「ごめんね、レイヴン、押し付けちゃって」


クオイの森の出口に差し掛かった頃、一番後ろを歩いていたレイヴンの隣に、
歩くペースを落としたが並んだ。
彼女の眉根は申し訳なさそうに少々下がっていて、それにレイヴンは小さく笑う。


「それはいいんだけども・・・・・・。
 本当に話しちゃって良かったの?」
「うん。ユーリ達なら、ううん、ユーリ達だからこそ話さなきゃって思ったの」


が薬草を取りにと奥へと走る際、交わされた、視線と視線。
あの時行われたのは、ただそれだけであった。
しかし、とレイヴンにとってはそれだけで十分で、
その一瞬のやり取りに含まれた意図と想いは今正に話している内容の通りである。

話さなくても支障のないもの、けれどもそれはという人物を形成した過去の重大な話の一つ。
が人間ではないと知らしめる、それにまつわる出来事。
その後彼女がダングレストから飛び出したのは、その所為もあったのではないかとレイヴンは思う。

さすがにの口から直接話すことはできなかったようだが、
共に旅する仲間、いや、今やそれ以上の関係であろうユーリ達に全てを打ち明ける、
それはこれから先のの覚悟の表れでもあるのだろう。
そして話をしたあとも、なんらユーリ達の態度は変わることはなかった。

まぁ、そもそもノールでのの話ですら受け入れたユーリ達にとっては、
ダングレストのようになる筈が無く、全くの杞憂に過ぎないことではあったが。


「そうだねぇ・・・・・・。
 人間、隠し事を続けるのは辛いもんだわよね」
「それって、経験談からかしら、レイヴン?」
「あらま、ちゃんも言うようになったわね〜」


くすりと意地が悪げにが返す言葉に、レイヴンは肩を竦めて返した。
そうすれば、当然よ、とが両手を腰に当てる。


「あら、あなたのことで私に知らないことがあると思って?」
「ほほー。そんじゃおっさんのスリーサイズは?」
「なによそれ。そんなの知らないわ」
「なーに?知らないことはなかったんじゃなぁいの?」


あまりにも自信満々にが言うものだから、
今度はこちらが口元ににやりと笑みを浮かべて返せば、の呆れた声が返ってくる。
もちろん知っているはずがないと分かって言ったのであって、
つんと顎をそらす彼女に、してやったりと、笑みを向ければ、
が肩を怒らせて、どこからか巻尺を取り出した。


「言ったわね!?」
「ちょ、ちゃんその巻尺どこから出したのよ!?」


しかもそれをそのままレイヴンの体に当てようとするものだから、
慌てた声をあげ、レイヴンは飛び退る。


「私にやれないことはないのよ!!」
「それ言葉の使い方まちがってるから!」


レイヴンの問いに見当外れの答えを返すと、それに律儀に返すレイヴン。
しかしその間にも、二人の間では激しい攻防戦が繰り広げられているわけであって、
ついには痺れを切らしたが、レイヴンの紫の羽織をむんずと掴み、それを引っぺがした。


「レイヴン、じっとしてなさい!!」
「ちょっと二人とも、往来で何やってるの・・・・・・」
「きゃー。しょーねん助けてー。ちゃんに襲われるー」
「ちょっと!!人聞きの悪いこと言わないでよね!」


呆れた顔をこちらに向けるカロルに、調子の高い声でレイヴンが助けを求めると、
が怒ったように頬を膨らました。


「でもどう見ても襲ってるようにしか見えないわね」
「!、リ、リタまで・・・・・・」


しかし、追い討ちのようにかけられたリタの言葉に、は愕然として声を詰まらせた。
リタの言う通り、レイヴンの上着はほとんど剥ぎ取られていてなおかつ、
中のピンクのシャツに手を掛けてぴたりとが張り付いていれば、
そう見えるのは仕方がないともいえるであろう。


「いつでもマイペースな人達ね」
「・・・・・・ま、あいつ等らしくていいんじゃないか」
「そうね」


その様子をにこやかに見ていたジュディスが、やはりにこやかに感想を漏らす。
それまで張り詰めていた空気もなんのその、今やすっかりいつもの彼等のペースだ。
呆れとも取れる溜息を一つ、小さく漏らすと、ユーリは腰に手をあて片手をひらひらと振った。
それを見たジュディスはにっこりと笑い、再び視線を達の方に向ける。


「あれ、カロル身長伸びたんじゃない?」
「え、ホント!?」


明るいの声と、嬉しそうなカロルの声が、森の中を響き渡る。

いつのまにかにレイヴンとの騒動は終わったのか、の手にあった巻尺は、
今度はカロルの足元と頭上に当てられており、
は丁度カロルの頭の天辺辺りの目盛りの部分を押さえ、
それをカロルが見える位置へと差し出した。


「おーい、置いてくぞー」
「は〜い」


ユーリの声にすぐさま走り、はユーリの隣に並んだが、
やはりどこか気の抜けた返事だった。


「え、あ、ちょっとまってよ〜」


すでに他の仲間も歩き始めており、
嬉しそうに巻尺の目盛りを見ていたカロルだけがその場に取り残され、慌てた声をあげる。
その様子があまりにもおかしくて、が笑い声を上げたら、
こら、と言う声とともにこつんと額が突付かれる。

