暫く道なりを進んでいくと、少し開けた広場のような所に辿りつく。
さらに奥へと目をやれば、真白な地面の先に見える、緑の大地。
どうやら運良く流氷が連なり、ティグルの言っていたように、エフミドの反対側、イリキア大陸へと抜けられたようだ。
「ふひ〜。出口っぽいかぁ?」
「なによ。もう疲れたの?」
カロルをその背に負ぶったレイヴンが、深く息を漏らす。
すると、呆れた顔をして両手を腰に当てる、リタ。
カロルが倒れてからまだ半刻もたっていず、
そう指摘すれば、「年寄りは体力がないのよ」と情けない声が返る。
「ジュディスちゃん、代わって〜」
「あら、あなたの仕事を奪うつもりはないわ」
「カロル・・・・・・起きてるな」
こちらに背を向けるレイヴンや、少し先に立っているリタやジュディスにはわからなかったが、
その後ろに立っていたユーリやには、レイヴンとジュディスの言葉に一喜一憂するカロルの姿がばればれである。
ユーリが少々呆れを含んだ声音で、それを言えば、
「お、起きてない!」
と慌てた声が返ってくる。
「ダメよ、カロル。寝たふりするなら返事を返しちゃ」
「あ、そっか・・・・・・」
人差し指を口にあて、片目を瞑りくすりと笑ったに、カロルがまたもや律儀に言葉を返す。
それはもはや寝たふりでもなんでもなかった。
「あいた!」
ドスン、という音と共に、上がる悲鳴。
そこには、背中が空になったレイヴンと、しりもちをついたカロル。
どうやら先程のやり取りで、カロルの寝たふりに気付いたレイヴンが、背負うその手を離したようだ。
落下したカロルが上を見上げ、自分を見つめる中、
「この寒い中おっさんに労働させるとは、
カロル君。君もなかなかやるではないか」
レイヴンはようやく自由になったその手で、顎を摩った。
「だから私が背負うっていったのに〜」
「えっ、そうなの!?」
「ダメよダメ、か弱い女の子にそんなことさせられないわ〜」
「だったらジュディスもそうじゃない?」
「うぐぅ、それを言われると・・・・・・」
のもっともな意見に、レイヴンは言葉を詰まらせる。
嬉しそうに目を輝かせたカロルが、小憎らしくも思えてきた。
それ以上何も言えず、仕方なくから目をそらすと、ユーリがカロルに近づき、声をかける。
「もう大丈夫か、カロル」
「うん」
しりもちをついたまま、暫くこちらを見上げるだけであったカロルが立ち上がり、握った拳を高く突き上げた。
その様は、いつもの元気なカロルで、ジュディスはにっこりと笑みを浮かべた。
「心配したのよ。とても」
「そんな風には見えなかったけど?」
「おかしいわね」
リタの指摘に、胸の前に手をあて、再びにこりと微笑むジュディス。
やはり心配しているようにはとても見えないが、程度の大小はあれ、彼女なりに心配していたのだろう。
ふいっとジュディスからカロルに視線を移し、リタは頭をがしがしと掻く。
「とにかく、もう無茶なことしないでよね。
サポートしきれないわ」
「うん」
「なーにニタニタしてんだ?」
まがりなりにも怒られているのに、カロルはその顔に笑顔を浮かべたままである。
こつんとカロルの額を小突けば、
「ひどいな、ユーリ」
と、やはり返る満面の笑み。
「・・・・・・ドンの言葉を思い出してたんだよ」
「ドンの・・・・・・言葉・・・・・・?」
「仲間を守ってみろ、そうすれば応えてくれる、
・・・・・・だったか?」
「うん。あれってこういうことだったのかなって」
しかしそれは一瞬の事で、カロルは真剣な眼差しで、空を見上げた。
カロルが呟いた言葉に、が怪訝な声を出すと、ユーリがドンの言葉を伝えてくれる。
そして、空を見つめたまま、それに頷き返すカロル。
「ドンがそんなことを・・・・・・・」
思い浮かぶのは、広く頼もしいその背中と、全てを包み込む大きな手。
彼のその包容力には、誰も勝るものがいないだろうと思っていた。
