市民街と貴族街を通りぬけ、ユーリ達は城の前へと辿りつく。
以前来たときは厳重な警備こそあれ、門など閉まっていやしなかったのに、
今やそれは重く閉ざされていた。
それもこれも、アレクセイの仕業に違いないが、
ユーリは門に近寄り、ひとしきりがしゃがしゃと動かした後、悔しげに門を足で蹴り飛ばした。
「ダメだ。閉まってやがる」
「あそこ見て。ボクなら通れるんじゃないかな」
しかし、ユーリの横で門をしげしげと見つめていたカロルが上の方を指差し、声をあげる。
彼の指差した方向見れば、ちょうどユーリが手を伸ばせば届くぐらいの位置の、
門の鉄格子部分に小さな隙間が開いているのが見えた。
それはカロルの言うとおり、身体の小さな彼にならば通れるような大きさの穴だった。
つまりは、カロルが先にあちら側に抜けて、門の鍵を操作するということなのであろう。
「あっちに抜けて開けるんだな。よし」
「ねえ時間がないのよ。吹っ飛ばした方が早くない?」
カロルの言わんとしていることを察したユーリがそう言って皆を振り返ると、
両手を腰に当てたリタが不満そうに言葉を漏らした。
「外に人がいないからって中もそうとは限らんでしょ。
聞きつけられたら面倒よ」
「街中エアルだらけなのよ?城の中だって同じでしょ」
「あのアレクセイが何の備えもしてないとは思えない」
リタの言うとおり、門をぶち壊した方が遥かに簡単で時間は掛からないが、
城の中に敵が待ち構えてるかもしれない状況で、それは得策ではない。
レイヴンがそれを指摘すれば、リタは反論を返すが、
ジュディスに重ねて言われ、それもそうねと黙り込んだ。
「んじゃ、レイヴン、カロルを肩車して」
話が纏まった所で、はレイヴンに顔を向ける。
しかし、口から出た言葉はレイヴンにとっては思っても見なかった言葉で。
「へ!?何で俺様?青年の方が背が高いじゃない」
「ユーリには周囲を警戒してもらうから」
思わず素っ頓狂な声をあげると、それに対して冷静な言葉が返ってくる。
「それ青年じゃなくて、俺様でも良くない?」
警戒するだけなら、レイヴンでもできる。
背の高さもどちらでもよいはずだ。
レイヴンがぶつぶつと不平を漏らしていると、ぴしゃりとの声が遮った。
「つべこべ言わないの!
足場がしっかりしていたほうが飛び降りやすいものなのよ!!」
「つまりおっさん蹴られるわけね・・・・・・」
の言い分はもっともなのだが、
予想していた通りの結果に、レイヴンはとほほと肩を落とした。
門の隙間を通りぬけたカロルが裏から門を開ける事によって、
無事ユーリ達は音もなく城の中に潜入する事が出来た。
しかし、城の入り口に当たるところの広間は静かなもので、
外ではあれほど大量に溢れかえっていたエアルも、
待ち構えていると予想していた親衛隊の姿も、一切見あたらなかった。
「あれ?エアルがないよ?」
「エステルの力を使ってこんなことまでやってのけたんだわ」
一番先頭に立っていたカロルが心底不思議そうにきょとんと目を瞬くと、
悔しげに拳を握り締め、リタが言い放つ。
どこでそんな知識を得たのか、まるで分からないが、
アレクセイはエステルの力を完璧に使いこなしているようだ。
そしてその事実は最悪の結果をもたらしかねないものであった。
「外の結界はエアルを閉じ込める為だったのかもしれないわね」
「おっさんの心配が当たった可能性大だな。
きっとお出迎えがあるぞ」
がじっと考え込んでいると、ジュディスの声とユーリの声が広間に響いた。
外のエアルは外部からの侵入を阻む為。
内部にエアルがないのはより城の守りを強固にする為。
多分この先にはユーリ達の道を阻む為、大勢の親衛隊が詰めかけているのは間違いないだろう。
そう考えるに到ったユーリ達は武器を持ち替え気を引き締めた。
「悪い予感ばかり当たんのはなんでかねえ」
自分が先程言った通りの状況になってしまった事に、
レイヴンは肩を小さく竦めつつも、広間の奥、左右に分かれる通路の元へと歩みを進めた。
それに続く、仲間達。
「待って」
「どうしたの?」
「しっ、静かに。
