「、おかえり」
「カロル!もう大丈夫なの?調子は?」
部屋に戻ると、ベッドに起き上がったカロルが出迎える。
はすぐさまカロルのベッドに駆け寄ってその顔を覗きこんだ。
しかし、どうやら目を覚ましたもののまだ体調は思わしくないようだ。
熱の為か、未だその目は潤み、頬は上気していた。
「ごめん、また足引っ張っちゃって
・・・・・・帝都に行くんでしょ?」
「気にすんなって。オレたち助けてそうなったんだから。
それより治すことに集中しろ」
カロルは申し訳なそうに詫びるが、ベッドの横に立っていたユーリは首を横に振る。
今、カロルには十分な休息が必要だ。
逸る気持ちもないとは言えないが、無理をしてもいい結果が得られるとは限らないだろう。
それを言えば、カロルは小さく頷く。
「うん、でも置いてっちゃやだよ。
エステル、ギルドのみんなで助けるんだから・・・・・・」
「ああ、分かってる。さ、もう少し寝とけ。な?」
「うん・・・・・・」
ユーリに優しく諭されて、カロルは再び目を瞑る。
暫くして規則ただしい寝息が聞こえてくると、はカロルの体に毛布をかけなおした。
すると丁度その時、一度部屋の外に出ていたジュディスが部屋へと戻ってくる。
「フェローにどのくらい時間が残されているかって聞いてみようと思ったのだけど・・・・・・。
ダメね、つながらないわ。
エアルが乱れているせいかも」
「いいさ、どっちみち、アレクセイの野郎をぶったおすだけの話だ」
きっぱりとユーリはそう言うが、にはその顔が、若干焦りを帯びているようにみえた。
の横では、身じろぎもせず床に伏せていたラピードの耳が、ぴくりと動く。
「でも、ユーリ・・・・・・」
「・・・・・・ちょっと外の空気吸ってくる」
が躊躇いがちにユーリに声をかけたが、ユーリはそれを遮り、身を翻す。
「カロル、見ててやってくれ」
扉にゆっくりと向かいながら、振り返らず、それだけを言ってユーリは出て行った。
一瞬遅れてラピードが立ち上がり、ユーリを追うように扉の外へと向かう。
その後姿を見送り、はふいと小さく俯いた。
「ユーリ、やっぱり・・・・・・」
「あいつがどうかした?」
それにリタが首を傾げる。
ユーリは普段からあまり仲間に弱みを見せたがらない。
それだけに、彼が見せた変調は些細なもので、ともすれば誰も気付かなかっただろう。
いや、さすがにラピードは気付いていたようだが、
はエステルのあの言葉を聞いてしまった。
ハルルについたとき、ユーリが見ていたものに気付いてしまった。
彼が守りたいもの、守らなければと思っているもの、それを少なからずは知っている。
考えれば考えるほど、自分の考えがあながち的外れではないように思えてくる。
「うん・・・・・・もしかしたら、ユーリ、一人で行くつもりなのかも」
「一人で?どうしてそんな無茶・・・・・・」
小さく頷き、リタの問いに答える。
すると、リタと仲間達が驚いての顔を見つめた。
はその視線を一身に受けながらも、思案げに頬に手を添える。
「・・・・・・リタは聞かなかった?エステルが最後に言った言葉」
「?、あたしは聞こえなかったけど、エステル何か言ったの?」
「ううん、それならいいの。
ただ、ユーリ、下町の人たちが避難民の中にいないこと気にしていたし、
様子を見に行くぐらいはしそうだと思うの」
聞かなかったら聞かなかったで、その方が良い。
あの言葉は、あまりにも悲しすぎて。
首を振ったはさり気なく話題を変え、先程ユーリが出て行った扉を見た。
ラピードが出て行ったとき、ちゃんと閉まってなかったのか、
扉の開くキィという音と共に、ひんやりとした風が部屋の中に入り込んでくる。
「そうね・・・・・・。彼ならそのくらいのことはしそうね」
ようやっと、呟くようにジュディスが言葉を発する。
薄々彼女も勘付いていたらしい。
その表情はやはり確信めいていて。
「でしょ?私ちょっと追いかけてくる!」
はそう言って、ほとんど開きかけた扉へと駆け寄った。
「え、あ、ちょっと!?」
「皆はここで待ってて!すぐ戻るから!!」
後ろからリタの慌てた声が聞こえたが、
有無を言わせずバタンと扉を閉め、は宿屋の外へと走り出した。
宿屋の階段を駆け下り、小川の橋を駆け抜けて、ハルルの街の出入り口に差し掛かれば、
そこには以前見たことのある一つの影と、それに付き従う二つの影があった。
それにはっとして立ち止まると、影の一つがこちらに気付き、振り返った。
「あなたは・・・・・・確か、、でしたか」
「ヨーデル、殿下・・・・・・」
目の前に立っていたのは、お供を二人引き連れた、帝国の皇位継承者の一人、ヨーデルで、
がその名前を小さく呟き俯くと、
短くなった髪の隙間からイヤリングが零れ落ち、きらりと光る。
それを見たヨーデルははっと息を漏らした。
「それは・・・・・・」
「・・・・・・そういえば、これは皇帝家のものでしたね」
ヨーデルの視線の先に気付いたは、耳元に手をやった。
成り行きと、必要性から、ずっとの元にあったイヤリングだが、
元々は帝国の至宝の一つである。
正統な持ち主が現われた以上、これはもう返さなければいけないだろう。
「お返しします」
「いえ・・・・・・。それはあなたが持っていてください」
イヤリングを外し、ヨーデルに差し出したが、彼は受け取りを拒否するかのように首を振った。
「え?でも・・・・・・」
「いいんです、あなたにはこれが必要なのでしょう?」
「・・・・・・」
確かにこのイヤリングはにとって必要なものだった。
