城の奥へ奥へと進み、大広間を通りぬけ、ユーリ達は玉座の後ろに回りこむ。
そこにあったのは華麗な装飾が施された、けれども頑丈そうな扉。
押しても引いてもびくともしないそれはユーリ達の行く手を見事に遮っていた。
「これは・・・・・・」
まるで惹かれるかのようには扉に近寄り、そっとそれに触れた。
手のひらに、じんわりと熱のようなものが集まってくる。
どうやら何かの"力"が扉に対して働きかけているらしい。
「これがおっさんの言ってた仕掛けって奴か?」
「そうよ〜。解き方はおっさんも知らないけどね」
ユーリの問いかけに、レイヴンが頷き返す。
この先には明らかにアレクセイがいる御剣の階梯があるというのに、
仕掛けを解く術はまるで見当が付かなかった。
「・・・・・・月・・・・・・?」
扉の前についてからずっと考え込んでいたリタが、ある一点を見据え、小さく呟きを漏らす。
リタの視線は扉の遥か頭上、帝国の紋章の見事なレリーフの下にある円形の装飾に注がれていた。
確かに見方によっては月に見えなくもない。
ましてやこの帝国の子孫であるエステルは満月の子だ。
月に関係する仕掛けが施されていてもおかしくないだろう。
もっとよく見ようと、が自身に浮遊の術をかけようとすると、 静かな声音が城内に響く。
「ようやく来ましたね」
術を取りやめ後ろを振り返れば、玉座の階段を、
こちらに向かって一歩一歩上ってくる、長い触手を靡かせたクリティア族の女性の姿があった。
「クリティア族!?
いえ、あなたは確か・・・・・・」
はっと目を見開くの横で、ジュディスが声をあげる。
しかし次の瞬間、何か思い出したか、言葉を濁らせた。
それに続く小さな呟きは、横にいたにのみ届く。
「帝国騎士団特別諮問官クローム、
・・・・・・要するにアレクセイの秘書殿よ」
「敵!?」
ジュディスの言葉に続くかのようなレイヴンの説明に、カロルとリタは武器を構える。
アレクセイの秘書ということはアレクセイの味方に違いない、そう考えたのだろう。
緊迫した場は今にも戦闘に入らんばかりで。
けれどもクロームはそんなユーリ達を見つめ、静かに首を振る。
「いいえ違います。・・・・・・少なくとも今は」
「引っかかる言い方だな。
悪ぃが、こっちは急いでんだ。
戦うか、でなきゃ後にしてくんねえかな」
そう言いながらユーリは手のひらをひらひらと泳がせた。
しかし片方の手は油断なく剣の柄にかけられていて。
それをちらりと横目で見たクロームは、一度目を閉じた後、その視線をユーリに向けた。
「誰がためにあなたたちは戦うのですか?」
「え?」
「あの哀れな娘のためですか」
「哀れだとかあんたに言われる筋合いなんかない!」
一瞬何を言われたかわからず、キョトンと目を瞬くカロルに構わずクロームは言葉を続ける。
しかしその言葉はリタにとっては聞き捨てならないもので。
ぎゅっと拳を握りしめ、リタは怒鳴った。
「回りくどいねぇ。何が言いたいのよ?」
「あの人があなたたちに何を見たのかわかりませんが・・・・・・」
そんなリタをどうどうと押えながらも、レイヴンがクロームに胡乱な目を向けるが、
あくまでもクロームは含みのある態度を崩さなかった。
その姿はさながら達観しているとも言っていいほどである。
しかし一瞬、クロームの言葉が途切れる。
その直前に彼女が見ていたものを、は見逃さなかった。
「―――あなたたちがあの人を止めてくれるのを願っています」
「待って!クローム!!」
言いたいことを言い残してこちらに背を向けようとするクロームに、の声が追いすがった。
クロームが見ていたもの、それはユーリが手に持つ剣、宙の戒典に他ならなく、
それが意味するものはただ一つである。
「なんでしょう」
「・・・・・・この扉を開く方法、あなたなら知っているでしょう?」
勢いで呼び止めたは良いものの、それを口にすることは出来なかった。
かわりに、振り返りこちらに視線を向けるクロームに、は扉を開ける方法を尋ねた。
アレクセイの秘書官である彼女なら知っているかもしれない、そう思ったから。
「月が満ちる時」
「え?」
不意に囁かれた言葉はよく聞き取れなかった。
目をぱちくりと瞬き、クロームに怪訝な顔を向ければ、彼女は再びその口を静かに開く。
「・・・・・・扉に月の力が満ちる時、その道は開けるでしょう」
