ユーリ達が再びカプワ・ノールを訪れると、以前来た時とは違い、街に陰鬱な空気は流れてはいなかった。
しかし、突然振って沸いた異変に、街全体がひっくり返ったような騒ぎで、路には人が溢れ、皆一様に空を見上げて不安そうな顔をしていた。


「大変な騒ぎね。無理もないけれど」
「帝都の方も大騒ぎだろうな」


ジュディスが街全体を見渡して言った言葉に、ユーリは頷く。
カプワ・ノールでさえこの騒ぎなのに、渦中の帝都だとすれば、更に酷いことになっているだろう。
下町の人々は一体どうしているだろうか。
逆境には強い連中だ。大丈夫だとは思うが・・・・・・。
そんなことを考えていると、入口で他の人々と話していた一人の街人がユーリに近づいてくる。


「あんたらどっから来たんだ?
 なんか聞いたりしてないか?」
「いや、オレたちは・・・・・・」


まさか帝都から吹き飛ばされてきたとも言えず、返答に困っていると、


「あんたたち、どうしてここに」


以前ユーリ達が助けた青年--ティグルが向こうから駆けてきてユーリ達の這這の体を見て目を丸くする。


「ひどい有様じゃないか!何があったんだ?」
「あんたか。ちょっと色々あってな。
 いい医者を知らないか?」
「ああ、知らないことはないが・・・・・・」


ユーリがティグルに医者の所在を聞くと、彼は少し戸惑ったようだが、すぐに頷いてみせる。


「んじゃ悪いけども、宿屋まで連れてきてくんない?
 俺らもう歩くのもくたびれて・・・・・・」


レイヴンは片目を瞑って足を摩ってみせる。
カロルとリタはに支えられて、辛うじて立っている状態だ。
ティグルはユーリ達のその様子からすぐに状況を察し、大きく頷く。


「わかった。待っててくれ」


そう言って医者を呼びに走っていくティグルの背中を見送ると、ユーリ達はすぐに宿屋に向かった。















「・・・・・・どうもありがとうございました、先生」


部屋の入り口で、ティグルが医者にお礼を言うのが聞こえる。
医者を見送ったティグルがこちらに戻ってくるのを確認すると、ユーリは小さく頭を下げる。


「助かったよ。ヘリオードから戻ってきてたんだな」
「はい。あの時はお世話になりました」


ユーリがお礼を言うと、部屋の奥にいたティグルの妻、ケラスが頭を下げた。
ティグルはその横に戻り、ユーリの方に顔を向ける。


「ノールも執政官が代わったおかげで、
 前よりは随分と暮らしやすくなったと思ってたのに、
 今度はあの空だ」
「それでね、ちょっと前にね、ドーンって凄い音がしてぐらぐらーってなったんだよ」


父親の言葉を継ぐように、大きく両腕を広げて何かが爆発するような仕草をするポリー。
その轟音はもしかしなくても、ヘラクレスの主砲によるものであろう。
ザーフィアスを辛うじて反った攻撃はもしや、ノールの近くに当たったのだろうか。
ユーリが眉を顰めると、


「今、役人の人たちが様子を見に行っているとこなんです」


ケラスがそう言って、窓の外を見やった。


「ねえねえ、あのお姉ちゃんは?いないの?」
「そういえばあの子ならあんたたちの怪我も治せるだろうに、
 どうしたんだ?」


ポリーが目を輝かせて辺りをきょろきょろと見回した。
ティグルもそういえば、とユーリ達の顔を見る。

ポリーはエステルに一番懐いていた。
気になるのは無理もないだろう。
しかし、エステルがいない理由、それを話すわけにもいかず、ユーリが口を噤んでいると、ユーリの隣で胡坐をかくように座っていたレイヴンが、静かに口を開く。