素性を隠す為、身を守る為、そしてデュークとの連絡手段の為に。
しかし、今となってはそのほとんどが意味を成すものではなくて。
だからこそすんなりと返そうとしたのだが、
事情を知らないヨーデルがどうしてそう言うのかを訝しげに思い、は黙り込む。
「それより、ユーリはもう行ってしまいましたよ」
ふ、とヨーデルがハルルの外に目をやった。
「やっぱり・・・・・・!」
「評議会はアレクセイを正式に大罪人として告発する決定をくだしました。
今、デイドン砦で騎士団が帝都攻略の準備を進めています」
「でも、帝都にはエアルが・・・・・・」
「・・・・・・エステリーゼはアレクセイのもとにいるんですね」
「・・・・・・ええ」
ヨーデルの話では、ユーリはすでにハルルにいなく、
そしてデイドン砦では騎士団がアレクセイの討伐の準備をしている最中らしい。
しかし、帝都にはエアルが充満していて、例え騎士団の準備が終わっても、
人が入るのは容易ではないだろう。
がそれを言うと、ヨーデルは少しの沈黙の後、エステルの話を切り出した。
「彼女を、助けてあげてくれませんか?」
「え?」
ヨーデルのぽつりと漏らした言葉は、には唐突に思えるもので。
それに数度目を瞬き、問い返すと、ヨーデルが真剣な目でじっとを見つめ返してくる。
「あなたにはその力がある、違いますか?」
「私、に・・・・・・?」
「私たちはあれからアレクセイの持っていた文献を全て調べました。
その中に銀の力というものの記述があったのです。
銀の力は万物を癒す力。
・・・・・・その力を持ってすれば、満月の子の力をも抑えられると」
自分にそんな力があるなんて、知らなかった。
確かにの治癒術は始祖の隷長をも癒す事ができる。
けれど知っているのはただそれだけで。
そもそも、何故、ヨーデルが自分のことを知っているのか、
文献があるというなら、のような存在が過去にもいたということなのだろうか。
色々疑問は尽きなかったが、ヨーデルの言葉に、一筋の光明を見た気がして、
は小さく息を漏らす。
「でも・・・・・・どうやって・・・・・・」
「一時的にエアルの力を弱められれば、或いは・・・・・・」
「そのときに私の治癒の術をエステルにかければいいわけですね」
「おそらくは・・・・・・」
「・・・・・・わかりました。
どちらにしろエステルは助けるつもりでしたし。
できるかぎりやってみます」
の力が万物を癒すというのなら、ヨーデルの言う事は一理あるきがして、
例えそうでなくても、とりたてて他に手段がない以上、やる価値はあるだろう。
一度目を深く閉じ、こくりと喉を鳴らした後、は目を開けてヨーデルに頷き返した。
「お願いします」
祈るように言ったヨーデルの言葉に、再び小さく頷き返し、は踵を返しかけたが、
ふと、未だこちらを見送るかのように立っていた彼を振り返る。
「ヨーデル殿下、ユーリは、彼はどの方角に行ったか分かりますか?」
聞かずとも分かりきったものだが、ヨーデルからそれだけを聞き出すと、再びは身を翻した。
「皆!やっぱり、ユーリ一人で先に行っちゃったみたい」
ヨーデルと別れ、急いで皆の待つ部屋へと駆け込むと、は開口一番にそう言った。
すると待ち構えていた仲間達がそれぞれ顔をあげる。
「ったく、あいつは・・・・・・」
「それで、彼はどこに?」
「多分今頃はクオイの森かな」
リタが呆れた声を出し、ジュディスがユーリの所在を問う。
ヨーデルは、ユーリはハルルから南の方角に行ったと言っていた。
だとすればやはり向かう先はハルルからザーフィアスの直線状に位置する、クオイの森だ。
がすぐに地図を取り出し、そこを指し示すと、
レイヴンがやれやれと、頭の後ろで腕を組み肩を竦めた。
「青年も無茶するわねぇ〜。
まぁ気持ちは分からなくもないんだけども」
「ともかく、追いかけましょ。
カロル、大丈夫?」
「うん、なんとか・・・・・・。
ユーリが先行っちゃったんだもん、寝てなんかいられないよ」
さすがにもう寝てはいられなくなったのだろう、
ベッドに起き出したカロルに目をやり、具合を聞く。
まだ少し熱はあるようだが、先程よりはだいぶ良くなっているようで、
すぐに身支度を始めるカロルの頭を、は優しく撫でた。
「そうね、追いついたら皆でとっちめてやりましょ」
団体行動を乱す輩は制裁あるのみ。
は自分のことは棚にあげて、にっこりとカロルに向かって微笑んだ。
クオイの森の入口に差し掛かると、向こうから、青い毛並みの大柄な犬が歩いてくるのが見える。
「あ、ラピード!!
ユーリはどうしたの?」
は青い毛並みの犬--ラピードに駆け寄ると、その場にしゃがみこんだ。
周りを見渡してもユーリの姿は見えず、その所在を問うと、
ついてこいと言うようにラピードがワン!と一声鳴いた。
そのラピードの艶やかな毛を優しく撫で、は小さく頷く。
「そう、奥にいるのね。
案内してくれる?」
「ワォン」
「ありがと、ラピード。
皆!ユーリ、まだそう遠くへはいってないみたい。
今のうちに急ぎましょ」
振り返り、そう言えば、仲間達はすぐに頷き歩き出した。
ラピードの話によると、ユーリは奥の中央の広場のところで一休みしているらしい。
自分達が行くまでに、ユーリが起きて先に進まないという確証はない。
は足早に歩きながら、木々の生い茂る森の奥へと、その目を向けた。
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