その視線の先は先程リタが月と称した円形の装飾があって。
クロームに釣られるようにそちらに目を移したはじっと考え込んだ後、はっと目を見開いた。
月の力、すなわちそれはエアルのことを指していて。
扉に月の力が満ちる時、道が開けるとは、何らかの方法で扉にエアルを注ぎ込む事が出来れば、
かけられた仕掛けは解かれる、と言う事なのであろう。
「わかったわ。クローム、ありがとう」
小さく頷き、クロームにお礼を言うと、
彼女は何も言わずに、今度こそこの場を去っていった。
「・・・・・・ねえ、どういうこと?」
クロームが最初に言っていた台詞はもとより、
敵か味方か計りかねる相手と親しげに話していたに、カロルが訝しげな声をかける。
「あいつと知り合いだったのか?」
ついで、ユーリの探るような言葉。
「ええ、まあ・・・・・・」
「それで、扉を開ける方法はわかったのかしら?」
どう答えていいかわからず、が言葉を濁していると、
すっとの前を人影が通り過ぎる。
ジュディスであった。
ジュディスはトントンと扉を叩く真似をすると、振り返り、に尋ねた。
「・・・・・・そうか!」
それにが答える前に、リタの嬉しそうな声が響いた。
「―――でもどうやって・・・・・・。
それにはもっと別の仕掛けが必要なはず・・・・・・」
「リタ・・・・・・?」
そのままぶつぶつ何事か呟くリタに、カロルが声をかけるが、リタは気付かない。
それどころか扉の周りをうろうろとうろつき始めた。
クロームが先程言った扉を開ける方法。
それにリタも気付いたのであろう。
しかしエアルを注ぎ込む術が分からないといったところか。
「ねぇ、リタ?」
「なによ!?」
今度はがリタに声をかける。
すると苛立たしげに振り返るリタ。
考え事を邪魔するなと言わんばかりだ。
はそんな彼女に殊更にっこりと笑顔を向ける。
「リタ、力を貸してくれない?」
「は?」
一瞬何を言われたのか分からないと、口を大きく開けて問い返すリタに、
は再び輝くばかりの笑顔を向けたのであった。
「無茶よ無茶!!!無茶にもほどがあるわ!!!」
「でも今はそれしか方法が思いつかないでしょう?」
「っ!・・・・・・そ、それはそうだけど・・・・・・・」
「だったらやるしかない、そうでしょう?
こうしている間にもエステルの身は危険にさらされているのよ」
「でもっ!そしたらあんたまた・・・・・・!」
先程からユーリの目の前では、終わりの見えないリタとの口論が展開されていた。
話の論点はが提案した、扉を開ける方法について、だ。
但し単純に話がそれだけであるならば、すぐに終わるものである。
それが終わらないのはの提案が、とんでもないものであったからだ。
「大丈夫よ。
今回はそんなに大量のエアルを消費するわけじゃない。
前みたいな事にはならないわ」
「・・・・・・」
が示した方法は、の身体からエアルを扉に直接注ぎ込む、というものであった。
それには魔導器の扱いに長けたリタの助けが必要であるらしい。
それを平然とした様子で頼み込むに、リタは頑として首を縦に振らなかった。
どうして分かってくれないのか分からないといった風に首を傾げるにあわせて、
短くなった銀の髪が揺れる。
それはエアルの使いすぎによる代償。
先日のアレクセイとの対決で、仕方がなかったとはいえ、
ユーリ達を護る為、は身体にあるエアルを大量に使った。
その結果、その長く美しかった髪は失われたのだ。
とはいえ、まだ髪が短くなっただけといえた。
(周りに与えた影響は凄まじかったが)
しかしこの状況下で、再びエアルを大量消費するはめになったら、
今度こそ何が起きるか分からなかった。
だからこそ、リタはそれを許可するわけにはいかないのだろう。
かといって、にも譲る気配がなかった。
このままでは平行線だ。
ユーリは小さく溜息を漏らすと、
の再三の言葉にむすっと黙り込んだリタに対して割り入った。
「・・・・・・危険だと判断したら容赦なく止める。
それで良いだろ?」
「「ユーリ!!」」
とリタ、二人の顔を順に見つめるユーリの名が、二人によって叫ばれる。
ただし、両者は全く逆の意味でだ。
は嬉しそうに顔を綻ばせて、リタは非難めいた眼差しを伴って。
「こいつが言っても聞かない奴だってリタも知っているだろ?
