「ごめんね、エステル」


誰ともなしにそう呟く。

満月の子の力を駆使したエステルと言えども、
本気になったユーリ達相手では、次第に防戦一方になる。

何度目か、剣を切り結ぶと、ユーリはエステルに向かって言った。


「帰って来い。エステル!
 おまえはそのまま、道具として死ぬつもりか!?」
「わた・・・・・・
 ―――わたしは・・・・・・」


ユーリの諭すような声がエステルに届いたのであろうか。
エステルの剣を持つ手がぴくりと動いた。

今だ。
そう思ったは完成させていた術をエステルに向けて放った。
の術は銀色に輝き、エステルを取り巻き始める。


「すごい・・・・・・まるで光の奔流のようだわ・・・・・・」


リタが感嘆の溜息をもらす。
しかし、旗色は悪かった。
アレクセイの支配は予想以上に強力なものだったらしい。
徐々にだが、の術が、押し戻され始めた。


「く・・・・・・」


また一歩、苦しげに呻いたが後退りする。
すると、皆のエステルを呼ぶ声が空に、木霊した。


『エステル!!』


エステルの手が震えたかと思うと、彼女は剣をその手から取り落とした。
その目にはひっそりと涙が浮かんでいた。


「わたしは・・・・・・
 ―――わたしはまだ人として生きていたい!!」


そうエステルが叫んだと同時に、
銀色の光と、エステルの力が一つになり、空へ向かって駆け巡った。
一瞬の後、帝都の上空は、澄み切った青空が広がっていた。
あれほど帝都を多い尽くしていたエアルが、今ではもう綺麗さっぱり消えたようである。


「・・・・・・・・・・・・」


眩い光が収まった後、力を使い果たしたのか、
エステルの身体がかくんと前のめりに倒れこんだ。
それをすかさず受け止めるユーリ。


「やった、エステル、目が覚めたんだね!」


カロルの嬉しそうな声が響く。
他の皆も口には出さないが、どこかほっとしたような表情をしていた。


「・・・・・・おかえり」


ユーリはエステルを抱きとめた腕をそのままに、そう囁いた。
するとエステルもにこりと笑う。


「・・・・・・ただいま」


エステルと一緒にいた月日は、そう長くはない。
けれども欠けていたピースが今やっとかちりと当てはまった気がした。


「良かった・・・・・・」


続けて力を使ったためか、身体に力は入らなかったが、
はほっと安堵の息を漏らす。

しかしその油断が、いけなかった。


「っ!?」
!?」


の身体が、何者かの手によって崩れ落ちる。
いきなり横合いから現われた人物は、気絶したをそのまま担ぎ上げ、顔を上げた。
イエガーであった。


「銀狼はミーが頂いていくでーす」
「イエガー、おまえ・・・・・・!」
「おっと、動いたらデンジャーですよー」
「くっ・・・・・・」


即座にレイヴンがイエガーに弓を向けるが、イエガーの発言にたたらを踏む。
を盾にされては、何も出来なかった。


「銀狼?銀狼ってのこと?
 まさかがあの銀狼・・・・・・?」
「今は後よ!!
 それよりイエガーを追いかけないと・・・・・・!」


突然の出来事に呆然とするだけであったカロルが我に返り首を傾げる。
内容は先程イエガーが使ったに対する呼称であった。
しかしそれをジュディスの声が遮る。

こちらが動かない事を見て取ると、
イエガーはすぐにくるりと反転して坂に向かって走り出したのだ。
人一人抱えても逃げ切れる自信があるのか、今回は煙玉も無しだ。


「くそっ!!・・・・・・!」
「ユーリ・・・・・・」


まさかが攫われるとは思っていなかった。
やっとエステルを取り戻したばかりだというのに。

悔しげに舌打ちするユーリに、エステルの心配そうな声が掛かる。

ユーリもイエガーを追いたかったが、
エステルを置いていく訳にもいかなかった。
追うのは仲間に任せて、ユーリはエステルの頭にぽんと手を置いた。


「大丈夫だ。もそう簡単に攫われるような玉でもないだろ。
 すぐに気付いて逃げてくるさ」


但しそれは通常時であるならば、である。
イエガーに担ぎ上げられたはぐったりとしていてまるで死人のようであった。
思ったよりもその消耗は激しかったのであろう。
あのままでは自力で逃げ出してくる望みは無いに等しかった。


「・・・・・・逃げられたわ」
「アレクセイと同じ、風が渦巻いたと思ったらぽんってね」
「ワン!!」


ジュディスやレイヴン、イエガーを追っていた仲間達が戻ってくる。
皆その顔に落胆の表情を浮かべていた。


「そうか・・・・・・」


やはりイエガーとアレクセイはぐるだったようだ。
だとすれば二人の行き先は一つ。
海に浮かぶザウデ不落宮に違いない。

ユーリはエステルに手を貸すと、自身も立ち上がった。
まずはザウデ不落宮に潜入する方法を考える。
そして今度こそアレクセイをぶっ倒してを助ける。
それだけを考えて、ユーリの目は海の向こう、巨大な白亜の神殿をただただ見据えていた。




















「ザウデ不落宮・・・・・・」


フレンが一言、そう呟く。
場所は城の一角にあるフレンの部屋。
いつもは明るい光を湛える電球も今は暗いままだ。
それはまるで二人の心情を表しているかのようであった。