それらはこれまでの旅でもあった、いつもの光景。
ただし、いつもと言うには一人足りない。
心の優しいピンクの髪の少女が一人、抜けてしまった光景。

森を抜けた先には暗雲立ちこめる目的地があって、
そこにはエステルを捕らえたままのアレクセイと、その親衛隊が待ち構えているだろう。

口元だけを笑みの形に、しかしの視線は遠くの空へと向けられる。
天高く聳え立つ御剣の階梯。
深く、澄んだ紫翠の瞳、それはすっと細められ険を帯びた後、
瞑目するかのように静かに伏せられた。

























その後無事帝都にたどり着いたユーリ達は、市民街の門の下で呆然と立ち尽くしていた。
というのも、そこから見渡せる風景は、以前の街の面影がまるで無く、
むせ返るほどの熱気と、街中を覆う、巨大化した植物、
頭上では途方もない量のエアルが黒い渦のように立ちこめていて、
それはもはや異変と言うより、街自体が様変わりしたような錯覚さえ覚えさせた。

森を抜け、帝都へと向かう途中、ユーリ達は何度か魔物と遭遇した。
それらの魔物達は皆、正気を失い、常軌を逸していた。
それもすべて帝都周辺に満ちる、濃いエアルの所為ではあったが、
今目の前に広がる光景は、それを更に上回るものであった。


「なんてこった、これがあの帝都なのか」
「植物が巨大化してる・・・・・・
 エアルの暴走のせいだね」
「凄い濃度・・・・・・
 まともに食らったら一巻の終わりよ」
「私たちもその剣がなかったら危なかったわね」


唖然として漏らしたユーリの言葉に、カロルとリタ、ジュディスの言葉が続く。
思っていた以上にもエアルの濃度は濃いものであったが、
ジュディスの言う通り、宙の戒典の効果か、ユーリの周囲だけは清浄な空気が流れていて、
皆の視線は自然とユーリの持つ剣へと注がれた。


「ああ、みんな離れるなよ。
 特におっさんは」


それを受けたユーリは小さく頷き、
剣を持つ手に気持ち力を込めて、レイヴンを見た。

膨大なエアルの量は魔導器を狂わせる。
それは今までの旅で知った事で、
そしてレイヴンの心臓には魔導器が埋め込まれている。
彼の魔導器は特殊なものらしいので大丈夫なのかもしれないが、用心に越したことはない。


「えぇえぇ、もうさっきからドキドキしっぱなし。
 ・・・・・・手ぇつないでていい?」


レイヴンは片目を瞑って俯きがちに手を擦りあわせるが、
斜め下から見上げてお願いのポーズをとる彼は、
これがやエステルなど可愛い女の子ならまだしも、
所詮は35歳独身男のする行為である。
呆れを通り越して脱力しかける物の何物でもない。


「勘弁してくれ」


そう言って、ユーリは盛大に肩を落とした。
そこへぱたぱたと小さな足音が響く。


「レイヴン、これ持ってて」
「え、でもこれちゃんの・・・・・・」
「今の私には必要のない物だもの」


そちらを見れば、身に着けていたイヤリングをレイヴンに手渡すがいて。
それは何度かユーリ達を助けてくれたものであり、
が肌身離さず身に着けているものである。


「平気なのか?」


一時はアレクセイの支配化で彼女を助けたこともあるイヤリングは、
にとって重要度が高いのではないか。
なんとなくではあるが、そう感じていたユーリは彼女に近寄り静かに問うた。
しかしそれを受けたは両手を腰に当てて小さく肩を竦ませた。


「もう、二人とも心配性ね。
 前言ったでしょ。
 これはエアルを拡散させるものだって。
 力を取り戻すためにはむしろ邪魔でしかないのよ」


それでも身に付けていたのは習慣とお守りみたいなものだとは言う。


「そういえば、光ってる・・・・・・」
「・・・・・・ホントだわ」


カロルとリタの言う通り、イヤリングを外したの周りには、
いつもの倍以上のエアルが取り巻き、の体は淡く光り輝いていた。
皮肉な話だが、逆にこの異常なほどのエアルの量は彼女に力を与えるらしい。
そしてそうするにはイヤリングの力は邪魔になる。

その光景をじっと見つめるユーリに、はほらね、と光る片手をあげて見せた。


「そんじゃ、ありがたくお借りするわ」
「・・・・・・何にせよ、無理はすんなよ」


に譲る気配は全く見られなかった。
だからこそ諦めたのだろう、ユーリと同様、思案するかのように顎に手を当てていたレイヴンが、
イヤリングを懐へと仕舞いこむ。
それを見たユーリは深く息を漏らし、念を押すかのようにをじっとみつめた。