だったら言い争うだけ無駄ってもんだ」
「でも・・・・・・!」
「リタ」
「〜〜〜〜・・・・・・分かったわよ」
ユーリが諭すようにリタに声をかけても、未だ納得がいかないとリタは拳を振った。
しかし、じっとリタの目を見つめその名を呼べば、
リタはぐっと言葉に詰まった後、不承不承といった感じで頷いた。
「・・・・・・ただし、だ」
リタのそんな様子に口元に笑みを浮かべた後、ユーリはに顔を向ける。
その目は真剣そのもので、既にその顔に笑みは浮かんでいなかった。
「・・・・・・?」
リタが頷いてくれたことによって話が終わったと思っていたのか、が首を傾げた。
ユーリはそんなに近寄ってその顔を覗きこみ、言った。
「あんな思いは後にも先にもあれっきりにして欲しいぜ」
「ユーリ・・・・・・」
紫暗の瞳と、紫翠の瞳が、交差する。
合わせられた紫翠の瞳はしばし揺れたかと思うと、静かに閉じられる。
ユーリはそれを了解の意と取った。
「それで、おっさんたちは何をしてればいいわけ?」
「何もないわ」
今まで様子を見守っていたレイヴンが、ユーリ達の後ろでリタに尋ねた。
しかし返る言葉はそっけないもので。
拍子抜けしたようにがっくりと肩を落とすレイヴンに、リタは言葉を続けた。
「・・・・・・が無茶しないよう見張ってて」
「へいへいっと」
今度はレイヴンがそっけなく返事を返す。
しかしその足はの隣へと向けられていた。
それを確認した後、リタはに顔を向ける。
その表情はいつも以上に真剣なものであった。
「いくわよ、」
「ええ」
が頷き返すと、扉の前に、光るパネルが表示された。
滑るような速さでリタはそのパネルを叩いていく。
暫くすると、の身体から、何か光るものが滲み出てくる。
それはどんどん眩く光り始めたかと思うと、扉に向かって吸い込まれていった。
「・・・・・・っ」
体内から力が抜けていくのだ、立ち眩みのようなものを感じているに違いない。
小さく、声を漏らしたを支えるかのように、ユーリは彼女の傍に立った。
反対側を見ればレイヴンも同じような面持ちでの傍に立っている。
最後の一押しとばかりにリタがぱちりとパネルを叩くと、
次の瞬間、ゴオンという重い音を立てて、扉が開いた。
「・・・・・・開いたわ!!」
「やったあ!!」
リタとカロルの、嬉しそうな声が響く。
頭上を見やれば、円形の装飾は月が満ちたかのように、満月色に染まっていた。
「・・・・・・」
「大丈夫か、」
扉は開いたものの、の顔色は若干青く見えた。
声も出さずに、開いた扉の先を見つめるに、ユーリは声をかける。
しかし返ってきたのは力強い眼差しと頷き。
の決意は固いようだった。
「んじゃま、後はアレクセイをぶっ倒すだけだな」
エステルを助け出すまで、は休もうとしないだろう。
ユーリ達としてもエステルは早く助け出したい。
ようするにアレクセイをさっさとぶっ倒してエステルを助ければいいわけで。
ユーリは扉の奥へと足を進め、振り返る。
その顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
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