ。
皆、剣を下ろして欲しい」
「しかし・・・・・・!」
から見て正面、剣を構える騎士達の合間を縫って現れたフレンは、
を軽く一瞥すると、部下を振り返った。
毅然とした眼差しが彼らを見据えた瞬間、騒めきが一気に小さくなる。
「・・・・・・わかりました」
未だ代理の身とはいえ、フレンの風格は既にその位に相応しい。
一番先頭に立っていた騎士が気圧されるように一歩下がると、
剣を収める音が次々に響いた。
フレンの意思に騎士達は従ったのだ。
最後の一人が従うところまで確認すると、
フレンは小さく頷き、に顔を向けた。
先程までの厳しい表情は既になく、その口元には笑みが浮かんでいた。
「、無事だったんだね」
「ええ」
もつられるように笑みを返しはしたが、すぐにその顔は真顔へと戻る。
そしてがしりとフレンの腕をつかむやいなや、は彼に詰め寄った。
「それよりフレン。ユーリ、ユーリは・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・そう、分かったわ」
無言はフレンの気持ちの表れとも言えた。
事態はさして良い方向には向かってはいないようだ。
しかし、まだ希望はある。
気持ちを落ち着かせるように一つ息を吐くと、
は真正面からフレンと向かい合った。
「フレン、あなたは帝都に戻りなさい」
「え・・・・・・?」
「ユーリの事は私に任せて。
あなたはあなたのするべきことがあるでしょう?」
「しかし・・・・・・!」
フレンの瞳は今、揺れていた。
の言っていることは勿論分かっていた。
分かってはいるが、個人の感情がそれを良しとはしなかったのだ。
「帝国騎士団団長代理フレン・シーフォ!!」
凛とした声が響き渡った。
フレンはそれにはっと息を呑む。
透き通るほどに澄んだ紫翠の瞳が今、揺れ動く自分の瞳をひたと見据えていた。
そこにあるのは偉大なる首領、ドンに育てられた娘、の確固たる意思。
「あなたが今、するべきことは何!?
世界は今、先導者を必要としているわ。
星喰みの再来によって起こされる災厄は未知。
何の情報もない民は不安に駆られる一方だわ。
・・・・・・モンスターも直、暴走を始めるはず。
あなたはもう、一人の為だけに動いていい身ではないのよ!」
そこまで言って初めては顔に笑みを浮かべた。
それは、信頼の笑み。
フレンは勿論、今行方知れずなユーリまでもを信じて疑わない笑みであった。
「・・・・・・ユーリは、大丈夫。
彼がしぶといことなんて、フレンが一番良く知っているでしょ?
・・・・・・必ず、見つけてみせるわ」
「・・・・・・わかった」
「それでこそフレンよ」
フレンの胸をトンと優しく叩くと、はにっと微笑んだ。
その後くるりと背を向け後ろ手に手を組む。
「じゃあ私、レイヴンの所に行って来るわ。
フレン、彼がどこにいるか知ってる?」
「彼ならギルドの方に行っているはずだけど・・・・・・」
それがどうユーリの捜索に関係あるのか、
そう問うフレンに、一歩、二歩、歩いたところでは立ち止まり、振り返る。
「秘策があるの」
訝しげなフレンにウィンクを返すと、にっこりとは笑った。
見知ったようでどこかいつもと違う背中が、そこにはあった。
ずいぶん久しぶりのように感じられるが、離れていた時間はさほどでもない。
「レイヴン」
ドン亡き今、この非常事態に皆を動かせる者など、彼以外にいないのであろう。
いつもならあり得ないほどに忙しなく動き回る背中に声をかければ、
の声に反応するように、その背中がぴくりと動いた。
「・・・・・・ちゃん?」
恐る恐る確かめるようにレイヴンが振り返った。
それにはにこりと笑って返す。
それでようやっとを本人と認めたのか、
レイヴンの手のひらがぺたりとの頬に添えられた。
「本当の本当にちゃん?」
そしてそのままぺたぺたとの体を触りだすものだから、
そのくすぐったさには身じろぎをした。
「そうよ。心配かけてごめんね、レイヴン」
「ほんとよぉ〜心配で心配で、夜も眠れなかったんだから〜」
くすくすと笑いながら告げた謝罪の言葉に、レイヴンの冗談めいた言葉が返ってくる。
しかしそれを言ったレイヴンの瞳は少しも笑ってはいなかった。
「・・・・・・無事でよかった、」
ふわりとレイヴンの香りがを包み込んだ。
はぎゅっとレイヴンに抱きしめられていて。
レイヴンの腕は僅かにだが、震えていた。
それに気付いたはそっと労わる様にその腕に手を置くと、ごめんね、と小さく呟く。
「ったく、イエガーの奴、こんなにかわいいちゃんを攫うなんて、
全く許せないわ」
ぴくりと一つ身じろぎをして顔をあげたレイヴンは、
先程とはうって変わって空元気ともいえるほど明るかった。
それはいつもどおりの彼とも言えたが・・・・・・。
「・・・・・・レイヴン。イエガーは・・・・・・」
レイヴンの言葉に含まれた一つの名。
その人物のことをは問う。
を孤児院に預けた後、イエガーもまた行方不明だと院長から聞いていた。
「・・・・・・死んだよ」
「・・・・・・そう」
短く一言、言ったレイヴンに、は静かに目を瞑った。
それきり、互いに何も言わなかった。
「ねぇ、レイヴン。
イヤリングまだ持ってる?」
「勿論よ、こうして肌身離さず・・・・・・」
の言葉に頷いて懐からイヤリングを取り出しかけたレイヴンの動きが、不意に止まった。
「・・・・・・光ってる・・・・・・?」
「!、ちょっとレイヴン貸して!!」
レイヴンの手のひらにちょこんと乗せられたイヤリングは今、淡い光を放っていて。
それを見たはものすごい勢いでレイヴンの腕に飛びついた。
そしてレイヴンの返事も待たずにイヤリングをもぎ取ると、はそれを両の手で囲い込んだ。
目を閉じて集中したに、淡く光るイヤリングはぼんやりとだが、
とは違う人物の意識を流れ込ませる。
『ユーリ、ユーリなの!?』
『・・・・・・・・・・・・か?』
『・・・・・・デューク!!』
の呼びかけに一寸の間を置いて応えたのは、ユーリではなく、デュークであった。
の持つイヤリングは対となる宙の戒典を持つ者と交信することが出来た。
また、互いの居場所も念じれば知ることが出来た。
イヤリングの持つ力の中で一番地味な力ではあったが、
別れて旅を続けるとデュークにとって、一番重宝していた力である。
相手が宙の戒典を持っていれば、その居場所を知ることが出来る。
一種の賭けだったが、ユーリが宙の戒典を手放していなければ、
はその場に跳ぶことが出来たのだ。
がフレンに言った秘策とは正にこのことで。
まっさきにレイヴンのところにが来たのは半分、これが理由であった。
『デューク、宙の戒典の傍にいるのね!?
