ゾフェル氷刃海、それは氷に閉ざされた、極寒の流氷地帯の名前である。
場所柄と、気味の悪い噂も相まってか、猟師も近づかないという話だが、
他に道がない以上、そこを進むしかなく、ユーリ達は雪が降り積もる流氷の上に立っていた。
「寒い!!寒すぎる!」
「いきなりなんだよ、」
寒さに耐え切れず、突然叫びだしたに、先頭に立っていたユーリが振り返る。
「ユーリ達、寒くないの!?
特にジュディス!見ててこっちが寒いのだけど・・・・・・!」
ジュディスの格好はこの寒さの中でも普段と変わらなかった。
クリティア族って寒さの感覚でも麻痺してるんじゃないかと本気で思いながら、は隣にいたジュディスを恨めしげに見やる。
その時、ふと、レイヴンの紫の羽織が目に付いた。
「レイヴンのその羽織、あったかそうよね・・・・・・」
レイヴンが着ている羽織は、袖が長く、裾もゆったりとしていて、見るからにあったかそうだった。
が物欲しそうに上目遣いで見上げると、
「や、やあよ〜、おっさんだって寒いんだから」
レイヴンが明らかに動揺してから目をそらした。
「えぇ〜、レイヴンのケチ!!」
頬を膨らませてぶーぶーと文句を言うだったが、ふと名案を思いつき、「そうだっ!」と目をきらきらと輝かせる。
それに気付いたレイヴンが怪訝な顔を向けてくるが、は輝くばかりの笑顔を返し、
「借りるのがダメなら・・・・・・
―――こうすればいいのよね!」
そう言って、レイヴンの懐に潜り込んだ。
「なっ!?」
「ちょっとちゃん!?」
「あ、やっぱり結構あったかい〜」
の突然の行動に驚く面々を尻目に、はぬくぬくとレイヴンの懐で暖まる。
「・・・・・・何やってんだ、」
「え、ユーリも入りたい?しょうがないな〜」
半眼で睨むユーリに、はきょとんとした後、しぶしぶとユーリの為に場所を半分譲った。
来い来い、と手招きをして、全く何もわかってない様子のに、ユーリは額に手を当て盛大に溜息をつく。
「そうじゃなくてな・・・・・・」
「そうよ、ちゃん。青年もなんておっさん冗談じゃないわ」
「え、ダメなの?」
が首を傾げ、再びレイヴンを見上げると、
「―――ってか、そもそも、この状況はなんなの!?」
はっと我にかえったレイヴンが大きな声をあげた。
耳元で突然叫ばれ、は目を白黒させたが、その耳鳴りが収まると、頬を膨らませてレイヴンを睨む。
「だって、レイヴンが羽織貸してくれないって言うから」
「それで、その行動を思いついたってわけね」
「そうそう」
だから仕方なくね、とはジュディスに相槌を返す。
すると、ジュディスがユーリの方をちらりと見やり、次いでレイヴンを見て、再びへと視線を戻す。
「とりあえず。
あなた、レイヴンから離れた方がいいんじゃないかしら?」
「ええ〜あったかいのに・・・・・・
―――あ、じゃあジュディスがあっためてくれる!?」
周りの雰囲気を物ともせず、そう言いながらジュディスの腕にぴたりとくっつく。
それを見つめたジュディスは、自身の胸に手を当てにこりと微笑むが、
「あら、悪い気はしないけど、これじゃ戦えないわ」
と言ってやんわりの申し出を辞退した。
「そっか、そうよね〜・・・・・・。
じゃあユーリ・・・・・・もだめ?
