一夜明けた朝、ラピードと合流したユーリは仲間との合流場所である市街地の出口に向かった。

昨夜の事、長年の相棒でもあるラピードには、言わずとも分かってしまうのだろう。
起きぬけのユーリをじっと見つめた後、ラピードはさっさと行くぞとばかりに体を揺らした。
それに苦笑を漏らしてユーリが彼の体をポンと叩いたのはつい先程の事だ。


「おはよう、ユーリ!」
「あーちょっと寝すぎたみたい。
 寝癖が・・・・・・」
「寝癖っていまさら・・・・・・」


街の出口には、既に仲間達が待機していた。
元気いっぱいのカロルに、ぼさぼさ頭のレイヴン。
なんともいつも通りの二人の掛け合いを聞いて、ユーリの顔に自然と笑みが浮かんだ。


「体調は万全、って感じだな」
「はいこれ」


腰に手を当て肩を竦めると、
二人の横に立っていたリタが、手に持っていた剣をユーリに向かって差し出した。
渡されたのは宙の戒典であった。


「うまくいったんだな。
 ―――後はジュディとエステルか」


これが渡されるということは、リタが昨夜言っていた事は成功したということだ。
剣を受け取り空を見上げれば、帝都の空にはいつもの見慣れた光景。
結界魔導器が正常に作動している証でもあるエアルのリングが輝いていた。

となれば、揃っていない仲間はジュディスとエステルな訳で。


「私ならもういるわ。おはよう、みんな」


ユーリが周囲を見渡すと、市街地と外の境界線である門の方から見知った声と姿が近づいてきた。


「あ、おはよう、ジュディス!」
「フェローとは連絡とれたのか?」


向こうから歩いてきたのはジュディスである。
カロルとユーリが声を掛けると、ジュディスは笑みを浮かべながら頷いた。


「ええ、それがザウデのことなんだけど・・・・・・
 始祖の隷長であれ人間であれ、あれに触れるな、って」


しかし続いた言葉は物騒なものであった。


「・・・・・・どういう意味だろ」
「なんかやばそうな言い草ねえ」


フェローがそこまで言うとは余程の物なのか。
正体は今もまるで分からないが、
ユーリを振り返り首を傾げるカロルに、ぽりぽりと顎を掻くレイヴン。
何か考え込むように腕を組むジュディスにリタ。
仲間達もそれぞれ何かを感じ取っていたようであった。


「ま、そう言われたからってはいそうですかって訳にはいかないけどな」


口元に笑みを浮かべながら、ユーリはかちゃりと剣を鳴らした。


「ザウデにはアレクセイがいる。
 奴のしたことをオレは許す気はねえ」
「そうね。フェローには悪いけど」
「ここまできたら、やるしかねえでしょお」
「うん。放っておいたら世界中滅茶苦茶にされちゃうもん」


覚悟は皆同じ。
昨夜一晩で、皆の心積もりは固まったようであった。


「いい覚悟だ。後はエステルだ。リタ、見てないのか?」
「エステルは来ないわ」


先程からずっと黙ったままであったリタにユーリが声をかけると、
リタは一歩二歩、とこちらに背を向け歩いた。


「あの子、もう戦えないから」
「おい、まさか・・・・・・」


エステルは来ない、そう言うリタの言葉に、ユーリの脳裏には最悪の事態が過ぎった。
昨晩レイヴンと話した後、リタとエステルを訪ねたユーリに、
リタはエステルの事は何とかしてみせると言った。
そしてその手がかりとなる宙の戒典はユーリの元に戻り、
エステルの抑制結界の一部であったという帝都の結界は復活した。
だからユーリも万事うまく行ったのだと思っていたのだが・・・・・・。


「抑制は成功したわ。
 ただエステルの力の発動を抑えるにはエアルの干渉を極力避ける必要があったの」
「あれ?魔導器を使う限り、エアルは絶対必要なんでしょ?」
「そう、だからあたしはレイヴンと同じ方法を採った」
「生命力を動力にしたのね」
「まじで?正直、お勧めしないよ、それ」


のおかげでエステルの力の抑制には成功していたものの、
エステルの行動範囲は結界魔導器の範囲内と限定されていた。
つまりは救出が成功したとはいえ、檻の範囲がただ広がっただけだった。

そこでエステルを助けるため、リタのとった方法は、レイヴンの心臓魔導器と同じ方法であった。
そして抑制されるのは、満月の子の力だけでなく、その他の術技にも及ぶ。
戦闘を行うだけで、エステルは自分の生命力を削ることになるのだ。


「・・・・・・だからこれ以上、一緒に行くのは無理ってことか」


これからアレクセイとの決戦を控えているユーリ達についてくれば、
エステルのことだ、自分の身も構わず術技を使うだろう。
そしてリタは、それを止めた。
だからこそエステルは来ないと、リタは言ったのだ。


「それで当人は納得したのかね?」
「・・・・・・いいえ」


レイヴンがリタに問うと、それを少女の声が遮った。


「エステル!」


驚いて振り返ると、リタに言われ城に留まっているはずの、エステルの姿がそこにはあった。


「ちょっ、あんた、見送り・・・・・・よね?」


ここまで走ってきたのか、荒い呼吸を繰り返すエステルに、慌てた様子のリタが飛びついた。
しかしエステルは呼吸を整えるために大きく息を吸った後、
リタに向かって小さく首を振った。


「ごめんなさい、リタ。
 やっぱり・・・・・・連れて行ってください」
「話したでしょ!
 術技を使うだけで命が削られるのよ!
 術技さえ使わなければ、何の問題もなく生きられるのに」