ユーリは、ユーリは無事!?』
ユーリが持っているはずの宙の戒典の傍に、デュークがいた。
それはつまり、デュークがユーリを助けた、ということだ。
そして返ってきた答えは、是。
『応急処置はした。
が、思ったより傷が深いようだ。
私の力では完治までには至らない』
『分かったわ。
今からそっちに行くから、それまで待ってて』
『・・・・・・分かった』
は会話を打ち切って目を開けると、
訝しげな表情をこちらに向けるレイヴンに向かって言った。
「レイヴン、私、ユーリを迎えに行って来る」
「!、青年の居場所分かったの!?」
「ええ」
驚くレイヴンに頷き返すと、すぐには踵を返した。
「それじゃ、急ぐから」
その時、足元の円陣と共にすうっと消えかけるの体を、
一つの手が繋ぎとめた。
しっかりと握り締められた手は紛う事なき、
の目の前にいるレイヴンから伸びていて。
「・・・・・・レイヴン?」
「いや・・・・・・」
小さくが首を傾げると、レイヴンははっとしたように目を見開いた。
それと共にあたたかな温もりが、手のひらから抜けて消える。
手を伸ばしたのは、半ば反射的なものであった。
今まで押さえつけていた理性はたがが外れ、
ともすればのその細い体が壊れるほどに抱きしめて、
その存在をずっと確かめていたかった。
けれども、レイヴンにそれは許されていなかった。
浮かんだ考えを小さく首を振って掻き消すと、レイヴンはにっと笑った。
「せーねん、みっけたらちゃんと連れてきてよぉ?」
「勿論よ」
一瞬キョトンと目を瞬いたは、
しかしすぐに笑みを返すと、今度こそ姿を消した。
「いってらっしゃい。ちゃん」
が消えたあたりに向かってそう、小さく漏らしたレイヴンの顔には、
寂しそうな表情が浮かんでいた。
「デューク!!
・・・・・・ユーリは・・・・・・?」
がとんだ場所は、海岸線沿いの砂浜だった。
少し先に銀色の髪と赤いコートを翻したデュークの姿が見える。
がすぐさま駆け寄っていくと、デュークは視線で自分の横を指し示した。
そこには固く目を閉じたユーリがぐったりと横たわっていた。
顔色はよくないが、出血もほぼ止まりかけていて、命に別状はないようだ。
「・・・・・・良かった」
傷口をざっと見てそう判断すると、はほっと安堵の息を漏らした。
濡れて頬に張り付いたユーリの髪をそっとどけてあげる。
そこでふと、はデュークを振り仰いだ。
見ればデュークも髪や服からぽたぽたと雫を落としていて。
海の中のユーリを助ける際、デュークも濡れてしまったのだろう。
はその顔に笑みを浮かべると、すっくと立ち上がった。
「このままじゃユーリもあなたも風邪をひいてしまうわね。
どこか暖かい場所に移りましょ。
ここから近いのは・・・・・・」
遠くに帝都ザーフィアスの御剣の階梯がみえる。
間違いなく、ここから近いのは帝都だ。
そして安全なのはフレンやエステルのいる、城。
けれどもユーリがこうなる原因となったものを思えば、安易にそれは選べなかった。
「こいつの部屋はどうだ」
「・・・・・・そうね、それがいいわ。
場所なら私、知ってるし。
デューク、お願い」
知ってか知らずか、デュークが最適な答えを導き出した。
それに一も二もなく、は賛同する。
「」
「え・・・・・・?」
さっそく移動の準備に取り掛かるをデュークが呼び止めた。
驚いて振り返ったを見つめるのは、デュークの真紅の瞳。
そして、デュークの口元が言葉の形に開かれる。
「―――・・・・・・ 」
端麗な唇から言葉が声として出る瞬間、ざあーっと激しい風が吹き荒れた。
風はばさばさと、やデュークの髪や服を巻き上げ、砂を横殴りに攫っていく。
紡がれた言葉は、ただ、だけの耳に届いた。
|