「そう言ってた。知ってるか?」


窓際で腕を組んだユーリがフレンに応える。
外は既に日が沈み月明かりのみが部屋を照らし出していた。


「いや、初めて聞いた。
 どういうものなんだろう」
「さあな。けど何に使うつもりかなら分かりきってんぜ」
「全世界の支配・・・・・・本当にできると思うかい?」
「できると思ったんだろ、ヤツは」


究極の魔導器であるという、ザウデ不落宮。
そして未知の力を持つが今、アレクセイの元にある。
アレクセイがどういうつもりでを攫ったのかは分からないが、
エステル同様、彼の言う計画とやらに巻き込まれるのは必死であろう。

バクティオン神殿にてシュヴァーン同様、簡単にを手放したから油断していた。
アレクセイのを見る目はエステルを見る目と同じであったのに。

フレンの問いかけに、ユーリは舌打ち混じりに応える。
まだ事態が解決したというには程遠かった。


「騎士団はずっと後手に回りっぱなしだ。
 ユーリたちがいなかったら、
 僕たちは帝都に近寄ることも出来なかった。
 魔導器が世界を危険にさらしているということすら・・・・・・」
「ヘラクレスから帝都を守ったのは騎士団じゃねえか」


帝都の上空からエアルの渦が消えた後、フレン率いる騎士団が城へと駆けつけた。
けれどもアレクセイ、同親衛隊共にその姿を晦ました後だった。

それがフレンを更に落ち込ませている理由の一つなのであろう。
もう一つの理由はいわずもがなであろうが。


「エステリーゼ様のことだって・・・・・・」
「あれはエステルが自分で帰ってきたんだ」


ユーリは腕を解き、小さく笑みを浮かべながらフレンの顔を見つめた。
フレンが気にすることはないと。

しかし次の瞬間その視線が鋭く、研ぎ澄まされる。
それは触れれば今にもすぱりと切れそうなほどで。


「アレクセイには色々と貸しができすぎた。
 世界にとっても、オレたち自身にとってもだ」


そこまで言ってユーリは一つ、息を吐く。
その拳は固く握り締められていた。


「だからケリをつける。
 明日、ザウデ不落宮に乗り込む」
「君の仲間も行くんだね」
「ああ。今は明日のためにそれぞれ好きに休んでるから
 今夜はおとがめ無しで頼むわ」
「わかった」


フレンが頷き、二人は互いに視線を交わす。
言葉を重ねなくても、互いの言いたいことなど、手に取るように分かった。
彼らの間にはそれ程の信頼関係があるのだ。


「それでユーリ、は・・・・・・」


先程から気になっていた事。
その事をフレンはユーリに切り出す。
フレンがユーリ達の下に駆けつけた時、彼らの傍にの姿はなかった。
ユーリもはイエガーに連れ去られたとだけしか伝えてなくて。

まさかフレンもが始祖の隷長のハーフで、
それをアレクセイに狙われているだなんて、思ってもいないのだろう。
どうして今になってまた攫われたのか分からないといったフレンに、
そういえば言っていなかったな、とユーリは口を開きかける。


「隊長、こちらでしたか」


その時、バタンという音共に、ソディアと数人の騎士が、フレンの部屋へ入ってきた。


「!、・・・・・・またおまえか」


部屋の奥、フレンの影に隠れるかのように立っていたユーリに目を留めたのか、
ソディアが鋭い視線を向けた。
その視線を浴びたユーリは小さく肩を竦めフレンに手のひらを振った。
そしてそのままフレンの横を通り過ぎ、扉の方へと向かう。
ソディアの横を通る時、彼女の視線は更に鋭くなったが、ユーリはまるで気にしなかった。


「ユニオンとの交渉は難航しています。
 先方の意見がまとまらないようです。
 ―――それと、もうひとつ」


フレンが促すと、ようやくソディアは話し始める。
現状報告を終えた後、そこでソディアは一呼吸置いた。
その目は嬉しそうにきらきらと輝いていた。


「評議会が現在の混乱収拾のため全権をヨーデル殿下に委ねる旨、
 布告がなされました。
 そして殿下はフレン隊長を帝都開放の功により、
 団長代行に任命なさいました!」


団長代行とはいえ、アレクセイが帝国に背いた今、
フレンが騎士団のトップに立ったのは間違いない。

おめでとうございますと祝うソディアに、
ユーリは外に出かけた足を止め、目を瞬いて後ろを見やった。

帝国の最高権力者がヨーデル。
団長代行にフレン。
この決定は良い事尽くめであった。
そしてなによりもそれは長年、フレンと、ひいてはユーリが望んでいた事でもある。


「これで問題が一つ片付いた訳だ」


おめでとさんと、片手を挙げて祝うユーリに、再びソディアの鋭い視線が刺さる。


「貴様、いい加減その気安い口を・・・・・・」
「ユーリ、本当にやったのは、君・・・・・・」
「まあいいじゃねえか、細かいことはさ」


口々に言う二人に、ユーリは小さく肩を竦めた。
今までも言われてきた事。
けれどもそれにユーリは興味がなかった。
全てが万事うまくいったとも言えた。
・・・・・・只一つを抜かしては。


「さてと、それじゃオレは仲間の様子でも見てくるわ」


そう言って二人に背を向けた後、ユーリはまたな、と手をひらひら振った。
止めていた足を扉へと向け、扉を開けたところでつと、振り返る。


のことはオレらの問題だ。
 フレンはアレクセイの奴のことだけ考えてればいいさ」


ユーリの言葉にはっとして顔を上げるフレン。
それを確認してユーリは今度こそその姿を扉の向こうへと消した。