フレンの部屋を出てユーリは城の中庭に周った。
ひんやりとした外気が、血が上って熱くなった頭を冷やしてくれるような気がしたから。


「畜生っ」


けれども熱は冷めなかった。
足元の土を蹴り上げると、ユーリは眉を顰めた。
土が思ったよりも乾いていて、土埃が周囲に舞い上がったのだ。


「悔しくて仕方がない」
「!?」
「・・・・・・って顔してる」


土埃が収まりかけた頃、庭の奥のほうから、声が掛かった。


「ジュディ・・・・・・」


ジュディスだった。
ユーリはジュディスを目に留めた後、ふいと視線を地面にそらした。
図星だったからだ。

アレクセイはエステルのみならず、までもを利用しようとしている。
仲間が攫われるのはこれで二度目だ。
そのどちらも、ユーリ達は――否、ユーリは止めることが出来なかった。
これが悔しいと言わずになんといおうか。


「あなただけの責任じゃないわ。
 私たち皆が、傍にいた。
 けれども止められなかった」
「・・・・・・」


ジュディスには全てお見通しのようで。
一歩一歩、ユーリに近づきながら、ユーリだけの責任じゃないと、そう言ってくる。
土埃は既に収まっていて、澄んだ空気が、辺りには漂っていた。


「・・・・・・デュークに顔向けできないのかしら?」


無言のまま立ち尽くすユーリに、ジュディスは小さく息を吐く。
そして一言、そう言った。

どうしてそれを、とユーリが顔を上げジュディスの顔を凝視すると、ジュディスはにこりと笑う。
しかし次に口に出したのはそれとは違う話題であった。


「フェローにもう一度、連絡がつかないかと思ったのだけど・・・・・・」


ジュディスはそう言いながら吹き抜けの空を見上げた。
空には満天の星が、互いに輝きを競いあうかのように瞬いていた。


「ザウデが古代の災厄に関係あるのなら、
 もしかしたらフェローが何か知っているんじゃないかと思うの」


遥か昔からこの世界に棲んでいる始祖の隷長。
そしてなによりもフェローは災厄を恐れていた。
確かに彼なら何か知っているのかもしれない。
同意しかけ、ふと、ユーリは思い当たる。


「エステルのこと聞かれるんじゃないか?」
「なんとかなりそうだって言っておくわ」


満月の子であるエステルの力。
フェローは人一倍忌避していた。
それが今回アレクセイに使われることとなり、今の事態を引き起こした。
その事について何か聞かれるのではないかとユーリは思ったのだ。
ましてやジュディスはフェローに宣言していた。
エステルの力が世界に仇名すようになるならば、自分の手で殺す、と。

それを問えばジュディスは目を伏せ静かに首を振った。
そんなことにはなりえないと。


「そっか、ありがとな」


それに笑みを浮かべお礼を言うと、
ジュディスはくるりとこちらに背を向け一歩、二歩と歩いた。


「私はね、ヘルメス式魔導器を壊すことだけを生きる目的にしてきたの。
 それをしている間は他のこと考えなくていいから」
「他のこと?」
「世界のこと、自分のこと、色々」


そこまで言ってジュディスが振り返る。


「もしエステルと出会わなかったら、
 今でも何も考えずにバウルと一緒に飛び回ってたかもしれないわ」
「フェローもジュディが変わったって言ってたっけな」
「でも勘違いしないで。
 エステルのことは本当に何とかなりそうだからそう言うのよ。
 魔導器、エアルのことを放っておくつもりはないもの」


