「・・・・・・ちゃんだいぶ思いつめてるみたいね」
一眠りする、と言ったはずのレイヴンが、未だ部屋に止まり、神妙な顔で小さくそう呟いた。
ユーリはの出て行った扉を見つめた後、「ああ」と頷く。
「それほど事態は深刻化してるってことかしら?」
「どうだろうねぇ・・・・・・。
始祖の隷長の背負う重荷ってのがどれだけのものかは知らないけど、
ちゃんの場合、それだけじゃないだろうね」
ジュディスの問いに答えながら、レイヴンは顎を摩る。
「どういうことだ?」
「レイヴン、何か知ってるの?」
それはの言う過去に関係するものなのだろうか。
未だ謎の多いの素性は、推し量るには情報が少なすぎる。
ユーリとカロルは首を傾げレイヴンを見やり、リタとジュディスは興味津々に耳を傾けた。
しかし、レイヴンは首を振って、
「ちゃんが言わない以上、俺様の口から言うわけにはいかんよ。
知りたいなら本人から聞いてちょーだい」
と、口を固く閉ざした。
「それができるならとっくにそうしてるよ・・・・・・」
カロルが溜息をついて漏らした言葉に、ユーリは激しく同意であった。
とはいえ、これ以上の情報はレイヴンからも得られそうにもないし、とユーリは壁に立てかけておいた剣を手に持ち、扉の方に向かう。
「あれ、ユーリどこ行くの?」
「散歩だよ」
カロルの問いに、さらりと答える。
「どうせちゃんとこでしょー」
「・・・・・・あいつ一人じゃ危なっかしいしな」
したり顔でにやりと笑ったレイヴンの言葉にあえて否定せず、ユーリはそのまま扉を開けて出て行った。
「あらら、青年もそろそろ本気モードかしら」
あちゃー、と額に手を当て、唸るレイヴン。
それに目を瞬き、カロルはレイヴンの顔を見上げる。
「レイヴンはそれでいいの?」
「いいわけないでしょー。ちゃんの保護者代わりとしては断固阻止よ」
あんな可愛げのない青年が身内になるなんておっさん御免よ、とレイヴンは一人言ちる。
そう言う意味で言ったんじゃないんだけど・・・・・・と、ぼそりとカロルは呟くが、
「ということだから、少年、追いかけるよ!!」
「え、ちょっと、レイヴン!?」
強引にレイヴンに引き摺られ、為す術もなく宿屋の外に向かった。
宿屋を後にしたは、ノールの住民や、帝都方面から逃げてきた人々の話を聞きまわっていた。
彼等の話を整理すると、轟音の正体はやはりヘラクレスの主砲のせいで、帝都を反れた攻撃はエフミド丘の向こうに巨大な穴をあけたようだった。
しかも、穴自体が高温の熱を帯びていて、誰も近づけないとの事。
エフミドの丘が通れないとなると、後は船で向かうしかないのだが、船も騎士団が持っていってしまった後で、打つ手無しである。
「はあ・・・・・・どうしようかしら・・・・・・」
移動手段にはさして困ったことはないのだが、ここにきて為す術もないとは・・・・・・。
せめて自分の力が少しでも戻っていれば、とは深く溜息を吐く。
しかし、後悔していても始まらない。
まずは執政官に相談してみよう。もしかしたら何かいい方法があるのかも知れない。
はそう思い、執政官の館に続く路の方向に足を向けた。
「え・・・・・・デューク・・・・・・?」
は信じられないというように、目を瞬く。
目の前には長い銀の髪を靡かせた、よく見慣れた彼の背中。
一見神出鬼没に見えるデュークだが、意図がある時でしか彼は現れない。
もしくは自分が呼んだ時、ではあるが、はデュークを呼んだ覚えはないし、この街に彼の用があるとは思えなかった。
だからこそ、心底驚いた顔でがデュークに近寄ると、
「」
デュークが自分の名前を呼び振り返る。
その顔はいつになく険しいもので、はぴくりと肩を震わせその場に立ち止まった。
「・・・・・・」
再び掛かる呼びかけは先程よりも怒りを含んだものに変わり、は反射的にデュークから目をそらした。