―――やっぱり、こっちの方から声が聞こえるわ」
一人、最初にいた場所からじっと動かなかったが、皆に制止の声をかける。
カロルが訝しげに声をかけると、耳元に手をあて目を閉じ、耳を澄ませる仕草をする。
数秒の後、目を開けたは、向かって右側を指差し言った。
「声?」
「うん、それも複数。
でも殺気は感じられないわ」
今度はリタが訝しげに首を傾げると、は確信めいた眼差しでこくりと頷いた。
人一倍そう言った感覚に優れているだ。
何か感じる所があったのだろう。
しかも殺気が感じられないと言うことは、少なくとも敵ではないのであろう。
もしかして、とふと過ぎった予感に、ユーリは顔をの指差す方向、
通路の先へと巡らした。
確かこちらの通路の先には食堂があったはずだ。
勝手知ったる城の内部の地図を頭に巡らせ、ユーリは皆を振り返る。
「・・・・・・とりあえず行ってみようぜ」
「そうね」
ジュディス以下、他の仲間達も神妙な顔で頷き、通路に向かって歩き始めた。
「・・・・・・ここみたい」
城の内部を進んでいると、とある扉の前でが立ち止まった。
どうやら声が聞こえると言うのはこの部屋の中からのようで、
そこはユーリが思った通り、城の食堂であった。
殺気はやはり感じられないとは言うが、
用心の為と、二手に分かれて扉の横へ張り付けば、
ごとりという物音共に、扉がバターンと大きな音を立てて開く。
「だあああああ!!!」
叫び声と共に飛び出してきた3つの影は、
ユーリ達の脇を通りすぎ、どすんと真正面の壁にぶち当たった。
あまりの衝撃に、そこで一瞬時が止まったかのように思われたが、
彼らはすぐに後ろにひっくり返り、一様に額を押えて蹲る。
「あだだだだだだだだ!」
「なんだぁ・・・・・・?」
今正に目の前で転がっている3人は、オレンジの隊服を着たルブラン達であり、
ユーリとレイヴンには見知った顔ぶれである。
しかし、どうして、彼らが食堂から飛び出してくるのか、全く見当もつかず、
二人がポカンと口を開けてルブラン達をしげしげ見ていると、開いた扉の奥から声がかけられる。
「ユーリ!?ユーリか!」
「!?ハンクスじいさん!?」
その声に驚いて振り返ると、部屋から出てきたのは、
ユーリが安否を心配していたはずの、一人の老人、ハンクスであった。
部屋の外で立ち話もなんだしと、食堂の中に入れば、
いるのはユーリの見知った顔ぶればかりであった。
「じいさん、みんな!無事だったのか!」
「そりゃこっちのセリフじゃ」
「何で城の中になんて居んだよ!?」
どうやら下町の人々は全員ここに避難していたようである。
その事実に安堵の色を隠せず、ユーリが嬉しそうな声をあげると、
それに対してハンクスは憎まれ口を叩く。
しかしそれこそが先程までユーリが一番聞きたかったものであった。
いつもなら憎まれ口の応酬が始まるところ、
ユーリは気にせず皆の安否を確かめるかのように周囲を見渡した。
「ほんと、それにおまえらまで」
レイヴンがルブラン達を見ると、ルブラン達は胸の前に手を置き、レイヴンに敬礼を送る。
「はっ、それがそのフレン殿の命令で市民の避難を誘導していたのでありますが、
その・・・・・・ふと下町の住民の姿が見えないことに気が付きまして、
命令にはなかったんでありますが、つまりその・・・・・・」
「出口は崩れるわ。おかしな靄は迫るわ、あぶないとこじゃった。
なんとか騎士殿の助けで靄のないここに逃げ込めた。命の恩人じゃよ」
続きを言い辛そうに、口ごもるルブランであったが、
ハンクスがついで説明するかのように言葉を続けた。
「め、命令違反の罰は受けます!」
「我々も同罪なのであーる!」
「我々も同罪なのだ!」
ハンクスの言葉に驚いて、ルブラン達を見つめると、
何を勘違いしたのか、彼らは怒られると思ったらしい。
ルブラン達はレイヴンに向かって更にかしこまってしまった。
「罰もなにも、俺ただのおっさんだからねぇ」
そんな彼らに対してそう言い放つと、レイヴンは3人に背を向けてやれやれと肩を竦めた。
「それに市民を護るのは騎士の本分っしょ?