フェローはジュディスが変わったと言っていた。
出会った当初の彼女の目的がなんであれ、
今ここにいるジュディスは既に、ユーリ達の"仲間"であった。

けれどもどうしてそこまで魔導器にこだわるのか、
それを知らないユーリはふと、呟く。


「それ、さっきの色々ってのも関係してんのか」
「・・・・・・」
「悪ぃ。忘れてくれ」


拙いことを聞いてしまったようだ。
俯き、口を噤んでしまったジュディスに、ユーリは小さく肩を竦めた。


「私はもうエステルを殺さないし、殺させもしない。
 そして・・・・・・アレクセイは許さない」


ジュディスは悲しげな瞳を揺らした後、顔をあげる。
その瞳には決意という光が宿っていた。
ジュディスがそう言うなら、フェローについてはもう何も心配いらないだろう。
 

「わかった。
 ・・・・・・明日の朝には出発する。
 それまでに戻ってくれよな」
「了解」


ジュディスの短い返答を聞いた後、ユーリは踵を返そうとした。
しかし、後ろから呼び止められる。


「ユーリ」
「?」
とはね5年前に最初に出会ったの」
「そういえば知り合いだったって言ってたな」


とジュディスが知り合いだったという話は以前、聞いていた。
それも本人たちの口からではなく、他人の話題に上って初めて、ではあったが。
しかしそれが今になってどう関係するのか、
ジュディスの真意が分からず、振り返って彼女の顔を見つめると、


「次に会ったのは1年前だった」


そこで一度言葉を切り、ジュディスがユーリをじっと見つめ返してきた。


の傍にはデュークがいた。
 ―――5年前とは別人のようだったわ」


5年前のがどういう風だったのか、ユーリには分からない。
分からないが、5年前というのがクオイの森でレイヴンから聞いたあの事件の後だというのなら、
想像は難くなかった。

そしてユーリの脳裏にノール港で見たとデュークの二人の姿が浮かぶ。
知らず眉を曇らせていると、再びジュディスの自分の名前を呼ぶ声がした。


「あの子は手強いわよ」
「・・・・・・わかってるさ」


ジュディスの言葉に、重く頷き返すと、
それならいいわ、と今度はジュディスがユーリに背を向けた。

言われなくもそれは重々承知している。
ユーリはジュディスの姿が通路の向こうへと消えるまで、じっとそれを見送っていた。




















「なにやってんだ、カロル」


中庭から城の通路へと戻り、ユーリは食堂へと足を運んでいた。
下町の人々の様子が気になったのと、仲間の誰かしらがいるだろうと踏んでのことだった。
そしてやはり仲間の一人、カロルと、ユーリの相棒でもあるラピードがこの場所にいた。

なにかごそごそと床に座り込んで作業をしているカロルに近づくと、ユーリは声をかけた。
その横にいたラピードはいち早くユーリに気がついていて、鼻を鳴らしていた。


「あ、ユーリ。
 見てほらこれ、上手く修理できたでしょ」


余程没頭していたのか、声をかけられて初めてカロルはユーリに気付き、振り向いた。
立ち上がって誇らしげに掲げるその手には使い古されたカバンが握られていた。


「へえ、相変わらず器用だな。
 けどお前のじゃないよな」
「わしのじゃよ」


裂け目が綺麗に修繕されたカバンは、いつも見慣れた彼のカバンではなかった。
それを問うと、食堂の奥のほうから聞きなれた声が掛かる。
ハンクスだった。


「じいさん」


ユーリがそちらを見やると、ハンクスはゆっくりとカロルの横に歩いていき、立ち止まった。


「この騒ぎであれこれ痛んでしもたもんを
 ひとつひとつ直してくれとるんじゃよ。
 わざわざ下町まで行って拾い集めてきてくれてのう」
「へへ、見つけたのはほとんどラピードだけどね」


誉められ慣れていないのか、カロルは照れたように鼻を擦った後、ラピードの方を見やった。
しかしラピードふいっとその視線を避けるかのように首をめぐらした後、欠伸を返す。
大したことはしていないと言うかのように。

どうやらカロルとラピードが二人一緒になって、
下町の人々の痛んだカバンや服や靴を修繕して回っていたらしい。
ハンクスの他にもお礼を言う人々が後を立たなかった。


「・・・・・・いいのか、カロル。明日は決戦だぞ?」
「うん・・・・・・正直、ホントはちょっと悩んだんだ。
 決戦のこととか考え出したら眠れなくなっちゃいそうだし
 でも・・・・・・だったらボクでもやれそうなことをやっときたいな、って」
「そうか・・・・・・」