「わかってるわ」
「見て、魔物が入り込んでる!」


が頷き返すと、カロルが奥を指差して叫んだ。


「なんで!?結界は復活しているのに・・・・・・」
「外のやつらみたく凶暴になってるみたいよ?」


カロルの指し示す方向、丁度貴族街へ向かう坂の辺りを見ると、
明らかに人間とは違う、見事な体躯と鋭い爪を持つエッグベア、ウルフなどの魔物等が、
まるで城へ向かうものを邪魔するかのように立ち塞がっていた。

リタが驚いて上空を見上げたが、多少の濁りは見られるものの、空には結界のリングが輝いていて、
リタの横ではレイヴンが魔物たちの血走った目を指摘した。
アレクセイが何かを仕掛けたのかなんなのか、それはわからないが、
何にせよ城へと向かうには少々邪魔である。


「ユーリ、どうしたの?」
「ん?ああ、いやなんでもねえよ」


カロルの不思議そうな声に、ユーリは今まで見ていたものから目を逸らした。


「行こうぜ。エステルが待ってる」


そう言ってユーリはそのまま先へ進んでいってしまったが、
ユーリの見ていた先に目を移した仲間達はそれを見てはっと息を呑んだ。


「あの坂の先は下町があった。やっこさんの住んでた、ね」


市民街の外れにある坂の下には下町があり、
その坂へと続く道は今や巨大化した植物に覆われて、下の様子すら窺い知れなかった。

静かに呟いたレイヴンの言葉と、じっとそちらを見ていたユーリの姿、
それらをこくりと飲み込んだカロルは目尻を下げ小さく呟く。


「・・・・・・植物で覆いつくされちゃってる・・・・・・ね」
「・・・・・・・・・・・・」


カロルの言葉を聞きながらも、無言で佇むリタ、しかしその口元は横に引き結ばれていて、
は数度目を瞬いた後、ぱあっとその体から光を発した。
その光は一直線に城への道に立ち塞がっていた魔物へと向かい、直撃する。


「え!?」
!?」
「さ、行きましょ」


後には少々の土煙だけが残り、
いきなりの攻撃に驚く皆を尻目に、はにこりと口元に笑みを浮かべた。




















「―――・・・・・・ーリ」
「・・・・・・」
「ユーリ」
「・・・・・・ん?あ、なんだ?」


沈み込んだ意識の淵に、良く通る、けれども静かな声が届く。
その声の主は、いつの間にかに傍に寄っていたのもので、
ユーリがそれにようやっと気付いて顔を上げれば、
は少し困ったように小首を傾げて、額に向けて指を差した。


「ここ、皺よってる」
「!?」


街へと入り込んだ魔物はが最初に倒した数匹のみだった。
なまじ考え込む時間が出来た所為か、その後城へと歩きながらも、
ほとんど無意識だが、眉間に力を入れてしまっていたらしい。
ユーリが指摘に驚いて思わず額を押えると、小さく笑う声が一つあった。


「下町の人達なら大丈夫よ、ユーリ。
 それはあなたが一番知ってるはずでしょ?」
「・・・・・・そうだな・・・・・・」


旅の途中一度だけ、ユーリの案内で達は下町を訪れたことがある。
そうやすやすと生活が変わるはずもなく、ユーリが旅にでる前と同じく、
皆さほど裕福とはいえない暮らしぶりではあったが、
彼等は相も変わらず明るく元気であった。
そんな彼等が簡単に死ぬはずがない。
それはたった一度訪れただけのより、ユーリの方が良く知っているはず。
そう彼女は言っているのであろう。

顎に手を当て神妙に頷き返せば、再びの明るい笑い声が響く。


「ふふっ、でもたまにはいいわね。
 ユーリのその甘えたな態度」
「なっ・・・・・・!?」


の言葉に驚いて目を見開くと、こちらの会話を聞いていたのか、
やはり傍に寄ってきたジュディスがくすりと笑う。


「そうね、周りが不愉快になると分かってるのに、
 苛立ちを撒き散らすのは、甘えてる証拠よね」
「でしょ?
 以前のユーリだったら、絶対に考えられない事よね」
「ええ」
「・・・・・・」


こちらの動揺をも他所に、本人を目の前にして女二人が会話に花を咲かせる。
それにはもはやユーリも絶句するしかなく、
肩を竦めて助けを求めるかのように、他の仲間の方にちらりと視線を送れば、
天の助けとばかりに、レイヴンの飄々とした声が掛かった。


「おーい、お嬢さん方、青年で遊んでないでさっさといくわよ」
「あら、遊んでるように見える?」
「見えるわね」
「それは心外だわ」


その言葉にはぴたりと会話を止め、怒ったかのように両手を腰に当てレイヴンを見た。
しかしそれにもレイヴンはさらりと返す。
口ではなんと言おうとも、の口調はどこか楽しげで、
そのままはレイヴンと共に先頭を歩き始めた。


「・・・・・・ったく、どっちがおせっかいなんだか・・・・・・」


どうやらよほど心配をかけてしまったらしい。
らしくない自分と彼女の気遣いに、のその背中を見送りながら、ユーリは小さく息を漏らした。