と、なると・・・・・・」
ジュディスの言葉にしょぼんと頭垂れたの目が、ユーリ、リタ、カロル、と移って行く。
その流れに沿ってそれぞれの反応を返す、仲間達。
特にユーリとカロルの時は本人ではなく、外野の方がうるさかった。
ことごとくダメだしをされ、もう後が無くなったは、肩を落としながら最後にユーリの横へと目を移す。
そこには、話の途中で興味なさそうに欠伸をして寝そべった、ラピードがいた。
「しかしすげぇところだな。
不思議っつーか不気味っつーか・・・・・・。
氷から剣が生えてんぞ」
辺りに広がるのは寒々とした鈍色の空と海。流氷の上には剣が突き刺さり、そこかしこに点在している。
ユーリはそれらを見渡すと、そう感想を漏らした。
「私もここには来たことないのよね。
なんていっても"寒い"し」
寒いの部分を明らかに強調して、言葉を重ねたのはラピードを胸に抱いた。
の標的がラピードに移ったとき、ラピードは逃げようとしたのだが、の動きの方が一歩早く、彼はあえなく捕まってしまった。
ラピードも相手ではあまり強気に出ることが出来ないのか、今現在、されるがままにしているようだ。
しかし、あまり嫌そうにしていない様に見えるのは自分の気のせいだろうか。
ユーリはちらりととラピードの方を見やった後、再び流氷の上にと視線を移す。
「刃のように冷たいから氷刃海。
・・・・・・と思ってたけど、こういうことなのね」
「刃のように冷たいってのも間違ってないとは思うなあ。
ううううさぶさぶ」
ジュディスの言葉に、レイヴンが手を擦り、縮こまる。
二人の言うとおり、両方の意味合いを含めて氷刃海という名前なのだろう。
なんにせよ、あまり長居はしたくない場所である。
ユーリが皆に先を促す声をかけようとすると、
「ウウウワンワンワン!!」
「あ、ラピード〜!」
ラピードがの腕から飛び降り、氷の下に向かって吠え立てた。
湯たんぽ代わりを失ったは、再び襲い来る寒さに縮こまり、情けない声をあげる。
「なにどうしたのよ・・・・・・って、ひゃあ!!」
「!!」
「おわ!」
リタ、ユーリ、レイヴンが吠えるラピードに駆け寄ると、氷の下を大きな魚のようなものが通り過ぎていく。
それは今までに見たことのない生物で、
「ちょっ、なにいまの!?」
驚いて、一歩後ろに身を退くカロル。
リタがその生物の影を追って視線を移動させると、それは分厚い氷の下に隠れてしまう。
「大きい・・・・・・。
・・・・・・まさか始祖の隷長!?」
「・・・・・・違うわね、知性が感じられないもの」
「そうよ、あんなのと一緒にしないでよね!」
小さく呟いた言葉に、ジュディスとが反応を返した。
「ってことは魔物でしょ!?襲ってこられたら大変だよ」
「ほっときゃ襲ってこないだろ。
相手にすんなって」
多分ここがあの魚の縄張りなのだろうが、こちらが氷の上にいる以上はあちらも手出しはしてこないだろう。
そう考えたユーリは、再び一歩後ろに下がるカロルに手のひらをひらひらと振って返した。
「そうよ、今問題なのはこの寒さよ・・・・・・。
―――あ、ちょっとラピード!逃げないでよ〜!」
はうんうんと頷いて、ラピードにそおっと近づくが、今度はラピードの方が早く、逃げられてしまう。
それを見たユーリは、苦笑の笑みを浮かべた後、「いくぞ」とに声をかける。
声をかけられたは、未練ありげにラピードに視線を送るが、
暫くして「そうね」と頷き、ラピードに続いて先へ進む仲間達に向かって歩き出した。
「うーん、何か不に落ちないのよねぇ・・・・・・」
「どうした、」
立ち止まり、首を傾げるに、ユーリは振り返り声をかける。
「あの魚。
進路を妨害する時としない時があるじゃない?