カロルの言う事も分からなくはなかった。
実際ユーリも眠れずにふらふらと城内を歩き回っていた。
仲間の様子が気になっていたというのも事実だが。


「ねえ、ユーリ」
「ん?なんだ?」


顎に手をあて考え込むユーリに、カロルの声が掛かる。
それに顔を上げてユーリは応えた。
カロルは少し視線を彷徨わせた後、口を開く。


「ユーリは銀狼って知ってる?」
「・・・・・・か」
「うん・・・・・・」


御剣の階梯でイエガーが口にした呼び名。
それは確かにに向けられていて。
カロルはずっとそのことが気になっていたのであろう。
ユーリの言葉に、小さく頷き返した。


「銀狼ってね、ダングレストでは有名な"噂"だったんだ」
「噂?」
「ドンの傍には銀狼がいる。
 ドンに逆らう者は銀狼に噛み殺される、ってね」
「・・・・・・」


ユーリはカロルの話を神妙に聞いていた。

以前ダングレストを訪れた時、そんな噂は一つも流れていなかった。
有名な話であるならば噂の端っこだけでも聞いてもおかしくはないのに。

それもそのはず、銀狼の消息がある日突然途絶えたのだ。
3年ほど前に。
そして元がただの噂だっただけに、下火になるのもはやく、
今ではもう語る者はいなくなったという話である。


「でも実際銀狼の姿を見た人は誰もいなかった。
 だから誰も銀狼が実在するものだとは思っていなかったんだ。
 それに銀狼って言ったら狼でしょ?
 そんな目立つ生き物が街にいたら大騒ぎになっててもおかしくないよ」
「けど銀狼は"人"だった」
「・・・・・・そう、なるよね。やっぱり」


イエガーの言葉が本当であるならば、銀狼=であり、
銀狼は"狼"ではなく"人"ということになる。

カロルは小さく俯き溜息を漏らすと、片手を挙げて肩を竦めた。


「あーあ。まさかがあの銀狼だったなんて・・・・・・」
「何か問題でもあるのか?」


あまりにも残念そうにカロルが言うので、ユーリは首を傾げた。
噛み殺される云々にきな臭さは感じるが、
カロルの口ぶりではどうもそれも違うようだ。


「ううん、その逆。
 銀狼にはもう一つ別の噂があったんだ」
「どんなだ?」


カロル曰く、銀狼は以前ダングレスト周辺を騒がせていた魔物であるということ。
ドンが退治に出かけるまで、街の人が多数その被害にあっていた。

実際探し当ててみれば、それは小さな狼の子供で。
ドンと会って心を入れ替えたのか、それ以来ぱたりと人を襲う事をやめた。
それどころか、数年後、街周辺を守り始めたのだ。


「ちょっと考えてみれば正に、だよね」
「だな・・・・・・」


の身上、それはつい最近聞いた話である。
カロルの言う噂と照らし合わせてみれば殆どが綺麗に合致していた。


「銀狼は街の人には絶対手を出さなかった。
 相手をするのは外に巣食う魔物や、ギルドと対立する騎士団だった。
 だから、"彼"はちょっとした街のヒーローだったんだ」
「でも見た奴はいないんだろ?」
「うん、だからボク、イエガーの言葉を聞いてびっくりというかなんというか・・・・・・」
「ま、何にせよだって訳だ」


最初に被害にあった街の人の一部には、銀狼を良く思わない者もいたであろうが、
それよりも銀狼によってうける"恩恵"は甚大であった。
だからこその"ヒーロー"なのであろう。
実体が分からなかったというのも大きかったのではとは思うが。

は過去を悔いている。
そして過去のがなんであれ、
ユーリ達の仲間であるは仲間思いの心の優しい少女であった。

カロルの頭をぽんぽんと叩くと、


「うん!そうだね!」


カロルは嬉しそうに顔を上げた。


「ボク、もう少しやってから休むよ」
「ああ、あまり無理すんなよ」
「うん、分かってる」


そう言って、カロルは再び床に座り込む。
既にその真剣な眼差しは大きく裂け目がついた誰かの帽子に向けられていて。
見ていないであろうが、ユーリは手のひらをカロルに向けてひらひらと振ると、
後をついて来ようとしたラピードに目線で制止をかけ、食堂を後にした。