「あの避難民・・・・・・帝都は大変な状況なようね」


ハルルの宿屋の一室に、ユーリ達はいた。
実はあの後、宿屋の受付で、避難してきた貴族とひと悶着起こしかけたのだが、
宿屋の主人の粋な計らいにより、無事一部屋確保する事ができたのだ。

一番奥のベッドにカロルを横たわらせると、各々思う場所で寛ぎ始める。
は奥にあった椅子に腰掛け、皆の話を黙って聞いていた。


「アレクセイの大将、一体なにをしでかすつもりなんだか」
「アレクセイなんてどうでもいい。
 ・・・・・・エステルよ。あたしはエステルを助けたい」


レイヴンの言葉をスパッと遮り、窓際で外を眺めていたリタが、腰に手を当て振り返った。


「そうね。でもそのためにはアレクセイを何とかしないと。
 それに、このままじゃ無策すぎるわ。
 またノール港まで飛ばされる訳にはいかないもの」
「・・・・・・・・・・・・」


確かに先決なのはエステルを助ける事。
ただそれだけなのだが、アレクセイは確実にそれを邪魔しに掛かってくるだろう。
それにこちらの打つ手は限られているわけで、ジュディスの言葉に、ユーリとリタの二人ともが俯き、黙り込んだ。
そんな中、カロルのベッドの横に立っていたレイヴンが、カロルに近づき、その顔を覗きこむ。


「どのみちカロルが回復するまでは動けないんだし、
 今のうちに情報を集めてくるといいんでない?」
「・・・・・・そうね、ちょうどいい話も聞いたことだしね」


未だにカロルは目覚める気配がない。
エステルが攫われてからここ最近、ユーリ達は休む間もなかった。
氷刃海のこともそうだが、今までの疲労がここに来て一気に出てしまったのだろう。
ジュディスがレイヴンの提案に頷くと、眉を顰め俯いていたユーリが顔をあげた。


「・・・・・・帝都の御偉いさんとやらが、
 長の家にいるって話だったな」


宿屋の主人によると、長の家には国のお偉いさんが来ていて、
その人物は、お金は国が出すから、避難民の為にタダで宿屋を解放するように、との達しを出したということだ。
そんなことができる人物には、二人ほど思い当たる節はあるが、確証は得ない。
何にせよ、手っ取り早く帝都の状況を聞けそうな相手ではある。
とりあえず行ってみるか、と皆に声をかければ、動こうとしない人物が二人。


「・・・・・・おっさん?」


そのうちの一人、レイヴンを見やり、声をかけると、


「誰か少年の面倒見るやつがいるっしょ?引き受けるから行っといで」


そう答えが返ってくる。


はどうするんだ?」
「私もカロルが心配だから、ここに残るわ」
「そっか、無理すんなよ」
「うん」


小さく頷くをその目に映し、ユーリは部屋の外へと続く扉に足を向けた。




















「ふふ、そうしていると親子みたいね」


カロルの額に手を当て様子を見ていると、小さな笑い声と共に、そう声がかけられる。


「俺様と少年が?
 ―――それじゃ、母親はちゃんだったりして」
「そうね、それもいいわね。
 カロルが末っ子で、リタ、ジュディス、エステルがお姉ちゃん。
 ユーリが一番上のお兄ちゃんってとこかな」


唐突に言われた言葉に、レイヴンは目をぱちくりと瞬いたが、
すぐに意地の悪い笑顔を浮かべて言葉を返す。
しかし、意味が全くわかっていないのかどうか、平然と返す
それにはさすがのレイヴンも絶句するしかなく、


「・・・・・・おっさん、一気にそんなたくさんの子持ちなの!?
 それに、さすがに成人した子供を持つ歳でもないわよ〜」
「そう?残念ね。良いと思ったのだけれど」


小さく溜息を吐き、ちゃんもその歳で21歳の子持ちもないでしょ、と言えば、それもそうねと返ってくる。
そこで会話が一旦途切れると、暫く、部屋にはしんとした空気が流れ始める。
カロルをじっと見つめるの真剣な表情に、思い浮かぶのは氷刃海での彼女の行動。