「な、なあに?デューク・・・・・・・」
明らかに、デュークの視線は自分の頭の後ろ、の短くなってしまった髪の毛に注がれていた。
はそれに気付かない振りをして、へらりと笑う。
「・・・・・・・・・・・・」
デュークの無言の圧力ほど怖いものはない。
慌ててはデュークに駆け寄る。
「だ、大丈夫よ、見た目ほど体力の方は消耗してないし。
髪もきっとすぐ戻るわ」
の必死で取り繕う言葉に、デュークはふっと深く溜息を吐く。
「それを怒っているのではない」
「え・・・・・・?」
「どうして、私を呼ばなかった?」
デュークは厳しい視線をに向ける。
バクティオン神殿の一件、デュークはユーリ達に聞いて初めてその事を知った。
が呼びさえすれば、自分にはすぐにでもその居場所はわかると言うのに、だ。
「あれは・・・・・・」
言いかけて、は口を噤んだ。
あの一件は、自分が望んでしでかした事だ。
それこそデュークの助けを借りるわけにはいかなかった。
結果的には彼が渡した宙の戒典によってユーリ達は助けられたわけだが・・・・・・。
「・・・・・・私だけで処理できると思ったからよ」
「・・・・・・・・・・・・」
真実を押し隠し、が口にした言葉に、デュークは再び無言になる。
「・・・・・・それで、その結果がその髪、か?」
「・・・・・・デューク・・・・・・」
デュークの真紅の瞳が、鋭く光る。
はその瞳に射抜かれ、小さく俯いた。
すると、デュークの手がの腕にのび、強くの体を引き寄せた。
それにより、は自然とデュークに抱かれる形となる。
「お前をこんな風にする為に手放したわけではない」
デュークはの銀の髪を梳くように、指を上から下へとすっと通した。
さらりと、彼女の絹糸のような髪の感触が、伝わってくる。
ただ伸ばし放題なデュークの髪と違って、のそれは明らかに手入れのされたもので、その柔らかな感触がデュークは好きだった。
だからこそ、自分と同じようにが髪を伸ばし始めた時、デュークは何も言わずにただ笑ったのだった。
「―――もう、お前を奴らの所にいさせるわけにはいかない」
「デューク!!」
デュークの言い放った言葉に、は目を見開く。
「でも、ドンとの約束が・・・・・・!
それに私、ユーリ達と・・・・・・」
「―――!!」
ユーリ達とエステルを助けるんだ。そうが言いかけた時、橋の向こうから自分の名を呼ぶ声が響いた。
驚いてそちらに目を向けると、宿屋で休んでいるはずのユーリが、向こうから駆けて来るのが見える。
「、オレも一緒に・・・・・・」
「?、ユーリ・・・・・・?」
の目の前まで駆けて来て、口を開いたユーリの言葉が不自然に止まる。
それを不思議に思い、がユーリの顔を見やると、ユーリの視線はの腕に繋がれたままのデュークの手にあった。
自分の名を呼ぶ声に、ぱっとデュークから離れはしたが、デュークは自分の腕を掴む手は離してはくれなかったのだ。
「ああ、これは・・・・・・」
が若干頬を赤らめ、いいかけた言葉に、
「デュークと、一緒にいくのか・・・・・・?」
というユーリの言葉が重なる。
「え・・・・・・・?」
「お前とデュークは・・・・・・」
最初、どうしてユーリがそんなことを言い出すのか、理解できなかったは目を瞬いたが、ユーリの顔は真剣そのもので、
はじっとユーリの目を見つめる。
「ユーリ。私はあなた達とエステルを助けに行く、そう誓ったでしょ?」
「ああ、そうだが・・・・・・」
の言葉に、ユーリはこくりと頷く。
「だったら、その誓いは破らないわ。
もう、ユーリ達に嘘をついて嫌われたくないしね」
「・・・・・・」
こちらを見つめるユーリに、にこりと微笑み返すと、はデュークを振り返る。
「そういうわけだからごめんなさい、デューク。
私はユーリ達と一緒に行くわ。
エステルを助ける事は、私の負うべき責なのよ」
