長い、長い坂を駆け上り、御剣の階梯の頂上につく。
そこは開けた広間のようになっており、奥を見れば二つの影があった。
アレクセイと、囚われたままのエステルである。

バクティオン神殿の時と同じく、エステルの身体はふわりと浮く球体の中に閉じ込められていて。
その周りには大小様々な聖核が浮き、その前には核となる聖核を掲げたアレクセイが立っていた。


「・・・・・・呆れたものだ。
 あの衝撃でも死なないとは」


急いでエステルの元へと駆け寄ろうとすると、アレクセイの呆れたような声が掛かった。
但し、その視線は相変わらず掲げた聖核へと注がれている。


「あやうくご期待に沿えるとこだったけどな」


それに皮肉で返すユーリ。


「エステル返してぶっ倒されんのと、
 ぶっ倒されてエステル返すのと、どっちか選びな」


そう言いながら、ユーリは眉を吊り上げる。
その表情には静かな怒りが込められていた。


「月並みで悪いが、どちらも断ると言ったら?」
「じゃあオレが決めてやるよ」
「姫の力は本当にすばらしかった。
 いにしえの満月の子らと比べても遜色あるまい」


アレクセイの返事に対し、ユーリは剣の鞘を飛ばしてそれを油断なく構えた。
けれどもアレクセイは微動だにしなく、
聖核を掲げたまま、ちらりとエステルの方に視線をよこす。


「人にはそれぞれ相応しい役回りというものがある。
 姫はそれを立派に果たしてくれた」
「用が済んだってんなら、なおのこと返してもらうぜ」
「いいとも」


ユーリの言葉にアレクセイは一瞬目を瞑り、そして開く。
その口元には笑みが浮かんでいた。


「エステル!?」


アレクセイが聖核を高く掲げると、聖核が眩く光る。
すると、それまで項垂れるように顔を俯かせていたエステルが顔をあげた。
その瞳に意思の色は・・・・・・なかった。

その様子を見たが彼女の名を叫ぶと、エステルの足が地に着いた。
エステルはそのまま剣と盾とを構えると、
直前に自分の名を呼んだ存在、のもとへと駆け出した。


「うおっ!!」
「ユーリ!!」
「エステル!どうしたんだよ!!」


剣と剣とが鈍い音をたてて衝突する。
エステルがに剣を振りかざす寸前、ユーリが間に割って入ったのだ。

とっさに術を唱えようとした瞬間、
眩暈を感じて体勢を崩したは驚いて顔を上げる。
カロルはエステルの思いもしない行動に、彼女に問いかけるように叫んだ。


「待って。操られているようよ」


ぎりぎりと、そのままユーリを切らんばかりの力を剣に込めるエステル。
カロルの呼びかけにも応えず、仲間であるユーリ達を手にかけようとする様は、
まるで何かに操られているようであった。

言わずもがな、アレクセイの仕業であろう。
エステルに駆け寄ろうとしていたカロルとリタに、ジュディスが制止の声をかけると、
恍惚とした表情で、アレクセイが空を仰いだ。


「取り戻してどうする?
 姫の力はもう本人の意思ではどうにもならん。
 我がシステムによってようやく制御している状態なのだ。
 暴走した魔導器を止めるには破壊するしかない。
 諸君ならよく知っているはずだな」
「エステルを物呼ばわりしないで!!」


アレクセイの言葉に、リタが眉を釣りあげ、叫ぶ。
しかし全くアレクセイの耳には届いていないようだ。
アレクセイは無限の空を抱え込むように、両手を大きく広げくるりと回った。
まるで自分に酔っているかのように。


「ああ、まさしくかけがえのない道具だったよ、姫は」


そう言い終えた後、アレクセイの視線がレイヴンの所で止まる。


「おまえもだ、シュヴァーン。
 生き延びたのならまた使ってやる。
 さっさと道具らしく戻ってくるがいい」
「シュヴァーンなら可哀相に、あんたが生き埋めにしたでしょが。
 俺はレイヴン。そこんとこよろしく」


アレクセイに使われるだけであったシュヴァーンはバクティオン神殿で生き埋めにされた。
今ここにいるのは天を射る矢のレイヴンであり、ユーリ達の仲間である。
嘗ての上司であるアレクセイにそう言い放つレイヴンの言葉には、
過去への決別の意が表れていた。


「役回りがあるってのは同感だけどな、
 その中身は自分で決めるもんだろ」


相変わらず、エステルの剣はユーリの剣とせめぎあっていて。
にもかかわらず、ユーリは笑みを浮かべる。


「それで無駄な人生を送る者もいるというのにかね。
 異な事を」
「自分で選んだなら受け入れるよ。
 自分で決めるってのはそういうことだ」
「諦めなさい、アレクセイ。
 あなたの思うようにはならないわ」


理解しがたいと大きく首を振ったアレクセイに、カロルとが対する。
ユーリの手助けにより体勢を取り戻したは、既にその手に術を完成させていた。


「残念だな。どこまでも平行線か」


アレクセイは考え込むように顎に手を当てると、その手をそのまま腰に差す剣の柄へと伸ばした。
そして一気に鞘から引き抜く。


「!?、それは・・・・・・!!」


解き放たれた剣の中心にある魔核が、光を帯びて輝く。
それを見たが驚きの声をあげた。
アレクセイの剣はまるでユーリの持つ剣。
宙の戒典と瓜二つだったからだ。


「諸君のおかげでこうして宙の戒典にかわる新しい『鍵』も完成した。
 礼といってはなんだが、我が計画の仕上げを見届けていただこう。
 ・・・・・・真の満月の子の目覚めをな」