カロルを庇ったが魔物の尾に弾き飛ばされて海に落ちるまでの間。
レイヴンの目にはそれがやけにスローモーションに映って見えた。

これまでに二度、息が詰まるほどの思いを味わった事がある。
一つ目は、バクティオン神殿でユーリの刃が彼女の身に差し迫った時。
二つ目は・・・・・・。


あの時、はっとして助けに行こうとした自分をユーリが止めた。
何故、と問えば、魔物を倒す為に回復役は一人でも多いほうが良いとのこと。
カロルのお陰でエアルの呪縛から逃れられはしたが、未だ魔物は宙に浮かびこちらを見据えている。
魔物を倒さねば真に危機は脱しられたとはいえないのだろう。

確かに、この中で回復をできるものは、カロルを措いて自分しかいない。
頭の中ではそれを理解していたのだが、理性は全くの別物であった。
海へと飛び込むユーリを歯噛みしながら見送ってやっと、レイヴンの痺れた体は動き出したのだった。


「ねぇ、もうあんな無茶しちゃダメよ。
 ただでさえ最近、ちゃん弱ってんだから」
「あら、まだまだレイヴンには負けないつもりだけど?」


一度大きく目を瞑り、息を吐いた後、諭すように、の目を見つめる。
すると、返る強気な言葉。
しかし、ずっとを見てきたレイヴンにとって、それが虚言であることは丸分かりであった。


「嘘おっしゃいな、こんな細腕で何ができるっていうのよ」


腕を掴みこちらに引っ張れば、容易くの体は引き寄せられる。
すっぽりと腕に収まるその細い体は、少し力を加えるだけですぐにでも壊れそうなほどであった。
壊れ物を扱うかのようにそっと抱きしめると、腕の中でが激しく身じろぎする。


「ちょっと、レイヴン離して・・・・・・!!」
「やーよ、無茶しないって約束するまで離さないわよ」
「レイヴン・・・・・・」


の反論を許さず、意固地なまでにぎゅっと抱きしめると、
腕の中で小さな声が漏れ聞こえてくる。


「・・・・・・約束するから、離して」


その目は熱っぽく潤んでいて、それを見たレイヴンは、ようやく抱きしめていた力を緩めた。
ぱっと離れていく温もりを名残惜しげに見つめていると、がぽつりと言葉を漏らした。


「・・・・・・ユーリ達、遅いね」
「そうね」
「・・・・・・私、ちょっと様子見てくる」


そう言って、止めるまもなく、部屋から出て行く
パタンと音を立てて閉る扉をじっと見つめ、レイヴンはゆるゆると額に手を当てる。


「・・・・・・何やってんだかなぁ・・・・・・」


弱った彼女を見ていたら、いてもたってもいられなかった。
傍にいられるだけでいいと誓ったばかりであったのに。
自分が、こんなにも欲深い人間であるなんて、思いもしなかった。

外に出て行く時、は泣きそうであった。
また自分は彼女を泣かせてしまったのだろうか。
カロルが眠る横のベッドに腰を下ろし、すこし軋むスプリングと共に、レイヴンは深く、溜息をついた。




















宿屋の外に出て、熱を帯びた体を涼しい外気で冷ましていると、向こうからユーリ達がやってくるのが見えた。


?どうしたんだ?」
「あ、ユーリ、おかえり。ユーリ達の帰りが遅いから見に来たんだ」
「そんなに遅かったか?」


ぎこちない笑みを浮かべてが彼らの元へ駆け寄ると、
ユーリは後ろの仲間を振り返り、首を捻る。

確かに話は予想よりも長く掛かったが、それでも心配をかけるほどの時間ではなかったはずだ。
後ろでは、リタもジュディスもやはり同様に顔を見合わせていた。


「それで、どうだった?」


こちらの様子に気付いていないのか、事の詳細をせがむ
詳しい話は宿屋に戻ってからすることにして、ユーリはとりあえず、と重要な所だけ掻い摘んで話した。
お偉いさんとやらがヨーデルだったこと、帝都が人の住める場所ではなくなってしまったこと、そして避難民のこと。
話が進んでいくにつれ、の顔は段々と俯いていく。


