「きれい・・・・・・」
目の前に広がる光景にエステルが思わず声を漏らす。
場所はザウデ不落宮をずっとずっと奥に進んだ所。
上空でフェローがアレクセイの目を引いている隙に、
ユーリたちは親衛隊に見つからないよう通風孔から入り込み、ここまで来た。
「ほんと、武器の中とは思えないよね」
大きな広間みたいになっているこの空間は一面ガラス張りになっていて、海中にあるようだった。
ガラスの向こうには青い海が、そして魚たちが泳ぎ去る。
水の中まで差し込んでくる日の光はきらきらと光り輝き、
エステルやカロルの言うとおり、ここがザウデという武器の中とは思えないほど幻想的であった。
「カロル、待って」
「え?」
惹かれるかのようにカロルが広間の中央まで歩きかけると、
それをジュディスが引き止めた。
ラピードまでもが奥に向かって威嚇を始める。
「出てこいよ。
かくれんぼって歳でもねえだろ」
驚いて立ち止まったカロルの向こう、
大きな扉の横の柱に隠れるようにして立っていた人物にユーリは視線をよこす。
きっちりとした、仕立ての良いスーツに身を包み、前髪を長くたらした男、イエガーがそこにいた。
すると突然パンパンと、高らかな音が鳴り響いた。
「ブラボー、ブラボー」
それはイエガーが打ち鳴らした拍手の音で。
イエガーは拍手をしながら、こちらへと歩いてくる。
優雅な足取りは、まるで踊っているかのように滑らかであった。
「エクセレント!
研ぎ澄まされた勘と野生の嗅覚、実にエクセレント」
「イエガー!!」
賞賛の意を述べるイエガーに向けて、カロルが叫んだ。
すでにその存在に気付いていた者達は鋭い視線をそのままイエガーに送る。
「イエガー、おまえどこにやった。
・・・・・・それにアレクセイの奴はどこへ行ったんだ」
「・・・・・?」
怒りを押し殺したようなユーリの声が低く、響く。
それに対し、首を傾げるイエガー。
ユーリが述べた人物に心当たりがないと言った風だ。
そのはず、イエガーにはという名前には馴染みがなかったのだろう。
数瞬の後、ああ、という相槌とともに口にしたのはの通り名であった。
「銀狼ならここにはいませんよ」
「なんだって?」
「彼女はミーが・・・・・・。
いえ、ミーがそうやすやすと教えるとでも?」
「なら力づくで吐かせるまでよ」
小さく口角を上げ、あくまでも貴公子然と笑みを浮かべるイエガーに、
弓を構えたレイヴンが歩み寄った。
その視線は弓矢の矢尻よりも鋭く、イエガーを見据えていた。
「ふ、ユーのそんな余裕のない態度も久しぶりですね」
「そうなる原因を作ったのはどこのどいつよ?」
「そんなに彼女が大事なのですか?」
―――・・・・・・・・・・・・化け物なのに。
「イエガー!!お前!!」
囁くようにレイヴンに近づいたイエガーの体が、大きく後ろに跳んだ。
イエガーの言葉に激昂したレイヴンが、弓を変形させた剣を振り回したからだ。
しかしレイヴンがそういった行動を取るのは彼にはお見通しだったようで、
イエガーは含みのある笑みを浮かべたまま、大げさに肩を竦めて言った。
「どうしてそこまで怒るのか、ミーには理解できませんが・・・・・・。
いいでしょう、教えて差し上げます。
オフコース、地獄への行き方をね!」
振り上げられた兵装魔導器は、変形して鋭い刃を持つ鎌になる。
その鈍い光がもたらすのは戦闘開始の合図。
しかし、それだけである。
いつもならそれを合図にわらわらと出てくる赤目の一団も、
イエガーの部下の二人、ゴーシュとドロワットも姿を現さなかった。
「・・・・・・ここにきてどういう風の吹き回しだ?」
「また罠なんじゃ・・・・・・?」
こちらが七人いるのに対し、イエガーは一人で相手をしようという。
その真意がつかめず、ユーリたちが困惑の表情を浮かべると、イエガーが小さく肩を竦める。
「そちらから来ないのならば、ミーから行きますよ!」
「!!」
ギィンという鈍い音とともに、レイヴンとイエガーの間に今度こそ激しい火花が散った。
一瞬で間合いを詰めたイエガーの鎌は的確にレイヴンの急所を狙っていた。
それをレイヴンは寸でのところで受けとめる。
力の均衡は、五分。
それを悟った両者は、同時に地を蹴り後ろへと跳んだ。
そして構えるのは共に、弓。
矢が飛び交い、地面に落ち、再び刃と刃が火花を散らす。
「おっさん!!」
「リタ」
幾度となく交わされる二人の打ち合いは、終わりが見えなかった。
助けに入ろうと術を唱え始めたリタを、ユーリの声が制する。
レイヴンとイエガー、二人の戦闘スタイルはどこか似通っていた。
だからこそ決着がなかなかつかないのであろう。
けれどもレイヴンがイエガーとの一対一の対決を望んでいるのは明らかであった。
イエガーはドンを嵌めた張本人である。
その仇をレイヴンが討ち果たすのは、ドンの意思。
更に彼はレイヴンの大事なを攫い、貶めた。
レイヴンがこだわる理由は十二分にあった。
「なかなかやりますね。
かくなる上は、ミーのトゥルーパワー!受けてみよ!」
何度目か、レイヴンが放った弓矢が、イエガーの胸元をかすった。