・・・・・・よくやったな」
しかし続けてかけられた言葉は、レイヴンのものというより、
ルブラン達の上司であるシュヴァーンのものであり、
それを聞いたルブランは感激のあまり泣き出してしまった。
「・・・・・・こっ光栄であります!
シュヴァ・・・・・・レイヴン隊長殿!」
「隊長ゆーな。俺様はただのレイヴンよ」
「はっ!失礼しました。
ただのレイヴン殿ォ!」
ルブランの言葉に呆れて振り返り、訂正するレイヴンであったが、
返ってくるのはやはり素っ頓狂な返事で、
レイヴンは今度こそ額に手を当てがっくりと盛大に肩を落とした。
「それにしても・・・・・・3人にはまた助けられちゃったわね」
「いえ、我々はただ・・・・・・」
一度目はバクティオン神殿にて、二度目は今。
間接的にではあるが、ルブラン達には再び助けられた事になる。
それまで黙ってレイヴンの隣に立っていたは、
ルブランに歩み寄ると、その頬に軽く唇を当てた。
「なっ!?」
「感謝してるわ、ありがとう」
誰とはなしに驚きの声が上がり、硬直する面々を尻目に、
はにっこりと微笑む。
その行為はルブランの隣に立つ二人にも続けられた。
「?、どうしたの皆?」
一仕事終えたと、再びにこりと微笑んだは、
そこでやっと周りの様子がおかしいことに気がついたのか、
皆を振り返りキョトンと目を瞬いた。
「・・・・・・なあ、教育方針間違えたんじゃないか?」
「ほんとよねぇ・・・・・・。
―――って、育てたのはおっさんじゃなくてドンよ!?」
「同じようなもんだろ」
そんなに背を向けユーリがぼそりと呟くと、レイヴンがそれに同意する。
何にせよ少なからず原因は天を射る矢の面々にもあるに違いない。
じとりとレイヴンに目をやり、深く溜息をつけば、リタが呆れた声をあげた。
「どうせ誰も止めなかったってだけでしょ」
正論である。
の場合子供の姿が長かったと言うから、
子供のする可愛い仕草として誰も止めるものがいなかったのであろう。
そしてそれが幸か不幸か、の中で感謝を伝える=頬にキスをするとして、
定着してしまったのだ。
「相手がなら尚更ってとこかしら?」
「ワン!!」
「ボク、あれが普通だと錯覚しそう・・・・・・」
可愛い女の子にキスをされたら嫌がる人などいないわけで、
何か釈然としないながらも、ぼそりぼそりとユーリ達の会話は続けられた。
「皆?さっきから何話してるの?」
さすがに不思議に思ったのか、
彼女に背を向け話を続けるユーリ達に、の訝しげな声が掛かる。
「い、いや、なーんも」
「そう?それならいいけど・・・・・・。
やっぱりアレクセイ、御剣の階梯にいるみたいね」
それに対して一番に振り返り、レイヴンが首を振ると、
ユーリ達が話している間に情報を集めていたのか、
が暗い表情でアレクセイの居場所を述べた。
「あれか・・・・・・」
「まだそこにいるってことね」
御剣の階梯とは、つい先日自分達が吹き飛ばされた城の中央に聳え立つ高い塔のことである。
未だアレクセイはそこにいるらしい。
その場所を思い出しながらユーリが小さく呟き、ジュディスが頷くと、レイヴンが渋い顔を返す。
「問題は、御剣の階梯ってえらーい人しか入れないのよね。
仕掛けがあんの」
「仕掛けならボクが外す!術式ならリタがいる。大丈夫だよ!」
「だな」
カロルの言うとおり、これまでもこのメンバーでなんとかなってきた。
今度もきっとなんとかなるだろう。
ユーリはそう考え、カロルに頷き返した。
「じいさん、あんたらはこのままここで隠れててくれ。
行くぜ!」
心配事もここで綺麗さっぱりなくなった。
後はエステルを助け出すのみだ。
力強くユーリが皆に合図をだすと、仲間達も大きく頷きを返した。
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