「・・・・・・ある馬鹿野郎がさぁ悪い奴に渡しちまってね。
 それで今、追いかけてんのよ」


その言葉は自身を自嘲するものであった。
それきり、レイヴンは口を噤み、皆から目を逸らした。
ユーリはそんなレイヴンをじっと見つめる。


「そうか・・・・・・悪いこと聞いたみたいだな」
「ごめんなさいね、今日はちょっとお休みなの」


状況を察したティグルが顔を暗くさせると、リタの眠るベッドに座っていたジュディスが立ち上がり、ポリーに近寄った。


「ええー、そうなんだ・・・・・・」


子供とは純粋なもので、室内に漂う雰囲気に気付かず、ポリーは残念そうに俯いた。
はそんなポリーの目の前にしゃがんでその手を握り、小さく笑いかけた。


「大丈夫よ、今度また来る時はちゃんと一緒にいるから」
「本当!?よかった!」


の言葉に、飛び上がって喜びを露にするポリー。
はそれに「ホントよ」と大きく頷いてみせたが、どこかその表情はうかなかった。


「とにかく今はゆっくりやすむといいよ」


ユーリ達に気を利かせたのか、ティグルがケラスとポリーを伴って、部屋を出て行く。
それを一瞥したユーリは、再び視線をレイヴンに戻し、その後、俯くに顔を向けた。















「私は・・・・・・ユーリ達とは一緒に行けないわ」
「え・・・・・・どうして?」


突然そんなことを言い出したに、リタは首を傾げる。


話は少し前に遡るが、ティグルたちが部屋を去った後、リタが目を覚まし、ユーリは皆にこれからどうするのかを聞いた。
今だ眠るカロルを放って出発するわけにはいかないので、カロルの回復を待ってからにはなるが、その間に情報収集だけはしておいた方が良い。
そう皆の考えが纏まり掛けた時、ずっと俯いて黙っていたが顔を上げ、突然冒頭の台詞を吐いたのだ。


「私は・・・・・・ユーリ達をずっと騙していた」
「それはもう解決した問題だろ?」


ケジメは既につけたはずだ。
が気にすることはもう何もない。
ユーリはそう言ったが、は小さく首を振る。


「ううん、レイヴンのことがある前から、
 そう、最初から私はエステルの事を知っていて近づいたの。
 ―――私は・・・・・・満月の子であるエステルの力を監視するために
 あなた達の旅に加わったのよ」
「・・・・・・でも、今は違うんだろ?」
「それは・・・・・・」


口籠り、目を伏せる
それを肯定と受け取ったユーリは、の顔をじっと見つめた後、口の端を持ち上げた。


「だったらいいじゃねえか。
 、お前は今、エステルを救いたい。そうなんだろ?」
「でも、でも私、今はこんな状態だし、
 ユーリ達の足手まといにしかならないわ。
 それに私は・・・・・・人間じゃないのよ?
 こんな私がユーリ達の傍にいるわけには行かないわ」


は首をぶんぶんと振り、ユーリの言葉を否定した。
すると、ジュディスがの目の前まで歩いてきて、


「あなたらしくない台詞ね。
 あなた、そんなに弱かったかしら?
 どんな困難にも毅然として立ち向かう。
 それがいつものあなただった筈じゃなかったかしら?」


を叱咤するように言葉を重ねた。
伏せていた目を開け、ジュディスの言葉をじっと聞いていただが、再び目を閉じると、力なく首を振る。


「私は、そんなに強くなんてないわ」


いつだってそう。自分の立場に甘えて、ふらふらしてばかり。
本当に強いのはユーリ達みたいな人間だ。
は彼らのひたむきな強さがいつも羨ましかった。

 
「それに、私は・・・・・・
 ―――人を殺してた」
「!?」


ついと口にした言葉に、ユーリ達の息を呑む声が聞こえる。
は虚空を睨むと、感情を一切省いた声音で言葉を続けた。


「いつだったか、私、両親を殺されて人を憎んでたって言ったわよね」
「ああ・・・・・・」


ラゴウの一件のとき、確かにはそう言っていた。
ユーリがそれを思い出し、小さく頷くと、の真っ直ぐな視線がこちらに向かう。


「当時幼かった私は、憎しみを抑えきれなかった。
 衝動のままに、無抵抗な人間達をこの手にかけた。
 ―――デュークがそれを見つけて止めてくれたけど、
 すでに大量の人の血がその場には流れていたわ」