しかし、今、目の前に立つカロルのその瞳が、ドンのそのものと、一瞬重なって見える。
「それがカロル、あなたの見つけた答えなら・・・・・・
きっと、正解よ。
・・・・・・ね、ユーリ?」
「ああ、そうだな」
ふわりと微笑み、ユーリに振れば、同様に笑みを浮かべてユーリが返す。
「そうだといいな」
「さ、出口はすぐそこだ。
とっとと抜けちまおうぜ」
再びにこりと笑みを浮かべるカロルに向かって出口を指し示してみせる。
すると、頷くカロルと、元来た道を振り返るリタ。
それにジュディスが怪訝な顔を向けた。
「どうかしたかしら?」
「うん。ここの氷ってエアルから生まれたのかもしれないって」
「氷が?エアルから?」
「あらゆるものがエアルから出来ているなら当然ね」
万物の源、エアル。
全ての物がエアルをエネルギーの源として構成されている。
そう考えれば、今こうして立っている大地も、水も、降り注ぐ雪も、全てがエアルから出来ているのに間違いはない。
ジュディスがリタの言葉を肯定すると、リタは頬に手をあて、考え込み始めた。
「ここのエアルクレーネはある意味、すごく安定してた。
魔物が操れるほどにね。
もしかしたら大量に物質化できたらエアルは安定するのかも」
「それってエアルの乱れを解消できるかもしれない、そう言うことか?」
「分からない。そのためにはもっと効率が必要だろうし、量だって・・・・・・」
「もっとここのエアルクレーネ調査したいのかい?」
「ううん。今はそんなことしてる時間はないわ」
ユーリの問いに眉を顰めて首を振り、小さく俯いたリタが、レイヴンの問いに対しても首を振る。
こうしている間にも、アレクセイは計画を着々と進めているだろう。
エステルは未だ囚われたままで、
遅くなればなるほど、彼女の命は、危うくなっていくのだ。
「ああ、思わぬ時間食っちまったしな。急ごう」
「エステル、無事でいて・・・・・・」
皆を促し、先へと進むユーリの耳に、エステルの無事を祈るリタの声が聞こえる。
それは、自分達全員が願っている事。
万が一の事など、決してあってはいけないのだ。
けれどもどこか、覚悟を決めている自分もいて、ユーリは小さく歯噛みした。
すると、腕に感じる微かな重み。
「ユーリ、大丈夫?」
「ん?・・・・・・ああ」
ともすれば聞き逃すほどの小さな囁きは、自分の腕に繋がる細い手の主からの言葉で。
僅かに熱を帯びたの瞳を見つめ、ユーリは真剣な眼差しを返し、頷いた。
「ここを出たらどっかの街で帝都がどうなっているか聞いてみようよ」
「あいよう」
立ち止まったユーリとを追い越し、カロルが振り返る。
それに飄々と付いて行きながら、返事をするレイヴン。
そこへ、ユーリの腕から手を離したが、会話に加わった。
「ここからだと・・・・・・一番近いのはアスピオかしら?」
「情報収集するなら、ハルルの方がいいんでない?
帝都にも近いし」
「だな・・・・・・。一度宿屋にも寄りたいことだし」
「え、なんで?」
アスピオは依然として帝国の管理化におかれている。
人の出入りが多くないということは自然、情報の出入りも少なくなる。
確かにレイヴンの言うとおり、人出の多いハルルの方が情報は集めやすいだろう。
それはわかるのだが、ユーリの言う宿屋に行く必要性に差し当たって思い当たる節がないは、小さく首を傾げた。
「オレももまだ服乾いてないだろ?」
ユーリが自分の服と、の服とを指差してそう言った。
塩水に漬かった服は乾きにくく、未だ湿ったままである。
例え乾いたとしても、べたついて着られたものではないだろう。
なんにせよ、このままでは二人ともが風邪を引くのは確実である。
そういう意味を含めての言葉であったが、はどこか、ずれた返答を返す。
「あ、そっか・・・・・・。
早く羽織、返さなくちゃね。
レイヴンの唯一のトレードマークだし」
「ちょっと、ちゃん!