何か私たちをどこかへ誘導している気がするのよ」
「だろうな・・・・・・」
の言葉に、小さく頷く。
先程からユーリもそれを感じとっていた。
明らかにあの魔物は意志を持って、ユーリ達の進む道を作り、誘導している。
それは間違いないのであろうが、氷の連なる場所、という道が限られる以上、自分達はそこを進むしかないのである。
目の前にあった氷の継ぎ目をひょいと跳び越すと、氷の道は坂のように一段低くなる。
坂の下には、柱のように聳え立つ、萌黄色の大きな結晶。
どこかで見たような光景だ。ユーリがそう思っていると、
「おろ、なんだこりゃ。どっかで見たような・・・・・・」
「これエアルクレーネじゃない!」
「エアルクレーネ・・・・・・」
やはり他の皆もそう思ったのか、驚いた声をあげた。
エアルクレーネに駆け寄り、周辺を調査し始めるリタを横目に、ユーリはへと視線を移す。
エアルの結晶にそっと手を添え、目を閉じていたはユーリの視線に気付いたのか、顔を上げ、困ったように肩を竦めた。
「だめね・・・・・・。少しは役に立てるようになるかと思ったけど、
これからはエアルがあまり感じられないわ」
エアルの源泉であるエアルクレーネであれば、吸収できるエアルの量も増える。
それを期待して結晶に触れては見たが、何かしらの理由で涸れた後なのか、残るエアルは微々たる物であった。
「もしかして涸れた後なのかしら?」
「その割にこの辺は荒廃していないみたいだけど」
ジュディスもそれを感じたのか、の隣でエアルの結晶を見上げた後、首を傾げる。
リタは調査を中断し、周囲を見回すが、特に変わった様子は見受けられなかった。
本当にエアルが涸れた後ならば、コゴール砂漠のように荒廃して等しいはずだ。
「そうなのよね・・・・・・」
もしかしたら他にエアルの源があるのかもしれない。
もっとよく調べようと、が身を乗り出しかけると、ラピードが尾を振り上げ、海の方に向かって威嚇しているのが見える。
「?、どうしたのラピード?」
不思議に思いラピードに近寄ると、氷の下を過ぎる、大きな黒い影。
「!みんな気をつけて!」
「うわ、ま、また出た!」
「大丈夫っしょ。ここ岩の上よ」
ユーリ達に注意をとばすと、皆各々に武器を構えるが、レイヴンだけは飄々としたものである。
がレイヴンに呆れた顔を向けると、バシャンと大きな音を立てて、水の上に飛び上がる大きな魚。
そのヒレは翼のように大きく、それを羽ばたかせ、魔物は空を泳ぐように難なく宙に浮かぶ。
「あらま」
それを見て、ぽかんと口を開けるレイヴン。
魔物はこちらを物色するようにくるりと一回回った後、鋭い鳴き声をあげる。
それと共に、周囲がぽうっと明るく照らし出され、大量のエアルがユーリ達を囲むように吹き上がった。
「!!」
「エアルクレーネが!?」
どういう原理か、今まで沈黙していたエアルクレーネが魔物の鳴き声で活性化したようだ。
むせ返るような高密度のエアルに、ユーリ達は苦しげに膝をつく。
「やべえ!」
このままでは全員諸共に魚のエサだ。
ユーリは一番端にいたカロルをエアルクレーネの範囲外まで弾き飛ばすと、に素早く視線を送る。
「!カロルつれて逃げろ!!」
「でも、皆は・・・・・・!!」
「いいから逃げろ!お前今戦えないんだろ!?」
エアルを使い果たしてしまった以上、は満足に戦う事が出来ない。
武器である針を出そうにも、あれはエアルを消費して作り出していたものだ。
術もエアルを消費して発動するもので、
両方の手段が使えないとなると、宙に浮かぶ魔物には手も足も出ない。
このまま残っていても足手まといになるだけだ。
それは重々分かっているのだが、皆を置いて逃げる事はできない。
躊躇い、ユーリ達に泣きそうな顔を向けると、魔物はを一瞥し、その奥にいたカロルに向けて空を泳ぎだす。
「カロル!!」
それに気付いたは走り出し、カロルを今にも攻撃せんとする魔物の前へとその身を躍り出した。
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