そう言って、ふっとユーリから目をそらすと、は自身の体を抱く。


「私のこの体は、血に汚れている。
 そんな私がユーリ達の傍にいるなんて許されるはずもないわ」
「けど、はボクたちを何度も助けてくれた!
 それはの優しさからくるものでしょ?!」


いつのまに起きて、話を聞いていたのか、カロルが半ば叫ぶように、声をあげた。


「カロル・・・・・・」
「カロルの言うとおりだ。
 、おまえの武器が殺傷力の低い針なのは、
 その所為なんだろ?」


バクティオン神殿で見せた体術といい、の戦闘能力は高い。
使おうとすれば剣であれ銃であれ、攻撃力が高い武器も使えるはずだ。
けれどもあえて、針を選んだ。
それは過去の罪の意識からくる、のせめてもの罪滅ぼしなのだろう。

ユーリがそれを見抜くと、がふっと笑う。


「・・・・・・ユーリは何でもお見通しね」
「だったら何の問題もないじゃないか」


の髪をくしゃくしゃと掻き回し、ユーリは笑みを浮かべた。
短くなった髪が乱れるのも構わず、暫くされるがままであったが、ユーリが手を離すと、


「ユーリ・・・・・・」


はユーリを見つめ、顔をふにゃりと歪ませた。


「そうよ〜ちゃんがいなかったら、
 おっさん寂しくて死んじゃうわ」
「あ、あんたがいなかったら、
 誰があたしの話の相手するってのよ」
「そうだよ!ボク、がいないと嫌だよ!!」
「レイヴン、リタ、カロル・・・・・・・」


皆が口々にを引き止める。
それほど彼女の存在はこの旅の中で大きく膨れ上がっていた。
それこそ、なしでは自分達ではないと思えるほどに。


「話は、纏まったかしら?」
「うん、早速皆でエステルを助けに行こうよ!」
「ちょっと待って」


ジュディスが見計らってかけた言葉に、カロルが元気よく返事をしたが、それを遮るようには制止の言葉をかける。


「あんた、まだなんか・・・・・・」


つべこべ言うんじゃないか、とリタが訝しげにを見やる。
それには首を振る。


「ううん、違うの。
 私は皆とエステルを助けに行く。
 それは誓うわ。
 けど、皆まだ本調子じゃないんだから、少しでも休んで。
 情報収集なら私がやるから」
・・・・・・」


の言葉に、部屋の中がしんと静まり返る。
しかし次の瞬間、レイヴンの、


「んじゃ、俺様もう一眠りしよっかな〜」


と言う明るい声が響き渡った。


「そうね、そうしましょ」
「ちょっと、あんたら男共はあっちの部屋でしょ!!」


それにジュディスが合わせて同意したが、レイヴンが隣のベッドに倒れこむのを目撃したリタは怒鳴り声を上げる。
旅の間、スペースの都合上、宿屋でも大部屋で一緒くたになる方が多いが、カプワ・ノールの宿屋は意外と広く、ちゃんと二部屋用意することが出来た。
こっちの部屋は女達の部屋で、男達の部屋は向こうと決めたはずだ。


「ええ〜リタっち固い事言っちゃダメよ〜」
「つべこべ言わずにさっさと出て行けー!」


不満そうに顔を上げたレイヴンを扉の方に追いやり、リタはふん、と鼻を鳴らす。
そのいつもと同じ彼等の様子に、はくすりと笑う。


「あはは、じゃ、私、ちょっと街の様子見てくるね」
「あ、・・・・・・!」


扉を開け、外へと向かうの背に、ユーリの制止の声がかかったが、聞えなかった振りをしては扉を閉めた。