「そう・・・・・・ヨーデル殿下が・・・・・・。
 ―――・・・・・・ジュディス、ちょっといい?」
「なにかしら?」


小さく呟き、意を決してジュディスに顔を向ければ、ジュディスは怪訝な顔をしながらも話を聞く素振りをしてくれる。


「ちょっと話したい事があるの。ユーリ達は先に中に入って待ってて」
「わかった」


ジュディスを奥に手招いた後、は他の二人に先に宿屋に戻るよう促した。
これから話す内容は、彼らには知られたくなかったから。
ユーリは何か感づいたような表情をしていたが、今は何も聞かずに頷いて、宿の中へと入っていく。

それにはほっと息を漏らし、放っておくと沈みがちな意識を奮い立たせるかのように、重い口を強引に開いた。
ジュディスはその様を静かに見つめ、聞く。


「・・・・・・ねぇ、ジュディス。
 ジュディスは・・・・・・これからどうするの?」
「どう、とは?」
「・・・・・・エステルのことよ。
 彼女の暴走は、もう誰にも止めることができないかもしれない・・・・・・」


ヨーデルの話から推察するに、アレクセイの計画はもう最終段階に移っていると見てよいだろう。
だとすればその中枢に位置するエステルへの負荷はよほどのものである。
そうなれば、自分達でどうにかすることなどもう不可能なのではないか。
そう告げれば、ジュディスがゆっくりと首を横に振る。


「私は、どうにもしないわ」
「でも、このままだと!!」
「私は、ユーリ達を信じてる。彼らならエステルを救う事ができると。
 、あなたもそうでしょ?」
「・・・・・・そう、だけど・・・・・・」


自分だって、できることならエステルを助けてあげたい。
けれど、手遅れになってからでは遅いのだと警告する存在も、の心の奥にはいるのだ。


「・・・・・・あなたにとって、始祖の隷長の血は重荷なのかしら?」
「・・・・・・そうなのかもしれない。
 けれど、始祖の隷長の血がなければ、私は何も出来ないわ。
 苦しんでいる皆を癒す事も、皆と一緒に戦う事でさえも・・・・・・」


それを知ってか知らずか、ジュディスが問うてくる。
始祖の隷長である父親を早くに失くし、始祖の隷長が何たるかを教わる前に、人間の世界へと混じった
その年月は今となっては尊いもので、それが悪かったとは言うことができない。
けれどそんな自分に、背負うべき使命が何かだなんて分かる筈もなくて、
かといって、その血がなければ何もできない自分を歯痒くも思っていた。

次第に小さくなっていくの声を拾い、ジュディスは真剣な目を向ける。


「あの時、が庇わなければ、カロルは無事では済まなかったかも知れない。
 そしてカロルが無事でなかったら、今頃私たちはあの魔物のお腹の中だったかも知れないわ。
 、あなたの行動は私たち皆を救ったのよ」
「ジュディス・・・・・・」
「特別何かをしなくちゃいけないなんてことはない。
 あなたはあなたらしくいれば、それでいいのよ」


ジュディスの言葉が温かい光となって、の沈んだ心に温もりを与える。
その言葉が、今一番聞きたかったものだったのかもしれない。
自然と潤んでしまった瞳を一度閉じ、再び開いた時には、はその顔に笑みを浮かべていた。


「・・・・・・そう、そうね。ありがとう、ジュディス。
 なんだかジュディス、お姉ちゃんみたいね」
「あら、それはいいわね」
「ふふ、この分だと家族計画は練り直しかな」
「家族計画?」


の突拍子もない言葉を訝しんだジュディスが首を傾げるが、 はそれに笑って答える。


「ううん、なんでもないの。
 さ、部屋に戻りましょ」
「ええ」


まずはユーリ達と話し合ってどうするか決めよう。
皆と一緒なら、解決策はきっと見つかるはず。
先程とはうって変わって浮上した自分の心に、は知らず笑みを漏らした。