アレクセイが目を細め、剣を高く掲げた。
すると再びエステルの周りを球体が取り囲み、そこを中心としてエアルが流れ始める。


「っ、駄目!!」


アレクセイが何をしようとしているか、いち早く察したはアレクセイの元へと走る。
完成させていた術はエアルの渦によってかき消されてしまっていた。

しかし、遅かった。
がアレクセイのもとへと辿りつく前に、アレクセイの持つ剣の魔力は発動してしまった。

エステルを中心に、膨大な量のエアルが渦巻く。
帝都の空で凝縮されたそれは、海の向こうへと放たれてしまう。


「く・・・・・・なんだ、ありゃ・・・・・・」
「あれは・・・・・・ミョルゾで見た・・・・・・」


周囲のエアルの暴走により、レイヴンが胸を押さえ膝をつき、ジュディスが苦しそうに息を吐く。
しかし、それよりも、目の前で繰り広げられた光景。
それを信じ難そうに見つめていた。


「・・・・・・そんな・・・・・・」


が愕然とした表情を露わにする。
目の前で繰り広げられた光景、それは正に恐れていた事態だった。

エステルの満月の子の力、そしてアレクセイが言う『鍵』。
その両者が揃って初めて、海の底で眠る封印が解き放たれる。

海の中心から、しいては世界の中心から、巨大な神殿のようなものが盛り上がっていく。
清き水の流れを湛えた建物はどこか神々しさすら感じさせられた。


「くくく・・・ははは・・・・・・成功だ!
 やったぞ、ついにやった!!」


満足そうに両手広げ、アレクセイは高笑いをあげる。
それは既に狂気の域であった。


「あれこそ、古代文明が生み出した究極の遺産!
 ザウデ不落宮!
 かつて世界を見舞った災厄をも打ち砕いたという究極の魔導器!」
「魔導器!?あれが・・・・・・」


アレクセイが魔導器と言う建物は、いつぞやミョルゾの壁画で見たものだった。
あんなに巨大な魔導器など、見たことがない。
リタは驚いて目を見開いた。


「誰もいないとこでやってくれ。
 聞いてて恥ずかしいぜ」
「・・・・・・ショーは終わりだ。
 幕引きをするとしよう」


肩で息をしながらもユーリが呆れた声をあげると、
アレクセイが掲げた手を下ろし、初めてこちらを向いた。


「姫、ひとりずつお仲間の首を落として差し上げるがいい」
「!!、てめえ・・・・・・!」


アレクセイの合図でエステルを取り囲む球体が消える。
未だエステルは操られたままだ。


「姫も君たちがわざわざここに来たりしなければ、
 こんなことをせずにすんだものを。
 我に返った時の姫のことを思うと心が痛むよ。
 では、ごきげんよう」


御剣の階梯の端、丁度こちら全体が見渡せる位置までゆったりと歩くと、
アレクセイは胸の前に手を当て騎士の礼をとった。
それは憎たらしいほど鮮やかで。

このままアレクセイは逃げるらしい。
ユーリはそれを追いかけて走った。


「待てってんだ、アレクセイ!
 てめえ、戻って来い!
 アレクセイ!!」


しかし、アレクセイの周りに渦巻いた風によってユーリの剣は空を切り、
次の瞬間、アレクセイの姿は掻き消えてしまった。


「え・・・・・・?」
「!エステル・・・・・・やめて・・・・・・!」


アレクセイの姿が消える瞬間、は何か視線のようなものを感じた。
その正体がわからず首を傾げると、リタの悲痛な叫びが響く。

アレクセイが去った今でもエステルはその影響下にあって。
彼女はユーリの背後に走り寄ると、そのまま剣を振り下ろしたのだ。

リタの声のおかげでユーリは直前でそれを避けることができた。
しかし再び剣の鍔迫り合いが始まる。


「っ・・・・・・だぁっ!!」


このままではいけないと、剣に力を入れてエステルを弾き飛ばすと、
エステルの瞳に若干、色が戻った。


「これ以上・・・誰かを傷つける前に・・・・・・お願い・・・・・・
 ―――殺して」


それは小さな呟き。
けれどもユーリ達の耳にははっきりと届いた。

皆がはっとしてエステルを凝視したが、再びエステルはユーリに剣を向けた。
正気に戻ったのは一時的なものだったようだ。


「今・・・・・・楽にしてやる」
「ユーリ・・・・・・」
「ユーリ!」


エステルの、悲痛なまでの願い。
帝都の上空で打ち落とされて以来、ずっとどうすればいいか考えていた。

今が・・・・・・その時なのであろう。
ユーリが決意を込めて剣を握り締めると、
ジュディスの、カロルとリタの悲痛な声が、ユーリの背中にかかる。


「待って、ユーリ!!」
「・・・・・・?」


いつのまに傍に寄ったのか、の手が、柄にかけられたユーリの手に制止をかけた。
それを訝しみ、ユーリはを見るが、
ユーリを見つめ返す彼女の眼差しには、ある種の力が宿っていた。


「何か、方法があるのか・・・・・・?」


ユーリがそう問うと、はこくりと頷く。


「ユーリ達はエステルを取り巻くエアルの流れを断ち切って!!
 後は私が何とかするわ!!」
「流れを断ち切るって、どうやってよ!?」


レイヴンの言い分はもっともで。
皆の視線がに集まると、はそっと目を伏せる。


「エステルには悪いけど、多少の傷は覚悟してもらうわ。
 それでも死ぬよりはマシなはずよ」
「要は力ずくって訳だな・・・・・・?」
「・・・・・・ええ」
「わかった」


の返答を聞くや否や、ユーリは再び剣を握り締めた。
但し先程よりも幾分か心は軽かった。
エステルの助かる道がある。
それだけでも心持ちは全く違ったのだ。

術を唱えはじめるに後を任せ、
ユーリ達は互いに頷きあい、エステルに向かって、駆けた。