そう言うリタの瞳は若干潤んでいるかのように見えた。
そんなリタをエステルがじっと見つめ返す。


「リタに言われてから一晩考えたんです。
 最初は思いました。
 ああこれでやっと普通に生きられるんだなって」
「そうよ。エステルはもう十分ひどい目にあってきた。
 もう休んで良いのよ」


今はもう、忌み嫌われていた特別な力もない。
彼女を利用しようとする輩も、監視する存在もいない。
今のエステルは自由だった。
普通に過ごしていさえすれば、安寧とした日々を送れるのだ。
そう切々と語るリタに、エステルはありがとう、とお礼を言った。

リタの言葉は良く分かっている、けれどもエステルにも譲れないものがあるのだ。


「でも・・・・・・みんな命がけで戦おうとしている。
 世界の命運をかけて・・・・・・
 それを知ってわたしだけ戦わないなんてできない」
「エステル・・・・・・」
「それに、はわたしを助けてくれました。
 今度はわたしがを助ける番なんです」


はエステルの大事な仲間であると同時に、命の恩人でもあった。

エステルを助ける際、はふらつきながらも持てる力を振り絞った。
その隙を狙われて攫われた彼女は、今ここにはいない。
ザウデでの戦いは、世界の命運をかけた戦いでもあり、
を救出するための戦いでもあるのだ。

その為にも、エステルは連れて行ってほしいと願った。
自分にもできることがある、と。


「駄目だ・・・・・・と言いたいとこだが、
 自分で考えて自分で決めたんだ。
 オレは反対しないぜ」
「そうね。一度言い出したら聞かない子だし」
「連れてってやろうや。
 仲間に置いてけぼりにされるのは、ちっと切ないぜ?」
「うん。エステルがつらくならないように皆で助け合おうよ」


確かにこれから待ち受けるユーリたちの戦いには、強力な治癒術は必要不可欠と言ってもいいだろう。
しかしエステルの命を削ってまで、ユーリたちはそれを望みはしない。

けれども、仲間について行く事は、エステルが自身で考え、出した道。
なによりもその決意に満ちた眼差しを見れば、異存などあるはずが無かった。

皆一様に賛成の意を述べる中、リタだけがエステルの目をじっと見つめた後、深く息を吐いた。


「・・・・・・ひとつだけ約束して。
 絶対に、絶対にぜーったいに一人で無理しないこと、いい?
 や、破ったらぜぜ絶交だからね!」
「はい!」


リタの頬はほんのりと赤く染まっていた。
それに嬉しそうに返事するエステル。
微笑ましい光景だった。


「フッ、このメンツ相手に無理無茶禁止は意味ないだろ」


ユーリたちの専売特許である言葉を並べ、笑うユーリの横でカロルが動いた。
赤くなった顔を隠すため後ろを向いたリタの顔を覗き込みに行く為だ。

案の定リタの右腕に吹っ飛ばされたカロルが、すぐに地面に突っ伏して、
その目の前にいたラピードが、フンと鼻を鳴らす。
それは皆の、いつものペースであった。


「さて、問題は海の彼方のザウデにどーやって行くか、かねぇ」
「大丈夫、まだ仲間はいるわ」


一番の年長者でもあるレイヴンが、話を取りまとめるかのように、言った。
そしてそれに応えるジュディスと、空から響く、鳴き声。


「バウル?もういいのか?」


空を見上げれば、鯨のような大きな巨体が、
上空を旋回するかのようにゆっくりと空を泳いでいた。
先日御剣の階梯の一件で、バウルは傷を負ったはずなのだが、もう大丈夫なのだろうか。
ユーリがそれを尋ねれば、ジュディスはにっこりと笑みを浮かべた。


「言ったでしょ、強い子だって」
「みなさーん、船の修理も完璧ですよ!」


トクナガが門の向こうで、手を振っているのが見える。


「あ、トクナガさんもいるよ!」


それに気づいたカロルがそちらを指差した。

何もかも準備万端のようである。
後はバウルに乗り込んで、決戦の舞台、ザウデ不落宮に向かうだけ。
海の向こうで聳え立つ巨大な神殿に目を向けて、ふと、ユーリは思い出した。


「エステル、フレンからの伝言だ」
「フレンから?」


街の出口に向かう少し前、城門付近で、ユーリはフレンと会っていた。
首を傾げるエステルに、そこで彼と話した内容--評議会がヨーデルを指導者に選んだ事、
フレンはもうエステルを追うことはしないという事、
エステルの意思を尊重すると言っていた事、をユーリは言って聞かせた。

ユーリはフレンからエステルの事を頼むとも言われていたが、それは話すほどの事ではなかった。


「へぇ、ヨーデル殿下がねぇ・・・・・・良かったじゃないの」
「ああ。けどあいつはもう少し時間がかかりそうだったぜ」
「どういうこと?」
「船の調達に時間がかかるんだとさ」
「ギルドの船、ね」


騎士団の船は、先のヘラクレスの一件でほとんどが使い物にならなくなってしまった。
そして使える船のほとんどはアレクセイが親衛隊とともに持っていってしまったという。
そこでフレンはギルドの船を当てにしていたのだが、
ドン亡き今、ギルドの内部でなかなか意見がまとまらないらしい。


「ああ・・・・・・まぁ、あいつならすぐ追いついてくるさ」


どっちがアレクセイのところについても恨みっこなしだとユーリはフレンに言ったが、
実際すぐに彼は追いついてくるだろう。
それだけの行動力がフレンにはあった。


「んじゃま、これで何の心配も要らなくなったということで、行くとしましょーか?」
「ああ、行こうぜ皆!!」


レイヴンの言葉に頷き、鬨の声を上げるユーリに、応える仲間たち。
その声に呼応するかの様に、バウルの鳴き声が空に響き渡った。