「・・・・・・」
「無茶はしないわ」
自分の決意を告げても、渋るデュークに、は繋がったままの彼の手に、そっと自身の反対側の手を重ねた。
すると、デュークはようやくその手を外してを見つめ、
「・・・・・・分かった」
深く溜息をつくように頷いた。
がそれにほっとしたのもつかの間、デュークはユーリを見やり、鋭い視線を送る。
「二度はない。
お前たちは私の大事なものを傷つけた。
それは許す事が出来ない」
「デューク・・・・・・」
「言われなくても分かってるさ。
は・・・・・・オレが守る」
オレ達、ではなく、オレが守る。それは意識せずに自然と出てきた言葉であった。
ユーリがはっとして、やはりいつの間にか握り締めていた自分の拳を見つめると、
「・・・・・・・・・・・・」
デュークの視線がより厳しいものになる。
しかし、それも一瞬の事で、デュークはそれ以上何も言おうとはせず、そのままこちらに背を向けて立ち去っていった。
「ユーリ!!」
丁度その時、カロル、ジュディス、レイヴンの3人が、向こうの方から駆けて来る。
「あれは・・・・・・デューク・・・・・・?」
ジュディスがほとんど見えなくなったデュークの姿を追い、問うと、レイヴンが慌ててに駆け寄った。
「まさかちゃん、あいつになんかされたの!?」
「なんかって・・・・・・」
ただ、自分たちは彼と話していただけだ。
しかし、そう言うの瞳は潤み、その腕には若干赤く指の形の跡が残る。
思いのほかデュークはの腕を強く掴んでいたようだ。
レイヴンの視線の先に気付いたは、そそくさと反対側の手でその跡を隠した。
「はオレたちと一緒に行く、そうデュークに宣言しただけさ」
「え、そうなの?」
「え、ええ・・・・・・」
ユーリのフォローにはこくこくと、ただ頷いた。
その様子に、何かがあったことを悟ったジュディスは、さり気なく話題を変える。
「それより、帝都にいく方法は何か分かったのかしら?」
「あ、ごめん、まだ・・・・・・」
そういえば聞き込みの途中だった。
はそれを思い出し、とりあえずそれまでに仕入れた情報--ノールのおかれた現状と、帝都に行くには通常の手段では打つ手無しだという事をユーリ達に伝えた。
「仕方ねえな、一旦宿屋に戻ってティグルにでも話を聞いてみようぜ」
「そうね、それがいいわ」
「ごめんなさい・・・・・・」
ユーリとジュディスの言葉に、しゅんと項垂れたの頭をぽんぽんとユーリは撫でる。
「気にすんなって、どっちにしろオレは一緒に聞き込みするつもりだったしな」
おっさんたちはどうなのか知らないけど、とユーリはレイヴン達を見やる。
「ボクはレイヴンが・・・・・・・」
「や、やだなぁ少年、少年が『ユーリが心配だから追いかけよう』って言ったんじゃない」
カロルの言いかけた言葉を、レイヴンが慌てて遮った。
聞き捨てならないその台詞に、「えぇ!?」とカロルは目を見開く。
「ま、どうでもいいけどな・・・・・・」
ユーリはそんな二人に呆れた顔を向けた。
「?、じゃ、戻りましょ。
リタは、宿屋?」
「ええ」
がジュディスに声をかけると、ジュディスはすぐに頷く。
レイヴンとカロルの追走に、ジュディスは面白がって付いて来たが、リタは馬鹿らしいと言ってそのままベッドに転がってしまったのだ。
それをそのまま伝えるわけにはいかず、若干濁して伝えはしたが、は「リタらしい」とくすりと笑い宿屋に向かって歩き出す。
「あ、、ちょっと待ってよ〜」
後ろからカロルの慌てた声が聞こえた。
それに笑いながら振り返る。
ユーリ、カロル、レイヴンの3人が並んで歩いてくる。
それは仲のよい兄弟の様であり、親子の様でもあり、は眩しげにすっとその目を細めた。
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