おっさんの取柄がそれしかないみたいに言わないでちょーだい!?」
「あら、実際そうじゃない?」
「いえてる」
「・・・・・・」
の聞き捨てならない台詞に、レイヴンは抗議の声をあげるが、
即座にばっさりと切られ、果てはリタにまで肯定される。
「冗談だってば、ほら、行くよレイヴン」
「早くしないと置いてくぞ」
しゃがみ込んで、「いいんだいいんだ、おっさんなんて」とぶつぶつ呟きながら、
のの字まで書きかねないレイヴンに、みかねたの声がかかる。
それにぱぁっと目を輝かせて顔を上げれば、
対して、置いていくそぶりまで見せる、情け容赦ないユーリの言葉であった。
何度目か、既に見慣れたペイオキア平原の北街道を下り、ハルルの街へと入る。
辺りを見渡せば、以前とは比べ物にならないほどのざわめきと、人の数。
中には帝都を出てからはいっそ珍しい、豪華な衣服に身を包む人々もいて、
ユーリは軽く眉を顰めた。
「・・・・・・えらくごった返してんな」
「帝都から逃げてきた連中よ。
キレイな身なりしてんでしょ?」
思ったとおり、大部分は帝都ザーフィアスから逃げてきた貴族の連中のようだ。
ユーリの後ろから周囲を見やった後、レイヴンが彼らの服を差し指摘した。
「今んとこ、ここの結界は異常なさそう」
頭上には、いつも通りのエアルのリング。
エアル密度の上昇によって、なんらかの影響がでるのではないかと思ったが、
とりたてて、異常は見られない。
それを確認し、リタが空を見上げていた視線を落とすと、
「・・・・・・はあ・・・・・・はあ」
カロルが、ユーリ達の後ろで苦しそうに膝に手をつき、しゃがみ込んだ。
「カロル、大丈夫?」
「大丈夫じゃないみたいね」
ジュディスの呼びかけにも、レイヴンが駆け寄って抱き起こしても、
カロルは目を硬く閉じ、答えない。
その額には玉のような汗がふつふつと沸いてでていた。
「すごい熱。無理してたのね」
「私が・・・・・・!」
カロルの額に手を当て漏らしたジュディスの言葉に、
は再び術をかけようと駆け寄りかけるが、それを制止するかのように、リタに腕をつかまれる。
「ダメよ」
「え・・・・・・?」
「さっき術をかけた後、あんたふらついてたじゃない。
あの術、対象に分け与えた以上に術者の体力を削るものなんでしょ、違う?」
「・・・・・・さすが、リタね」
ばれていないと思っていたのだけれど、と返せば、ばればれよ、と返ってくる。
「まぁ、気付いたのはおっさんの、お陰なんだけど、ね・・・・・・」
「へ、俺様!?」
「だって、おっさん・・・・・・
―――や、やっぱなんでもない」
「何よ〜、気になるじゃない〜」
あの時、の変化はほんの微々たる物であった。
それこそ彼女の言うとおり、誰も気がつかないほどに。
レイヴンのあの行動がなければ、リタも気がつかなかっただろう。
そう、彼はふらつくを一瞬庇う素振りを見せていたのだ。
そこに何か、二人の絆のようなものが垣間見えた気がして、
けれど、それを素直に教えるのはどうしてか癪で、リタはレイヴンからそっぽを向いた。
「ユーリ・・・・・・?」
視線をそらした先には、あらぬ方向を見つめるユーリがいて、
今更ながら、いつもの彼らしくない態度に、リタは訝しげに声をかけた。
「ん?ああ、悪ぃ。
宿屋に行ってカロル休ませてやろうぜ」
そしてやはり、どこか生返事が返ってくる。
しかし、どうしたかを聞く前に、先へと進むユーリに、他の皆は黙って後をついていくしかなかった。
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