それと共に溢れる、赤い光。
「それは・・・・・・!」
イエガーの胸元で眩い輝きを放つのは、レイヴンと同じ、心臓魔導器。
呆けたようにじっとそれを凝視していると、横合いから黒い影が割って入った。
キンと刃の弾かれる音が響く。
「おいおい、綺麗な宝石に見とれてる場合じゃないぜ、おっさん」
「ユーリ!!」
立ち尽くしていたレイヴンに向かってイエガーの鎌は容赦なく振り下ろされようとしていた。
それをはじき返したのは、ユーリの剣である。
思わず足を止めてしまったが、今は戦闘中。
詮索をしている場合ではなかった。
ユーリに頷きを返すと、レイヴンはイエガーに向き直った。
「まさか俺様と同じとはね」
見据えた水色の瞳には、赤い光が映りこんでいた。
イエガーは今、心臓魔導器を使って己の力をアップさせていた。
そんな使い方をしたら、いずれ命を使い果たしてしまう。
それをレイヴンは諭そうとするが、イエガーは聞く耳を持たなかった。
それどころか何度もレイヴンと切り結ぼうとする。
最初はレイヴンも押されていたが、徐々にイエガーの方に疲れが見え始めていた。
魔導器の力を使いすぎたのだ。
「ナ・・・ナイスファイト・・・・・・」
レイヴンの剣が、イエガーの体を深々と切り裂いた。
するとふらりふらりと、揺れながら、イエガーの体が地面にどうと倒れる。
「柄じゃねえんだけど、ドンの仇とらせてもらうわ」
「アレクセイとの居場所も吐いてもらうぜ」
倒れたイエガーにレイヴンが剣を突きつけると、ユーリがその横に並んだ。
「油断しちゃダメ。まだなんか隠してるかもしれないわ」
そこに、リタの声が掛かる。
「ノンノン。もうなにもありません。
最後・・・・・・そう、最後です」
「その胸・・・・・・あなたもアレクセイに?」
「さあ・・・・・・どうでしょう、ネヴァマインド」
ジュディスの問いにも、イエガーは小さく肩を竦めるのみである。
苦しげに上下される胸元では、心臓魔導器が弱弱しく明滅を繰り返していた。
そこに、エステルが駆け寄って座り込む。
「どうして?なぜひとりで戦ったんです?」
仲間も、何の用意もなしに・・・・・・」
「ふ・・・・・・・・・・・・」
エステルの言葉に小さく息を漏らしたイエガーの瞳は、こちらを見ていなかった。
どこか遠くを見つめた彼のその口元には笑みすら浮かんでいた。
「・・・・・・グッバイ」
誰に向かって投げかけられた言葉なのか、イエガーはそれだけを呟くと、静かに目を瞑った。
ユーリたちの誰も何も言えなかった。
そして心臓魔導器から完全に光が消える。
「・・・・・・・・・・・・なんでえ」
しんと静まり返った広間に、レイヴンの声だけが響く。
「あ・・・・・・」
硬く目を瞑って顔を背けたカロルの足の先で、カランと音が鳴った。
その正体を確かめようとそちらに目を向けると、
音の正体はイエガーの武器であり、
それをじっと凝視している二人の人物にカロルは気付いた。
イエガーの部下であるゴーシュとドロワットである。
ゴーシュとドロワットはユーリたちの側で倒れているイエガーに視線を移すと、
何かを堪えるかのように俯いた。
小さく彼女達の肩が震えているのが見えたが、
暫くの後、二人は何も言わずにこの場を立ち去っていく。
「あ、待て・・・・・・!」
結局イエガーはアレクセイやの場所を言わなかった。
部下である彼女達なら何か知っているかもしれない。
反射的に追いかけようとしたが、カロルの足は動かなかった。
「なによ・・・・・・なんだっていうのよ」
「ひどい人・・・・・・だったけど、
この人ももしかしたら・・・・・・」
うわ言の様にリタが呟き、エステルが祈るように言葉を紡いだ。
イエガーもアレクセイの被害者だっただけなのかもしれない。
後味の悪さだけがユーリたちを包み込んでいた。
「死んでしがらみを断ち切るつもりだったのかもねぇ・・・・・・」
レイヴンには思い当たる節が十二分にあった。
かつて、レイヴンもそれをしようとした過去があったから。
「けれど、彼女達は納得していたのかしら?」
「そりゃあ、してないでしょうよ。
だからこそ、一人でここに来た」
ゴーシュとドロワットは必死で追いかけてきて、イエガーが倒れる様を目の当たりにした。
けれども、彼女たちはユーリ達に襲い掛かってこようとはしなかった。
それが、イエガーの意思だったから。
レイヴンを怒らせるようなことを言ったのも、イエガーの計算だったのかもしれない。
考えれば考えるほど合点がいった。
「・・・・・・ともかく、この先にアレクセイがいるのは間違いないわね」
イエガーはこの先へと進む者の前に立ち塞がるよう指示されていたのであろう。
ならば、アレクセイはこの先にいる。
そしてアレクセイがを利用するつもりなら、彼女もそこにいる。
奥にある大きな扉を見据え、レイヴンはイエガーの武器を取る。
鎌へと変形したままのそれは、イエガーの菩提を弔うかのように地面に突き刺さると、
日の光を浴びてきらりと眩い光を放った。
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